04
入学から二ヶ月以上が経ち、英二も七高での学校生活にすっかり順応していた。
一年A組の生徒たちは明るく愉快な生徒が多いということに英二が気が付いたのは、自己紹介をしたあの日からさほど間を置かずしてのことだった。毎朝のHRでは温厚篤実な佐々木をいじり倒し、休み時間が訪れる度に教室内はどっと騒がしくなる。その様は、夏休みを迎えた小学生のテンションに似ていると英二は秘かに思っていた。
しかし、そんな彼ら彼女らも学区内最難関といわれる七高への入試に勝ち上がってきただけの学力を誇っているのだ。ただ騒がしいだけでなく、その賢さを垣間見る出来事はこの二ヶ月の間に多々あった。
授業中の教室内で私語が飛び交うなんてことは皆無だし、騒がしいA組のなかにも少数ではあるが個人行動を好む者だっている。そういう人間に対しては皆も一定の距離感を保ち、深く介入するなんてことも絶対にしなかった。HRに佐々木をいじるのだって、もとはといえば一年生の担任を受け持つのが六年ぶりだということで緊張していた佐々木を和ませるために始まったものである。
「英ちゃん、ご飯食べようぜ」
「ああ」
椅子を抱えやって来るチャライと昼食をともにするのは、中学の頃からの習慣のようになっている。英二は美沙子の作った弁当を、チャライは登校時にコンビニで買ったパンを食べながら雑談を交わる。
彼も七高での生活をそれなりに気に入っているようで、毎日楽しそうだ。
「いや~、テスト期間の直後だから心配してたけど良かったなぁ」
「ああ、本当にな」
先日、英二は柔道のインターハイ県予選で個人九十キロ級優勝を果たしたと同時に、八月頭に宮城で行われる本選への出場権も無事獲得することができたのである。
「柔道部、どうなの?」
「楽しいよ。しっかり稽古出来てる」
……むしろ出来すぎているくらいだ。
七高柔道部は歴史こそあるが、お世辞にも強豪だとはいえない。しかし弱小かと問われると、それもまた違う。そう。強くもなければ弱くもなく、所謂「ぱっとしない」状態が長き歳月に渡り続いていたのだ。
そんななかで名実ともに最強といえる英二が入部したことで、学校関係者は柔道部に対し期待を抱くようになった。
外部から新たなコーチも要請し、今では強豪校と引け目をとらないほどの練習量をこなしている。……それでも県予選の団体戦は二回戦敗退という悔しい結果に終わり、こちらはインターハイ出場を逃してしまった。柔道部の面々は「英ちゃんに負けてられない」と更に奮起して、日々稽古に励んでいる。
「実はこの前、日曜も練習日にしようかという話しが部内で出たんだ」
「え、英ちゃんピンチじゃん」
「ああ。日曜日は柔道部の稽古がないって理由で七高に入ったのに、そんなことになったら本末転倒だ。だから、心身のリフレッシュする日が週に一度はほしい。そのためならどんなメニューもこなしますからって……懇願したよなぁ」
「必死だ。それでどうなったの?」
「お前がそう言うなら、ってみんなも諦めてくれた」
「良かったねぇ」
「まあな……」
しかし、思うところはあるわけで。
自分は入学したばかりの一年生。誰よりも地位は低いはずなのに先輩も顧問も皆、英二の意見を一番に尊重してくれる。非常に有り難い反面、申し訳なくもあった。そもそも、こんなことを英和に知られたらどんな表情をされるだろうか。
そんなことを考えていると、英二とチャライのもとへ二人の女子生徒がやってきた。クラスメイトの須崎と作田である。
「英ちゃん、チャライくん」
「食事中にごめんね」
「どうしたの?」
チャライの声のトーンが少し高くなった。
「今度の土曜日、クラスの数人で遊ぶ予定なんだけど……二人もどうかな?」
須崎は落ち着かないのか、胸元まで伸びた髪を人差し指で弄っている。
「人数多い方が楽しいしさ!」
快活な作田は歯をにっと見せて笑う。ちなみに、自己紹介のとき英二に趣味を訊ねてきた女版チャライは彼女だ。
「……部活があるから無理だ」
「俺もバイトだわー」
「ごめん」と口を揃える男子二人を前に須崎は残念そうに肩を落とした。その様子を瞬時に汲み取ったのか「また機会があれば誘ってね。俺も楽しみにしてるから」とチャライは爽やかな笑顔でフォローする。
「……お前、バイトはじめたのか」
須崎と作田が去ったあと、英二は声を落としてチャライに訊く。
「いや、してないよ。でも中間テストも終わったことだし、土曜は寝溜めするって決めてたんだ。こう言った方が断られた方も嫌な気しないじゃん」
「ふぅん」
英二とは違い、チャライはちょこちょこと小さな嘘をつく。とはいっても、基本的に世の中をうまく立ち回っていくためのものばかりであり、極端に人を悲しませるようなことは決してないのだが。……まあ、それでも嘘は良くない。
昼食を食べ終え一息つくと英二は席を立ち、登下校に使用している柔道部のスポーツバッグを肩に掛ける。
「チャライ、屋上行かないか」
「え、屋上って開放してるの?」
片肘ついてスマートフォンを弄っていたチャライが勢い良く顔を上げた。
「開放はしてないけど鍵が壊れてて入れるらしいんだ。柔道部の先輩に教えてもらった」
「へえ。昼休みに屋上でひなたぼっこなんて、漫画の世界だけだと思ってたわー」
「普通、みんなそう思うだろ? だからこのことを知ってる生徒は極めて少ないそうだ。壊れてることに気付いていない教師も、ちょっと間抜けだよなぁ。人がそんなにいないから、穴場らしいぞ」
「なるほどねー、人が少ないとか超良いじゃん。行く行く!」
そうして二人は仲良く教室を後にしたのだった。