お金が欲しいとお願いしてみた
生まれつきの美人なのと、この年でいきなり容姿が別人のように
変わるのとでは、やはりいろいろと違う。
そして私の性格だと、顔立ちがよくなっても、
幸せになれるわけではないらしい。
自分でもそう納得したので、別のお願いを考えた。
次にパッと頭に浮かんだのは、最初に容姿と迷った『お金』だ。
「啓介さん。それじゃ、お金をたくさん欲しい
っていうお願いはどうですか?」
「お金ね。いくらくらい?」
うーん、と私は天井を仰ぎ見て考える。
無意識に、顔はにやけてしまっていた。
「一生遊んで暮らせるくらいがいいなあ。庶民育ちだから、
大豪遊したらどれくらいで使っちゃうのか、わからないですけど。
……たとえば、百億円とかも可能ですか?」
思い切って大きな金額を言ったが、啓介は驚いた顔もせず、
淡々と言う。
「いいよ。それで、手に入れる方法は? 具体的に言って」
「えっ?」
「部屋の中に、いきなり札束を出現させるわけにはいかないよ。
実在するものが欲しいなら、どこかから持ってくるわけだから。
どこかの金庫から、盗んで移動するわけにはいかないだろ」
それもそうか、と私は再び頭を悩ませる。
「ええっと。そ、そうですよね」
私には、キャリアウーマンになりたいという気持ちは、
これっぽっちもない。
簡単な仕事を楽にできるのが一番だし、できれば結婚して
早く退職したかった。だから出世してバリバリ稼いだり、
責任のある役職にもつきたくない。
ギャンブルには興味がないし、投資や株も、
まったく勝手がわからなかった。
「やっぱり、宝くじに当選するのがいいかな。うん。
……百億までいかなくていいです。当選金には、
税金もかからないって聞いたことあるし」
「じゃあ、宝くじの最高金額が当たる、でいいかな?」
「そうですね。前後賞も合わせたら、結構な額になりそうだし!」
「わかった。ちょっと見てみるね」
啓介は言って、再び目を閉じる。
その横顔を見つめながら、私は今回は間違いないだろう、
と思って心を弾ませていた。
(何億もあったら、別人になるほどじゃなくても、
プチ整形と高級化粧品で、わりと綺麗になれそうじゃない。
エステに行けば、ダイエットだってしなくていいし。
それに、ヘアサロンも有名なところに行って、服もバッグも選び放題。
いつでもやめられるつもりで、会社には通っておこう。
だって綺麗になってもオシャレしても、自慢する人がいないと
つまらないし。あー、部屋も模様替えしたいなあ)
ところが、間もなく顔を上げた啓介は、却下、と無情に言う。
「なんで? お金なんて、いくらあったって
不幸になるわけないじゃない!」
「でもきみの場合は違ったよ」
啓介は、さらっと髪をかき上げて言う。
「最初は家族にも大盤振る舞いして、お祝いみたいなことをする。
まあ、楽しそうだったよ。ところがそのうち、家族が勝手に
家を建て替えようとしたり、車を買おうとしたりする。
それだけならきみは、まあ家も自分のものだし、と思っていたんだが、
家族がうっかり親類に話してしまった。
そして暮らしに困っていた親類に金を貸し、きみは怒りだす」
「あ……!」
私は口を両手で押さえる。どの親類がそんなことを言い出すか、
家族の誰が教えるか、すぐに思い至ったからだ。
「それから、友達はきみが急にブランドものを身に着けだして、
羨ましがる。最初は気分がよかったし、宝くじについては
秘密にしていたきみだったが、飲みに行って酔った勢いで、
宝くじが当たったと自慢してしまう」
お酒かあ、と私は顔をしかめた。
「それは、するかもしれないですけど。バレても別に、
悪いことをしたわけじゃないし、大丈夫じゃないかなって」
焦って言ったが、啓介は首を横に振った。
「すぐにではないけれど、結論としてきみは妬まれる。
陰口を言われる。嫌われる。金に困っていないきみは会社を辞めるが、
友達も失う。遊びに行こうにも友達はいない。
家族さえ信用できなくなった中、きみは寂しさから
ホストクラブに行ってみる。豪遊して歓迎され、チヤホヤされて
はまってしまうが、その結果……」
「いい。もうわかったから、言わないで」
私は右の手のひらを開き、ピシッと啓介の前に突き出した。
「なにそれ。信じられない。全然楽しそうじゃないじゃない!
あー。でもありえそうで、否定できません……」
はあああと私は、盛大に溜め息をつく。
「私の性格のせいで、そうなっちゃうのかなあ。だったらいっそ、
性格を変えてもらっちゃうとかどうですか?」
「そうだねえ。なんの不幸も痛みも苦しさも悲しさも感じない
ロボットみたいにすることもできなくはないけど」
「待って待って、それは絶対にイヤです!」
「まあそれは冗談だけど。どちらにしろ今現在の自我を失って
別人になる、っていうのは、幸せになれるお願いとは、
俺は認められないな」
「私も、それはそう思います」
私は頭を抱えてしまう。
「でも……幸せになるって言っても、いつか人は年を取って、
身体も弱って死ぬじゃないですか。そこまで先を考えたら、
幸せって存在しなくないですか?」
「もちろん、高齢で身体が辛くなっていくのは当然だからね。
一応、美加代ちゃんの残りの人生の九割が、幸せでいられる未来、
っていうのを想定してるよ」
「そうなんですか……私としてはこう、セレブになって、
クルージングとかしちゃって、高級店の常連になって……
妬まれるんじゃなくて、憧れられる、みたいな生活を
想像してたんだけどなあ」
つぶやくと、啓介はじっとこちらを見つめる。
「きみは他人に、早川美加代という人物が幸せだ、
と思って欲しいのか、本当に自分がそうしたいのか、
考えてみた方がいいよ」
「は、はい」
なんだか叱られた気分になって、私はしゅんとしてしまった。
「まあ、ゆっくりでいいから。焦らずに、お願いを考えてみて」
「ゆっくりって、時間はどれくらいかけていいんですか?
私、明日も仕事なんです」
ちょっと啓介に反発を覚えつつ、私は尋ねる。
「今、俺と話している間、俗世は時間を止めてるよ。でも、
いつまでも、っていうわけにはいかない。
よし、あの壁かけ時計だけは動かそう。三時間だ」
プラスティックの枠のついた安っぽい時計を、啓介は指差した。
「えっ、それだけですか?」
「充分な時間だと思うけどな。願いを言うだけなんだから」
「だって……」
ううーん、とますます私は頭を悩ませた。




