表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
99/245

閑話 ダミアン4

書きたいものを書くと開き直った結果、終わらなかった。

 計略を練っていくに従ってどうしても気になるのは雷光隊の存在だった。噂で集めただけの情報だが、彼等は皆一様に騎竜術に優れていて移動速度も速い。フォルビアを拠点にしている彼等の目の前で幽閉中のゲオルグ殿下を連れ出すのは難しい様に思えた。

 そこで参考程度に協力関係にある貴族からも話を聞いてみた。彼等もルークの事を目障りに思っていたらしい。貴族の1人が身内だと言う第6騎士団の副団長ギルベルト卿を紹介してくれた。

 だが、現役の竜騎士にいきなり国家転覆の話をしても大丈夫だろうか? 不安に思ったが、彼は淡々とこちらの要望に応えて雷光隊をフォルビアから遠ざける手筈を整えてくれた。わざと密輸を発覚させ、それをビレア家主導で行われたように思わせたのだ。

 小道具に選んだのは最近アジュガで作られるようになったという金具だった。ビレア家で改良されたこの金具は、ルークの兄が構えた工房で生産しているらしい。不正が明るみになったゴッドフリードが処分された後、ゼンケルは竜騎士の装具を作る工房として生まれ変わっていた。件の金具は現在、ゼンケルにしか卸していないのだが、職員の1人が数をごまかして売り払い、小遣い稼ぎをしていたのだ。

「ルーク・ビレアは事の真相が明らかになるまで隊長位を返上した」

 そう知らせが届いたのは冬が間近に迫った頃だった。計画の第1段階を突破した俺達は次の段階へと行動を開始する。計画を成功させるには人手が足りず、シャークが連れていた傭兵の手も借りることにした。特に腕の立つ者達に砦の襲撃を任せ、残った数人には殿下の移送をするテオ達に同行してもらうことになった。

 この冬の初討伐で竜騎士が出払ったその留守を狙い、傭兵達は古の砦に入り込んで目当ての人物をさらう。その人物を砦の外で待っていたテオ達が預かり、荷馬車に乗せて城壁の外側を北上する。一方の傭兵達は散り散りになってその場から離れ、ワールウェイド領の北にある協力者スヴェンの居城に集まる手はずとなっていた。本当は別の場所で落ち合う予定だったのだが、手柄が欲しいらしい奴が後から割り込んで来てこのような形になってしまった。

 スヴェンの居城で各方面からの報告を受けて対応するため、俺は今回、テオ達に同行しなかった。先ずは傭兵達が帰って来て、砦の襲撃に成功したことを報告してきた。テオの方からも順調という報告があった。

 先ずは計画通りに事が進んで安堵する。しかし、それでも嫌な予感が付きまとっていた。計画書を見直し、報告書を何度も見返す。全てが順調なのだが、その嫌な予感を拭い去ることが出来なかった。

「明日下山する」

 テオ達より先行して野営の準備をする班をまとめているニールからの報告が届いた。検問を避けるために山越えの道を選んだわけだが、ゲオルグ殿下はあの険しい道を耐えて下さったわけだ。明日の昼にはこの居城の近くの村に到着するだろう。全てが予定通りなのだが、やはり何か不安を感じる。言い知れない不安を抱えながら俺は夜を明かした。




「ダンさん、スヴェンが殿下を迎えに行くと言って飛び出していきました」

 そう報告があったのは、テオ達と合流するために出かけようとした時の事だった。あの男には妖魔が出ない保証は無いのだから大人しくしていろと言っておいたのだが、妖魔への恐怖よりも欲が勝ったようだ。俺は目深にフードをかぶって馬にまたがると、合流する予定となっている村へ急いだ。時すでに遅く、スヴェンがテオ達ともめていた。

「勝手に動くなと言ったはずだが」

 馬上からスヴェンを冷ややかに見降ろして言うと、逆切れして詰め寄って来る。

「偉そうに言っておいて人違いではないか!」

 スヴェンが指さした先には立派な体格をした若い男が立っていた。但し、その男の髪の色は、俺達が望んでいた赤ではなく、蜂蜜色だった。

「何故、ルークがここにいる?」

「……それは俺の台詞です、ダミアンさん」

 何の事は無い。作戦は最初から失敗だったのだ。思わぬ再会だったが、感慨にふけっている場合ではない。考えるよりも先に体が動いていた。

「作戦は失敗だ」

 俺はそう言うとすぐに馬首をめぐらせて村の門を目指す。テオ達も慌てて自分の馬に跨って後を付いてくるが、突如その馬が動かなくなる。ルークが馬達を自分の支配下に置いたのだ。それならばとベックが馬を捨てて走り出すが、馬を門へ先回りされていた。こうなるともう逃げるのは不可能だ。それでもスヴェンは自分の部下にルークへの攻撃を命じていたが、彼等はあっけなく叩きのめされていた。

 ルークの話ではここまでの足跡は全て騎士団が押さえてあり、そして彼の仲間ももうじきここへ到着するらしい。力の差を見せつけられたスヴェンはその場で力なく座り込んだ。

 俺は他に何か取れる手段は無いか思考をめぐらしたが何も浮かばない。降伏以外に道は無さそうだ。悪あがきを止めて降伏しようと口を開きかけたところで、妖魔の気配を察した。それも今までに感じたことが無いくらい禍々しい。まだ見習いだった頃、座学の時間で聞いた「女王の行軍」が頭をよぎった。

 俺達は一時停戦をして妖魔と対することになった。やがて妖魔の大群と今までに見たことが無いくらい大きな青銅狼が姿を現した。女王のお出ましだった。門の脇にある見張り台に並んで立ち、対策を考えるが俺達だけで出来ることなどない。それなのにアイツは仲間が来るまで女王を足止めすると言い出した。

「倒す必要はない。ただ、このまま留まってくれればいい」

 女王は既に移動し始めていた。アイツは身一つで飛び出していこうとするので、仕方なく俺の愛馬を呼んで使ってもらうことにした。無いよりはましだろう。

 馬に跨ったアイツは勢いよく飛び出していく。妖魔の一部が彼の邪魔をしようとするので、俺は見張り台から援護をした。

 その合間にアイツの様子をうかがっていると、なんか、とんでもない光景を目撃した。女王が怒り心頭で突っ込んでくるのを見計らい、馬を乗り捨てたアイツは女王の顎を蹴り上げたのだ。怒りで我を忘れている女王は仲間を巻き込みながら執拗にアイツを狙う。そんな女王の口の中に今度は何かを放り込んでいた。


ギャオォォォォォン!


 その苦しみ様からおそらく香油の入った瓶だったのだろう。俺達は目の前の光景が信じられず、攻撃の手を止めてただ呆然と眺めていた。妖魔達も女王の怒りを恐れて遠巻きになり、襲ってくる気配もない。そんな中、ルークと女王の一騎打ちが始まった。

 最初は互角にも思えたが、女王はあまりにも強かった。傷だらけとなったルークは女王の一撃で吹っ飛ばされて動けなくなっていた。

「ダンさん、無茶です」

 知らないうちに俺は彼を助けようと見張り台から飛び降りようとしていた。それでもこのまま見捨てることは出来ない。届かないと分かっていても何本も矢を放つが、ルークの止めを刺そうとする女王の歩みを止めることができなかった。

 絶望感に打ちひしがれそうになった時、遅ればせながら竜騎士が到着した。確かめるまでもなく彼等は雷光隊だろう。遠目で判別できないが、隊長格らしい2人が女王を引き付け、3人が他の妖魔をけん制する。そしてエアリアルに跨った少年が負傷したルークを保護した。

 どこぞへ運ぶにしても応急処置は必要だろう。こちらに来るように手招きしたが、俺を覚えている飛竜は頑なに拒否した。それでも少年と2人でどうにか飛竜を説得し、ルークの応急処置を終えることが出来た。そしてエアリアルは再びルークを大事そうに抱えると、少年の指示の下、戦場から離脱していった。

 やがて知らせを受けたらしい竜騎士達が続々と集まり、妖魔達は次々と駆逐されていった。最後に女王が無に帰ると、その場にいた全員が雄叫びを上げていた。俺も知らないうちにそれに加わっていたのだった。




「自分は第2騎士団所属の元竜騎士、ダミアン・クラインであります」

 討伐終了後、雷光隊に面会をした俺は正体を明かした。どうにも逃げられない以上、これ以上隠していても何の益もない。そして、俺が洗いざらい話すことで人質になっている妻子……エマとフェリシア、そしてヤン爺さん達を助けてもらえるのではないかという下心もあっての事だ。もちろん、俺自身には厳しい処罰が下るのは間違いない。それでも家族を助けてもらえるならそのくらい耐えて見せる……とこの時は思っていた。

 雷光隊のラウル卿とシュテファン卿に加えてフォルビア総督のヒース卿も一緒に俺の話を聞いて頂いた。その結果、3日後には皇都から陛下の名代として総団長のアスター卿が来られた。そして直々に尋問を受けたのだが、何と言うか風当たりがやけに強い。更にはその場にいて何故ルークを止めなかったとネチネチと責められ、精神がゴリゴリと削られていく。

「貴方の力はそんなものですか?」

 2日がかりで一通りの尋問が終わると、今度は女王と戦ったルークの記憶を飛竜に伝えろと命じられた。第2騎士団在籍時でもほとんどしたことが無い技だ。しかも伝える相手はルークの部下の飛竜だ。信頼関係が全く構築されていない最悪の条件でする羽目となり、遅々として進まない。アスター卿からは嫌味を言われながらも妻子の為、自分に耐えろと言い聞かせてなんとかやり切った。

「まあ、いいでしょう」

 最終的にそう言ってもらえた時には思わず安堵の息を漏らしていた。結果には満足してもらえた様で、要望を聞いてもらえることとなった。迷うことなく俺はルークへの面会を求めたのだが、この時まだルークの容体は芳しくなかった。アスター卿は少し迷っておられたが、彼の容体が安定したら応じるかどうか聞いておこうと言って下さった。

 慣れない力を使ったせいか、俺の方はこの後2日程寝込む羽目になってしまったが……。




 投降した後、てっきり牢に入れられるのだと思っていたが、俺にあてがわれたのはフォルビア城内にある兵舎の一角にある部屋だった。規律を破った兵士の謹慎用の部屋らしいが、村で使っていた部屋とは比較にならないくらい清潔だった。

 入口にカギをかけられ、交代で見張りも立っているのだが、十分な食事も用意され、運動不足解消に見張り付きだが散歩も許される破格の待遇だった。疑問に思い、見張りの兵士に聞いてみると、女王討伐に貢献したとしてヒース卿がそう命じられたらしい。

 そして一通りの尋問が済むと、暇なら手伝えと言われて仕事を押し付けられた。主に俺達の所為だが、忙しいらしい。俺に割り振られたのは文官の手伝いだった。何しろ足が動かないので肉体労働には向かない。厨房の下働きも家事が一切できない俺には無理だった。綺麗な文字を書くと言われて重要度の低い文書の清書をすることになったのだ。

 そんな風に半月ほど過ごした頃、ようやくルークとの面会が認められた。フォルビア城から飛竜で移動し、着いたところはワールウェイド領にある薬草園だった。カスペル達がベルクの遺産があると信じて疑わなかった場所でもある。内乱から3年経った今では、タランテラ国内で最高峰の医術が受けられる療養所となっていた。ルークもここへ運び込まれたから命が助かったのだと、送ってくれた竜騎士が誇らしげに語っていた。

 着場では雷光隊の出迎えを受け、そのままルークの病室へ案内される。案内された部屋の寝台にはルークが枕を背に預けて体を起こした状態で待っていた。傍らに立っている綺麗な女性がルークの婚約者だろう。この厳冬期にルークの看病をするために皇都から来たのだと誰かから聞いた。

「この様な格好で失礼します」

「いや……こちらこそ面会を……許可してくれて感謝する」

 やつれた様子に思わず言葉が詰まった。女性が椅子を勧めてくれたので座るが、出入り口にラウル卿とシュテファン卿が立っていてその威圧感が凄い。なんか、話し辛い。ルークも同じことを思ったらしく、2人だけにして欲しいと訴えた。彼等は渋っていたが、俺が椅子の位置を寝台から離し、杖をラウル卿に預けてどうにか納得してもらった。

 そしてようやく本題に入れた。本当はすんなりと謝罪して終わるつもりだったのだが、どうしてもこちらの事情も知ってほしくて言い訳めいた話が長くなってしまった。それでも彼は何も言わずに付き合ってくれた。

「まさか、お前が単独で女王に挑んでいく酔狂な奴だとは思わなかった」

 女王に遭遇した下りを思い出すと何だか腹が立ってきた。俺は止めたのに1人で突っ走って怪我して死にそうになり、それを彼の周囲にいる人間は皆、俺の所為だと責めたのだ。恨み言の一つや二つは言っても許されるだろう。それを知らなかったルークは逆に恐縮して謝っていた。

「でも、まあ、改めてお前には敵わないと実感させられたよ」

 こうして面と向かって言いたかったことを言えたおかげか、随分と気持ちが楽になっていた。俺は立ち上がると、ルークに深々と頭を下げた。すると彼は、驚くほどすんなりと俺を許してくれたのだ。

「今、俺はとても幸せなんですよ」

 そう言った彼は本当に幸せそうに笑っていた。そしてこうして謝罪をしに来たことを嬉しいとまで言ったのだ。本当に出来たヤツだ。改めてこいつには敵わないと思った。そしてそんな彼に感謝を伝えたところで面会の時間は終わってしまった。

 俺に下される罰はまだ聞いていない。けれどこうして会うことはもうないだろう。最後に握手を交わして彼の病室を後にした。


ダミアン編裏話

「群青の軌跡」を書き始める前の設定では、ダミアンは品行方正な先輩竜騎士となっていました。実際に書き始めるにあたって色々と設定を考えて行くうちに変わって行ったって感じです。

一番の理由はあの父親でしょうか。書いているうちに段々意地の悪そうな親父になって行ったのでそれにつられてダミアンの設定も変わっていったって感じです。そして一番の変更点はダミアンが生きていたと言う事でしょうか。ルークの過去編を書いている最中に思いついたので、本当にギリギリで決まったって感じ。


エマとダミアンをくっつけようと思ったのも割と最近で、3章を書き始めてからだったかも。名前も初登場の折にドイツ語女性名詞で検索して決めました。もしかしたらオランダ語だったかも。

彼等が出てくるのはこの閑話だけになると思うので、あとちょっとですが娘のフェリシアともども応援よろしくお願いします。

次こそ、終わらせる!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ