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手芸ときどきお菓子作り部の青春  作者: 天崎塁
第一章 二人の悩み
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02



 英二がこの春、めでたく入学した県立七ヶ峰高校――通称・七高は、学区内でもトップレベルの学力を誇る進学校だ。


 そんな七高には、教育目標の一つに「自ら考え、自ら行動し、自らの力で未来を切り開いていける鋭い判断力を養う」とあり、それを尊重するためか偏差値の高さとは裏腹に自由な校風が特徴でもあった。


 昨日の入学式の段階で既に染髪している人間は多数存在していたし、クラスメイトには鼻にピアスをあけている者だっている。


 今日はまだ入学後の特別編成授業で、午前には教諭紹介や校長による「自ら考え――」を始めとする教育理念の説明、午後からは部活紹介と先程のクラス内自己紹介が執り行われ、ようやく長い一日は終わった。本格的に授業が始まるのは明後日からだという。


「やっぱり、英ちゃんはどこにいても人気者だね」

「……人気者にはあまりなりたくないんだけどなぁ」


 英二はチャライと肩を並べ帰路についていた。

 チャライというのはもちろんあだ名であり、その本名は新田葵という。彼は誰とでもすぐに仲良くなってしまうフットワークの軽さに、群を抜いた端正な顔立ちが相まって中学の頃から非常にモテていた。


 そんな彼に嫉妬した男子の一人が皮肉を込めて「葵」のイントネーションをそのままに「チャライ」と呼ぶようになったのだが、思いの外このあだ名は浸透してしまい、現在に至る。どうやら本人もそれなりに気に入ってるようだった。


 チャライも高校入学と同時に染髪した一人だが、綺麗な顔に茶色い髪が映えて、アイドルのように研ぎ澄まされた風格まである。既に同じクラスの女子の間では「あの子格好良いね」と話題になっていることを英二はまだ知らない。


「てか、ブレザーに憧れてたんだけどな。高校生になっても相変わらず学ランなうえ、これまでついてくるんだもん」


 そう言ってチャライは浅めに被っている学帽を指差した。七高の制服は女子がセーラー服で男子が学ラン。それだけなら至って普通なのだが、男子に関してはこの学帽も制服に含まれていた。とはいっても、自由な七高なので必ず着帽しなければならないという決まりはもちろんなく、学校行事がある日だけ必須ということになっている。


 だが、今時珍しい学帽の存在は生徒や保護者間でも非常に評判が良く、普段から着帽している者も多いらしい。


「そう言いながらチャライも気に入ってるから、今日も被ってるんだろ?」

「まぁね。なんかレトロな感じがして嫌いじゃない」

「チャライは顔が整ってるから、映画から飛び出してきたみたいだなぁ」


 ちなみに英二も被っているわけだが、彼の場合は映画俳優というよりは応援団だとか不良だとか、そういう言葉の方が妙にしっくりくる。


「でもさ、自己紹介の時に佐々木も言ってたけど……どうして柔道の強豪校に行かなかったのさ。未来のオリンピック候補とかすげー言われてたじゃん。推薦とか持てあますくらいきてたんじゃないの?」

「まあな。でも、俺はもともとオリンピックには興味なかったから。自己紹介でも言った通り、文武両道を極めるために七高を選んだ」

「それだけじゃないでしょ。そもそも、英ちゃんはあんま勉強しなくても良い点とれちゃうタイプの人だし」

「……」


 良くいえば洞察力のある、悪くいえば目ざといのがチャライという男だった。本人はそれを自分の短所だとよく自虐しているが、自他共に認める鈍感な英二からしたら素晴らしい長所だといつも感心している。


 自己紹介でも口にしなかった、七高に入った本当の理由。まあ隠すほどのことでもないし、と英二は空を見上げてぽつりと呟くように言った。


「俺は……自分の時間がほしかったんだ」

「自分の時間?」

「ああ。柔道の強豪校に進学したら朝稽古、放課後稽古、土日に至っては朝から晩まで一日中稽古をしないといけない」

「そりゃそうだろうね」

「事実、俺は今まではそうやって柔道に打ち込んできた。……でも、そろそろ柔道以外のことにも時間を使いたいと思ったんだ。朝・放課後・土曜はちゃんと稽古するから、せめて日曜の一日くらいは趣味に費やせればと」

「オリンピックを目指すわけでもなし?」

「そうだ」

「それがお菓子作りと手芸?」

「ああ。七高の柔道部は日曜の練習がない。さすがに大会前は別だが。そのくせ、道場はちゃんとある。それを知ったとき、ここしかないと確信したんだ」


 そんな理由で受験したのに、高倍率のなか見事に受かってしまったので万々歳である。


「趣味ねぇ……」

「明日から部活に顔を出すことになっている。だから今日は平日最後の趣味に時間を費やせる日なんだ。手芸は勉強の息抜きとかでも出来るけど、お菓子作りはまとまった時間がないと駄目だからな」

「なに作るの?」

「チョコレートパウンドケーキにしようと思う。昨日のうちに材料も買っておいたんだ」

「えらく可愛いチョイスだな。でも……良いねぇ。余ったら明日、俺にもちょーだい」

「いいぞ、楽しみにしとけ」


 チャライも例に漏れず、英二の趣味をどこか疑っている節があった。しかし、自己紹介のときのクラスメイト達のように「冗談言うな」と笑い飛ばすようなことは決してしない。作ったお菓子を学校に持って行けば、いつも美味しいと言ってたくさん食べてくれる。


 どちらかといえば個人行動を好む英二がチャライと仲良くする所以は、こういうところにあった。



「まあいろいろ言っちゃってるけどさ。俺、高校でもまた英ちゃんと同じクラスになれてすっごく嬉しいんだよ?」


 心優しい友の言葉に、英二は穏やかに微笑んだ。




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