第34話
明けましておめでとうございます。
「ところで、お前達の婚礼はどうするつもりだ?」
安堵したのもつかの間、今度は陛下から話を振られる。
「まだ決めていません。町がこの状態ですし、復興してからでも良いかと思っています」
傍らのオリガに視線を向けると、彼女も小さくうなずいた。だが、それは陛下が望んでいた答えとは違ったらしい。
「それはいかんな」
「由々しき事態です」
陛下やアレス卿の口ぶりから察するにパラクインスの暴走を利用して俺達の婚礼に乱入する魂胆だったのだろう。
「領主になったのならなおの事、住民の生活を最優先するべきではないかと思うのですが?」
「遠慮は無用だよ」
「そうだよ、ルーク。お休みにも限りがあるんだろう?」
「家なんか後から直せばいいんだよ」
俺の反論に陛下とアスター卿が何か言い返す前に広場の方から声が上がる。俺が面食らっている間に住民達の声は更に続く。
「ルークが領主様になったお祝いもせんといかん」
「何言ってんだい、結婚式が先だよ」
「両方すればええ」
「あんた達は単に吞んで騒ぎたいだけじゃない」
「ルーク達が来る前にあれだけ騒いでいたのにまだ足りないのかい?」
とにかく吞む口実が欲しい親方衆におかみさん達は呆れたように言い返している。いつの間にか緊張がとけたのか、高貴な方々の前だと言うのに遠慮のないやり取りが続いている。そろそろ止めないと……とハラハラしながら陛下に視線を向けると、実に楽しそうにそのやり取りを聞いている。
「なかなか愛されているじゃないか」
「恐れ入ります」
もう恐縮して頭を下げるしかなかった。
「だが、彼等の言う通り、町が復興してからなどと言っていてはいつになるか分からないぞ」
「雷光隊員にも予定があるだろうし、今日挙げた方が良いのではないか?」
「しかし……」
「君達は父上と母上のお気に入りだからなぁ。出来ればいい報告がしたいんだけど」
陛下とアスター卿、更にはアレス卿も加わってグイグイと押してくる。えっと、本当に今日挙げるつもりなんですか? そりゃあ、俺だって早くオリガを妻にしたい。けれど神殿は今、けが人が収容されていて使えないんですが……。
「お前が一番心配している街の復興に関しては、ここへ来る前にシュタールへ応援要請を送ってある。第2騎士団が全力で復興を手助けしてくれるだろう」
「当然です」
陛下もアスター卿も何か企んでいる顔をしている。まあ、この2人に命じられれば、彼等も動かざるを得ないだろう。その辺は安心していいのだろうか?
「後は会場か。この広場を片付ければここで出来るか?」
「第2騎士団もそろそろ来るでしょうし、飛竜も竜騎士もこれだけいれば問題ないかと」
陛下もアスター卿も本気だ。本当に今日挙げるつもりらしい。
「コリンも参加していいの?」
そこへわくわくした気持ちが抑えられない様子で姫様が皇妃様に尋ねられる。皇妃様はそんな姫様を抱き寄せ、お話がちゃんと決まったらねと言い聞かせておられた。
「コリン、オリガとルークに賛歌を歌ってお祝いしたい」
それでもそんな姫様のささやかな願いを聞いてしまうと、もう俺達には反対する気力は起こらなかった。
「オリガの希望も叶えなければなりません」
「そうか、花も必要だったな」
姫様を窘めつつもやる気になっているらしい皇妃様の意見に陛下もオリガの夢を思い出して下さっていたらしい。しかし……昨夜の火事や飛竜による放水で町の人達が育てていた花はほとんどがダメになっていた。
「まだ無事なところもあるけど、どのくらい集まるかねぇ……」
件のおかみさんが育てていた花畑も全滅だったらしい。いつの間にかうちの両親と親方衆におかみさん達等、町の代表者も天幕に招き入れられていた。まるで重要な会議を開いているような様相となっている。ちなみに他の住民達は一時解散となり、各々の仕事に戻っていた。
「野の花でしたら、運んでくることはできますが?」
そこで口を挟んできたのはシュテファンだった。俺達が毎年行く湖のほとりは今年も花が満開になっているらしい。今年も行くだろうからと、昨日のうちに下見に行って来たらしい。
「ほう……そんな場所があるのか?」
シュテファンの報告を受けて陛下が興味を示される。そこで飛竜を通じて前日に見てきたと言う景色が伝えられ、「これは……見事だな」と陛下は呟かれた。アスター卿やアレス卿にも伝わったらしく、その景色を絶賛して下さった。自分が好きな場所を褒められると何だか嬉しい。
「場所は近いのか?」
「徒歩となると半日かかりますが、飛竜ならすぐです」
アスター卿の問いにラウルが答える。
「花を摘んでくる手間を考えますと、いっそのことその場所で式を挙げた方が良いのではないでしょうか?」
「ふむ、悪くはないな。参列者は我々が運べばいいだろう」
アスター卿の提案に陛下は満足したようにうなずかれる。何だか俺が口を挟む間もなくどんどん話が進められていく。主役は俺達なんですよね?
「それだと参列できない者から不満が出てしまうよ」
「それでしたら支度はこちらで済ませて、参加できない町の人達には広場でお披露目してから移動すればいいのでは?」
おかみさんの物おじしない意見に皇妃様が真面目に案を出される。
「それならクルトのところの馬を用意してもらおうかねぇ」
「良いですね。その馬とエアリアルも皆さんに飾り付けてもらいましょう」
母さんも加わり女性達ばかりで話が盛り上がり、陛下は苦笑してその様子を眺めておられた。そんな感じで俺達が口を挟む間もなくあっという間に話がまとまっていた。
「それでは各々、準備をよろしく頼む」
陛下のこの言葉でこの会議は終了となり、集まっていた人たちは天幕から出ていく。俺とオリガはただ呆然と見送るしかできなかった。
「あの、俺達は何をすれば……」
呆然としてそう陛下に尋ねると、陛下は笑みを浮かべて俺の肩をポンとたたかれる。
「2人が出来ることはただ1つだ。すぐに身支度を整えなさい」
陛下の御下命だった。俺とオリガは頭を下げると、連れ立って天幕を後にするしかなかった。
オリガを家に送り届け、実家に戻ると既に風呂が沸かしてあった。姫様を天幕に送り届けた後、アスター卿から指示を受けたティムがアルノー等と共に準備を整えてくれていたらしい。俺の家の方でもオリガの為に風呂の準備が整えてあるらしい。さすがアスター卿。その有能さをこんなところでも如何なく発揮している。
とにかく先に入れと言われ、追い立てられるように風呂に入った。この後、こちらではうちの男家族とティムも着替えるので順番が詰まっているのだろう。
「はぁ……。」
昨夜からの汗と汚れを洗い流し、湯につかってホッと一息つく。昨夜の火事に始まり、事態が二転三転してなんか流されるように挙式が決まってしまった。なんかついていけていない。
「ルーク兄さん、軽食を用意してあるからお風呂あがったら食べてだって」
ティムに声をかけられて我に返る。多分、なかなか上がってこないから様子を伺うために声をかけてくれたのだろう。もうお昼なので時間も押している。俺は返事をすると風呂から上がった。
一旦部屋着に着替え、居間に顔を出すと簡単に摘まめるものが用意されていた。昨夜から何も食べていないので腹が減っていた俺は、ありがたくそれで腹を満たしていく。すると、俺と入れ違いで風呂に入ったティムが上がってきて、彼も空腹だったのか横から手を伸ばして腹に収めていく。
「随分早かったな」
「うん、順番がつかえていたから」
俺がゆっくりしすぎだったのを暗に責められたらしい。
「正装、正しく着れているか後で見て欲しいんだけど」
「分かった」
ティムは今回初めて竜騎士正装を身に纏うことになった。正式な叙勲は来年になるので、今回は手直しした俺のお古を着ることになっている。何分初めてなのでちょっと心配なのだろう。
俺の方は礼装を着るのでほどほどで食事を止めておかないと後が苦しくなる。長丁場が予想されるが、適当に切り上げると着替えの為に席を立った。
絹のシャツに緻密な刺繍が施された上着。先日皇都で試着した礼装には及ばないが、それでも今まで仕立てた礼装の中では群を抜いて煌びやかな装いになっている。着なれない絹の感触が何だかくすぐったい。今日の為に部屋に持ち込んだ姿見の前で襟元を入念に手直しする。
「ルーク兄さん、お邪魔していい?」
同じく着替えを済ませたらしいティムが部屋にやって来た。拒む理由もないので迎え入れ、初めて見る正装姿のティムを検分する。どうやら間違えずに出来たらしい。ただ、髪が乱れていたのでそれだけは直してやった。
「そろそろ姉さんの支度も終わりそうだってカミラさんが知らせてくれた」
「分かった。そろそろ行くか」
俺は壁に掛けたままにしていた長衣を纏うと、もう一度姿見の前で確認する。念のためティムにも確認してもらってから階下へ降りた。居間には着替えを済ませた父さんと兄さん、あとオリガの支度の進み具合を知らせに来てくれたカミラがいた。
「ルーク兄さん、かっこいい」
「なんか……貫禄が付いたな」
「ふむ……」
家族に称賛されて何だか気恥ずかしい。それをごまかしながら「そろそろ行くよ」と言って玄関の扉を開けた。すると、俺が出てくるのを待っていたらしい近所の人々から大きな歓声で迎えられる。ちょっと驚いたけどそれをどうにか笑顔で応じ、隣の俺の家の玄関扉を叩いた。
「どうぞ」
リーナ義姉さんが扉を開けてくれる。俺の姿に一瞬目を見張ったが、そのまま迎え入れてくれる。案内されるままに奥の部屋に入っていくと、眩い婚礼衣装に身を包んだオリガが立っていた。
おかしいな……この話で結婚式まで持っていく予定だったのに……。
やっぱり思い通りに話が進まない。
こんな感じで今年もまったり更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。




