4-2
僕は車に戻るとまずはサユリを縛っていたロープを解いた。
「何をするつもり?」
「テロリストを止める。俺1人じゃ無理だからお前も付いてきてくれ」
彼女の返事も待たずに、僕は助手席に座りノートパソコンを開いた。
「よし、まだそんなに離れていない」
爆弾に取り付けたGPSが示す場所は僕らがいる場所からそう離れてはいなかった。まずは遠隔操作で爆破されないようにその設定を解除またはブロックする必要があった。
「それで私はどうしたらいいの?」
「奴らの車に乗せた爆弾がGPSを使ってカーナビに表示されるようにした。それを追ってくれ。俺は遠隔操作で爆破されないように今からハッキングして設定をいじる」
「でもそれが済んで彼らの車に追いついたらどうするの?どうやって彼らに説明すればいいの?」
「そこはこの街の医者であるお前が何とかしろ!いくらテロリストでもお前だったら俺よりも信頼されているだろう、頑張れ!」
「頑張れってそんな無茶な!」
運転席に乗りエンジンをかけたサユリをよそに僕はハッキングに取り掛かった。大丈夫、これまで散々色々な所にハッキングしたんだ。こんなの簡単だ。緊張で震えた指を使いながら僕はタイピングをした。
数十分は経っただろうか、周りの景色はおんぼろで汚い小屋が連なる街の風景から木々が連なる林道に変わっていた。そして、いざ、サーバーに進入するという時だった。激しい振動と共に車は横に揺れた。横を見るとそこにはもう一台真っ黒な大きめの乗用車が平行して走っていた。どうやらその車が横からタックルしたようだった。
「失望したよ、アラン・ハンスキー」
相手の車の助手席のドア窓が下がり、助手席のその人物はそう言いながら人をゴミのように見下した目でこちらを見ていた。この作戦の責任者であり、僕の直属の上司ロイド・ゴールドマンだ。彼は、はなから僕を信用などしてなかったのだ。
何てことだ、手の震えに加え手汗が僕のタイピングを邪魔した。
その間、相手は何度もこちらに横から車をぶつけガードレールに押し付けてきた。でも、そんなのは関係ない。僕はこの腕を見込まれこの会社に入ったのだ。もう少しだ、もう少しで遠隔操作が出来ないようプログラムを変更することが出来る。僕はそう自分に言い聞かせて必死にパソコンに神経を集中させた。
「よし!完了だ!」
その時だ。後部から何か破裂した音が聞こえたと思った矢先、目の前の景色は高速に回転した。どうやらタイヤがパンクした事で車はコントロールを失い、スリップしたようだった。相手は僕たちの車を銃で打ち抜いてパンクさせたのだろう。回転して気持ち悪くなる中、僕はそう結論づけた。車は尚もコントロールが効かず、僕たちの車は流れに流されるまま脇にある木に正面から突っ込むのだった。
「大丈夫か?」
「何とか…」
衝撃で一瞬気を失いかけたがエアーバックのおかげもありお互い大した怪我をせずに済んだようだった。少し冷静になり周りを見渡すと車のフロント部分は木が食い込みもはやこの車が稼動することはない事は目に見えて明らかだった。道路の方に目をやるとゴールドマンは車から降りて運転していた部下と共に我々の元にゆっくり歩いて向かっていた。迷っている暇はなかった。僕は隠し持っていた手榴弾の安全ピンを咄嗟に外し彼らの車に目掛けて投げた。車の真下にうまく転がり込んだ手榴弾は大きな爆音と共に車を炎に包んだ。これで五分五分だ。
僕はサユリと共に大破した車から何とか抜け出し、奴らに向けて持っていた銃で発砲した。テロリストを説得できるとしたら僕ではなく、あの街のために働き続けたサユリの方だ。僕は彼らをここで足止めするか殺さなければいけない。
「サユリ!早く行け!」
僕は覚悟を決めありったけの空気を吸い、それを一瞬で吐き出すほどの大声を発し彼女を鼓舞した。そして僕は躊躇なく彼らに銃を放った。銃弾の一つは部下の頭に命中したようだった。これで後は彼だけだ。しかしあちらからの銃声を聞いたと同時に僕の銃は宙を舞い道路脇の草むらの中へと姿をくらましてしまった。
そして、僕の銃を撃ち飛ばした上司の方に目をやると彼の銃口はサユリの方へと向いていた。迷っている暇はなかった。僕はとっさに彼に体当たりし構えていた銃を弾き飛ばした。彼の上に馬乗りになり顔面に向けて容赦なく渾身のパンチを食らわす。彼に反撃の隙を与えないように容赦なく何度も殴る。いったい何度殴ったのか分らなくなった頃には彼は意識を失ったようだった。緊張や疲れで体は重くなっていたものの、僕は深呼吸をしながらゆっくりと立ち上がり道路に転がり落ちている彼の銃を取りに向かった。
「甘い、甘いよ!アラン君」
彼のその声に驚き後ろを振り向こうとしたのもつかの間、僕は彼に片足を掴まれ体勢を崩し倒れ込んでしまった。彼は先ほどまで気を失っていたとは思えないほど力強く僕の足を引っ張り何とかして僕に銃を取らせまいとする。僕は僕で爪が剥がれんばかりの勢いで地面を引っかきながら少しずつ前へ前へと向かう。爪の中に砂が食い込み痛みが走ろうと関係ない。目の前の銃に向かって手を伸ばす。銃に手が届くまでの時間は決して長くはなかっただろう。たかだが数十秒だ。しかしそれは今までの人生で最も長い数十秒でありその分、銃に手が届いてから銃を振り向きざまにゴールドマンの眉間に向けて銃弾を放つまでの時間は一瞬であった。
今度こそ終わりだ。倒れこんだゴールドマンを尻目に僕はこれまでの疲れを吐き出すかのように一息ついてからゆっくり立ち上がりサユリの向かった先に歩みを進めようとした。
「まったく手間を掛けさせる」
背後でそう呟く声が聞こえたと同時に死んだはずのゴールドマンに僕は首を強く絞められた。どうして彼が生きていいるのか驚きと混乱、そして苦しみで頭が全く回らなかったが、答えはすぐわかった。彼の顔を良く見ると眉間から血が流れるわけでもなく、剥がれた皮膚の下から金属が姿を現してた。
「まさか、ロボット?…」
「今から爆風に巻き込まれる場所にわざわざ生身の体で向かうわけがなかろう。これは我が社最新の人型遠隔操作ロボットだ。つまり私自身は安全な場所から君たちの最後を眺めるというわけさ!はははは!」
遠のく意識の中でロイド・ゴールドマンの高笑いだけが周りに響き渡った。
「まったく、我々に刃向かうとはやはりあいつの施設のガキだな」
「どういう事だ」
「死ぬ前に教えてやろう。ギュエン・ハノーアーはお前ら愚民に殺されたんじゃない。我々が殺したんだ。あいつはお前のような有能なプログラマーであり、同時にハッカーでもあった。そしてあいつはよりにもよって我々の企業をハックして政治家への賄賂やタックスヘイブンを利用した脱税の証拠を掴みやがったのさ。そんな事、我々だけではない。賢者であれば誰もが行っている事。取締りの出来ない抜け穴があれば誰だって利用する。抜け穴を放っておく方が悪い。なのに、あいつはその証拠を使って我々だけを潰しに来た!だから裏切り者のあいつを証拠共々始末してやったのだよ!愚民よ、君らは我々には勝てない愚民らしくひれ伏すが良い!」
たぶん後数十秒したら僕は意識を失うだろう。しかしそんな中でも僕は事を成し遂げなければならなかった、死んでいったギュエン爺さんの為、サユリの為、そして、街の人々の命を救うために。僕はポケットの中を探り、その中にある物の安全ピンを外した。そして、それを僕は最後の力を振り絞って興奮して話すゴールドマンの口の中に突っ込んだ。
「何を入れた!」
それを飲み込まざるを得なかったゴールドマンは僕に問いかけた。
「ロボットでもさすがに中で手榴弾が爆発したら耐えることは出来ないだろう」
「こいつ!」
手榴弾による爆発に巻き込まれるのは承知の上だった。それよりも彼をここで足止めすることが先決だった。ゴールドマンのお腹は急激に膨れてやがて光を放ちやがてその眩しさのせいなのかそれとも僕の意識がなくなったせいなのか目の前は光に包まれ、何も見えなくなった。
ふと目が覚めると僕は道路上で倒れていた。目の前には金属片が散らばっていた。あのロボットは足や腕といったパーツは形を残していても爆発で見事にばらばらに破壊されたようだった。僕はあの至近距離で爆発に巻き込まれたものの、体中に金属片が当たったことによる外傷を別にして幸い致命的になるような傷は負ってはいなかった。何とか歩けそうだ。
「いくら私を倒したとしてもはや手遅れだ。ゆっくりしてる暇はないぞ。お前が意識を失っていた間にだいぶ時間が経ったのだから」
声のする方を振り返るとそこには首だけになったゴールドマンの遠隔操作ロボットが横たわっていた。僕は急いで時計を確認しあれから一時間経過していることに気が付いた。
「それがどうした遠隔操作は解除したんだ。あとはサユリが奴らを止めれば何とかなるはずだ」
焦る気持ちを抑えつつ僕は冷静さを装い彼に反論した。邪魔者はここで止めたんだ。後はあいつが彼らに何とか追いついて説得さえしてくれれば…
「そうはならない。こんな事があろうかとテロリストたちが車で移動し始めた段階で我々に被害が及ぶ前に爆発するようタイマーを掛けていたのだよ。ほう…そろそろ爆発する頃だな。十、九、八…」
そう言い、彼はカウントダウンを始めた。
「ハハハ!滑稽だぞ!その絶望に突き落とされた表情!ハハハハハ!」
そう言いながら彼は甲高く笑っていた。僕の耳の中でその声は木霊し続けた。それはまるで世界から色を取り除き白黒の、いや真っ暗な世界に誘うかような絶望を僕に与えるのだった。