容姿についてお願いしてみた
叶えてもらえる願いは、ひとつだけ。
「えーっと、えーっと、お金と迷うけど、やっぱり……
美女! 私を美女にして下さい!」
両こぶしを握って、私は言う。
私は自分の容姿を、ものすごく醜い、とは思っていない。
けれど地味でパッとしない、という認識は持っていた。
これまでの二十四年間、片思いの経験はあるが、
彼氏がいたことはない。
一度でいいから異性にチヤホヤされてみたいし、
同性に対して優越感も感じてみたかった。
「美女。なるほどね」
青年はうなずいたが、まだ了承してくれたわけではなかった。
「でも、それって絶対的な基準があるわけじゃないだろ?
具体的に、この顔っていうのある?」
「そ、それなら」
私はスマホで検索し、なりたい顔ナンバーワン
と言われているモデルの顔を彼に見せた。
「この人の顔になりたいです。美容院で、
この髪型にして下さいって言ったら、顔が違うから
無理かもねえ、って言われたことがあって。
すごく悔しかった記憶があるの。
輪郭っていう意味だったのかもしれないけど」
「どれ? よく見えないから、隣に座って」
「は、はい、では、失礼します」
自分のベッドの上なのに、私は恐縮して、
それでもウキウキしながら、
啓介そっくりの青年の隣に座った。
「ふーん。この顔? これがいいの?」
「えっ。け、啓介さんの好みじゃないですか?」
「俺は啓介さんじゃないけど。まあ、やりとりがしにくいから、
とりあえず、啓介さんって呼んでもいいよ。それと、
美加代ちゃんが美女って思うなら、それでいいんじゃない」
「は、はい。私にとっては、そんな顔になれたら、
それだけて人生変わると思います」
「それなんだけどね」
便宜上の啓介は、至近距離で私をじつと見つめて言う。
「あくまでも俺が叶えるのは、きみが幸せになれるお願い事、
しか叶えないから」
「あっ、はい。えっ、どういう意味ですか?」
「つまりね。きみが言った願いを叶えた場合の未来が、
俺には短時間で全部見える」
「はあ。なるほど」
そんなことができるなんて、さすが神様だ。
「だから、きみが望む顔になったら幸せになれるか、
ちょっと見てみるね」
言うと啓介は膝を抱えて目を閉じた。
そんな面倒なことをするまでもないのにな、と思いつつ、
私はすぐその隣で、しげしげと彼を観察してしまう。
(睫毛がながーい。鼻高いし肌も綺麗。かっこいいなあ。
でも、なんで未来なんて見るんだろう。美女になったら、
絶対に人生イージーモードになるに決まってるじゃないの)
十分ほど、啓介はそうしていたが、
やがて顔をガバッと上げてこう言った。
「駄目だ。美女にして欲しい、っていう願いは、叶えられない」
「えっ、ど、どうしてですか?」
がっかりし、うろたえる私に、淡々と啓介は説明する。
「きみがこの女性の顔になった場合。まず、親にも友人にも、
誰だかわかってもらえない。整形だと説明するにしても、
問題は山積みだ」
「あ……そ、そう、ですか。そうか、親にもわからないくらい
顔が変わったら、会社も困るかな……」
「もちろん。電車に乗ったり町を歩けば、
このモデルに間違われるけれど、この人って
スタイルも売りでしょ。顔は似てるけど体格が違うんで、
会社でもからかわれたりする」
「体格。た、確かに私、背が低いし、そうなるかも」
「うん。そしてきみは会社での中傷に耐えられなくなって、
退職する。女性社員からのやっかみもあってね。
その後、顔は人気モデルと同じだから、
小さな芸能事務所にスカウトされるけど、
性格的に向いてない。結局はそっくりさんとして、
二回くらいはテレビに出て消える。
友達からは整形だと決めつけられるし、きみ本人も、
だんだんと自分ではない自分に苦しむことになる。
……そういう未来が見えたから、このお願いは却下」
うーん、と私は頭を抱えた。
それでは他の芸能人と同じ顔になっても、
結果は似たようなものだろう。
「そ、そうだ。じゃあ、スタイルだけ変えようかな。
背も高くして、足を長くして、出るとこは出て、
引っ込むとこは引っ込んだナイスバディになりたいです!」
顔が変わらないならば、身体だけでも、と思ったのだが、
先刻と同様、しばらく目を閉じた後、却下、と啓介は言った。
「身体にばかり自信を持ったきみは、まず顔との
バランスについて悩み始める。貯金をはたいて整形をするが、
その顔は気に入らない。化粧はどんどん濃くなり、
服の露出も増えていく」
「そんな! そんなことにはなりません!」
なるんだよ、と啓介は冷たい目でこちらを見て言った。
「整形を繰り返したきみは、今度は心のバランスが
とれなくなっていく。整形に必要なお金を借金して、
そのために夜の仕事もするようになる。
やたら派手になったんで、変な男も寄って来る。
それをモテていると勘違いして……」
「もういいです!」
聞きたくない! と私は耳を塞いだ。
自分の性格からして、絶対にそんなことはありえない、
とは思えなかったからだ。
(確かに、急に見た目が別人になっちゃったら、
心がついていかないかもしれない。
舞い上がって、調子に乗って、バカなことしちゃうかも)
はあ、と私は溜め息をつき、容姿に関してはあきらめることにした。