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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第36話

 婚礼の儀式はつつがなく終了した。その頃にはすっかり日は暮れて空には満天の星空が広がっていた。月があるし、至る所にかがり火があるので、その美しさは半減してしまっているが、それでも高貴なお客様方には喜んで頂けた。

「これは、見事だな」

「ええ。毎年来たくなるのも分かります」

 陛下の感想に傍らの皇妃様が同意される。その肩には小竜のルルーが大人しく収まっていて、空を見上げている。小竜の目だと見辛いかもしれないが、それでもその美しさは伝わったらしい。

「そういえば、こんな風に夜空を見上げる事って少なくなったな」

 星空を見上げながらしみじみとアレス卿がつぶやく。タランテラの内乱終結に貢献して無事に上級騎士に返り咲いた彼は、現在、クーズ山聖域神殿騎士団と共に当代様に全幅の信頼を寄せられていた。そのため、聖域以外の事でも駆り出されることがあるらしい。何しろ個性豊かな騎士団員を纏められるのは彼だけなので、忙しい日々を過ごしていると聞いていた。

「冷えて来たな。少し中で休憩しよう」

 しばらくみんなで夜空を眺めていたが、エルヴィン殿下の派手なくしゃみで我に返り、陛下が休憩を提案される。俺達は豪華な天幕へと移動するが、親方衆とおかみさん達は町の人達への報告もあるからということで先に帰ることになった。神殿が気になる神官と怪我を押して出席してくれたウォルフも一緒に陛下の護衛として来ているはずの第1騎士団の竜騎士やアルノー達が送って行った。

 天幕は大きさもさることながらその内装も豪華だった。敷物も屋外で使用するには躊躇ちゅうちょするような高級品が使われているし、調度品の類も重厚な品々が用意されている。専用の炉も用意されていて中は暖かく、さすがは陛下専用と言ったところだ。

 小さなエルヴィン殿下がおられるので、不測の事態に備えていたものを流用したらしい。かといってこんな大荷物を一々飛竜で持って移動するのも難しいので、予め経路上の砦の何か所かに準備してあったのだろう。

「まあ、くつろいでくれ」

 組紐でまだ繋がれたままの俺達には2人掛けのソファを勧められる。皇妃様と姫様がもう1つ置かれていた2人掛けのソファに並んで座り、エルヴィン殿下は母君の膝に縋りついて甘えておられた。陛下とアレス卿は手近にあった椅子を引き寄せて無造作に座り、アスター卿は陛下の傍らに控えて立たれていた。後から付いてきた俺の家族にも陛下は椅子を用意して下さり、恐る恐るといった様子で腰掛けていた。

 陛下を始めとした高貴な方々に気を取られてすっかりその存在を忘れていたが、ティムはいつの間にか姫様の後ろに護衛として立っていた。傍に居られて嬉しいらしく、表情を引き締めようと努力しているが、にやけているのは丸わかりだ。ラウルとシュテファンは出入り口に控えて立ち、イリスもその隣に慎ましく控えていた。さすがと言うべきか、これだけの人数が入っても天幕の中は窮屈に感じなかった。

「ささやかながら祝わせてくれ」

 陛下の合図で侍官がワインを運んできた。陛下はそれを受け取ると、一同にワインのラベルを見せてから手ずから封を開けられた。タランテラ産の5年物。ちょうど俺とオリガが出会った頃のものだった。用意された杯にそれを注ぎ、先ずは俺とオリガに手渡してくれる。

 その間に侍官が他の人にもワインを注いだ杯を配っていた。ちなみに未成年の姫様とエルヴィン殿下には甘めの果実水が配られ、すぐに飲もうとする殿下を皇妃様が「もう少し待ちましょうね」と言って窘めておられた。

「では、2人の婚姻を祝って、乾杯」

 みんなで杯を掲げる。俺はオリガと顔を見合わせ、ほほ笑み合ってからその美しい深紅のワインを口に含んだ。飲み慣れていない俺達にも美味しいと思えるワインだった。家族も同じ感想だったらしく、母さんは「あら、美味しい」と言って飲み干していた。

「気に入ってもらえて何よりだ。選んだ甲斐がある」

「ありがとうございます、陛下」

 俺は改めて陛下に頭を下げた。こうして強引にでも式の手配をして下されなければ、いつまで延期になっていたか分からなかった。改めてオリガと夫婦となれた喜びが沸き起こってくる。

「礼には及ばない。ちょっとしたおせっかいだ」

 陛下は苦笑しながら自身が持つ杯の中身を飲み干された。もしかしたら照れておられたのかもしれない。

「そろそろ手も痛くなってきたのではないか? お前はともかくオリガの手が傷ついてしまっては気の毒だ」

 照れ隠しの様に陛下はそう言って俺達に話を向けてくる。確かにこのまま組紐でくくられたままでは動くのもままならない。陛下の仰る通り大事なオリガの手に傷がつくのは許せないので、早速厳重にくくられた紐をほどくことに決めた。

「こっちを通して……」

「この結び目固いな……」

 2人で試行錯誤を繰り返しながら紐をほどいていく。これは……案外難しい。悪戦苦闘する俺達を他所に、陛下は酒肴を用意させると父さんと兄さんにワインのおかわりを勧めていた。美味しいワインのおかげか、家族のみんなも緊張が解けてきた様子だ。

 子供の扱いに慣れているリーナ義姉さんはいつの間にかカミラと一緒になってエルヴィン殿下をあやしていて、皇妃様は微笑みながらその様子を見守っておられた。ティムはちゃっかりと姫様と話し込んで共にいる時間を楽しんでいる。

「あんた達もお腹が空いただろう」

 そう言って俺達の口に食べ物を放り込んでくれる母さんの優しさが身に染みる。アレス卿やアスター卿にからかわれながら、苦労しながらもどうにか組紐をほどいた。

「手、痛くなっていない?」

「大丈夫」

 紐がほどけると俺は真っ先にオリガの手を取って確認してみる。本人が言う通り大丈夫そうだ。俺は彼女の右手に口づけると、手首に組紐を巻いた。オリガも俺の左手を優しくさすってから手首に残るもう一本の組紐を巻き付けてくれた。おそろいの組紐にこれで本当に夫婦になったのだと実感が湧きおこる。なんか……嬉しい。




 やがて親方衆を町まで送って行った竜騎士達が帰って来たところで、このささやかな宴もお開きになった。家族を代表して何故か母さんが陛下にお礼を言い、「長居して邪魔してはいけないよ」と言いながらほろ酔いの父さんと兄さんを急き立てて天幕の外へ連れ出していた。足取りがちょっと怪しいのを心配してか、ラウルとシュテファンが付き添っていた。

 この後の陛下のご予定はうかがっていないが、確かに母さんの言う通りだ。御一家が今夜はここに滞在されるにしても、近くの砦か領主の館へ移動してここを片づけるにしても俺達が長居しては邪魔になるのは確かだ。

「本当に今日はありがとうございました」

 席を立った俺とオリガも改めて陛下に頭を下げる。夜も更けて来たことだし、今日は帰ったらこのまま2人で過ごしてしまおう。そして明日からは町の復興に尽力しようと決意した。

「ああ、待て、ルーク」

 家族に続いて俺達も天幕を出て行こうとすると、陛下に呼び止められた。振り返ると、御一家も出立されるようで、旅装を整えていた。それならば陛下をお見送りしてから出立した方が良いのかもしれない。

「天幕はこのままにしておく。今夜はここで過ごせ」

 告げられた内容が理解できずに返答に困る。呆けている間にアスター卿が続ける。

「街に帰ってしまえば、復興が気になって蜜月どころじゃないだろう? お前の事だから明日から頑張ろうなんて考えているんじゃないか?」

「う……」

 俺の思考が全て読まれていた。更に皇妃様がダメ押しする。

「復興に関わりたいと思うのは当然の事です。でも、婚礼を挙げたばかりなのですから、2人の時間を優先して下さい」

 やはり皇妃様にここまで言われてしまうと逆らえない。オリガと一度顔を見合わせるが、もうあきらめるしかないと言う結論しか出てこなかった。

「何日か滞在しても不自由しないように手配してある。ゆっくり過ごしてくれ」

 既に寝かかっているエルヴィン殿下を抱き上げている陛下は、俺の肩をポンとたたくとそう言い残して天幕を出ていく。皇妃様も姫様も改めてお祝いの言葉を残してその後に続かれる。お2人にイリスが付き添うのは分かるが、当然といった顔でティムが姫様に付き添っているのがなんだかおかしい。

「これで父上と母上、それから祖父さんにも良い報告が出来るよ。改めておめでとう」

 アレス卿もそう言い残して颯爽と去っていく。見送りをしなければと今度こそ天幕を出ようとしたが、アスター卿に押しとどめられる。

「見送りはいい。奥の小屋で休める様にしてあるからもう休め」

 どうやら俺達にはもう他に選択肢は与えられていないらしい。天幕の中も既に先程ワインを運んできた侍官達の手によって綺麗に片付けられ、「御用がありましたらお呼び下さい」と言い残して退出していた。アスター卿が天幕を後にし、出入り口を閉ざすと、後は俺達2人だけが取り残されていた。

「……どうする?」

「どうしよう……」

 戸惑いしかない。だが、どうあがいても彼等の掌の上で転がっているしか道はなかった。意を決して小屋へと続く扉を開ける。そこには古ぼけた山小屋はなく、どこかの城にあるような寝室になっていた。

 板がむき出しとなっていた天井と壁には全て布が張られ、美しい紋様のタペストリーまで飾ってあった。床一面には上質の絨毯が敷かれ、部屋の中央には天蓋付きの大きな寝台が鎮座している。壁際には鏡台や身の回りの品が入れてあるらしい箪笥といった調度品も置かれ、座り心地のよさそうなソファまである。その傍にテーブルがあり、飲み物と軽食の準備まで整えられていた。そして至る所に花が飾られ、室内には優しい花の香りが立ち込めていた。

 今までもザムエルやラウル達雷光隊によって手を加えられて来たのを見ているが、今回はそれらをはるかに凌駕する豪華さだった。いや、本当に元の山小屋からは想像が出来ない。

 いつまでも突っ立っているわけにもいかず、俺はオリガを促してソファに座らせる。なんか、変に緊張してきた。それをごまかす様に俺は礼装の襟元を緩め、長衣を外して無造作にソファの背もたれにかけた。胸元を飾っていた小さな花束を傍らのテーブルにそっと置くと、気持ちを落ち着けようと用意されていた飲み物を手に取った。

 オリガも頭上を彩っていた花冠を外して膝の上に降ろしていた。彼女にも飲み物を手渡すと、静かに器を合わせた。

「えっと、これからも一緒に」

「ええ。よろしくね、旦那様」

 その台詞と笑顔に鼓動が跳ね上がる。ダメだ、オリガが可愛すぎる。その中身を飲み干すと、俺はなけなしの理性を総動員して彼女が飲み物を飲み終わるのを待つ。空になった器を受け取ってテーブルに戻すと、俺は花嫁衣裳のオリガを抱き上げた。頬を染めた彼女も俺の首に腕を回す。そのままついばむように口づけると、寝台へと足を向けた。




 熱い一夜が明けた。今までも幾度となく共に朝を迎えたが、腕の中にいる愛しい女性とおそろいの組紐が目に入ると、ただそれだけなのに今日は何もかもが特別に思える。

 可愛い寝顔を眺めていると、やがて彼女も目を覚ました。俺が寝顔を眺めていたのに気付いて、彼女は恥ずかしそうに顔を隠してしまった。

「顔、見せてよ」

「恥ずかしい」

 こんなやり取りですら楽しくて仕方がない。もうすでに日は高く昇っているのだが、それでも寝台から出る気持ちが起きなかった。結局、そのまま自堕落に過ごし、起きだした時には昼を大幅に過ぎていたのだった。


国賓級の客間に様変わりした山小屋に宿泊するのを知らなかったのはルークとオリガだけ。

2人が着替えている間に事前の打ち合わせと準備が済まされていた。

エドワルドに同行していた第1騎士団とアジュガの復旧に駆り出された第2騎士団、そして雷光隊が加わって成し遂げられた力技でした。


今話は結婚式の翌朝まで書こうと決めていたのだけれど、あれこれ書いているうちに長くなった。

甘い雰囲気を少しでもかんじていただけたら……。

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