アグネアの矢
アグネア。そう彼が言い起動した兵器は発射装置であり超巨大構造物でもあるヴィマーナと呼ばれる古代兵器より放たれる十六発の超高威力の魔力の矢。ただし伊達に古代兵器を冠しておらず、その矢はいかなる魔術的防御も通用せずに確実に目標へと着弾する。迎撃手段はただ一つ、それと同程度の威力で相殺することであり、全発迎撃ができる存在は一部の例外を除きほぼいないと言っても過言では無いだろう。例えば一般的デミゴッドならば二~三発は余裕で相殺できるだろうし、グレースの二代後くらいに製造されたデミゴッドならその倍は耐えれるはずだ。初期型ともなればされに倍と言ったように古くなれば古くなるほど耐久度や魔力濃度は上がって行くという仕組みなのだが・・・。
「ヤバいぞ。言ってはおらぬかったが儂もグレースも地上に墜ちるに辺りデミゴッドとしての出力はかなり低下しておる。相殺しきれるとは思うておるが更なる弱体化は必至じゃぞ」
そう。ルナもまた同じだが、身体能力こそ元のスペックを取り戻しているがその実中身は権能こそある程度は振るえる代わりにあまりにも大規模な魔術行使を行うなどすれば自身の身体もかなり危うくなるといった状態なのだ。これはまだ権能が体に馴染み切っていないが故の不調なのか、権能と魔術が上手い事まだ嚙み合っていない事なのかその両方が原因なのかはっきりしないが、やはり滅多なことはできなさそうである。
「・・・弱体化って言っても振れ幅はどんなものなの?」
発射自体は止められないと悟ったリリスは自信は撤退用の魔術を仕込みながらそうルナに尋ねた。今ここでデオラルを殺すこと自体は容易いが、逆に不利に働く可能性が高いと踏んだ。それくらいなら城下で暴れて兵を減らす方がよっぽど効果的だ。
「そうじゃの、今の儂とグレースの権能取得前を100とするならば権能取得後が80。して80を現状とするのなれば無茶をすれば20か15までは落ちると見ておる」
なるほど。とんでもない弱体化だが、本当にそこまで弱るようなことがあり得るのだろうか。悪魔から見てもそれは流石にそれは弱り過ぎだと思うが、それを察したのかルナは追加で理由を補足してくれた。
「振れ幅が大きいのは単純に儂らにとって地上の魔力が薄すぎるから回復量が微々たるものだからじゃよ。その状態で大規模な魔術行使なぞして見よ。己が肉体を変換して無理矢理魔力を生み出すような物、そのような事をすれば当然弱体化は必至じゃよ。無論儂も例外なくな」
それを聞いたリリスは思わず顔をしかめたが、ルナはその後余程一気に消費しない限りは問題ないと付け加えた。
「さぁて、残念ながらチャージ完了だ。穿て!アグネア!!」
デオラルがスクロールの魔法陣を開錠し終わり、城壁を囲む十六本の塔の外壁が内部から放たれる圧倒的な熱量により蒸発し始めている。幸い街には被害は出ていない様だが、一、二本は止めておかないと万一グレースが撃ち漏らしては大惨事になるのは聖都の方だろう。
「そして城内の兵に告ぐ!! この場にいる二人を命を捨ててでも食い止めろ!」
アグネアを解き放った彼は即座に転移。それと同時に室内へと転移してきた兵士が彼女たちを足止めせんと一気に襲いかかって来た。一瞬反応が遅れた二人は普段の膂力が嘘のようにあっさりと組み敷かれてしまう。まあ、兵士たちは体から魔力を放出させたルナが全て消し飛ばしたのだがその一瞬でアグネアの発射自体は済んでしまったようだ。
「さて、儂等は撤退するとしよう。向こうはグレースの奴に任せれば何とでもなろう」
「それじゃあルナにも幻惑かけるから手早く逃げるわよ。まあ、ついでに地下の魔力回路を切って再射はできない様にしておくくらいはやっておきましょうか」
そうして二人そろって窓を割って外へと飛び出した。
ところ変わって聖都。現在クリスタがまさに転送されようとしている場面であった。
「・・・。ごめんクリスタ。君も気づいているとは思うけど、ちょっと悠長に転移なんてやっていらる場合じゃなさそうだ」
アグネアが撃たれてある程度時間は立ったのか、デミゴッドの探知範囲が馬鹿みたいに広いのか、そのどちらも合わさった結果なのかは定かでは無いが、グレースも接近する無数の超高熱源体に感づいたようだ。額にはわずかに冷や汗が浮かび、内心かなりヤバいと察しているらしい。
「そうですか。了解しました。グレース、あれは迎撃か他地域への転送はできますか?」
クリスタにしても流石に首都を丸ごと消し飛ばしに来るのは予想外だったが、それでも指示を出すことは止めていない。そう言いつつもルナに即座に回線を繋ぎ向こうの状況を掴もうとしているようだ。
「できるけどあれだけの威力を孕んでるなら相当苦労するだろうね・・・。間違いなく私のスペックは落ちるよ。落ちてから時を戻してしまうって方法も取れるけど、それに必要な魔力の方が大きいかも。なにせ権能は未だに魔力で無理やり起動して一部分だけ切り取って使っているようなものだからね」
グレース曰く、どちらにせよ弱体化は免れないらしい。ならばどちらがいいかと考えている暇もなくアグネアは降り注いで来ていた。
「まあ、しょうがないからクリスタはルナたちとこれの発射装置を破壊してくれる? 私はこれ全部相殺するから、あまり邪魔が無い方が助かるんだ」
そう言ってグレースはクリスタが何かを言う間もなく空間に開けた穴に彼女を放り込んだ。
「さてと、降り注いで来てるのは十六発。直撃ルートに入っているのは・・・。残念ながら全部。空間転移でリリスたちの所に飛ばしちゃうのも不可能か・・・」
そうなるとできることはやはり自分を多少削ってでも迎撃する事である。転送しようにも神域の何処かに飛ばすこともできるが、このタイミングで自分の生存がハッキリしてしまうのはそれはそれで厄介な事になるのは間違いない。そして空間の権能の一つである転送もまだ『自分が相手が見知った場所にしか転送できない』という条件により飛ばせたとしても神域や秘湯などになってしまうのだ。なのでまあ自分で何とかしなきゃダメなのである。
「せめて神域で使ってた武器があればまだ楽だったんだけど、無い物ねだりをしても仕方が無いか」
そう一人呟いたグレースは空へと飛翔した。まずは飛んできている数は十六発。それもご丁寧に東に一発、西に一発、北に二発、南に二発。そして中央部に残りの十発である。順番的には前述の通り。間違いなく中央に負担を集中させるべきである。
「さて、こうなったら奥の手だ。ちょっと時空をもつれさせて過去と未来の境界をあやふやにする。私の限界と残しておく余力を考えて!!」
空間がぐにゃりと歪むと同時にゴーンと厳かな鐘の音が鳴る。それが一回なるごとにグレースが一人ずつ増えていった。そして鐘の音が鳴ったのは三回。この場所には系四人のグレースが現れていた。
「やあ、私達。ところで私達はそれぞれどの時間軸からやって来たのかな?」
と、グレース(便宜上Aとする)がそれぞれのグレースに尋ねる。
「ルナと出会って割かしすぐの時かな」
とグレースB。
「リリスに滅茶苦茶に抱かれた後だね」
と言うのはグレースC
「ちょうど温泉から上がった後くらいなのに・・・」
と言うのはグレースD
なるほど、全員過去から来ているのは間違いないようだ。そしてこの時空に呼び出されたグレースが三人いる時点で世界が三つ以上は増えてしまったことは間違いない。
「まあ細かい事は私は後で考える。私達はとりあえずこうならないようなルートを辿ってくれたら助かるよ。とりあえずは散開してそれぞれ撃墜すること!」
流石は同一人物と言ったところか。そう言っただけで勝手に動いてくれるようだ。
「さて、私は余った東側のアグネアを・・・。いや、思ったよりでっかいな」
矢とは言ってもそのサイズはかなり大きく、軽く直径八十メートル。長さにして三百メートルほどの光の柱が落ちてきているようなものだ。流石に二本振って来る所に自分が赴いて止めるとなると負担が大きくなりすぎる。なのでこうして一番最初に墜ちてくるポイントに急行し、最後に撃墜する前に少しでも回復しておこうという算段だ。
「さて、正面から物理的に破壊するのはできなくも無いけどエネルギー消費が大きすぎる。じゃあ空間を引き裂いて削り取るのが一番ベストか」
早速権能を自分の魔力で叩き起こしたグレースはアグネアに掌をかざし、そのまま横なぎに腕を振るう。しかし、まだ彼女の可能な範囲はさほど広くない。魔力などをセーブした状態での一振りだと三割ほどを削り取るのが限界のようだ。直線距離だと百メートル程が限界射程なのだろう。
それを見たグレースは即座に時間を停止。時間と空間を同時に操るのは何気に初めての試みだったがやってみれば意外と何とでもなるようだ。なのでそのまま空間を削りとって処理完了。再び時を動かして自分は中央に振り注ぐアグネアを止める為に移動を開始した。
「さて、私は二本迎撃。まあグレースAよりは負担は少ないし大丈夫か」
まあルナと出会ってすぐの段階のグレースなので使えるのは時空など関係ない純然たる魔術行使なのだが、実は権能が起動していない方ができる魔術のバリエーションは倍近く多かったりするのだ。
そして本来の時系列なら体力も魔力もさほど残っていない状態なのだが、こちらの時空に呼ばれた時点で今の時間のグレースと体力と魔力が同等になるように調整されているため、実質的に大幅に強化されており武装以外は神域でのグレースに近しいものになっている。
「展開、対神魔術第二十五号! ペア・アナイアレーション!!」
グレースBが天に掲げた左手と右手の両方から光が迸ると空中に極大サイズの魔法陣が二つ展開され、それぞれが的確にアグネアの着弾地点と同位置にセッティングされる。その魔術の用途は敵の攻撃と同威力の攻撃をその場に創造し、敵性攻撃とぶつけることにより対消滅させること。神域では神々との交戦もしばしばあったのだが、神の攻撃に対し防御など無意味。相手の攻撃は概念を内包しているため防壁などで防御することが意味をなさない。そのため概念は孕んでおらずとも同等の火力をぶつけることにより消滅させるという訳だ。ニッと笑ったグレースBはそのまま緩慢な動きでゆらゆらと空中を舞い、パチンと両手の指を鳴らす。
「ハイ、これで二つ終了。そして頑張れこの時空の私!」
赫灼の光柱に相対したのは魔法陣から放たれた漆黒の巨大な球体。それは如何にも鈍重と、そして巨大な質量を持っているように見えるそれは高速で回転を始めた直後に撃ち出されてアグネアと激突した。
「削り取るのが一番被害出ないかもって思ったけど、簡単にできる代物じゃなさそうか。じゃあ内側に通して破裂させよう」
がりがりと削ることはできているがやや押され気味だ。それを見た彼女は防壁を下方に張り巡らせて予防線を張りつつ黒球を細く鋭い棒に形を変えてゆく。同じ物理的に作用するエネルギーならば正面から同等のエネルギーをぶつけたところで競り合うだけだが、一転集中させて少しでも貫通力を高めることに重きを置くべきだろう。
「よし、貫き!!穿って!破砕する!!」
尖槍の動きを己の両腕とリンクさせ、アグネアの中心に的確に打ち込むグレースB。球体という支えを失った極大の光柱は一気に落下速度を増していくが、その勢いすらも利用して一本線に突き刺さる。そしてその槍に向かってさらにダメ押しと言わんばかりにグレースBは魔力を叩きつけた。例えるならばバンカーバスターの如く。突き刺さった槍は猛り爆ぜ、アグネアも爆発と共に霧散した。それと同時にグレースBの身体も薄く透明に透け始めた。
「二つは破壊したけどここらが限界か。感覚的に元の時間に戻されるのかな?」
あくまでグレースBは過去から呼び出された存在。役目を終えたら当然元の時間に戻されてしまうようだ。とはいえこの時空の記憶などは持ち帰れるようなので今の世界とは世界が分岐してしまうだろうが、そういう物だろう。
「さて、じゃあ頑張らこの時空の『私』。機会があったら私の方から呼ぶかも?」
そう言って虚空にばちこん☆とウインク。ついでに華やかな笑顔を置き土産にグレースBは元の時空に帰って言った。




