夢魔のスパイ作戦
「そういえば霊体だと機密とか除き放題よね・・・」
そう、リリスは気づいてしまったのだ。今の状態だと魂魄が見えるような人間でもない限りは見えない上に、霊的干渉を妨げるような物質を使っていない限りは大抵のものはすり抜けることができる。
「それに、夢魔だけあって肉体無しの活動に慣れてるってのもあって結構魔術とかは使えるみたい。まあ自分の身体から消費していくみたいってのと、霊体に慣れてないっていうのがあるから精々物を多少動かすくらいが今の限界みたいだけどね」
魔術もある程度は使用できるようではあるが制限はかなり大きいようだ。物体移動や精気吸収、それに加えて幻惑程度はできそうだが流石に攻撃したりはできないようだ。精気を吸い取るのですら満足に行えるとは到底言えないだろう。
『もしもし、聞こえておられますか? 返事は結構ですがお願いが一つ。どうもこの国、きな臭い実験や研究が行われていたようでして。一つ調べておいてくれませんか? 私が体を貴女に返却するまでの間に調べれるだけお願いします』
しばらく漂っているとそう教皇様からのオーダーが入ったようだ。全く何も言わずに人を体から追い出させた上に便利に使おうって言う魂胆のようだ。まあ、どうせこの考えも共有されているのだが。
「はいはい、了解いたしましたっと。さて、とはいってもどの辺りが怪しいのか分からないわね。まずはどこから調べてみようかしら」
こういう時の王道はとりあえず地下に隠されているというパターンだ。または狭間等の特殊な空間を利用しているという線も十分ある。ただし、普通にこの都市には無い可能性もかなりある。そのためさしあたり彼女は機密文書を探るべく執務室や書庫を漁ってみることにした。
「うん。いかにもって感じの金庫があるけど魔術鍵と普通の鍵の二重構造ね。そして当然のように触れたら即警報が鳴るようになっている。セキュリティとしては中々だけど何とかならない事も無いいい塩梅じゃないの」
まずは幻惑で現実すら欺いて世界にここには一切の魔術的セキュリティは存在しないという事に書き換える。
「ぐううううう!!? ああ、これ直接負担が魂にくる、やつ、なのね・・・」
と魔術を行使した瞬間霊体が大きく軋むような感覚に襲われ、肉体は無いのに空中でのたうち回る
っていた。そうか、今なんとなく仕組みがわかった。いや、魂だけになってようやく理解できた。肉体はこういった魂にかかる負担を軽減するための器なのだ。言い換えるのならば自分の身を守る鎧にして情報の処理機関のような物と言えるのかもしれない。例えば今のように現実そのものを惑わすなどすると、その情報量を処理する脳などの身体機関が無い分その処理負担が全部魂にかかって激痛が走るなどという事になるのだ。
「じゃあ幻惑とかはあまり使わない方が良さそうね・・・。ええと、じゃあ魔術セキュリティに引っかからないようにしているうちにとっとと鍵開けしちゃいましょうか」
幸い鍵自体は少々厳重な程度の普通のダイヤル式の鍵である。そして魔術で透視してちゃんとした位置に合わせてやるだけで片が付く簡単なお仕事だ。
「よしよし、開いた開いた。中身はなあにが書いてあるのかなぁ」
書いてある内容は財政や軍備などの機密事項の数々。なるほど、これはかなりきな臭い事もやっていそうだ。明らかに領土の割には生産量が多すぎたり明らかにこれらの社会資源から生み出せる財よりはるかに多くの儲けが出ている。それに国家予算の軍事費を大きく上回るレベルでの大規模な軍備再編。これをネタに脅すだけでも十分効果はあるだろうが、それらよりももっとヤバそうなネタがあった。
「クリスタ、ビンゴよ。やっぱり倫理観に喧嘩売ってたわこの国」
『おや、一体なにがあったんです?』
独り言でそういったつもりだったがしっかり反応は返ってきた。なのでさくっと端的に伝えることにした。
「大量破壊兵器。それも王都丸ごと使ったトンデモよ。最大威力考えるとセレスティアくらいなら消し飛ばせるんじゃないかしら」
『へ? いやそれは・・・。ルイバルだけではなくて国一つですか?』
にわかには信じられないといった風に言っているクリスタ。
「ええ、まるっと国一個分。それもある程度は連発が効くレベルで」
しかし、この文書に書かれているものは間違いなく事実。王都に住まう人間の魔力をこっそりかき集めて地下に張り巡らせた魔力増復炉を用いて増幅。そして集めた魔力を加速させ膨大なエネルギーに変換してぶっ放すという単純なものだ。エネルギーは都市を囲うように城壁の上に立ち並んでいる十六本の先頭の先にそれぞれエネルギーを抽出。それを中心に位置する王城で制御し一気に解き放つという仕組みのようだ。
『これは・・・。是非とも破壊しておきたいところですね・・・。ええ、後で破壊しましょう』
「それはいいんだけど、他にも色々出てきてるわよ。まあ、恐らく机上の空論ってのがほとんどなんだけれど。聞く?」
『ええ、是非とも』
一応会談中ではあるはずなのだが興味はもはやこちらに惹かれてしまっているようだ。
「そうねぇ。まずはデミゴッドを研究してそれを基にしてゴーレムやホムンクルスを製造する計画だったり、古代巨人族の残した魔術の研究だったりと色々あるわよ」
『なるほど・・・。っ!? ごめんなさいちょっと急用がああああああ!!』
とクリスタがそう言った瞬間であった。
「はれ? ええ?」
なぜか自分の肉体に戻っていた。そして目の前には怪訝な顔をしてこちらを見つめる王やルナ。ついでのように途切れている思考共有。なるほど、何らかの理由でクリスタの意識が彼女の体に引き戻され、私が元の身体に引き戻されてしまったらしい。となると交渉事はあとは私がやらねばならないという訳だ。
『ルナ、訳あって私に戻った。クリスタとの思考共有は切れてる。それで今は会談はどんな感じになってるの?』
瞬時にルナに念話を繋いでこちらの状況を伝えてそちらの情報を要求した。
『ひたすら領土割譲などの話じゃの。どうもセレスティアが先の戦争で分捕った分の領土の返却やその分の賠償金を要求してきておる。クリスタは上手い事話を逸らして経済協力の話に持って行っておったがどうするのじゃ?』
『うーん。このまま持っていくのも良いんだけれど相手にセレスティアを滅ぼす気に溢れているからねぇ。いい塩梅で話を切ってこちらから先に滅ぼしましょうか。宣戦布告を叩きつけるのも久しぶりね』
クリスタはあくまで大義名分を確実に得てから戦争を吹っかけようとしていたようだが、相手に国一つ吹き飛ばせる兵器を握っていることを掴んだ時点でリリスとしてはその場で滅ぼす以外の選択肢は無いと判断していた。幸い相手はリリスとルナで何とでもなるレベルで弱いので、別に苦労もしないだろう。
『何をいっておるんじゃお主は。王を殺したところで争いは終わらぬぞ』
とルナは呆れ声だが、リリス的には別にそうは思わないらしい。
『馬鹿ね。王族全部根絶やしにすればいいじゃないの。後はこの国に蓄えてある莫大な魔力炉を利用して永続的な幻惑をこの国の国民にかけてやればいいだけの話なの』
そう、王族全部消し去って国民に「この国はセレスティア教国である」と幻惑をかける。それでこと済むと言っているのだ。
『書物に他国の認識と書き換えるものが多すぎる。なれば普通に滅ぼし占領した方が効率的じゃよ。まあ、それをやりたければ歴史を書き換えるのが手っ取り早い』
しかしそれはあまりにも抜けが多すぎると指摘するルナ。確かに首都の人間を惑わしたところで周囲の認識が変わらないなら結局は同じだ。
『でも兵器は壊さないと・・・。どうする?』
『まあ、良い感じで宣戦布告するとするか』
という形に落ち着いた。と、そこで長い事思案に耽っていた所をデオラルに長々と見られていたことに気づいた。流石にそれは非礼だ。
「失礼いたしました。盟主様。しばし思案に耽っておりまして」
「いやいや、別に構わぬ。神に祈りでも捧げておったのだろう? 卑しい売女が一人前にな。ハッハッハッ!!」
なるほど。立派に髭を蓄えた齢45歳に達する男。彼がデオラルのようだ。魔力量もそれなりに多く筋骨隆々。まさに蛮地の王様と言ったような感じだ。そして思いっきり侮辱してきた。もう宣戦布告しかないだろう。
「ほう、それは今すぐ戦争がしたいとおっしゃっておられるのですか?」
若干頬を引き攣らせつつも一応冷静にそう聞くリリス。相手は高笑いしていることにも若干いらっと来ているがすぐに戦争を吹っかける訳にも行かないのだ。一応クリスタがいる状況でそれは行いたい。
「ん? それは貴様らの方ではないのか? 会談に寄越したのは淫魔にデミゴッド。しまいに本人はお前の身体だけ借り受けこの場におらぬと来たものだ。これは喧嘩を売られていると思っても何もおかしくあるまい! ハッハッハァ!! 何か言い訳でもあるならば聞くぞ?」
左目を鈍く青に光らせた彼はそう言って机に手をバンと叩きつけ、こちらを睨みつけた。なるほど、恐らくその目にこちらの正体を看破する何らかの仕掛けがあるのは間違いないようだ。ならばどうするのかは至極簡単だ。とぼけ倒すかこのまま戦争するか。その二択である。
「言い訳などするものですか。確かに私は代理としてこのような格好をしておりますが、交渉に来ていることに違いは無いのです」
ここは第三の選択肢。最初からバレている事は前提という事にして交渉をそのまま進めることだ。確かにこの場で彼を殺める事は容易いが、まだその時ではない。少なくとも彼が聖都に送り込んだ兵の末路を知るまでは待っておくべきだ。
「ほう? まあ、大方教皇猊下は今頃聖都防衛でお忙しいだろうからなぁ。いいぞ、交渉することがあるならば交渉しようじゃないか」
なるほど、こちらの事情もある程度は予想はできているようだ。だがここから交渉することは特に無いような気もしないではない。
「そうですね。では、戦後の賠償金をどれだけ払って頂くかを早めに決めておくとかどうでしょうか?」
「ほう?中々ふざけたことを言うじゃないか。何か確実に勝てる算段でもあるってのか?」
算段と言うほどのものでは無いがグレースがいるのならばまず敗北はありえないだろう。それどころか全部纏めて殲滅しているのだろう。デミゴッドからすればたかが人の兵士など幾万集まろうと烏合の衆に過ぎない。それ程彼女たちは隔絶した存在なのだ。
「なに、簡単な話ですよ。教皇だけでなくわが国にはもう一機デミゴッドがいますので。それも特上に強い者が。ええ、それはもうとっておきですとも」
そうにっこり微笑んでやると流石に彼も動揺が表情に出ていた。そして即座に通信用の魔道具に手をかけるとどこかに連絡を始めていた。なるほど、損害がより少なく済む方を選択しようという事らしい。確かにそれは賢明な策だろう。しかし、それは既に遅い。遅すぎる。
「おい・・・。何の冗談だ? どの部隊も通信に出やしねぇ。いやそもそも繋がらねぇ。おいおい、どんな方法使ったらこんな事が起きるんだ?」
それは当然時間操作や多種多様な小技を駆使すればそれくらいは物の数分あれば余裕であろうが、それは言わない方が面白そうである。
「言いましたよね? デミゴッドは一機だけじゃないと。まあいくら軍勢を派遣したのかは把握しておりませんが、数万程度なら問題ないでしょう」
流石にそれは想定外だろうと思いにんまりと良い笑顔を浮かべてそう告げるリリス。教皇様が普段するような表情では無いのだが、こちらもまた確かに迫力ある笑顔であることに違いはないだろう。
「くそっ。撃退されるまでは想定内だが流石に単騎ってのは予想外で想定外だ・・・。いや、参った。流石に降参だ」
そう彼が言ったことに満足げな表情をしたリリス。だがまだ彼の言葉は終わってはいなかった。
「だが、最低でも聖都とそのデミゴッドだけは墜とさせて貰おうか!!」
そう言い放ったデオラルは懐からスクロールを取り出したかと思うとその上に手を置き何らかの術式を起動した。ルナは内心そんなものグレースに通用するわけないじゃろと高を括っていたがリリスはやや焦っていた。
「ルナ! ぼうっとしていないでさっさとぶっ壊してきなさい! 多分尖塔の一つでも壊せば兵器は機能しないわ!」
「ああ、どうやったかは知らんが見たのか資料。アレ最初期案だぞ。今のは塔一本につき一発ずつてめえらの国・・・とは言わねえがまあ首都程度なら消し飛ばせる威力の砲塔だ。まあ一発溜めるのに一年はかかるんだが使いどころは今しかあるまいよ」
どうやらあの資料は確かに機密には違いないが最新のものでは無かったようだ。そしてそれが十六発。それだけあれば十二分に国は消せるだろうが・・・。
「なぁに、セレスティアは首都さえ潰せば終わりだ。なにせ国土が広いがゆえに軍は各地に分散済み。そして首都の駐留軍はなまじ教皇の単体戦力が高いが故なのか防壁に自信があるのかは知らんが側近の近衛騎士団と少々の兵を配置しているのみ。ならば大火力で狙い撃ちしてやればいいってわけだ」
そう解説しながらも彼は術式の起動を進めてゆく。ルナはとっさに殺して止めようとしたがそれもまた制止された。
「言っておくが殺したところで無駄だ。これの起動条件はな、起動中に俺が死亡するといった非常事態でも満たされるんだ。いいから黙って眺めてな。この古代兵器『アグネア』の力を」




