一章2話
さてさて、もっとよこせバルバトスと言いたいとこだけどコヤンレイドで林檎がない今日この頃。この話は、最初に書いているサリアの話のずっと前。グレースとルナの話になります。書き方を変えていますが、あまりお気になさらず読んでいただけると幸いです。
「親分!空から女の子がっぎゃぁぁぁぁ!」
「どうしたぁ! ってぐぁぁぁぁぁ!」
ここは追い剥ぎ一味で名を馳せている白蟻団のアジト。彼らは追い剥ぎ、殺し、違法物の運搬などマルチな犯罪稼業を行う事で有名だった。彼らは一箇所に留まらず、アジトもキャラバン方式で移動するため幾度となく出された討伐隊からことごとく逃げ切れている、というのは今となっては昔の話。現在進行系で空中より襲来したたった二人の女子にたやすく殲滅されていた。
「グレース、あまり殺すで無いぞ!こやつらは間違いなく賞金首、捕らえて突き出せば金になる!」
魔力で身体能力を増し、徒手空拳で下っ端などの群がってくる団員たちを粉砕しながらルナはグレースに向かって叫ぶ。
「了解、力加減が難しいけどやれるだけやってみるよ!」
一方のグレースは魔術を全方位に発動させ、オールレンジ攻撃を行っていた。彼女の服は依然として襤褸切れのまま。激しく動くと普通にはだけてしまうので、突撃役のルナの援護射撃を行っている。様々な属性の魔術を周囲に展開し、ルナがカバーできない範囲の敵を確実に打ち抜いていた。
神域での戦闘漬けの日々のお陰で彼女達は極めて高い戦闘能力を持つ。だが、相手は見敵必殺がモットーであったため、相手を生かして捕らえるというのは何気に初めての試みだった。
二十秒ほど戦闘時間は経過したが、何とか捕縛に成功した。力加減を間違えて肉塊も残らなくなってしまっている者もいるが、この白蟻団は三十人はいるので十人くらいは誤差みたいなものである。彼女達が弱体化していなかったら2秒もかからないが、今回ばかりはそれで良かったのかもしれない。
「さてと、私達の着る服を探そうか」
魔力の奔流と火属性魔術などの影響で襤褸切れはもはや股間と胸くらいしか隠せておらず、ほぼ真っ裸で地に立っている。それとは反対にルナの着物は一切の汚れがついておらず、新品そのものと言っても過言ではないほどに綺麗だった。ルナの身に纏っている衣は神域で縫われた特殊な布であるため、汚れることや傷つくことは無い代物なので当然ではある。
「じゃが、この有様じゃとこ奴らの荷を漁るしかなさそうじゃのう。骸の着ておるものは血に染まっておるか、使い物にならぬよ」
「あはは・・・。やりすぎたかな」
一通り始末し終わった彼女達は、倒した賊たちの死体を除けて使える服が無いのか探していた。グレースは清浄魔術で汚れを落として体を清潔にしたあと、まだ息が合った女性の賊を回復して生かしてある程度の金銭を持たせて逃がすことを条件に彼女の羽織っていた上着を譲って貰った。下半身は天幕を引き裂いて雑に巻き付けて軽いスカート代わりにしている。
正直殺して奪っても良かったのだが、殺せば血で汚れるし彼女も賊から足を洗うと言っていたので殺すことも無いかと判断したのだ。そして、賊の頭領は辛うじて彼女たちが巻き起こした暴威から隠れる事に成功していた。
(クソッタレ…。良くも、良くも俺の仲間をやりやがって…!クソっ…クソが!……だが落ち着け。せめて俺だけでも生き残るんだ…。あんな化け物、勝てっこねぇ…!)
だが、彼女達は黙ってそれを見逃すような人物じゃなかった。いや、そもそも人間じゃなかった。そして、それに出会ったが運の尽き。気配がなくとも魔力の流れでバレバレである。
「みぃつけた。どこに行くつもりかな?」
「うむ。逃げられるとでも思うたか?」
馬車の隙間に隠れ、彼女達がよそを向いた隙をついて逃げようとした頭領だったが、逃げた矢先に一瞬で前後を囲まれて追い詰められていた。
「な、何なんだよこの化け物共が! 人のアジトに土足で踏み入った挙げ句、子分まで殺しやがって!金も荷物もくれてやる!だからとっとと出ていきやがれ!」
狼狽して捲し立てる頭領ににじり寄り、冷めた目で見下ろすルナ。グレースは目を爛々とさせて、面白い玩具を見るような目を向けていた。ひっ、と声が上ずる頭領だが、もう遅い。
「おいおい、何を戯けた事を言っておるのじゃこの阿呆は」
「はっ?」
「差し上げますから出て行ってくださいだろう? …ガラじゃないセリフだけどまあそう言うこと、立場を弁えなよ」
頭領は恐怖でどうにかなりそうだった。なにせ目の前の女達はあれだけの暴力を振るっておいて余裕そうだ。どんな騎士からも逃げてきたが、この場では逃げれる気もしない上に指の一振りで死骸と化す己の運命を悟ったのだ。
「……わかった、殺さないでくれ。騎士団に突き出しても構わないし、金も荷物も持って行っていい。だから命は、命だけは助けてくれ」
しかし、恐怖に震えるわけにもいかないと頭領は命乞いをしていた。彼女達に一人では勝てるわけがない。それに、命さえあればいくらでもやり直せる。ならば、最良の手はこれしかないと思ったのだ。
「うん、構わないよ。君の部下が死んじゃったのは力加減ミスったからだし、元から殺す気は無かったんだ。死んだら金にならないからね」
大嘘である。さっきいくら金を運んでいるのかを見たところ、頭領の懸賞金の何百倍もあった。いくらかは金の場所を教えた礼にと、先程の盗賊娘がある程度持っていったがそれでもなお大量にある。
娘が言うには、
「頭領は生死不問の手配犯だぞ? 首だけあればヨシ。というわけでサラバだ」
とのことだ。彼女の身の上は詳しくは聞いていないが、幼女だった彼女を人買いから頭領が買ってこき使ってきたらしい。恨みはないが特に生かしとく理由も無いクズだと彼女は言っていた。キャラバンの馬車を一つ拝借してどこかに駆けて行ったが、縁があれば会うかもしれない。
場面を戻し、現在。
「じゃが、拘束はさせて貰うぞ? 指名手配されとるかどうかは知らぬが、多少は金になるじゃろ」
命乞いはあっさり受け入れられ、元から殺す気は無かったとまで言われた頭領。彼はひとまず安どしているが、 グレースは完全に殺る気であり、ルナもそれを察している。それに気づかずにと大人しく拘束を受け入れる頭領。そして、彼には一つ引っかかる事があった。
「待て、お前らちゃんと身分を証明できるブツは持ってんのか?」
そう、犯罪者を引き渡すにしろ身分証明はできなければ自分も不審人物だと思われて終わりである。その点に頭領は思い当たったのだ。
「いや、持ってないけどどうしたの?」
「そういえば持っておらぬの」
きょとんとする二人、しめたとばかりに頭領は畳み掛ける。
「身分不詳の女二人が俺らを突き出した所で、お前等まで怪しいと認識されて捕まると思うが大丈夫か?」
「「あっ」」
確かにそうだ。いくら犯罪者を拘束か殺害して突き出しても、それが賞金稼ぎとかなら兎も角、身分不詳の少女二人なんて怪しいにも裏がある。普通はその犯罪者よりヤバい何かが絡んでるのでは等と怪しむだろう。その事を二人は完全に失念していた。ニヤリとした頭領だったが、その時には二人の意識は既に彼には向いていなかった。
「………っ! グレース! 突き出すのはやめじゃ!こやつは置いて、要るもの持って逃げるぞ!」
何かを悟ったのか、突然狼狽して声を上げてグレースを急かすルナ。
「相分かった! コイツは今の私じゃ勝てないし、さっさと逃げようか! あ、それじゃあさよなら!」
グレースもルナが悟ったモノと同じ気配を察知したのか、魔術で自分の身体能力をさらに増して衣服と多少の食料と水、それを金銭が積まれている馬車に一気に積み込んで乗り込んだ。それと同時にルナが御者をし、馬を走らせてその場から去って行った。
「助かったのか…?」
一通り必要な物は物色したのか、少女達はあっという間に去っていった。まるで嵐か悪い夢のようだったが、命あっての物種。と、思っていられたのも束の間。彼女たちが逃げだした原因がその場に現れる。
彼女たちが去ってすぐ、空は濃い曇天に覆われ嵐が吹き荒れ始めた。棟梁はその威容を目の当たりにする前に迸った落雷に身を焼かれ、その命を散らした。
「どうかな、似合っているかい?」
「うむ、普通の町娘といった感じじゃの。儂も着替えてみたが、どうじゃろうか?」
「うん、着物じゃなくてもしっくり来るものだね。似合ってるよ」
彼女たちは一通り強奪を終えてさっさ逃走した後、一旦馬の脚を止めて彼女たちは着替えていた。遠目からでしか視認できていないが、先程彼女たちがビビって逃げ出した相手は恐らくは龍であろう。彼らは神々の被造物ではない純粋なる自然の化身であり、天災のような存在。強く純粋な魔力を好む生物であるため、グレースとルナの魔力を食いに現れたのだろう。馬も必死で走ったのか今は休憩しており、その間に着替えてしまうことにしたのだ。
因みに、二人は普通の町娘のような恰好と言っているが、実際は貴族の子女が着るような服であり、豪華な刺繍が施されている十分に高級な服だ。
「ところで、金はどれくらいあるのじゃ? せめて風呂のある宿に泊まれるくらいはあると良いのじゃが」
金の入った袋を開いて見つつ、ルナは首をかしげていた。
「下界の貨幣価値は分からないからね・・・。金貨はざっと千枚くらいはあるけど、まあ足りるかなぁ?」
グレースも疑問形で言っていたが、実際は二人なら百年くらい豪遊してもなお余るくらいの金額だ。風呂付きの旅館どころか高級旅館のスイートにすら余裕で泊まれるだろう。
「昔聞いた話じゃと、確か金貨一枚で銀貨千枚分じゃった気がするぞ。まあ、それなら行けそうじゃの」
2枚あれば王都の一等地に一軒家が建つくらいの金額はあり、銀貨1枚でも市民権などを異邦人でも買えるのだが、まだそこまでは知らない二人。まあ、仕方ない事ではある。
彼女たちが辿り着いたのは、セレスティア教国辺境の街ケセヌス。これと言って特徴のない街だが交通の要所にあるため馬車などでも立ち寄りやすくなっており、宿などが栄えている。その代わり治安はお世辞にも良い物とは言い難く、宿代をかなりぼったくられるのは序の口であり、強盗・誘拐・人身売買なども横行している街である。そんなことも知らずに彼女たちは街の門を潜ってしまった。
「あー、これは騙されたかもね。周りの気配が一気に変わった」
苦い顔をしてげんなりとしているグレース。
「うむ、明らかに下卑た輩が増えたのう。じゃが、近寄っては来ぬようじゃ」
ルナは変わりない様子だが、少々周囲に警戒はしているようだ。
しかし、明らかにガラの悪そうな人間が街を闊歩している割には全く二人に近寄って来ない。このような所に来る世間知らずな娘二人は普通は恰好のカモのはずなのだが、皆二人を避けて歩いていた。
「多分、服装じゃないかな。周りよりも私たちの着ている服の方が質も見た目も数段高そうに見える。これ、多分それなりに身分が上の人が着るものだったんだろうね」
そこでグレースはそう推論をたてた。得意げに言っている様子は可愛らしいが実は少し違う。
「ふむ。それなら合点がいくの。なれば、儂等は遊興にでも来ておると思われておると考える方が自然か」
「まあ、それなら堂々と振舞っておこうか。それで、これからどうする?」
「うーむ。ここにおってもこれ以上の収穫は多分無い。早うでて別の街を目指すべきじゃろうな」
今は貴族の衣装で誤魔化せているが、調べられればいくらでもボロは出る上に身分証を要求された時点で終わり。彼女たちの身分は実のところ貴族の子女の恰好をした身分不詳のやたら金は持っている不審人物なのだが、話しかけられない以上ボロは出ないだろう。
補足しておくと、彼女たちが避けられる理由は単純明快。貴族の子女は高い魔力を持ち強い魔術を使えるので絡んだところで撃退されて社会的にも抹殺されるのが見えているので近寄りたがらないのだ。遺族を襲うような賊は余程のやり手かとんでもない阿呆である。
「ふーむ。悩ましいのう。来ていきなり帰るのも怪しまれるが、泊まるにせよ身分を確かめられればどうにもならん。どうしたもんかのう」
引き続き腕を組んで思考を巡らせているルナ。
「とりあえず、屋台が結構出てるからそこで何か食べよう。ついでに物価もある程度相場が見れそうだからさ」
一方のグレースは辺りに立ち並ぶ露店や屋台を見て目を輝かせていた。彼女の腹もくぅと鳴っており、とりあえず何か食べたいと何も言わなくとも伝わってくる。
「うむ、そうするか。儂も腹は空いて居るしちょうどいいわい」
一旦どうするか等と考えることはやめ、腹ごしらえをすることに決めた二人。手始めに肉を串に刺して焼いたものを買った。値段は一本銅貨一枚。店主は金貨なんて貰っても返せる釣りが無いと泣いていたので、二十本買って釣りは全額あげた。
「うん、これはさっさとこの街を出たほうがよさそうだね。金貨、めちゃくちゃ高価だ」
どれくらいのレートかはわからないが、とりあえずとんでもない価値である事は理解したグレース。
「うむ、その方が良さそうじゃ。下手すれば家も余裕で買えるじゃろうな・・・」
同じく理解したルナもこの金が盗まれたりすることが無いようにと、早いところ馬車に戻って先程買っておいた地図を参考にしてどこかに行くべきだと言っている。
そんなこんなでさっさと退散する事になった。まあ、腹ごしらえだけはできたから良かった。しかし、もしかしたら馬車は意外と普通に置いてあるのかもしれないので一旦元来た場所に戻ることにした。
確かにそこに男たちはおり、半ば馬車を占拠しているように見えていた。だが、馬車を返すように話し少しのお金を払えば普通に返してくれた。これはラッキーだと二人で安心していると、ふと騒ぎが目に留まった。
「すまぬ、何が起こっておるのじゃ?」
興味を持ってとりあえず近くで見ていた男に話しかけるルナ。
「ん? ああ、貴族のお嬢ちゃんたちには見慣れない光景かな? アレは奴隷売買。今回は低級淫魔とはいえ悪魔種が売られているんだ。まあ、俺には買えるもんじゃねえけどな」
男ははじめは嫌そうな顔をしていたが、こちらの服装を見るや否やコロッと態度を変えて気前よく説明してくれた。
「そうなんだ。ありがとう」
笑顔を張り付けてグレースは応対し、素直に表面上はお礼を言った。貴族っぽく優雅な礼をすることも忘れずに。
「おう、じゃあなお嬢ちゃん。また縁があったら会おうぜ」
男は名乗ることは無かったが、気を悪くすることもこれ以上興味をもつ事も無くスタコラと去っていった。
「せわしない男じゃのう。まあ、そのうち会うやもしれぬし覚えておいてやるか」
二人が改めて牢を見ると、その中には全身を鞭で打たれ体は傷だらけ、手足を鎖で拘束されて牢内に繋がれている少女がいた。頭にはヤギのような左右一対の角が生えており、背中には蝙蝠の翼、そして背骨の付け根辺りから尻尾が生えている。頭に生えている角は片側が折れ、翼も穴だらけとズタボロにされている。だが、それでも顔立ちは整っているのが見て取れるため、美しい淫魔だというのは間違いでは無いのだろう。
「ねえ、ルナ。あの子、凄い痛めつけてられてる…様に見えるけど、どうする?」
哀れみもあるが若干の魔力の揺らぎを感じ幻術の可能性も感じたため、やや怪しむグレース。
「金貨3枚か。ふむ、アヤツが何処から来たのかはわからぬがこの辺りの地理や地上の事情に詳しいやもしれんな、買っても良いのではないか?」
ルナも同じものを感じていたが、こちらは概ね肯定的なようだ。
彼女達が買おうと言っている淫魔は生傷が多く、床に倒れ伏しているのを見るとマトモな治療もナシ、痩せこけているので食料もマトモに与えられていないという最悪の状態だ。
だが、よく魔力の流れを観察すると淫魔の体内の魔力は満ちており、全身をくまなく巡っている。傷ノ回復くらいたやすく行えるだろうが…。
怪しんでも話は進まないと、ルナは袋から金貨3枚を取り出しグレースに手渡した。
「あやつ、おそらく高度の幻惑使いじゃよ。くれぐれも気をつけるのじゃぞ」
大気中の魔力の流れからは薄っすらとは察せたが、彼女達でもそれ以外だと判別つかないレベルでとんでもない幻惑だ。
「わかってる、それじゃあ行ってくるよ」
ルナから忠告と金を貰い、グレースは奴隷を積んだキャラバンのオーナーらしき仮面をつけた長身の人物に近寄り、金を渡してあの淫魔を買うと伝えた。
「ほう、まあ貴族の道楽でしょうが…。一つだけ、忠告がございます」
この時点で怪しさ全開だが、既に種は割れているので気にせずに接するグレース。
「なんだい? 聞かせてほしいな」
まあ金が更にかかるわけじゃないし別に良いかとその時のグレースは思っていた。ルナもまた、同じ事を考えていた。実際出費は少なく済んでいるので、金銭面の余裕も凄くある。なので一人くらい同行者が構わぬなとも心変わりしてきていたのだ。
そして、オーナーが言葉を続けた。仮面の下の表情は見えず何を考えているのかわからないが、仕事には真摯そうに見える。
「ソレは生き物の精気を食らう悪魔。人間の食事でも大丈夫のようでそうではなく、それでも定期的に彼女に精気を渡さねば、干からびて死んでしまうのでその点は約束してください」
もうこの時点でこいつも悪魔か幻だろうなと感づいていたが、あえて無視してそのまま乗る。
「わかった。約束する」
そして無事に取引が終わり、グレースが契約書を書いた後、その淫魔を檻から出した。しかし、彼女はプルプルと震えていた。まるで今にも笑い出しそうな感じで。
「はははははは! この度はこのリリスのお買い上げありがとうね! これにて契約はなされたから、未来永劫末永くお付き合いしてもらうわよ? まあ、契約と言っても私に魔力と精力を供給するだけなんだけど」
檻から出された瞬間、ボロボロだった肌や髪は一気に美しいものになり、口調もハッキリとしだした淫魔。さっきまであったはずのキャラバンや、奴隷商まで霧のように消え失せている。つまりこれは最初から彼女の作り出した幻だったという訳だ。
「あー、やっぱり幻惑か」
このレベルの幻惑は想定外だが、幻惑自体は想定内。最悪実力で叩き潰せるから恐れることは無いとグレース判断した。
「うむ。まさか、実態を持たせれるレベルの幻惑とは思いはせんかったがのう」
ルナもまた、油断はしない方針だが警戒はやや緩めたようだ。
「コレは今でも得意なのよ。まさかデミゴッドに通用するとは思ってなかったけど」
そう、本来なら下級淫魔の幻惑などデミゴッドに通用するわけがないのだが…、なぜか今回は通用しているようだ。リリスは少々戸惑っているようだが、ルナは無視して話を進めることにした。
「して、何故お主は斯様な真似を? それほどの幻惑を使えるのならば普通に人を襲えば良かろうに」
「それも考えたけど、貴女達みたいな最高に美味しそうな魔力を持った相手が偶々いたんだもの。そりゃあ契約結んで独占したいし、そのためにちょっと本気で茶番を打っただけよ。ああ、そういえば貴女達の名前は聞いていなかったわね」
本気、という割には余裕そうなそぶりを見せるリリス。優雅に妖艶に微笑んでいる。
「私はグレース、そっちはルナ。色々訳あって行く当てもなく旅をしてるんだ。これからよろしく」
リリスは馬車を取りに行っているためグレースがルナの紹介まで済ませた。
「そう、じゃあ改めてよろしくね?」
なにはともあれ、旅の仲間が一人増えたわけだ。しかし、リリスの幻惑は疑似神すら騙すレベルなのに弱いとはにわかに信じがたいが、契約中は敵対はしないとのことなので問題ないと思う事にした。仮に敵対されても倒せばいいだけの事だ。
その後、グレースは馬車に乗り込み一眠り。ルナは素知らぬ顔をして御者をしに行った。リリスはグレースの隣に座っている。
と、硬い木の上で寝ると体が痛くなるのでシーツ代わりの布を敷いて、枕を使おうとしたグレースだが、さっきまで窓の外を見ていたリリスが頭と床の下に膝を差し入れてきた。俗に言う膝枕と言うやつだ。
「一応買われた身だから、これくらいはしてあげるわよ?」
なんてことの無いようにリリスは言っている。種族柄こういった事には相当慣れっこのようだ。表情は相変わらず余裕の微笑み。
「いいのかい? じゃあお言葉に甘えるけど、変な事はしないでね」
逆にそう言っているグレースの声は少し上擦っており、顔もほんのり紅潮していた。意外な事にこういった事にはあまり耐性が無いようだ。
「今はね。こんな固いところでシたら、痣だらけになっちゃうでしょ?」
リリスは紫の髪を腰まで伸ばしており、かなりの長髪だ。身長はグレースとルナより低いが、ルナよりは出る所はちゃんと出ており、グレースより少し小さいくらいだ。グレースとルナの見た目は人間にして十六歳相当なので、リリスはそれより少し幼いくらい。大体十四歳相当と言ったところだろうか。年齢不相応に物凄く蠱惑的なのだが、それは種族柄しょうがないのかもしれない。
「おい、グレース。次はどこに行くのじゃ?」
御者をやってくれているルナ。背後は見えていないが、仮に見られたら中々愉快なことになって言うだろう。
「そうだね、確か今いる国がセレスティア教国の領内だから、そこの首都に行かないかい? 金に物を言わせれるなら戸籍と家を買って拠点にしよう」
引き続き膝枕されたままだが、グレースはそう答えた。上向きに地図を構えたいがリリスの大きな乳房が邪魔で見れないが元々行く場所に関しては考えておいて良かったようだ。
「ふーん、ルイバルに行くのね。銀貨三枚もあれば三人分の戸籍は買えるし、滞在するにはちょうどいいんじゃない?」
グレースの髪を梳きつつルナにも魔術で飲み物を浮かせて手渡すリリス。ルナは一瞬ためらったが受け取って飲んでいた。
そうして三人を載せた馬車は首都を目指すことになった。リリスはまだ完全に信用できる存在では無いのだが、契約している限りはきっと大丈夫だろう。
冒険のはずがいつの間にやら定住できる場所探しになってきているが、何時までもフラフラしているわけにはいかないのでこれもまたしょうがない事、という事にしておこう。