第38話
やっぱり長くなった。
皇妃様やヒース卿に引き留められるままフォルビアに滞在して1カ月。盛夏を過ぎた頃、国主会議に出席しておられた陛下が2カ月ぶりに帰国された。内乱が終結してからこんなに長く離れて過ごされることが無かったのもあってか、皇妃様は陛下がグランシアードから降りられるとすぐに傍に駆け寄られ陛下に抱き着かれた。
人目もはばからないこの出迎えはフォルビアだから許される。皇都ではどんなに不安があっても皇妃としてのお立場を崩される事は無い。それをよくご存じの陛下は皇妃様を抱きしめ、「ただいま」といってその額に口づけていた。そんなお2人のご様子を俺達は邪魔をしないように見守る。
しかし、子供のエルヴィン殿下にはそんな大人達の事情を知る由もなく、「あ、父さまだ~」と言って駆け寄っていた。その様子に陛下は苦笑しながら殿下を抱き上げられ、落ち着いて話をしようと皇妃様を伴って城内へ入られた。
「関わった者達への処分で随分もめて、思った以上に時間がかかった」
フォルビア城の居間に移動し、皇妃様が淹れられたお茶をまさに堪能しながら陛下は今回の国主会議の概要を話して下さった。俺もそのお茶の御相伴に預かりながらその話に耳を傾ける。
カルネイロの残党に力を貸していたのはタランテラで捕えた貴族達だけではなかった。ベルクが権力を振るっていた時代に彼からもたらされる贅沢品のとりこになっていた権力者は各国にいて、彼等が残党を匿ったり資金を提供して密輸を続けていたらしい。見せしめの為に厳しい処罰にしようと話がまとまるまでは順調だった。
問題だったのは彼等の旗印にされたカルネイロ直系と言われる人物。幼い頃に老ベルクの奸計で命を狙われながらもどうにか生き延びてきた苦労人だった。ベルクの不正にもかかわっておらず、今回も直系という理由だけで残党に無理やり担ぎ上げられてしまっていた。
「その方はどうなりましたの?」
「アレス……というか賢者ペドロがその身柄を預かってくれることで話がまとまった。聖域の中の村の一つに住むことになったよ。表向きはアレス達がその動向を監視することになっているが、当の本人はこれで穏やかに暮らせると喜んでいた」
「お会いしましたの?」
「聖域にも立ち寄ったからね。国主会議で証言する為に、私とタルカナの代表となられた王子殿下とで面会した。一部の代表の方はそれでもカルネイロ再興を目論むのではないかと危惧していたが、彼女自身がそれを望むことは無いと断言できる」
「女性でしたの?」
皇妃様だけでなく、お2人の会話に耳を傾けていた俺達も驚いた。俺達の反応でその事実を言ってなかったことに気付いた陛下は「すまん」と一言だけ謝ると残党の真の目的も教えて下さった。
「ベルクがタランテラに固執していたからきっと何か隠し財産のようなものがあると思っていたらしい。それを探ろうと国の体制が変わって不満を持つ我が国の貴族達を味方につけ、得た情報からゲオルグを国主と仕立てて自分達に都合のいい国を作ろうと画策した。より強固にカルネイロと結びつけるため、既に伴侶がいるにもかかわらず彼女を皇妃にするつもりだったらしい」
何とも独りよがりな計画だった。俺達はただ呆れるしかない。
「まあ、ルークの機転でそれも未然に防いだ。そういえば聖騎士の称号を授与する話も出たが、お前の希望通りに辞退の方向で話を纏めて来た。先走った賢者の何人かがお前に縁談を打診してきたが、新婚で蜜月中だと言って断っておいた」
「はあ、そうですか……」
生返事になったのは本当に聖騎士の話が出た事だ。それにしても縁談って……。
「先走った連中には義父上と義母上がきっちり釘を刺しておいたから心配するな。最強の番が後見をしている人物に手を出す勇気がある者はいないさ」
「ありがとうございます」
俺は神妙に頭を下げる。陛下は当然の事だから気にするなとおっしゃって下さった。それでも感謝の気持ちだけは伝えておきたかった。
「律義な奴だな、本当に」
苦笑しつつも陛下は俺の謝意を受け取ってくださった。これで話が一段落したと思ったのだが、陛下は何かを思い出して「そういえば」と話を続けられる。
「2人の結婚を義父上も義母上もたいそう喜んで下さっていた。後日、祝いの品を贈るから楽しみにしておいて欲しいと言付けを頼まれた」
「お祝いですか?」
「後は当代様を始め、各国の代表方も祝わせて欲しいと仰っていたから、近いうちに何かしら届くはずだ」
「恐れ多いです……」
「この度のお前の働きを認めて下さっている証だと思え」
陛下はそう言って話を締めてしまった。その後は俺達の新婚生活を根掘り葉掘り聞かれたりして和やか(?)なお茶会は終了した。
陛下はフォルビアで数日間の休暇を過ごされてからご家族と共に皇都へ帰還されることになられた。俺達もそれに合わせて皇都入りすることになったが、アジュガの復興状況を確認するために先に出立することにした。ちなみにアスター卿は諸々の報告の為に先に皇都へ向かわれていた。まあ、一番は奥方とお嬢様に一刻も早く会いたかったからかもしれない。
特に号令をかけたわけではなかったのだが、出立の前日までに休暇を過ごしていた雷光隊全員がフォルビアに集結していた。フォルビアに来てからはアルノーとドミニクに代わって護衛役を務めてくれていたコンラートとローラントが同行し、全員が揃うのは皇都に着いてからの予定だったのだが。
休暇が不十分だったのではないかと心配したが、全員、問題ないと言う答えが返って来た。まあ、休みの許可を得たのか、ラウルはイリスを伴っているし、お土産を満載しているのかティムも含めて全員が大荷物だ。まあ、当人達が良いと言っているのだから問題ないのだろうと諦めた。陛下やヒース卿らに見送られてフォルビアを出立し、アジュガへ向かった。
アジュガに着いたのはやはり夕刻だった。元クライン邸はそのままだったが、1カ月前に比べると復興が進んでいるのが上空からでもよく分かった。着場に降り立つと、竜舎も完成間近となっている。一体どれだけの職人が働いてくれたのだろう。
「お帰り、領主様」
ザムエルが茶化して挨拶をしてくる。怪我がすっかり良くなったウォルフも一緒に出迎えてくれて、早速新しくなった竜舎を見学させてもらった。
「ブランドル公が新たに職人を派遣して下さって随分とはかどりました。近隣からも人手や物資の援助の申し出がありまして、この分ですと予定より早く工事は終了しそうです」
竜舎は外観の工事が終了し、残すは内部の細かい所だけらしい。エアリアル専用の室も見せてもらったが、これなら彼も気に入るだろう。手が空いている住民も手伝い、民家の修復もほぼ完了しているらしい。これなら冬が来ても安心だ。
視察が済み、実家に顔を出すと既に俺達の分の夕食が準備されていた。その日は家族だけでなく雷光隊の面々にイリスさんも加わって賑やかな食事会となった。ちょっと窮屈だったけど、食堂と居間に分かれての宴会は夜が更けるまで続いた。
翌日は何と、住民総出で俺達の結婚と領主就任のお祝いを開いてくれた。1カ月もの間フォルビアに引き留められていたのは、この準備を内緒で進めたかったかららしい。当然、ティムもラウル達もこの計画に加担していた。本当に知らなかったのは俺達だけらしい。
住民達のたっての希望で俺はまた礼装に袖を通すことになった。オリガにはグレーテル様から別の衣装が届けられていて、イリスはその着付けの手伝いもあって今回同道してくれていたらしい。本当に用意周到だ。
婚礼の時同様、俺は実家で身支度を整えた。礼装は前回と一緒だが、身に付ける記章が新たに増え、そして更に真新しい長衣が用意されていた。前回は無地を着用したが、今回は背中に騎士団の紋章が施されている。通常の第1騎士団であれば、飛竜が抱える盾に大きく星が1つ描かれるのだが、用意されていた長衣にはその盾の中に稲妻が描かれている。これがまさしく俺達雷光隊の所属を示す紋章だった。今回、この長衣は雷光隊全員が身に纏う。所属が違うティムは「俺も着たかった」と1人悔しがっていた。
準備が整い、オリガを迎えに一旦外に出ると、今回も沢山の人が家の前で俺達が出てくるのを待っていた。彼等の歓声に手を振って応え、オリガが待っている家の中へ入っていく。
「綺麗だ……」
今回グレーテル様が用意してくれたのは花嫁衣裳ではなく領主夫人が着る礼装だった。青の地色に金糸で美しい刺繍が施されたその衣装は彼女の美しさを際立たせていた。やはり見惚れてしまい、またもやリーナ義姉さんに「しっかりしろよ」と背後から小突かれてしまった。
気を取り直し、彼女の手を取って外に出ると、先程以上の歓声が沸き起こった。ちなみに今回は花で飾られた小型の馬車が用意されていて、俺達はそれに並んで乗り込み、御者台にはティムが座った。その馬車を引くのはもちろんシュネルで、心なしか誇らしげに見える。
馬車は住民達の歓声に包まれながら町中をゆっくりと進んでいく。やがて目的の広場に着き、俺達が馬車から降りると、集まった住民達から大歓声で迎えられる。そして整列して待っていた雷光隊を代表してラウルが俺達を先導し、いつの間にか作られていた立派な舞台の真ん前に設けられた特等席へと案内された。
最初に舞台に上がったのは晴れ着を着た町の子供達だった。神殿で教わったと言う歌を皆で披露してくれて、何だかとても可愛かった。今回改めて楽団や大道芸人が招かれていて、彼等も舞台に上がってそれぞれの芸を披露してくれた。それにまぎれて酔っ払った親方がまたもや裸踊りをしようとしておかみさんに強制退場させられたりと終始笑いが絶えなかった。
「では、最後に御領主様からご挨拶をお願いいたします」
最後に進行役のザムエルから無茶振りをされた。いや、何も聞いていないから挨拶の言葉なんて全然考えていないんですけど。恨めしい視線をザムエルに向けるが、彼は素知らぬ顔をしている。仕方なくオリガと共に舞台に上がった。
「今日はありがとう。とても楽しい時間を過ごせました」
俺がそう言うと住民達から拍手が起こる。それが収まるのを待って更に言葉を続ける。
「このような形で領主に任命されたけど、俺には全くと言っていいほど領地経営に関する知識も経験もありません。ただ、この町を好きという気持ちは誰よりもあるつもりです。これからもっと良くしていこうと思っているので、皆さんの協力をお願いします」
最後に頭を下げる。多分、領主の挨拶としては失格なのだろうけれど、これが偽らざる本音だし、俺自身を変えるつもりはなかった。俺がやりたいようにやらせてもらうしかなかった。俺の気持ちが伝わってくれたのか、住民からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。
こうしてアジュガの住民総出に寄る俺達の婚礼と領主就任のお祝いは無事に閉幕したのだった。
秋……本宮大広間にタランテラ国内の全ての貴族と各騎士団の団長、各都市の総督が集められて今回のカルネイロ残党が引き起こした事件のあらましが報告された。憤る者、静観する者、そして少し顔色を悪くしている者もいた。俺は着飾ったオリガと並んで会場の片隅でそんな参列者の様子を眺めていた。
「事件の解決、更に突発した女王の行軍の足止めに成功したのはルーク・ディ・ビレアの機転と彼が率いる小隊の連携によるものが大きい。この功績に褒賞を持って報いるものとする」
陛下に代わって報告するアスター卿の声が大広間に朗々と響く。続けて名前が呼ばれ、呼ばれた順に前へ進み出た。アルノー達4人には報奨金が与えられ、ラウルとシュテファンには大隊長への昇進と規模が小さいながらも領地が与えられた。
「ルーク・ディ・ビレア、騎士団長と同格の権限を与え、アジュガ及びミステル領の領主に任じる」
あれ? なんか領地が増えているんですが? 作法通り前に進み出て陛下とアスター卿の顔を仰ぎ見る。ほんの少し口角が上がっている所を見ると、悪戯が成功して喜んでいる様子だった。
「なお、雷光隊を正式に発足し、総団長直下に配属する」
最後にそう宣言されて、雷光隊は正式に発足した。改めて背筋が伸びる思いだ。そしてその後は祝宴となり、俺達はいろんな人に祝福されて新たな門出を迎えたのだった。
3章の本編はこれでおしまい。
次話から閑話になります。




