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あの時、僕は直前まであの街を破壊するつもりだった者だとは思えないくらい、あの爆弾によって街を失うことに恐怖した。その爆発によって自分の命を失うことよりもあの街を失うことに恐怖した。それはギュエン爺さんの後継者である、サユリ、そして一度は見捨てた街の人々の変わり様、ギュエン爺さんの思いがちゃんと伝わっていた、受け継がれていた事の喜びに由来していた。そして気がつけばそれらを失うことが何よりも許しがたいほど彼らは僕にとって愛おしい存在になっていた。
だからこそあの時爆発が起きず、サユリからテロリストの下に辿りつき念のために僕が渡していた設計図を頼りに時限装置を解除したと電話で聞いた時の安堵感は計り知れなかった。
僕は結局の所、あの街を愛したかったのだ。だが、臆病なものだから彼らを信じきることが、愛しきる事が出来なかった。
だからこそ僕は街の変化に気づくことが出来なかったのだ。
リリカおばさんが後悔している事を知ることが出来なかった。アンドリュー・シーウェンが改心して、彼が誰よりもギュエン爺さんが行っていた社会福祉を復活させるために活動してくれていた事を知る事はなかった。
結局、僕は移民を愚民だと罵るG連邦共和国の一部の市民や、G連邦や自国の政府を憎むテロリストたちと大差はなかったのだ。結局僕はその人のありのままの姿を見ようとすらせずに自分自身が決めつけたカテゴリーに当てはめ、「こんな奴なのだ。こんな奴に違いない」といつしか決めつけるようになっていたのだ。
移民にも色々な人間はいるしG連邦にも色々な人間がいる。そして、彼らが何時までも自分が思い描くような人物であり続けるとは限らないのだ。もしかしたら思い描いた通りの人間で一生変わらずにそのまま人生を終える者もいるかもしれない。しかし、僕の街の人々のように、アンドリュー・シーウェンのように変化する可能性もあるのだ。
なのに、僕は彼らを「こんな奴ら」と決めつけ見下し、切り捨てようとしたのだ。
そして、そんな自分とは違い、ギュエン爺さんやサユリはこの街を愛し続けた。この街のために働き続けたからこそ、それが皆に少しずつ伝わり、人々が変化していったのだ。
傍からみれば僕は盗みを働こうとした薄汚いホームレスの悪ガキでしかなかった。普通だったらそんな子供は見捨てている。だが、ギュエン爺さんはそんな僕を見捨てずに立派なプログラマーに育ててくれたのだ。
その愛情があったからこそ僕はここまでくることが出来たのだ。確かに同じようにギュエン爺さんに育てられても僕の仕送りを盗みテロ活動に邁進してしまう者もいた。だが、そもそもその愛情すらなかったら僕自身、今の自分になれている可能性すらなかっただろう。
最近になって僕はギュエン爺によく似た人物が大勢の前で演説している動画を見つけた。ちょうどいい機会だ。これを読んでいるあなたにその一部を紹介しよう。
“今日は私の仲間である超富豪の人たちに向けてお話ししたいと思っています。私たち超富豪が話し合うべき時が来たように思うからです。多くの超富豪と同様私も資本家であることを誇りに思い悪びれてもいません。
そして私はズバ抜けて賢くはありません。最も勤勉な人物でもありません。学生時代は平凡でした。技術も全然ありません。私の成功は出生、境遇、タイミングにおける驚くほどの幸運の結果なのです。しかし私には長所があります。将来起きることを言い当てる直感や洞察力が優れていることです。この未来に対する直感が優れた起業家精神にとって最も重要だと思います。
では今日、私が未来をどう見ているか。気になりますか?鉄の熊手が見えます。怒りの群衆が手にしているような農具です。なぜなら私たち超富豪は想像を絶するほどの強欲に まみれて暮らし九九%の一般市民をどんどん引き離しているからです。
お分かりでしょう。問題は格差そのものではありません。高度に機能する資本主義下の 民主主義においてある程度の格差は必要です。 問題は今日の格差が史上最大であり日々悪化しているということです。そしてもしこのまま富や力や所得を一握りの超富豪に集中させていたら私たちの社会は資本主義下の民主主義から18世紀のフランスのような新封建主義へ変わってしまいます。 それは革命前の農具を持った民衆が反乱した頃のフランスです。
私には伝えたいことがあります。私と同じ超富豪や大金持ち、バブルの世界で優雅に暮らす人々へのメッセージです。『目を覚ませ』目を覚ましましょう。いずれ終わりが来ます。私たちがこの社会におけるあからさまな経済格差に対して何もせずにいたらあの民衆が襲いに来ます。自由で開かれた社会で今のような経済格差の拡大が長く続くはずがないのです。過去にも続いた例はありません。極めて不平等な社会には警察国家や暴動が付き物です。手立てを講じなければ世直し一揆が私たちを襲いますよ。可能性の話ではありません。時間の問題です。その時が来たらそれは誰にとっても酷いことになりますが特に私たち超富豪にとっては最悪です。
リベラル派の優等生みたいに聞こえるでしょうが違います。経済格差が悪だとかいう倫理的な議論をしているのではありません。私が訴えたいのはこの経済格差の拡大は馬鹿げていて最終的には自滅につながるということです。(中略)
私たち超富豪は理解する必要があります。 アメリカ合衆国が私たちを作ったのであり、私たちが国を作ったのではありません。中流階級の成長は資本主義経済における繁栄の源であり、繁栄の結果ではありません。そして私たちは決して忘れてはなりません。私たちの中で最も有能な者でさえ状況が最悪なら未舗装の道端に裸足で立ち果物を売ることになるのです。(中略)
超富豪の仲間たちに告げます。私たちが我が国のために再び尽力し、より包括的でより効果的な新たな資本主義に取り組むべき時が来たような気がします。新たな資本主義はアメリカの経済を活力と繁栄に満ちたものとして末永くあり続けることを保証するものです。我々自身の将来そして子々孫々の未来を守りましょう。あるいは民衆の反乱を待つかです。”(1)
僕はこの動画を見つけた時、彼がよく言っていた言葉を思い出した。
「私はただやるべきことをやっているだけだ。何も偉い事はしていない。昔の人々が我々にしてくださった恩を、彼らを見習い次の世代へ同じように分けているだけなんだよ。だからこそ私に恩返しをする必要はない。ただ、お前もその助けを必要としている誰かに手を差し伸べるようにするんだよ」
そうなのだ。全ては巡り巡っているだけなのだ。今あるパソコンも車も、水道や道路、インターネットといったインフラも、そもそもはある人物が誰かのために築き上げた大事な財産なのだ。僕らはそういった長年かけて築き上げられた文明という名の恩のおかげで今の生活があるに過ぎないのだ。ギュエン爺さんはそれを当たり前として捉える事はせず、それに感謝し、その恩をまだ享受していない僕らに与えるためにこの街までやって来たのだ。それこそ賢者のすべき事だと信じて。そして、そうしなければこの社会全体が崩壊することを予見していたのだろう。
今後、あの作戦を知っていて裏切ったからには彼らは僕らを全力で抹殺しにかかることだろう。しかし、たとえ僕らが殺されようとも人々が僕らの代わりとなる限り僕らは負けることはないだろう。そのために僕は尊敬するギュエン爺さんの名前を取り、「ギュエンリークス」なるものを立ち上げた。今回の作戦をそのサイトで暴露することはもちろん、ハッキングして極秘情報を手にしたり、関係者から匿名で得た大企業や政府の不正を暴露し、人々に提供するのだ。その情報をどう扱うかは彼ら次第だ。しかし少なからず誰かはその情報で目を覚まし僕らの、ギュエン爺さんの歩みを引き継いでくれるだろう。人々が、G連邦共和国の人々が自らの恵まれた待遇に甘えて富を独占し、人々の反乱が起きるその前に。
たとえその太陽が儚くとも輝き続ければ希望はそこにあり、輝きはいつかまぶしいほどに光り輝くようになるのだ。そう、僕らがたとえ儚くとも人々の太陽であろうとし続ける限り。
(1) ニック・ハノーアー: 超富豪の仲間たち、ご注意を ― 民衆に襲われる日がやってくる
より一部引用https://www.ted.com/talks/nick_hanauer_beware_fellow_plutocrats_the_pitchforks_are_coming/transcript?awesm=on.ted.com_s04vz&utm_medium=on.ted.com-none&share=1dbdf455dd&utm_source=direct-on.ted.com&utm_campaign=&language=ja&utm_content=roadrunner-rrshorturl