一章エピローグ
数日後、幼児化したグレースが屋敷で寛いでいる所にルナとリリスが帰って来た。二人が話すには制作したゴーレムの格納エリアを建造するのとこんな兵器を野ざらしにしておくわけにもいかないという事でしばらく地面にそれを埋めて隠し、騎士団を動員して大聖堂跡地の地下に格納スペースを密かに作っていたとのことだ。
「おうおう、随分とちんまい姿になりおって。儂が言えた話じゃないのは分かっておるが、それにしたって無理筋を通しすぎじゃ」
「あはは・・・。まあ何かと不便だけど弱体化は体格の縮小くらいで済んだよ。元に戻るには二~三ヶ月はかかるかも」
「大体人の十年分をその期間で成長できるならまあ十分なんじゃない? ただ、その様だと仕事なんてできそうに無いわね。それにあんたの魔力を貰うのもしばらく止めにしておいた方がよさそうね」
「不甲斐ない。他にやりようがあったかもしれないってのを考えると尚更神の力なんて使いこなすにはまだまだ未熟だって突きつけられた気分さ」
皮肉気に笑うグレース。そのまま自室に戻ろうとしたところをガシッと肩を掴まれてその場にリリスに引き留められた。膂力は低下していないが体格差を埋めることはいかにグレースでもできず、抵抗してもその場に縫い止められてしまう。
「待ちなさい、まだ話は終わっていないわ。まだ力が使えるならちょっと手伝ってもらわないといけないことがあるのよ。それも今すぐね」
「この体、体力の消耗速いしあんまり力とか使いたくないんだけど・・・。まあいいや、とりあえず聞くから話してみてよ」
今気づいたがリリスもルナもかなり汚れた服装をしていた。サイズこそ幼児サイズだが綺麗で可愛らしい服装をしたグレースよりも明らかに働いた後であることが見て取れる。こうなると流石に何もしないわけじゃいかないと思ったのかひとまず話だけは聞くことにしたようだ。
「格納庫を作ったのは良いが想定以上にヴィマナが巨大でのう、入りはしたが出るなら壊さなければ出られぬという様なのじゃ」
と申し訳なさそうな顔で軽く説明を済ませるルナ。それに続けてリリスが話し出した。
「だからアンタの空間拡張に頼ろうかなって話になってね。この屋敷もある程度グレースの権能である程度は広くなってるでしょう? まあ、無理は言わないけどね」
「多分何とかなるだろうけど設備自体は用意して欲しいな。いくら私でも専門外の物は錬成なんてできないから」
「了解、そう教皇様にも伝えておくわ。場所はこれに書いてあるからちゃちゃっと片付けてきてあげて? 私はお風呂入ってるから」
儂も失礼するからのとルナも着替えを用意して浴場に向かって行った。グレース自身も外行用の服装に着替えて早速外出することにした。コツコツと靴を鳴らして街を闊歩していると後ろから声をかけられる。聞き覚えの野太い声、恐らくあの鍛冶屋だろう。
「久しぶり、一体どうしたんだい?」
「いや、それはこっちのセリフだ。事前に話聞いてなけりゃ全く分かんねぇよ」
「まあデミゴッドはそういう生命体とでも思ってくれたらいいよ。それで?」
声をかけたってことは何かしらの意図はあるんだろう?と視線を送る。まあ鍛冶屋だからなんとなく察し自体はつくが。しかし、彼が苦い顔をしていることは若干気がかりだ。
「作った武器、壊しただろ?」
「・・・ああ、そういえば外殻作る時にほぼほぼ燃え尽きたかも。これが無かったらあと二歳は子供になってただろうね」
ごそごそとポケットを漁るとちょうど残骸が入っていた。うむ、どう考えても修理不可能なレベルで派手にぶっ壊れていた。元は粒子状の物だったのだが今となってはグレースの手の形をしたただの抜け殻だ。
「あったあった。はい、これ」
「こりゃあまた想定外な使い方をしたみてぇだな。・・・壊れちまったもんは仕方ねぇ、金は払ってもらってるし特に文句は言わねぇよ。必要があったらまた訪ねてくれればそれでいい」
残骸を渡すと彼はそのまま手を振って去ってしまった。グレースも己の用事があるのでそのまま彼を見送るとルナとリリスが言っていた場所に進み続ける。
「ここかな? ・・・うん、確かにギッチギチに詰まってるとしか言いようがないね。とてもじゃないけど出撃なんて出来そうにない」
まあ少なくとも二百メートルくらいは全高のありそうな兵器である。オプションでついてきた砲塔の大きさも考えると当然詰めてしまうのが限界だったのだろう。
「とりあえず横と縦と・・・それと奥の方にも結構伸ばさないと駄目そうだ。うん、これなら今の私にも何とかできそうかな」
やはり権能の反動はそれなりに残っているようだ。力自体は振るえたとしても全体的にかなり弱体化していることは確か。下手すれば腕力や魔力量などを除くその他全て万弁なく弱体化していてもおかしくはないだろう。
「攻撃方法も魔力に任せてとかじゃなくてある程度変えていかないとね・・・。よし、大体の必要サイズは分かったしちゃちゃっと広げてしまおう」
考えつつも仕事自体は終わらせる。幸いこれくらいなら大体全部3倍くらい雑に拡張して楔を打って固定するだけで十分だ。ただ、楔と言っても一般的な楔では無く便宜上そっちの方がわかりやすいからグレースがそう呼称しているだけである。
「あら、良い感じじゃないですか」
これなら各種設備とか置いてメンテナンスとか改造も十分にできますねと言いながらすたすたとクリスタが歩いて来ていた。どうやら完全にお忍びモードのようで服装もすごくラフな物だ。顔立ちが整ってるが雰囲気は別人、凄くそっくりな他人だと言ってもギリギリ通用するだろう。
「結構疲れたけどね…。あと単純に歩幅が小さくて全然距離進まないのなんの」
「まあ見た目は完全に十歳児くらいの子供だからむべなるかなってところでしょうか? しかし、これだと貴方に護衛騎士としての仕事を任せるのは厳しそうですね」
クリスタ曰く、こういった仕事は振るらしいが流石に護衛や騎士団に出入りする仕事はしばらく休業とのこと。元々は後日伝えるつもりだったようだがいま伝えてしまっても問題ないと判断したようだ。
「つまり私はしばらく適当に過ごしてていいってことかい? それなら気楽でいいね」
「そうですね…。しばらくはそれでもいいのですが、一つ行っていただきたい場所がありまして」
そう言うとゴソゴソと鞄を漁って彼女は一枚の紙を取り出した。それは『入学届』と一番上に書いてあるシンプルな書類。どうも大洋一つ越えたところにある魔術学園の名前が書いてあるようだ。それも初等部の物だ。
「いやいや、私を一体何歳だと思ってるのさ・・・。せめて高等か研究院に入れてくれないかい?」
流石にキツ過ぎると拒否感を示すグレース。食って多少勉強して戦闘して宴して寝るという毎日をずっと数千年くらい繰り返してきたとは言え、基礎の基礎をわざわざ学びなおすことにはそれなりに抵抗感があるのだ。
「私としてはそうして差し上げたかったのですが流石にその見た目で初等部以外に入れるのは無理だと双方の話し合いの結果決まってしまいまして」
「それ、せめて私を交えてから話して欲しかったなぁ」
グレースはどっちみちお断りだという態度を取っている。それに、政治的な思惑も満載であることをあからさまにちらつかされたら当然こうもなるだろう。
「で、君の目的は何だい? スパイとかそういうのは向いていないけど」
「スパイに関しては向こうの国がどのような感じだったかを伝えてくださればいいです。それ以外は特に期待をしていませんよ? どちらかと言うと貴女に関連性があるのですが・・・」
面倒になったら全部消し飛ばして終わりにしそうな貴方にスパイなんて頼みませんとの事らしい。それならばいったい何のために送られるのだろうかと疑問に思うのは当然と言えよう。
「私関連と言うと神域から使ってた武器が落ちてきたり、父母の骸でも落ちてきたりしたの? そうでも無ければ私に恨みを持つ誰かがいるとか?」
恨みに関しては結構心当たりあると言いてへっと悪気も無く笑うグレース。見た目は幼女だが性悪さは隠しきれていない。
「いえ、詳細に関しては何も。ただ、回収できるようなものならば持って帰って来て貰いたいです。先方も我が国で扱いきれるものではない、害をなす前に引き取ってくれと言っておられますから大丈夫ですよ?」
「いやいや、それなら尚更弱体化している私に任せない方がいいんじゃ・・・。まあ、どうせ拒否権なんてないんだろうけど」
ハッキリ拒否しても何食わぬ顔で食い下がられるという事はもう決定事項で今更変えれないという事。諦めるしかない。
「おわかり頂けて何よりです。では一週間後に出発となっておりますので、どうかよろしくお願いします」
「あー、うん。どうにかするよ」
ニッコリとキレイな顔で微笑むクリスタ。グレースは一発くらい叩いて良いかなと思ったが、頭をキュッと上から押さえつけられるだけで簡単にその場に縫い止められてしまう。体格差と単純に膂力でも負けているようだ。
「はぁ……仕方ない。帰って休もう」
「すいません・・・。今回の一件であなた方を戦力として運用できる国として各国に知れ渡ってしまいまして。下手に保持したままにして置くよりも一応他国にも貸し出したりするって形にしないと最悪総出で潰されかねないのです」
肩を落とすグレースに対して一応の理由は話すクリスタ。実はエレノアをぶっ潰して亡骸を丁寧に梱包して送り返したところ、当然の如く国交は断絶。周辺国に対してデミゴッドの保持などもまとめてバラされるという嫌がらせまで喰らってしまったのだ。
「それに加えて国境付近では常に小競り合いが勃発中。王を失ったエレノアは当然首長たちが一致団結して私たちに徹底抗戦の姿勢を見せている以上、こちらもあの巨兵を運用しつつ解析と量産は必須なのです。しかし、アレを動かせるのはあの二人のみ。後は分かりますね?」
「ああ、本当に私くらいしか手が空いてるのがいないって事だろう? ただ、一つ条件を出させて貰ってもいいかい?」
できる範囲なら叶えるが聖都の復興や軍事費にかなりの費用を割いている以上、無理な事は流石に無理ですよとクリスタは付け加えたが、その言葉に了承した。
「ええ、なんでしょうか」
「海路と陸路、どっちでもいいけど魔術で飛ばして終わりじゃなくってちゃんと旅をさせて欲しい」
承知いたしましたと一言言い残してクリスタは去って行った。
そして三日の時が流れた。
「うわ~! これが海かぁ! 初めて見たけどこれは凄いや!」
大洋を一つ越えたところに目的地はあるので移動は当然海路が選ばれた。そしてグレースは薄手のワンピースに麦わら帽子のカジュアル・・・と言うより王道スタイル。見た目だけだと完全に立派な淑女である。ただし活発に甲板を動き回っているので優雅さはどこかに吹っ飛んでいる。
「一人旅ってのも気楽でいいし、なにより風が気持ちいい・・・。軽く探知飛ばしてみても魔物は近寄って来ていないし大分ゆっくりできそうだね」
実の所神域には海神はいたのだが、あくまで海の力を使った濁流などを用いた攻撃しか喰らったことが無いため海そのものを見るのは数千年生きてきて初めてなのだ。
ちなみにクラーケンなどといった怪物は生物の本能的にこの船を避けているだけであり、船長などはやけに順調に進む航海に若干訝しんでいるのだがその点に関しては割愛する物とする。弱体化してなお神に次ぐ化物が搭乗している船など襲っても死ぬことくらい理解できるのだ。
「さて・・・。一体これからどうなることやら」
まあ、なるようになるだろうと思い軽く微笑む。大海原を駆ける船の上で神を模した人形は新たなる天地に思いを馳せるのであった。




