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彼氏が欲しいとお願いしてみた

次に私の頭に思い浮かんだのは、恋愛関係のことだった。

最初に美女になりたいと考えたのも、そうなれば彼氏ができると思ったからだ。

「あの。じゃあ、恋人が欲しい、っていうのはどうですか?」

綺麗になりたい、お金が欲しい、という人間の願望としてごく当たり前としか思えないことが却下され、今度も難しいかもしれないと思いながらも、私は頼んでみる。


啓介は睫毛の長い大きな瞳で、こちらを横目で見ながら言った。

「具体的に誰か、好きな人はいるの?」

「えっ。そ、それは、いますけど。でも、うーん」

私が悩んでしまった理由。それは、好きな人と言われてパッと頭に浮かぶのが、目の前の青年とそっくりの、俳優だったからだ。

今までのパターンから考えて、俳優と自分では釣り合いも取れないし、きっと無理なのではないかと予測できてしまう。

(スキャンダルってことになったら、啓介さんに悪いしなあ。それに、ファンから袋叩きにされて、心を病みそう)

とはいえ、だったら誰でもいい、というわけにはいかない。

まったく好みでない人と付き合うくらいなら、女友達といたほうが、まだ楽しいのではないかと思う。

そこで私は、彼氏にしたい男性の、条件を伝えることにした。


「身近に好きな人はいないんです。私は、自分がものすごくイイ女じゃない、っていう自覚はありますから、そこまで高望みはしません。……でも、条件としては、顔が中の中。……いやせめて、中の上。身長は、百七十センチ……ううん、百六十八センチ以上でいいです。痩せ型か中肉中背くらいで、年収は、五百万円程度でいいかな。あっ、あと、お姑さんとか面倒そうだから、長男はパスです。それと、今までたくさんの女性と付き合っていない人。頭が悪いのはイヤだけど、良すぎてプライドが高い人もイヤです。それから清潔感があって、食べ物の好みにうるさくない人。そうだ、肝心なことを忘れてました! 面食いじゃない人。女性を見た目で判断しない人がいいです! それで、私が芸能人のファンでいることは許してくれて、まめで、記念日とか忘れない人で……なにより優しい人がいいな。週末は必ずデート。割り勘でいいですけど、おしゃれなカフェとか行きたいなあ。それには、私以外に熱中するような、趣味のある人じゃ駄目ですね。ええと。なんかいろいろ言っちゃいましたけど、そんな感じの人です」


啓介は無表情でこちらを見つめていたが、無言でうなずくと、これまでと同様に目を閉じる。

そして今回は、数秒で目を開けた。

「却下」

「えっ、また?」

「はっきり言う。その条件をすべて満たす男性と、きみは一生出会わない。だから無理」

「……あ。そ、そう、ですか」

なんだかすごく傷ついた気分になり、私は恨みがましい目で、啓介を見る。


「いいですよ、わかりましたよ。じゃあ、私と出会う可能性があって、私を好きになってくれる人。条件はそれだけでいいです。これなら可能でしょう?」

精いっぱい妥協したつもりで、私は言ったのだが。

啓介は数分後、瞼を開き、却下、とつぶやいた。

「なによそれ。どういうことですか?」

いくら啓介さんの顔をしているとはいえ、さすがに私は憤慨し、詰問する。

啓介は相変わらず、淡々と答えた。

「そういう人は出現するよ。というか、すでにきみの会社で出会っている。そしてきみは今回の件で彼の気持ちを察して、妥協して付き合う。けれど、その妥協して付き合ってやっているんだ、という気持ちを、やがて彼に見抜かれる。そして振られる」

「なっ、そんなっ」

想像した私は、憤慨してしまった。


「それってすごく失礼じゃないですか! 好みでもない人に、そっちが好きだって言うから、妥協して付き合ってあげるわけでしょう? それで振られるなんて、腹が立ちます!」

「うん。そういう相手を見下してプライドの高いとこが、嫌われることになる原因じゃないのかな」

冷ややかな目で言われ、私はがっくりとうなだれた。

「じゃあ結局、私は誰と付き合っても、幸せになれないってことじゃないですか……」

「彼氏がいるから幸せ、結婚するから幸せ、とも限らないからね」

「ええー。なんですかそれ。私は一生独身でいるなら、幸せじゃなくても結婚しておきたいです。親も一応は安心するだろうし」

「別に、この先きみに彼氏や結婚ができない、って言ってるんじゃないよ。きみがこれから積極的に相手を探したり、出会いを増やす努力をすれば、未来が変わる可能性はある」

「そ、そう。ちょっと安心しました」


この願い事の難しさを、ようやく私ははっきりと理解し始めていた。

ようするに、即物的に手に入れたいもの、欲しいもの、では駄目なのだ。結果的に、自分のためになるものでなくてはいけない。

「じゃあ、私を幸せにしてくれる彼氏が欲しい、ってお願いは駄目なんですか?」

「それは無理だよ、自分の頭で考えて、具体的に望みを口にしてくれないと」

「ああもう、もっと簡単なおまじないならよかったのに」

私は膝を抱え、子供のように拗ねてしまった。


「だったら、ケーキ食べ放題くらいでいいかな、もう。あ。でも駄目だ。それで太ったら絶対に後悔するから『幸せになれるお願い』にはならない。……ん? そうだ!」

私はパン! と手を打った。

「食べても食べても、太らない身体になりたいです! これくらいなら高望みじゃないでしょ?」

大食いなわけではないし、体重は平均値だが、最近はお酒を覚え、ちょっと太り気味なことが気になっていた。

ことごとく願いを却下された今、分不相応なことを願うのはあきらめた。

せめてストレス解消に、ビュッフェでケーキを食べまくり、週末は思い切り飲みたいと思ったのだが。

啓介の答えはまたしても、却下、だった。


はあー、と私は溜め息をつく。

「なんで? なんでなの。そんなことすら、どうして叶えてもらえないんですか!」

「食べたいだけ食べて、飲みたいだけ飲んだ挙句、きみの内臓と歯はボロボロになる。甘いものも好きみたいだし、酔ってろくに歯磨きせず、寝ることも多くなるからね。三十代の半ばで、きみは総入れ歯だ。バレるのを恥ずかしがって、友達と旅行にも行けない。それがコンプレックスになって、恋愛からも遠ざかる。もちろん、アルコール中毒も避けられない」

ううう、と私は頭を抱えた。どうして駄目なのだ、と憤るたびに、啓介の説明を聞くと、納得せざるを得ない答えが返ってくる。

それがまた、悔しくて腹立たしい。

けれどまだ、私はあきらめていなかった。こんな機会は二度とない。なにかひとつくらい、自分を幸せにする願いがあるはずだ。


「わ、わかった。わかりました、それじゃあ、あれよ。……才能。そう、天才になりたいです! 音楽家とか、画家とか!」

いい考えだと思ったのだが、啓介はやれやれというように肩をすくめる。

「それは俺が、未来を見るまでもないと思うよ。きみがパッと思い浮かべた天才って、たとえば誰?」

「えっ? ええと、うーん。モーツァルトとか! ゴッホとか?」

「ああそう。それでその人たちの生涯って、少しは知ってるよね。彼らのこと、幸せだったと思ってる?」

「はい? ……あんまりは知らないけど、天才でものすごく大勢の人にちやほやされて、絶賛されて、大金を稼いだのは確かでしょ? それに死んでも、ずーっと名前も作品も残ってるし」

「それ、本気で言ってるの?」

啓介は、駄目だこりゃという顔で、天井を仰ぎ見る。

「あんまりじゃなくて、あまりにもまったく知らないんだな。そもそも天才と幸せを安易に結びつける感覚も、俺には理解できないよ」

「あの。啓介さん。いくらなんでも、人をバカにしすぎじゃないですか?」

私が愚かなのだとしても、言い方というものがあるだろう。


啓介は私の苛立ちなどいっこうに気にした様子はなく、ちらりと時計を見る。

「とにかく、次の願いを決めて」

「えー……うーん……」

結局のところ、私は想像力が乏しいのかもしれない。

なにものなのかはわからないが、幻想的な存在に、願いを叶えてもらえるという、ワクワクする刺激的なこの状況。

それにふさわしい解答を、どうしても思いつけないでいた。

(落ち着け、私。せっかくの、ありえないようなチャンスなんだから、なんでもいいから叶えてもらうべき。冷静になって、頭を整理しなくちゃ。私の普段からの、一番の関心ごと。美容が却下で、恋愛も難しくて、お金も駄目。ってことは、やっぱりあれしかないじゃない)


うん、と私は気合を入れるようにうなずいた。

「わかりました! じゃあ、さっきは無理かもってあきらめたけど……もう思いつかないから言います!」

なに、と啓介は、無表情でこちらを見る。

私はめげずに、声を大きくした。

「本物の、俳優の清峰啓介さんと知り合いたいです。彼女なんて、贅沢は言いません。友達でもいいですから!」

「わかった。いいよ」

あっさり言って、啓介は目を閉じる。

お願い。今度こそ。と私は両手の指を組み、祈るように彼を見つめた。

そして数分後。目を開けた啓介は、全然ダメ、と無情に告げた。

まるで振られたような喪失感が、私の胸を重くする。


「一応、聞きますけど。なんでですか」

暗い声でぼそぼそ尋ねると、啓介は答えた。

「とあるバーで、ぶつかったのをきっかけに、常連の飲み友達にしてみたけど。彼は、きみが思っているのと性格がまったく違う。知り合っても、話しがまるで合わない。どうやら彼は学歴が低いことに、コンプレックスがあるみたいだね。だから逆に、すごく勉強家で博識だよ。外で飲むのは近所のワインバーで息抜きに、週に一度だけ。仕事の合間に読書をして体調管理をする、ストイックで知的な人だ。だけどそんな人を前にして、きみはどんなお菓子が好きですか、だの、好きなタイプの女の子をお花にたとえるとしたらなんですか? だの、啓介って人がまったく興味のない会話しかできない」

「……うう……」

お花にたとえる、のくだりは、実際にファンレターに書いたことがある。

恥ずかしくなって、私は体育座りをし、膝の間に顔をうずめた。


なおも啓介は無慈悲に続ける。

「それに、友達でいいと言いながら、彼女がいると知ってショックを受ける。相手が芸能人と知ると、その女性のアンチになって、あることないことネットに書いた挙句、起訴されて会社にもバレるという、実にみっともないことになる。もちろん、啓介って人にも嫌われる」

「信じられない、嫌すぎる! っていうか、啓介さんに彼女いるんだ……! ショック、ああ、バカだ私、知りたくなかった!」

確かに、遠くから見ている分には憧れていて楽しいが、実際に知り合って嫌われたら、目も当てられないことになる。


「もう、いいです!」

もっと落ち着いて考えれば、なにか別の望みがあったかもしれない。

けれど私は失恋したショックで、自暴自棄になっていた。

手の届かない、テレビの中の相手に対する疑似恋愛ではあるが、失恋の痛みは現実のものとして存在する。

「まだ一時間半くらい残ってるけど、本当にいいの?」

「はい。こんなおまじない、しなきゃよかった。結局、なにを望んでも駄目なんでしょ? もういいです、帰ってください!」

私は叫んだが、啓介は無表情のままだった。


「帰るのはいいんだけどさ。呼び出したんだから、このまま終わりってわけにはいかないよ」

「……え?」

「そんなことも知らないで、まじないを唱えたの?」

啓介は氷のような目で私を見ていた。

「なにも知らない、なにも考えない、きみみたいな人の願いを叶えなくてすんで、本当によかったよ」

「だって、なにを言っても却下って」


憤って文句を言いかけた私のほうに、啓介は、すっと手を伸ばした。

その手が私の目を塞いだ、瞬間。

私は意識が遠のくのを感じていた。


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