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手芸ときどきお菓子作り部の青春  作者: 天崎塁
第一章 二人の悩み
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07


 学校にマカロンを持って行ったあの日から四日が経った日曜。英二が一週間心待ちにしていた「趣味の日」がやってきた。


 普段よりかなり遅めの十時に起床すると、家に両親の姿はなかった。二人の夫婦喧嘩は、美沙子に口を利いてもらえないことに耐えられなくなった英和が昨晩謝罪したことで丸く収まったらしい。今日は英和も仕事が休みだと言っていたので、仲直りも兼ねて二人でデートにでも行ったのだろう。


 美沙子が作っておいてくれた朝食をとり、さっさと用意を済ませると英二は鼻歌混じりに家を出た。向かう先は港町にあるミュズールである。



 ミュズールは複合商業施設であり、飲食店からアパレルショップ、映画館にゲームセンターに雑貨店。複合というだけあって、それ以外にもたくさんの店が入っている。いつ来ても老若男女問わず沢山の人で賑わっている、人気スポットだ。


 英二の目的は北館の三階にある手芸店「シュガースポット」である。シュガースポットは三階フロアの半分以上の面積を使用しているだけあって、豊富な品揃えを誇っており、手芸好きには天国のように夢溢れる場所なのだ。


 港町までは電車で約十五分。道中、英二はふと空を見上げる。


 最近全てが上手くいっている。そう実感していた。まさに絶好調。


 ずっと心配していた七高のハイレベルな授業にも、今のところ取り残されることなくついていけてるし、この間の中間考査では学年四十四位というそれなりに良い(縁起は悪い)成績を残すことができた。


 部活はコーチ・顧問・先輩、同級生と皆良い人ばかりである。そして、ここ数週間こそ忙しくてお預けとなっていたが、毎週日曜にはお菓子を作ったり、手芸をしたりして、思う存分趣味に時間を費やすことができているのだ。なんなら上手くいきすぎているといっても過言ではない。


 ……ただ、


「今日は快晴だな」


 何故か心から満足出来ていない自分がいた。

 何に満足出来ていないのかも分からないのだから、さらにタチが悪い。しかし、そんな邪念もシュガースポットへ足を踏み入れると途端にどこかへと吹き飛んでいく。


 清潔感漂う白を基調とした内装に、種類豊富な手芸用品たち。客の殆どが女性であるなか、英二の存在は一際浮きまくっているが、もちろん本人はそんなこと気にしない。無表情を貫いているように見えるが、内心はウキウキでスキップしたい衝動を抑えているほどだ。英二は極端に表情のバリエーションが少ないのである。


 大きく深呼吸をすると、早速、目星をつけていた物のもとへ直行する。どこにどの商品が配置されているかは全て頭に入っているのだ。


 英二は受験前までは編物に凝っていた。時間を掛けてセーターを編み、祖父母にプレゼントをするという中学生男子らしからぬことをしたこともあったが、最近は新たに羊毛フェルトの方にも手を出しはじめた。


 羊毛フェルトとは、羊毛を特殊な針でつつくことによって自分の思った形に成形していき、マスコットやブローチ等を作成していくものだ。ひたすらつつく作業の連続なので、お菓子作り同様に根気が必要とされる。羊毛は毛糸に比べると非常にリーズナブルなので、高校生の財布にも優しい。


 色とりどりの羊毛があるなかで、英二は消耗の激しい白・黒・茶を二つずつ、そして同系色が八色セットで詰められているものを二つ、カゴに入れる。


 現在制作しているのはペンギンの小さなマスコットだ。白色の羊毛がきれてしまったので作業を中断せざるをえなかったものの、これでようやく完成する。


 ……その時、ふと委員長の鞄についていたストラップが脳裏に浮かんだ。


 ただのストラップだったら見向きもしなかっただろうが、委員長のものには羊毛で作られたウサギのマスコットがついていたのである。とても愛らしいウサギはクオリティが高く、買った物なのか誰かが作った物なのかが気になって仕方ないのに、タイミングに恵まれず未だ聞けずいた。


 そうだ、あれを参考にしてペンギンが完成したらストラップにしよう。そして美沙子にプレゼントしたらきっと喜んでくれるに違いない。母は年齢を気にせず、可愛いと思ったものは身につける人なので、そういうところは有難かった。


 こう見えて人の喜ぶ顔が大好きな英二は相好を崩す。せっかくだからペンギンの次はウサギを作ろう。委員長が持っていたもののように上手く作れる自信はないけれど、チャレンジする価値はある。


 完成したペンギンのストラップを想像しながら、軽やかな足どりでレジへ向かっていると、別方向からやってきた女性と勢い良く衝突してしまった。女性は巨体の英二に跳ね飛ばされ、べしょんと床にしりもちをつく。


「いたた……」


 英二は慌てて手を差し伸べた。


「すみません! 大丈夫っすか?」

「あ……こっちこそ、よそ見をしてて……」


 しかし、その手が掴まれることはなかった。

 女性は英二の顔を見るなり、顔を青くしたのである。


「細見くん……?」

「…………えっ」


 しまった、と女性は口を手で押さえた。

 どうして俺の名前を知っているのだろう。


 さすがの英二も「まあいいや」では済ませられない。食い入るようにを女性を凝視してみるが、やはり、どれだけ見ても知っている人間ではなかった。美沙子が好みそうな可愛らしいワンピースを纏い、腰まである黒髪は緩やかに波打っている。ナチュラルメイクを施しているようで、頬はほんのりと桃色に染まり、なんというか「女性」というよりは「女の子」という言葉の方が相応しいと思った。


 首を傾げながら、女の子が落としてしまったピンクのボストンバッグを拾う。


 すると、そこに繋がれたある物が目に入り、英二は「あっ」と声を漏らした。羊毛フェルトで作られた、可愛いうさぎのモチーフがついたストラップ。それ、作ったんですか? 買ったんですか? と聞きたくなる素晴らしい完成度。


 もしかして、


「……委員長か?」

「……」

「委員長だよな?」


 追い詰められているわけでもないのに、凄みのある形相でそう問うてくる英二を前にすると彼女は観念した容疑者のように項垂れ「はい……そうです……」と声を震わせるのだった。



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