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私は目の前にあるパソコンを前にして必死でタイピングを行った。部下がせっかく用意してくれた挽きたてのコーヒーに手を伸ばす精神的余裕もなかった。もう徹夜をして3日目だろうか?眠気で頭がどうにかなりそうだった。しかし、そんな状態であろうともこの案件は緊急を要するものであり、我が国、我が社、そして何より私自身の進退にも関わる重大な事なのだ。
先日、何者かがセキュリティーを掻い潜り我が社のサーバーに潜入し、最先端ロボット技術の貴重な情報が盗まれたことが判明した。僅かばかり残されていた痕跡を分析した結果、我が国を敵対視する例の独裁国家、K民主共和国の仕業だということが判明した。
私は我が社のセキュリティーに深く関わっているため、その責任と対処を負わされたというわけだ。とはいうものの、事は一企業の域を超えていた。そのため盗まれたデータの消去、そして、報復処置としての破壊工作を行うため我が国政府の諜報機関に許可を得た上でK民主共和国の軍事サーバーに侵入している最中というわけだ。
盗まれた技術は、かの独裁国家K民主共和国のような、ならずもの国家が手にすれば即座に軍事転用されるのは目に見えていた。いくら我が国が、優秀な人材のおかげで圧倒的な軍事的優位性を誇っていようとも力の均衡が崩れるような事態は断固として阻止しなければいけない事態だ。彼らのような無法国家を取り締まるため世界的な警察の役割である我が国、覇権国家、G連邦共和国があるのだ。
だからといってしっかりと対処できなければ覇権国家の威信が潰れる。敵はいくらならずもの国家の手先といえども我が社のセキュリティーを突破した実力者であることに代わりはない。
まず私は基本的な手段である彼らのサーバーの脆弱なポイントを探した。まずそれだけでも見つけるのに苦労したものの、さらに頭を悩ましたのはその先だった。一般的なサーバーは進入さえ出来ればあとは好き放題に内部をいじくれるのだが、彼らは手が込んでいた。普通であればサーバー内は例えると大部屋であり、壁ひとつない状態のはずであるのだが、内部をいくつもの鍵の掛かった小部屋にすることで被害を最小限に抑えセキュリティーを強化していたのだ。
これには私も驚愕した。なぜならそれは我々が最近になって導入したセキュリティー手段であるからだ。
これではたとえ小部屋一つのセキュリティーを苦労して解除したところで、その中に目当てのデータがあるとは限らないのだ。たとえ全部の小部屋を開ける事が出来たとしよう。しかし、その頃には彼らも我々の侵入を察知しているであろうし、それにより新たに対処を施してくるだろう。
だからこそ、それら多くの小部屋へのアクセス権利を持った大物を探し、彼らに成りすますことで一度に多くの小部屋のセキュリティーを開け、目当てのデータを即座に盗む作戦を図ることにした。
人物の特定にこれまた苦労させられたものの数名の人物に当たった。あとは彼らの情報を盗むことでアクセス権を同時に盗むだけだ。
突破口は意外な、そして初歩的な手段で事足りた。
それはセックスやヌードといったアダルト物のメールを送り、クリックさせることでウィルスを侵入させるという極めて初歩的なものだ。彼らの警戒心を解くために彼らの知人に成りすましたのが功を奏した。
これが仕掛けられたのが我々の方だった場合、引っかかることはないだろう。エロスで釣られるとは彼らは所詮ならず者国家の住人でしかないという何よりの証拠だった。
私はその後盗まれたデータをしっかりと消去し、さらにウィルスをばら撒くことでサーバー内の多くのデータを破壊することに成功した。
これで一企業では収まりきらない緊急を要する大事な仕事が終わった。私は優越感に浸りながらパソコンを閉じ、冷めきってしまったコーヒーに手を伸ばした。
ただ、いくらハッキング、破壊工作に成功したからといって彼らの技術の高さは認めざるをえない。今回のトラップに引っかかった者は別として、今回我が社にハッキングしデータを盗んだ実行犯、彼らの軍事サーバーを築いた者をぜひとも我が国、我が社に招きたいものだ。これは何ら冗談ではなく、むしろ我がG連邦共和国の強さの秘訣である。
我が国に忠誠さえ誓えばたとえそれが敵国の人間だろうとも引き込む。G連邦とはそういう国なのだ。忠誠はどこかの独裁国家の様な洗脳教育、思想強制といった馬鹿げた事はしない。それは愚民のする事である。これまでG連邦共和国が築き上げた科学技術による物質的豊かさ、さらに実力者には正当な報酬を提供する事で彼らを簡単に引き込むことが出来る。そして、引き込んだ者が我が国に貢献してくれることで我が国はさらに豊かになり、その好循環が繰り返されるというわけだ。これこそ我々賢者のやり方なのだ。
人間は強制されたところでうまく動いてはくれない。むしろそこに魅力的なまでの報酬があれば簡単に食いついてくる。そしてその報酬さえしっかり与えればいずれ忠誠心が芽生えるというわけだ。
まさに私がそうだった。あんなスラムとは比較にならないほど治安が良く、立派な高層ビルが立ち並び、一方で住宅街には整備された広々とした美しい公園がある。街頭でスリを目撃することもなく、街にはゴミ一つない。麻薬などに溺れて自堕落な生活をする者はおらず皆が勤勉に働いていた。そして生活に不自由しない、むしろ十分すぎるほどの報酬をもらうことが出来た。これ以上素晴らしい国はなかった。全ては皆が不正に手を出さずに実力者を正当に評価し、引き込むことで成り立っていた。あんなギュエン・ハノーアーを殺すような、A連邦とは大違いだった。これこそ賢者の集う国、世界の覇権国家G連邦共和国なのだ。