二章一話
「ま、まだ陸地は見えないのかい? そろそろ海も見飽きて来たよ・・・」
清楚な服装に身を包み、アイスティーを注いだグラスを傾けながら少女はそう退屈そうに呟く。船旅が始まってからかれこれ一週間。千年単位で見たことが無かった海も常に視界に入る場所にあれば短期間で飽きてしまうのかもしれない。
「お言葉ですがグレース様、大洋を一つ越えるのですからこの船がいくら魔力炉心で駆動していると言ってもあと三週間は船旅は続きますよ」
「ねぇ、ラフィ。ワープしちゃ駄目なの?」
グレースがラフィと呼ぶのは青髪長身にメイド服を纏った端麗な女性。傍から見る分には令嬢とお付きの侍女にしか見えないだろう。
「駄目です。流石に周囲の目がある場所でやるのははばかられますし、この船はかなりのVIPでもない限りは搭乗すら許されない物。その客が急に消えようものなら大騒ぎですし、私も貴女様のお世話ができませんから」
「一人旅のつもりだったんだけどなぁ・・・」
世話はありがたいがどこか納得いかないと言った表情でグレースはそう呟く。時を遡る事一週間前、グレースが一通り甲板ではしゃぎまわった後に自室に入った時点まで遡る。
「初めましてグレース様、私はラフィリア・ネクタル。クリスタ様より貴方様のお世話をするように命じられております」
グレースがドアを開けてすぐにカーテシーと共にそう挨拶が飛んできた。グレースも一度はお辞儀をしたのだが、すぐに
「私メイドなんて頼んでないんだけど!? いや、これただの見張りじゃないか!!」
と返した。当然一人旅だと思っていたグレースはついて来た意図を察し思わず頭を抱えてそう叫ぶ。そうするグレースの口に人差し指を当てて制止するラフィ。
「グレース様、他の部屋の方の迷惑になります。遮音の結界を張りますので少々叫ぶのはお待ちくださいませ」
と言い部屋に六角形の魔道具を置き起動させる。本当に効果あるのかと思い、トントンと壁を叩いても音がしない。ちゃんと機能しているようだ。
「はぁ・・・、まあ普通に考えて子供一人で送るのは不自然かぁ。事前に言ってなかったクリスタが悪いねコレは」
それが一番問題なのでもう仕方ないからよろしくという事になったのである。
「それで、私が向かってる学園はどんな場所なんだい? 詳しくは全然知らないんだよね」
「我々が向かっているのは西大陸にある魔術大国、名をマグリス王国と言います」
何でも魔術を使える者の割合が国民の八割以上、そして西大陸でも二番目の領地を誇る大国なのだそうだ。そしてそこにある最高峰の学園である『マギアン大魔術学園』が今向かっている場所である。ちなみに基本的に寮制なのだそうだが、グレースが身を置くことになっている貴賓寮は従者を一人までならば連れていいという特殊な寮とのことだ。
「特殊というよりは明らかに貴賓を一箇所に集めて管理するため。もとい万一暗殺されたりしたら大惨事ってのを防ぐための寮って感じだろうね」
「はい、概ねそういう認識でいいかと。ですので出来る限り悪目立ちするような行動は抑えてください」
あんまり目立ちすぎると悪影響しか及ぼさない上に動きづらくなることは必至である。何と言っても今回のグレースは教皇の養子という身分で留学している身、彼女の行動一つで国に対するイメージにかなり影響する立場なのだ。グレースも渋々ながらその事を了承した。表情は不貞腐れているが納得自体はできているようだ。
「わかった、わかったからとりあえず酒でも持ってきてくれない? どうせ役割さえこなしたらトンズラするだろうし、学校に入ったら飲めないだろうから」
「かしこまりました。まだ到着までは時間がありますのでお好きなだけお飲みください」
ただし、貴方様は見た目が未成年である以上酔いが覚めるまでは部屋からでないようにと忠告を食らった。
「うん、如何にも高そうなこのワインよりさっき呑んだ度数が高いウォッカの方が美味しいかも。多少安かろうと程よく酔えるやつがやっぱり一番だよね」
「グレース様の肝臓は一体どのような仕組みなのでしょうか。どれだけ飲んでも速効で分解でもしないとその量を超速度で飲むなど到底不可能なのでは?」
「まあ私達デミゴッドは飲食物を直接魔力に変換して貯蔵できるからね。アルコールは食べ物に比べたら時間がかかるけど、これくらいの度数なら元から余裕なんだ」
色々と言葉を並べはしたが結局はザルと言うことで解決とのことだ。まあ普通に顔も赤くなっているあたり普通にかなり酒も回っているのだろう。酔いどれのうわ言なのか真実なのかは半々と言ったところか。
「ところで君はあんまり飲んでいないようだけれど・・・。酒は苦手なのかい?」
「私はまだ明日もメイドとしての業務がありますので。ほどほどにしておきます」
そう言いながらワインを瓶で煽る姿には欠片の説得力も無かった。それもとんでもないハイペースで飲んでは瓶を床に転がし、飲み終わっては瓶を床に転がしていた。
「ほどほどという言葉の定義を一回辞書で引きなおしてきた方がいいんじゃないか?」
「普段は家事に接待、雑務に加えてその他諸々でこうして満足に飲めることなんてないのです。それで飲めなかった分量を加味すると相対的にそこそこだという事にしております」
確かに手にはささくれや細かい傷もある上に顔にも若干の疲労が見える。部屋の中を改めて見渡すとベッドも先程まで使っていた痕があるので恐らくは先程まで寝ていたのだろう。
「うん、メイドってストレスとか疲労溜まりそうだもんね・・・。私も昔は侍女のワルキューレとかいたけど結構せわしなくしてた記憶があるし」
「溜まりそうではありません。キャパシティは簡単にオーバーしても仕事は舞い込んでくる・・・つまり虚無になる事がベストなのです」
「わかった、もう触れないからそんなに殺気を出さないで」
彼女がそう言いながら目のハイライトを消して薄く嗤うのを見てグレースはこれ以上は触れないことに決めた。世話をされる側の人間に世話をする側の気持ちを理解することなど当然できるはずも無かったのだ。それに、これ以上この話題を続けるのは単純に危険だ。
「ふぅ・・・。私は少々外を歩いてきますので、酔いが覚められたらお風呂などもなるべくお早めに入られてください。まだ航海は続くとは言えあまり不摂生をするものではありません」
デミゴッドはそこんところルール無用だよと言いたいところだったが大人しく従うことにした。そしてグレースもまた酔い覚ましに軽く夜風を浴びることにした。甲板をかつかつと歩きつつ、空間に穴を開けてそこに放り込んでいた冷えたジュースを飲んでいる。
「地上だと精々果汁を絞って飲んでるんだろうなとか思ってたけど普通に炭酸ジュースとかも作られてるとはね。確か炭酸を持ち込んだのは転生者で・・・名前はジョン・エスなんたらって言ってたっけ」
あくまで数百年くらい前に読んだ文献に乗っていた人物なのでかなり記憶も曖昧になっている。確か自分は老爺だと自称するグラマラスな美女だったようだ。
「ん? これはなかなかデカいのが近づいてるかな?」
ふと海の方に魔力の針を飛ばして見ると余程の身の程知らずか自信家かは知らないがかなりの大きさをした海竜がこちらに向かって来ているのが感じ取れた。この船もかなりの大きさなのだがそれを十個並べたよりも巨大、魔力量も今のグレースの半分はあるだろう。なるほど、確かにこれだけの相手なら私を放っておけなくてもおかしくはないとしたり顔のグレース。
「さて、ラフィに黙ってくのは悪いけど風呂前の運動に行って来ようかな。水着はどこやったけ」
一旦部屋に戻り水着へと着替えたグレースはそのまま海に飛び込んだのであった。




