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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第30話

 翌日から結婚式の準備に奔走ほんそうした。2人で式を取り仕切ってくれる神官に挨拶し、その帰りにギュンターさんの墓へ参って結婚とダミアンさんが生きていたことを報告した。お祝いに来てくれた人に応対し、その合間に俺はザムエルら自警団と当日の警備を、オリガは着付けを手伝ってくれる女性達と打ち合わせをしたりした。

 そしてあっという間に日にちは過ぎて、式の前夜を迎えた。いくら明日が早いと言ってもまだ寝るには早い時刻。エアリアルの竜舎でオリガと2人、他愛もない話をしていた。ちなみに家の中でしないのは、もちろん俺が我慢できなくなるからだ。

「……なんか、焦げ臭いな」

 ふと、漂う異臭に気が付いた。同時にうずくまって寝ていたエアリアルが頭を上げる。オリガも異臭に気づいたらしく、2人で顔を見合わせるとエアリアルの竜舎を出る。そして、町の中心部がある東へ視線を向けると、煙が上がっているのが見えた。相棒ものそりと寝床から起き出してきたので、最低限の装具をつけると飛び立たせた。すぐに相棒から窓から炎が上がるクライン邸と広場を逃げ惑う人たちの心像が送られてくる。

「俺、行ってくる」

「気を付けてね」

 ただならぬ状況にじっとしているという選択肢はなかった。幸いにして火元となるクライン邸とは離れているので、オリガは実家で母さんと待っていてもらうことにする。彼女と実家の裏口で別れ、俺は全力で火事が起きているらしいクライン邸へ向けて駆けた。

 ほどなくして広場に着いた。ザムエル達自警団が避難誘導を始めたおかげで広場の混乱は随分と収まっているが、その広場の向こうにそびえるクライン邸から上る炎は激しくなっている。

 町の建物自体は石造りなのだが、屋根やひさしには木材が使われている。更には俺達の結婚を祝おうと花やリボンが至る所に飾り付けられているため、散った火の粉で燃え広がって既に竜舎や近隣の住宅、そして広場に出ていた屋台にも火が移っている。今日は風もあるので、早く手を打たないと更に被害が拡大する可能性がある。

「ルーク!」

 俺の姿を見つけたザムエルが駆け寄ってくる。避難誘導が先なのだが、状況確認も必要だ。

「飛竜達は?」

「無事だ。ラウル卿達が近くの水場へ向かってくれている」

 男達が懸命に消火活動に当たっているが、何しろこの町で一番高い建物が燃えているのだ。飛竜で上空から水をまかないと難しいだろう。難点を上げるとすれば、上空からだと狙いを定めるのが難しい事と、まとまった水をかけるので、その衝撃で建物が倒壊する恐れがある事だ。

「町の南東部の住民を全て避難させてくれ」

「分かった」

 俺の意をくんでくれたザムエルがすぐに指示を出すと、自警団員達はそれに応じて散らばっていく。その様子を見送るが、ふと、炎を上げるクライン邸に気がかりを覚える。

「クラインさんは?」

「そういえば、見ていない」

「ちょっと見てくる」

「危険だ」

「それでも出来ることはしたい」

 俺の答えにザムエルはあきらめたように自分が羽織っていた防火性の長衣を脱いで俺に投げてよこす。俺は礼を言って受け取ると、それを被る様に羽織り、倒れた屋台や物が散乱している広場を突っ切って駆け抜けた。

 火事の熱波を長衣で防ぎながら着場への石段を駆け上がる。そこからクライン邸に続く扉を蹴破ろうとしたところで、内側から扉が開いで誰かが転がり出てきた。それは、クラインさんをおんぶしたウォルフだった。

「ウォルフ!」

「ル、ルーク……」

 俺の顔を見て安堵したのか、ウォルフはその場に座り込む。何があったのか話を聞きたいが、火事の熱波が襲ってくるここはまだ安全とは言い難い。俺は意識がないクラインさんを肩に担ぎ上げ、安堵から腰が抜けているらしいウォルフを支えてその場を離れた。そのまま広場を北へ突っ切り、臨時の救護所となっている神殿へ2人を運び込んだ。

「ルーク」

 そこには実家に残してきたはずのオリガが神官や町の女性達と一緒にけが人の手当てに当たっていた。どうやら彼女も大人しくしていられなかったらしい。それでも本場の聖域で薬学を学んだ彼女には適任の場所だともいえる。

「2人を頼む」

 俺はそう言って2人を預けると、総指揮をとっているザムエルの元へ引き返した。自警団員達はどこにどんな人が住んでいるか把握しているので、効率的に声をかけて回って避難はとどこおりなく済んでいた。

 やがて、上空を旋回していたエアリアルから飛竜達が戻って来た事を伝えられる。四隅に金具をつけた防水布に水を溜め、金具にくくり付けた紐で吊り下げて運んでいる。4本のうち2本の紐の長さを変えることで中の水を放出するのだが、飛竜が体勢を崩さないよう慎重に長さを変えなければならない。更には羽ばたきで起こる風で火を煽らないよう細心の注意も必要になってくる。

「ザムエル、飛竜が来る。広場から全員退避させてくれ」

 自警団だけでなく町の男達も加わって消火活動が行われている。そのままだと、上空からの放水に巻き込まれて怪我をする恐れがあった。たかが水だと侮ってはならない。過去にはそれで死亡者が出た例もある。声を張り上げて退避をうながすと、男達は素直に指示に従ってくれた。

「来るぞ」

 ほどなくして北の空に2頭の飛竜が姿を現した。乗っているのはドミニクとローラントだった。俺はエアリアルを通じてそのまま進むよう指示を与える。この2人は訓練では幾度もしているが、実践でするのは初めてだ。気がかりではあったが、2人とも飛竜の体勢を崩させることなく放水出来た。少し狙いはそれたが、それでも構わない。周囲を濡らすこと自体が延焼を防ぐことになるからだ。

 それにアルノーとコンラートが続く。アルノーには北西から、コンラートには北東からと少し角度を変える様に指示を与える。経験がある分、2人は火元のクライン邸へ的確に水を放つことが出来ていた。その甲斐があって火の勢いも弱まり、地上でその様子を見ていた町の人達から大歓声が沸き起こる。

 少し遅れてラウルとシュテファンがやってくる。この2人には俺からの指示は必要ない。上空を旋回しているエアリアルのからの情報だけで十分だ。その期待に応え、ラウルはそのまま北から、シュテファンは少し角度を変えて北北西に進路を変えて町に近づき、的確に火元へ水を放っていた。

「これで延焼の心配は無くなったな」

 上空にいるエアリアルの目から見ても火災は収束に向かっているのが見て取れた。まだ煙が上がっている個所はあるが、最悪の事態は回避できただろう。飛竜による放水はこれまでで、後の細かい場所は人の手でするしかない。俺は相棒に労いの言葉をかけ、一旦地上に降りる様に指示を出した。ラウル達も相棒を町の外れに降ろし、町の人達に拍手で迎えられて俺達に合流した。

 ちなみにティムは水場で彼等が防水布に水を溜める手伝いをしていた。見習いの彼はまだこういった訓練を受けていないので、安全を考慮して補助に回したらしい。その報告を受けていると、水を張った大きな樽をひもで吊り下げたテンペストが帰って来た。それを慎重に着場に降ろすと、他の飛竜が待つ町の外れへ移動する。

「さて、もうひと踏ん張りだ」

 自警団と連携して俺達も消火活動に加わる。受け持つのはもちろん、一番ひどく燃えたクライン邸だ。一々運ばなくて済むので、着場に樽を置いてくれたのはいい判断だ。後でティムとテンペストを褒めておこう。調子に乗るのは良くないので、あくまでもさりげなくだけど。

 飛竜を使っての放水が功を奏したのもあり、それほど時間をかけることなく鎮火に至った。ただ、放水の標的となったクライン邸を中心にした辺り一帯は水浸しになってしまっていた。それでも町の人達は火事で燃えてしまうよりはいいと言い、後片付けは仕方ないと割り切っている様子だった。




 火が完全に消えたのは既に深夜を通り越して夜明けに近い時間だった。片づけは日が昇ってからと決まり、一息入れることになった。

「お疲れ様」

 踊る牡鹿亭の前では町の女性陣が炊き出しをしてくれていて、消火活動にあたった俺達に夜食を配ってくれる。母さんやカミラもいて、せわしなく動いているのが見えた。オリガの姿が無いのはまだ神殿でけが人の治療を手伝っているのだろう。

 夜食を取りながら自警団と竜騎士とでこの後の予定を話し合う。そして夜明けまでの空いた時間を有効に使おうと、クラインさんとウォルフから話を聞くことになった。

 そこで彼等の状況を確認しにティムが神殿まで一走りしてきてくれた。しかし、火元にいたとみられるクラインさんはひどい火傷を負っていて、一度意識を取り戻したが暴れて手が付けられなくなって薬で眠らせているらしい。そんな彼を救い出したウォルフも火傷を負っていて、その痛み止めが効いているらしく彼も眠っていた。結局、現時点で出来ることが無くなってしまい、夜明けまで交代で休むことになった。

 一方、ラウル達とは飛竜の食餌といった物資の補給について話し合った。申請すれば取り寄せられるが、当座を凌ぐものが必要だ。一息入れた後にドミニクとローラントを近くの砦へ派遣して事情を説明し、分けてもらおうと決まった。

「ルーク兄さん……」

 話が落ち着いたところでカミラが声をかけてくる。しかし、言葉が続かない様子で、俺が「どうした?」と逆に声をかけるとようやく重い口を開いた。

「結婚式は……」

「無理だろう」

 俺があっさりと答えると、泣きそうな表情になる。カミラも分かっているはずだ。でも、どうしても聞かずにはいられなかったのだろう。

「この状況では無理だ」

「でも……」

「強行しても誰の得にもならないよ。今は俺達個人の事よりも町の方が優先だ。中止にするんじゃない。延期だ。必ずここで式は挙げる。心配するな」

 楽しみにしてくれていたのだろう。すぐにでも泣き出してしまいそうな妹の頭を俺はポンポン叩いてなだめた。カミラも力なくだがうなずいてくれたので、俺が言いたいことは理解してくれただろう。彼女は流れかけた涙を拭い、空いた食器を片付けて戻って行った。

 そんなカミラ以上に俺はオリガの事が心配だった。気丈な彼女は人前では表に出さないが、俺達が思っている以上に傷ついているはずだ。少し多めに時間をもらって2人でゆっくり話し合った方が良いだろう。俺はその場にいた仲間に休んでくると言って席を立ち、オリガを迎えに神殿へ足を向けた。


結婚式を目前にして大変なことに……。

でも、大事な事なのでルークの言葉を繰り返します。

「(結婚式は)中止にするんじゃない。延期だ。必ずここで式は挙げる。心配するな」

次話をお楽しみに。

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