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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第37話

今回もちょっと長くなっちゃった。

 箪笥たんすの中には俺達の普段着が用意されていた。もう何も思うまいとあきらめの境地でそれに着替え、小屋から天幕に移動した。テーブルの上に用意されていたかなり豪勢な昼食を済ませ、それから2人で相棒に挨拶に行った。

 遅くなったことにちょっと拗ねていたが、それでも機嫌が悪いわけではなさそうだ。ティムが目一杯かまってくれていたかららしい。逆にテンペストは大丈夫なのかと心配になったが、彼も大丈夫そうだ。パラクインスもいなくなったし、前日にかまってやれなかった分も含めて入念にブラシをかけたのだとティムが言っていた。

 その後は2人で湖のほとりを散策したり、例によって自生するハーブの類やキイチゴを採取したりして午後の時間を過ごした。散策を終えて天幕で一息ついたが、やはりなんか落ち着かない。陛下には何日かここで過ごす様に言われたが、やはり家の方が落ち着くと2人の意見が一致した。

「日が沈む前に帰ろうか?」

「そうね」

 湖畔には現在、俺達の他にティムとシュテファン隊が護衛として残っている。撤収する時には近くの砦へ一報を贈れば、回収班が動いてくれることになっているらしい。発案は陛下だろうが、その思い付きを実現させるアスター卿の手腕はさすがと言うしかなかった。

「もう少しのんびりされてもいいのでは?」

 シュテファンを呼んでアジュガへ帰る旨を伝えると、彼は心配そうにそう進言してきた。そうは言うが、十分のんびりさせてもらっているし、やはりこの状況は落ち着かない。どうにか説得して帰還の手筈を整えてもらった。

 日が傾き始める頃、俺達はアジュガの町に戻った。上空から見てみると、思っていた以上にたくさんの職人が動いているのが見て取れる。事前に頼んでいた通り、最優先で竜舎の再建に動いてくれているらしく、焼けた屋根は取り払われて新しいものに葺き替える準備が始められていた。

 広場だけでなく、着場の一角が資材置き場として活用されていた。それらの山を崩さないよう、俺達は慎重に飛竜を着地させる。

「お帰りなさい、ルーク卿」

 事前にローラントを使いに出していたので、ラウル達だけでなく、復興の手助けに来ている第2騎士団の竜騎士達も敬礼して出迎えてくれる。あまりの仰々しさにちょっと驚いた。

「……イリスと一緒にフォルビアに行かなくて良かったのか?」

 文句を言ったところで「このくらいは当然」という答えが返ってきそうだったので、あえてラウルにそう言ってみた。想定外だったらしく、珍しくラウルは狼狽えていた。

「こ、こちらでの役目が終わったら向かいますので……」

「一緒に行けば良かったのに」

「し、職務が優先です」

 真面目な彼らしい答えが返って来た。あまりからかうと今度はこちらに返ってきそうだったので、ほどほどで止めておいた。あからさまにホッとした様子のラウルは、工事の進行状況の説明をして無理やり話を変えて来た。

「竜舎を最優先で再建し、また最新の設備を導入する事になりました。後は隊長が仰っていた通り、民家の修復を同時進行で進めております」

 夏場とはいえ、いつまでも飛竜達を屋外で休ませるのもかわいそうだ。竜舎の再建を急いでくれるように頼んでいたが、設備まで新しくしてもらえるとは思わなかった。確かに助かるが、費用は大丈夫かな……。ちょっとだけ心配になる。

 でも、被害にあった民家の修復も同時にしてもらえるのは嬉しい。仮住まいでの越冬は厳しいだろうから、何とか冬が来る前に全ての民家の修復を終えたいところだ。

「あの……領主館は本当に後回しでいいのですか?」

 派遣されている第2騎士団の責任者がおずおずといった様子で尋ねてくる。

「俺達には家があるからね。急がなくてもいいよ。ただ、危険がない様にしておいて欲しい」

 何かのはずみで壁が崩れたり誰かが入り込んだりしないよう、その辺に十分注意してくれるように頼むと、その責任者はまだ納得いかない様子だったけど了承してくれた。見栄えがどうこうと言いかけていたが、今更取り繕ったところで無駄だ。そもそも俺達がここへ来るのは夏場だけだ。ならば住民を優先にするのが当然だろう。

 説明を聞きつつ、オリガと2人で工事現場を少し見学させてもらう。竜舎の中にはまだ入れなかったが、外からのぞいてみた様子では随分ときれいになっていた。被害を受けた民家も見て回ったが、こちらはまだこれからといった様子。他の住民や自警団の助けも借りてようやく使えなくなった調度品の片付けが済んだところだった。

 領主らしい? 仕事を終えてようやく自分達の家に帰って来た。すると大荷物を抱えた母さんが待ち構えていた。

「晩御飯、用意しておいたから2人で食べな」

「ありがとうございます、お母さん」

「中で待ってくれていても良かったのに」

 遠慮しているのか中に入ろうとしない母さんを不思議に思いながら荷物を受け取る。

「ここはもう2人の家だろう? だったら私が勝手につつくわけにはいかないじゃないか」

「家族なんだからそんな気遣いは無用だよ」

「そうですよ、お母さん。いつでもいらしてください」

 俺達の言葉に母さんは胸が熱くなったらしく、涙を拭う仕草をする。

「本当に、あんた達はいい子だねぇ。でもね、やはりけじめは必要だよ。でも、招待してくれるならいつでも喜んで来るからね」

 母さんはそう言うと、また明日と言って家へ帰って行った。俺達はそんな母さんを見送ると、互いに顔を見合わせてから玄関の扉を開ける。そして2人でただいまと言って家の中へ入って行った。




 それから1ヶ月間、俺達はアジュガの町で蜜月期間を過ごした。朝は日が高くなってから起き出し、朝と昼を兼ねた食事を共にとる。その頃にはティムが相棒の世話を済ませてくれているので、あいさつ代わりに全身にブラシをかけてやっていた。その後、体が鈍らないように鍛錬をこなすと大体昼が過ぎていた。オリガはその間、俺が羽目を外しすぎて体が辛い時には休んでいてもらうこともあるけど、動ける時は洗濯などの家事をこなしてくれた。

 午後は2人でのんびりと過ごすことが多い。たまに買い物に出たついでに町の復興の進展具合を確認しに行ったりするが、たいていの場合はそんな事は自分達に任せておけと言われて追い返される。でも、毎回進展があり、更には竜舎も民家の修復もどうにか秋には全て終わる目途がついたと教えてもらえたのが嬉しかった。

 夕飯は大抵、町の人達からの差し入れがある。母さんだけでなく本当にいろんな人がいろんなものを持ってきてくれる。断ろうとしたけれど、俺だけでなくオリガを気遣っての事だったので、ありがたく頂戴することにした。ただ、使われている食材に精が付くと言われているものが多いのに苦笑してしまう。そんな優しい人たちに囲まれて本当にのんびりと蜜月期間を過ごした。

「では、行ってきます」

 蜜月期間を過ぎ、俺達はロベリアやフォルビアへ結婚の報告をしに向かうことになった。お供はティムと俺の護衛としてアジュガに残ってくれていたアルノーとドミニクだ。出立の見送りに来てくれた家族に挨拶し、そして今後もアジュガの運営に関わってくれるウォルフやザムエルに留守を託した。

「任せておけ」

「お気をつけて」

 ザムエル達には休暇に入る前にラウルやシュテファンから派遣当初から第2騎士団の動向を注視するように頼まれている。さすがにもう大丈夫だとは思うのだが、今までの俺への行いからあの2人は未だに第2騎士団を信じきれないのだろう。

 一方で母さんは向こうで皇妃様にあったらくれぐれもよろしく伝えるよう何度も何度も言っていた。曖昧に応えると怒るので、その辺はオリガがうまく間に入ってくれた。

 いつもの様にオリガを先に相棒の背中に乗せ、その後ろに俺もまたがる。今日も頼むよと言いながら相棒の首をポンポンと叩き、そして一路フォルビア目指して相棒を飛び立たせた。

 蜜月中にも相棒と一緒に近場へ散歩に出ていたが、遠出は1カ月ぶりだ。風をきる感触と移り行く景色に心躍らせながら道中を楽しんだ。オリガと一緒だから楽しさも2倍だ。道中は天気に恵まれたのもあって順調に進み、その日の夕刻にフォルビア城へ到着した。

 城では総督のヒース卿を始め、休暇中のラウルやシュテファンも出迎えてくれた。陛下やアスター卿はまだ国主会議からお戻りになられていなかったが、ロベリアからリーガス卿を筆頭に第3騎士団の先輩方に加えて第3子を懐妊中のジーン卿も来ていた。

 その夜は皇妃様主催で俺達の結婚祝いの祝宴を開いて下さった。仕来りなど気にしなくていい無礼講の席。夜の早い時間には殿下や姫様も出席されて終始和やかな雰囲気で食事を楽しめた。しかし……その宴がお開きになった後、飲みなおそうと誘われれば断る術は俺にはなかった。

「まあ、飲め」

 ヒース卿にリーガス卿を筆頭にした第3騎士団の酒豪達がどんどん俺に酒を勧めてくる。そしてそんな彼等に混ざってラウルやシュテファンも遠慮なしにお酌をしてくれる。おかげで翌朝は本当に久しぶりに二日酔いで苦しんだ。そんな俺にオリガはそっと特製の苦い薬を用意してくれたのだった。




 フォルビアの北西にあるさびれた小神殿が今回のフォルビア訪問の一番の目的だった。オリガは品のいいレースをあしらった清涼感のある水色の外出着姿、俺と俺達の後を付いてくるティムは正装姿でその小神殿の敷地内にある墓地を訪れた。ここにはオリガとティムの両親と祖父母が埋葬されている。俺達は結婚の報告をしにここを訪れていた。

 花を手向け、ひざまずいて祈りを捧げるオリガとティムの傍らで俺も瞑目する。一度もお目にかかったことはないが、それでも2人を慈しんで育てて下さった方々だ。共に笑って過ごせる家庭を築きますと誓い、冥福を祈った。

「少し寄り道していこう」

 祈りを済ませて小神殿を出ると、俺はそう提案した。オリガもうなずいてくれたので、相棒に乗って移動した。降り立った場所はフォルビアの中で僻地とも言われている場所。草木が生い茂る中に小さな家が1軒ポツンと建っている。

「ここって……」

 家まで繋がる道を歩きながらオリガはキョロキョロと辺りを見渡す。多分、彼女が覚えている景色とは随分と様変わりしているはずだ。それでもここがどこかはすぐに分かったのだろう。

 ここはかつて彼女が家族と住んでいた村の跡だ。元々住んでいた村をだまし取られ、追い立てられるように移り住み、何もない状態から彼女の祖父母と両親がコツコツと開墾した場所だった。そしてここは今でもバウワー家の所有になっている。

 妖魔に襲われた後、放置されて村は朽ちかけていたが、この家は土台からしっかりしていたのか倒壊せずに残っていた。それを他の家の廃材を駆使し、どうにか手直ししたのだ。もちろん、俺とティムだけでは無理だ。ラウル達雷光隊や時にはフォルビア騎士団員も手を貸してくれたおかげで出来たようなものだ。尤も素人の仕事なので、粗はどうしても目立ってしまうのだが……。

「この家……直してくれたの?」

 家の扉を開け、中に入ったオリガが俺とティムの顔を交互に見る。家具も何もないのだが、彼女の中に残る記憶と何かつながる部分があったのだろう。

「うん。このまま朽ちてしまうのももったいない気がしたんだ」

「この村は2人のご家族が村の人達と協力して開いた場所だ。その証は何としても残しておいた方が良いだろう?」

 ティムに同調して俺も言葉を添える。ここはまだ細々と人の手が加えられただけの状態だ。だが、ティムの野望は尽きない。ここをいずれ竜騎士達の休憩所としたいらしい。砦とまでは無理でも、夏場は見回りの途中に、冬場は近隣で討伐があった後の休憩所に利用できるようにしたいらしい。

「本当に、ありがとう……」

 オリガは小神殿での墓参りには共に何度か足を運んだことがある。しかし、放置している事を気にはなっていても、この場所はその後の苦難も同時に思い出されてどうしても来ることが出来ないと言っていた。それでもたくましい弟の言葉に救われた思いがしたのだろう。オリガはハラハラと静かに涙を流していた。


「群青の空の下で」のエピローグのあとがきで保育室にいた子供の年齢を一覧にして書いたのを参考にして今作も書いていたのだけど、ちょっと凡ミス。

リーガスとジーンの子供の年齢確認していなくてちょっと食い違いが発生してました。

この場でちょっとお詫びを。

今後ももしかしたらそういった食い違いが出てくるかもしれませんが、気にしないで頂けると幸いです。

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