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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第32話

 飛竜の一団はアジュガの上空をゆっくり周回してから着場に降り立った。おそらく火事の被害状況を上空から確認していたのだろう。俺達は着場に整列し、一行を出迎えた。一方着場に面した広場には陛下のご訪問を知った町の人達が集まっていて、みんなその場にひざまずいている。

 陛下のご訪問となれば、本来であれば正装で出迎えるのが当たり前なのだが、生憎と火災の後片付けの最中だったのと、先ぶれもなかったのもあって全員が普段着のままなのが締まらない。ティムなど、額に汚れた手で触った痕が残っていた。

 最初に降り立ったのはアスター卿のファルクレインだった。続けて陛下のグランシアード、アレス卿が駆るパラクインスと続いた。陛下はともなっておられた皇妃様を優しく抱き下ろし、パラクインスに騎乗していたアレス卿は背から降りると同乗していた姫様を抱き下ろした。すると自分の背中が空になったとたん、パラクインスは装具を外す間も惜しいらしくティムに突進していた。

「パラクインス、止まれ!」

 アレス卿が慌てて止めるが、欲に忠実な飛竜は止まらない。ティムは頭突きを食らう形となって尻餅をついていた。

「大丈夫か、ティム」

「うん……」

 助け起こすついでに顔の汚れも拭いてやる。それでもなお執拗にパラクインスは迫ってくるので、彼女……というか飛竜全般の弱点である眉間を小突いて大人しくさせた。

「済まない、ルーク卿。ティムも怪我はないか?」

 とっさに姫様を庇っておられたため、制止しきれなかったアレス卿が慌てて謝罪に来る。こうなることはパラクインスの姿を見た時から覚悟は出来ていたし、ティムも上手く受け身を取っていたので大事には至っていない。問題ないと答えてわがまま飛竜の装具を外した。

「今年は来ないと思っていました」

「そのつもりだったらしいけど、目を離した隙に逃げ出したらしい」

 非常に疲れた様子でアレス卿は大人しくなったパラクインスをティムから引きはがす。それでも飛竜はまだあきらめきれない様子でクウクウと甘えた声を出して尾をティムに巻き付けている。

 今年はいつもより早い時期に国主会議が開催される。当然、アレス卿も参加されるのでパラクインスのわがままに付き合う余裕がない。飛竜には我慢してもらうつもりだったのだ。

「お前達とちょうど入れ違いに到着したのだ。ティムがいないと分かると執拗に居場所を教えろと迫られて、まあ、ここへ連れてくるしかなかったというわけだ」

 皇妃様と姫様を伴い、陛下が近づいて来る。お優しい皇妃様はティムに「怪我はない?」とお言葉をかけ、姫様は心配そうに彼を見ている。そんな中、飛竜は一向にティムの体から尾を離す気配はない。このまま暴れられても困るので、もう欲求を満たしてやるしか方法はなかった。

「道具類が使えないのですが……」

 昨夜の火災で竜舎の屋根は焼け落ちていた。持ち出せなかった道具類は大半が焼けてしまい、残った物も使えるような状態ではなかった。

「それだったらこれを使え」

 アレス卿が持ち出したのは装飾が施された木の箱だった。同道している他の飛竜の背から降ろされたもので、中に入っていたのはブラシなどの飛竜の世話に使う道具類だった。いずれにも繊細な装飾が施されていて、話によるとゼンケルの工房でパラクインス専用にあつらえたものらしい。今回こちらに来られない分、これを贈って機嫌をとるつもりだったらしい。その目論見は見事に失敗してしまったけれど。

 もうこうなったら仕方がない。ティムはブラシを手に取ると、わがまま飛竜のご機嫌を取るべくその躰をこすり始めた。ほどなくして上機嫌となった飛竜がゴロゴロと喉を鳴らし始める。ああ、またこれでわがままに拍車がかかったと誰もが思ったに違いない。




「この様な状況で大したおもてなしは出来ませんが、ようこそおいでくださいました」

 飛竜が落ち着いたところで、俺は改めて来られた一同に頭を下げ、隣ではオリガが淑女の礼をする。クラインさんが動けない状況というのもあり、親方衆から俺が高貴な方々に応対するよう頼まれていた。まあ、確かに、広場でひざまいている彼等は固まって動けない様子だった。

「火災があったことは聞いている。だが……私の記憶が間違いでなければ、今日はお前達の婚礼の日ではなかったか?」

 焼けたクライン邸を一瞥した陛下は俺達に向き直る。眉間にはしわが寄り、不機嫌なご様子がうかがえる。

「その通りです」

 嘘をついたところですぐにばれるので、諦めて白状した。陛下は一つため息をつくと、「経緯を報告しろ」と短く命令を下された。

 俺達がわがまま飛竜をなだめたり、こういった会話を交わしている間にアスター卿の指示の下、運んできた資材を使って広場に天幕が立てられていた。アルノーやコンラートらも駆り出され、中に敷物と踊る牡鹿亭から運んできた椅子が設置されていた。準備が整ったとアスター卿の報告を受けると、陛下は鷹揚にうなずかれ、皇妃様のお手を取られて移動される。

 姫様はティムと一緒に居たいらしく、パラクインスのお世話の手伝いをしたいと言われ、アレス卿がわがまま飛竜の見張りもかねて着場に残られた。他に陛下に同行して来た竜騎士が護衛として残ったので、俺達も陛下と共に天幕に移動する。ちなみにエルヴィン殿下はここへ来る直前に休憩した砦に世話役の乳母と共に置いてきたらしい。確かに、火災の後に連れてきたら、面白がってどこへ這いこんでしまうか分からない。賢明な判断だった。

 天幕の入口は大きく開け放ったままにしてあるので、外からでもお2人のご様子がうかがえる。集まっている町の人達は解散してもらおうかと提案したが、「彼等も経緯は知りたいだろう」と仰せになり、そのまま報告をすることになった。

 ここは自分で報告をするところなのだが、生憎と事情聴収の結果も含めて全てを知っているわけではない。報告はラウルに頼もうとしたところで、陛下の御来訪を知ったらしいウォルフが天幕へやって来た。昨夜の火事で受けた火傷だろう。手や頭に巻かれた包帯が痛々しい。その後ろには彼の同僚となる文官がクラインさんを伴っている。

「アジュガを任されていたにもかかわらず、このような事態となって申し訳ありません」

 ウォルフは陛下の前で跪くとそう言って頭を下げる。彼に倣い、後ろに控えていた文官も同様に頭を下げ、少し間があってから不承不承といった様子でクラインさんも頭を下げた。

「昨夜の火事について私から説明させていただきます」

「無理はしなくていいぞ」

 陛下にも無理しているように見えたのだろう。そう言ってウォルフに休むように勧めておられたが、これは自分の職務だからと言って譲らなかった。説得を早々に諦めた陛下は楽な姿勢をとる様に命じてから報告を促した。

 ウォルフにも椅子が用意され、彼は恐る恐るといった様子で腰を掛ける。そしてもう一度陛下に頭を下げると、彼はよどみなく報告を始めた。

「監視のため、我々は交代でクライン邸に泊っておりました。昨夜の当番は私で1日の業務が済んだ後は部屋に引き上げていました」

 本来であれば3人ともクライン邸に滞在するべきなのだが、クラインさんの更迭が決まると使用人達が逃げてしまい、屋敷の管理が行き届かなくなっていた。現在住み込みで働いているのは長年仕えている家令だけで、後は近所のおばさんが通いで食事などの世話をしている状態だった。

 使用人の手間を減らす為に3人は踊る牡鹿亭に宿泊していたが、今回の更迭に納得していないクラインさんの逃亡を防ぐことも兼ねて交代でクライン邸に泊まり込みをしていたらしい。

「寝る前にその日の記録を残していると、クライン氏の部屋から物を壊すような音とそれを止めようとする家令との口論が聞こえてきました。最近特に彼は荒れるようになっていて、こういった事はよくある事だったので気にも留めていませんでした」

 それからほどなくして焦げ臭い匂いに気付き、廊下に出てみると、扉が開けっ放しになっていたクラインさんの部屋から炎が上がっているのが見えたらしい。

「部屋を覗き込むと、クライン氏は部屋の真ん中で倒れていました。すぐに助けようと思ったのですが、部屋中に散らばっていた書類や本に火が燃え広がっていてなかなか近づけず、救出に手間取ってしまいました」

 消火をしようにも水は階下から運ばなければならない。ウォルフは決死の覚悟で炎をかいくぐってクラインさんの元へ行き、彼を部屋から引きずり出した。そしてとにかく外へ逃げようと、彼をおんぶして脱出した。それで外に出たところで俺と遭遇したらしい。

「我々は広場の屋台で夜食をいただいていました。火事に気付く直前、クライン家の家令が尋常ではない様子で広場を横切って行ったので、不審に思って追いかけました。広場を抜けた路地裏で追いつき、どうしたのか聞いてみたのですがひどく取り乱していて話になりませんでした。そこで少し強引に彼を連れて引き返したところで火災に気づきました」

 そこで文官達は二手に分かれ、1人は家令を連れて神殿へ向かい、もう1人はクラインさんとウォルフの安否確認の為にクライン邸へ向かった。しかし、逃げ惑う人達にもまれてなかなか思うように進めない。そうしている間に2人を抱えた俺の姿を見たらしく、その後を追って神殿へ向かったらしい。

「昨夜は鎮静剤を飲ませて休ませ、朝になって目を覚ましてから尋問を行いました。それによると、手当たり次第に物をまき散らし、更には書類を暖炉で燃やし始めたクライン氏ともみ合いになっているうちにバランスを崩し、クライン氏は机で頭を打って倒れたそうです。家令は彼を死なせてしまったと動転し、逃げ出したそうです」

 その燃やした書類が舞い上がり、床に散らばった書類に燃え移ったというのが火事の原因ではないかとザムエル等自警団は推察していた。

「モーリッツ・クライン、異議はあるか?」

 陛下のご下問にクラインさんは小さく「ありません」と答えた。神殿でのおかみさんとのやりとりからは想像もできないくらいあっさりと認めた。さすがの彼も陛下には逆らう気が起きないのかもしれない。

「正式な処遇は後日言い渡すが、この時をもってそなたの町長の任を解く」

 アジュガは皇家の直轄地だ。町自体が皇家の財産だ。火事を起こしてその財産を傷つけた責任をとり、解任の時期が早まったことになる。おそらく、それだけでは済まないだろう。

「どうなるんだ、これから……」

 目の前で町長が罰せられたのだ。広場で話を聞いていた町の人達の間に動揺が広がる。そんな彼等を他所に、陛下はおもむろに立ち上がられた。

「ルーク・ディ・ビレア、ここへ」

 陛下に呼ばれ、俺は戸惑いながらも御前に進み出る。跪くように言われ、訳が分からないまま言う通りにすると肩に手が置かれる。

「ルーク・ディ・ビレア、タランテラ国主エドワルド・クラウスの名において、本日、この時よりそなたをアジュガ地方の領主に任じる」

「へ?」

 告げられた内容が理解できず、俺は思わず変な声を出していた。


ルークは領主になった!

(BGMは某RPGのレベルアップ時のファンファーレで)

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