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手芸ときどきお菓子作り部の青春  作者: 天崎塁
第一章 二人の悩み
3/30

03



 閑静な住宅街にある細見家はロココ調の可愛らしい外観をしており、ご近所さん方からは「小さなお城」と呼ばれている。我が家を目にする度に「名前と同じくらい俺とは不釣り合いだよなぁ」とさすがの英二でも思わずにはいられない。


 そんな細見家の斜め前に佇むのは、小さなお城と相反して趣のある渋い日本家屋。なんと、こちらはチャライの家である。家が近いといっても、二人は幼なじみというわけではない。新田家がこの土地を購入し、家を建てて越してきたのは、つい二年前のことだ。


「英ちゃん、学校どうだった?」

 パウンドケーキ作りの開始と同時に、母の美沙子がキッチンまで話をしにやってきた。


 小柄で童顔の美沙子は、大柄で老け顔の英二とは似ても似つかなく、とても愛らしい容姿をしている。可愛い物をこよなく愛しており、小さなお城も彼女の少女趣味が色濃く反映されてしまった結果である。二人が並んでいても、親子だと気付く者はまずいないだろう。


「チャライとまた同じクラスになった」

「それはわたしでも知ってるよ。昨日、新田さんと入学式行ったし」

「あ、そうか」

「それよりさ、チャライってあだ名どうにかなんないのかな。あの子、めちゃめちゃ格好良いのに」


 美沙子はチャライのことが大好きだった。


 手足が長く、すらりとした痩躯に繊細さが伺えるどこか儚げで端正な顔立ち。なのに話すと非常に愛想が良くて、笑顔もよく似合う……つまり、息子とは正反対の男の子。


「英ちゃんと葵くんが並ぶとまさに、野獣と王子様って感じよね。野獣も素敵だけど、やっぱりわたしは王子様の方が好きよ」と彼女は英二の顔を見ては、よく拗ねる。昨日の入学式でも、息子を放ってチャライの写真ばかりを何枚撮っていたことか。


「本人は気に入ってるみたいだけどなぁ。それより父さんはまだ帰らないの?」


 必要量用意した薄力粉・アーモンドプードル・ベーキングパウダー・ココアパウダーを合わせ、粉ふるい器でふるう。シャカシャカ、という音が規則的にキッチンに鳴り響いた。英二が赤ん坊の頃から何度も耳にしてきた、大好きな音である。


「今日はちょっと遅くなるって」

「そうか」


 美沙子の夫であり、英二の父である英和は刑事だ。外では寡黙で冷静な漢として通っているそうだが、ひとたび、家に帰ると多弁で豪快な親父へと変貌する。英二が幼い頃から柔道に慣れ親しんでいたのは、そんな父の影響だ。


「英和くん、英ちゃんが七高に行ったこと残念がってるんだよ」

「……どうして」


 粉類をふるい終えると、ボウルに溶かしたバターと砂糖を入れ、泡立て器ですり混ぜる。ざらざらとした感触に、気持ちは徐々に高まっていく。


「そりゃあ、やっぱり柔道の強豪校に行ってほしかったからじゃない。スカウトもいっぱいきてたのに」


 またその話か、と英二は重い溜息を吐いた。

 七高を受験すると決意表明したとき、英和は「頑張れ!」と力強いエールをくれたのだが、その表情は確かにどこか寂しそうだった。……しかし、


「そもそも、父さんが『柔道だけじゃなく勉強にも力を入れろ』って昔から言ってたんじゃないか」


 英二が文武両道を常としているのは、英和の教えを守ってきたからなのである。それなのに高偏差値と知られている七高への入学を残念がるというのは、あまりにも身勝手な話ではないだろうか。


 口をへの字にしながら大きな手で小さな卵を割り落とし溶かすと、先程混ぜ終えたばかりのボウルに少し流し入れ、再び混ぜる。ここで面倒くさがって一気に入れると、分離してしまうので気長にやっていく事がコツだ。


「でもさ、柔道を頑張るなら勉強は疎かにしてもいいよー、なんて言う親はなかなかいないわよねぇ」

「……七高でもちゃんと柔道は続けるし、努力もするよ。結果を残したら、父さんも安心するだろう」


 卵、綺麗に混ざったな――と英二が頷いたのと同時に美沙子が「英ちゃん、入れてあげる」と予め湯煎で溶かしておいたチョコレートをボウルに流し入れてくれた。とても良いタイミングにさすがだ、と感心する。


 何を隠そう、美沙子は英和と結婚するまでパティシエールとしてケーキ屋に務めていたのだ。幼い頃は母と一緒にお遊び感覚でやっていたお菓子作りも、成長とともに英二の趣味にまで発展してしまったのである。


「ありがとう」

 チョコレートを入れたことで一気に質量が大きくなった生地を前に、英二は所持アイテムを泡立て器からゴムベラへと変更する。ここからはムラがなくなるまで混ぜ続けなければならない。既にお気付きだろうが、お菓子作りというものはとにかく流し入れる・混ぜる作業が続くので根気が必要とされるのだ。


「そうだ、オリンピックは? どう? いけそう?」


 美沙子は目を輝かせながら訊いてくる。


「オリンピックはさすがに無理だろう。そこまで甘くないよ」

「えー、つっまんないのー」


 拗ねたように頬を膨らますと、母は飽きたといわんばかりにキッチンを去っていった。本当に子どものような人である。自分は本当にあの母親の遺伝子を受け継いでいるのだろうか?


 幼い頃から常日頃思ってきたことだが、あまりにも似ていなさすぎる。


「…………まぁいっか」


 マーブル模様から少しずつチョコレートの温かい色へと染まっていく生地を前にすると、そんなことすぐにどうでも良くなった。


 これはきっと美味しく出来る、そう確信したのだ。




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