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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第29話

誤字報告ありがとうございます。

 一夜明け、かたわらに温もりを感じない寂しい朝を迎えた。一抹の寂しさを抱えながら身支度を整え、朝食を済ませた俺はティムと共に本宮へ赴き、昼迄は日課の飛竜の世話と己の鍛錬をして過ごした。

 午後からは家令候補との面談が予定されていたので、ブランドル家へオリガを迎えに行き、共に自分のものとなった屋敷に帰った。ブランドル公御夫妻が御多忙のため、代わりに家令のセバスティアンさんが立ち会ってくれることになっていた。

 ちなみにオリガは午前中、婚礼に向けた準備をしていたらしい。幾分疲れた様子だったのはやはりグレーテル様や侍女達の熱意に根負けしたからかもしれない。

 屋敷に着くと、正式に使用人が決まるまでブランドル家から派遣されている使用人達に迎えられる。指定した時間にはまだ余裕があったので、一息ついてから応接間に移動した。

 やがて予告された時間通りその人物が訪ねてきた。そしてその姿をみた俺達は驚きのあまり固まった。

「よろしくお願いします」

 入ってきたのは本宮で侍官をしているサイラスだった。何故……。

「え? いや、我が家の家令候補が来るって聞いたんだけど?」

「ええ、間違いありません」

 サイラスは笑みを浮かべてうなずいている。想定外の事に俺はオリガと顔を見合わせ、そして同席してくれているセバスティアンさんを見る。彼がうなずいたので間違いないのだろう。本宮の安定した仕事を辞めてまで俺のとこで働きたいと言うのは何か事情があるのかもしれない。そう思いなおして話だけは聞いてみることにした。

「理由を聞かせてほしい」

「身内が不祥事を起こしたので、その引責で本宮を辞することになりました」

 サイラスの返答に俺達は驚きを隠せなかった。本当はこの春で辞めなければならなかったらしいのだが、引き継ぎが長引いたのと本宮へ帰って来る俺の世話はどうしてもしたかった事もあって昨日まで勤めていたらしい。

「不祥事って一体……」

「ルーク卿が阻止して下さった計略にしゅうとが関わっていました」

「え……」

 サイラスは内乱がはじまる直前に格上の貴族の家に婿入りしていた。文官を数多く輩出している家だが、内乱中はうまく立ち回りその地位は保たれていた。しかし、彼の舅の友人の中には処分を受けた者もいたらしく、不満を募らせた彼等に感化されてあの計略に加担してしまったらしい。

「怪しげな集まりに参加しているのは気付いていました。しかし、私では止めることが出来ませんでした」

 奥方の家族からは侍官という仕事を軽んじられてその立場は弱く、唯一の理解者だった奥方も出産を控えていて父親をいさめることが出来なかったらしい。

 だが、俺は知っている。国内のみならず国外からの賓客をもてなすこともある彼の頭の中には、各国の国主や有力貴族の交友関係に個人的な好き嫌い等、諸々の情報が記憶されている。その知識量は外交官にも引けを取らない。奥方のご家族は相手の本質を分かっていない愚かな人の様だ。

「奥様はどこにいらっしゃるんですか?」

 一緒に話を聞いていたオリガが訪ねる。その顔は少し青ざめていた。

「子供も無事に生まれましたので、所領で舅に代わって後始末をしています。彼女を手伝うことも考えましたが……」

 領地の大半は没収され、家は奥方ではなく別の親族が継ぐことになったらしい。後始末には親族の手助けも必要だった。うとまれている彼がいると、その手助けも得られない可能性があるらしい。

「私も引責で処分を受けることになると決まると、彼女は泣いて離縁してくれと言ってきました。だからと言って妻子を見捨てることなどできません。降格になっても仕事を続けて2人を養おうと思っていたのですが、サントリナ公とブランドル公にお声をかけていただき、ルーク卿の元で働かせていただこうと決意しました。もちろん、ルーク卿が雇って下さるのでしたらですが……」

 サイラスの言葉に俺とオリガは顔を見合わせる。またもや確認する様にセバスティアンさんを仰ぎ見ると、彼は無言でうなずいていた。

 確かに、彼とは気心が知れているし雇うことが出来たら慣れない皇都での暮らしも楽になるし、これからは嫌でも増える貴族達との付き合いに頼もしい助人となってくれるはずだ。それでも俺の中にはまだ迷いがあった。本当に俺のところでいいのだろうか?

「サイラスは俺なんかに雇われて本当にいいのか?」

「ルーク卿、あまりご自身を卑下なさらないでください。貴方様はこの国を救った正真正銘の英雄です。これからもこの国にはなくてはならない存在です。それでもおごることなく他者への労りを忘れない、そんなお方にお仕えできるのはこれ以上無い喜びです」

 誉め言葉に俺は段々と気恥ずかしくなってくる。もはや不採用にする理由はなく、俺は喜んでサイラスを家令に迎えることにした。

 その後はセバスティアンさんの意見を参考にして細かい契約内容を取り決めた。サイラスは既に侍官の職は辞しているので明日から仕えてくれることになった。屋敷に住み込みで働いてくれることになり、所領の後始末が済んだら奥方と子供も呼ぶことになっている。

「改めてよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 これから長い付き合いになるサイラスと握手を交わして契約を完了した。屋敷を賜ってどう管理しようか悩んでいたが、頼もしい家令に来てもらえることになって俺は大いに安堵したのだった。




 サントリナ家やブランドル家から推薦されていただけあって、選定の面談に来てくれた使用人達はいずれも優秀な人達ばかりだった。サイラスとセバスティアンさんの意見も聞きながら熟考を重ねた結果、今までも我が家へ来てくれていた夫婦を住み込みで雇うことになった。

 夫フーゴが主に外回りを担当し、妻リタが家の中の事を受け持つ。そして所領の後始末が済めばサイラスの奥さんも来てくれるらしい。しかし、当面は子育てに専念してもらうことになるだろう。家の規模の事を考えたら使用人の数が少ない気もするが、オリガも俺もたいていの事は自分で出来るので問題ないし、俺の収入を考えたらこの辺りが限度だった。

 屋敷の方は俺に譲渡されるにあたって傷んだ個所が改修されていた。調度品もそのまま使えるので、オリガやサイラスと相談して使いやすいように配置を変えた。これで宿舎として借りていた時以上に居心地のいい家になったはずだ。

 当初の予定では皇都には半月ほどの滞在予定だった。屋敷をたまわると言う想定外の出来事に加え、グレーテル様がこだわりぬいたオリガの花嫁衣裳の手直しが思った以上に時間がかかり、既に一月近く滞在していた。

 その間、俺は自分の屋敷に滞在し、オリガはグレーテル様のご要望でブランドル家に滞在していた。当然、一人寝の寂しい夜は継続中だった。それでも日中は自由に会えるので、午前の鍛錬が終わると彼女を迎えに行ったり、家で待っていてくれたりして午後は一緒に過ごした。

 念願だった2人での買い物にも出かけた。組紐は真っ先に買いに行ったし、アジュガの人達へのお土産も2人で選んだ。ブランドル公邸やサントリナ公邸、更には北棟でのお茶会にも呼ばれてちょっとだけ窮屈な時間を過ごしたこともあった。だが、ようやく花嫁衣装が仕上がり、今日、再びアジュガへ向けて出立する運びとなった。

 あと数日もすれば陛下が国主会議に出立されるので本当はそれまで待とうとしたのだが、陛下御自身からアジュガのみんなが首を長くして待っているのだから早く行くようにと言われてしまい、そのお言葉に甘えることにしたのだ。

「お気をつけていってらっしゃいませ」

 屋敷を出る俺にサイラスはそう言って見送ってくれた。最初は今までの侍官としての仕事の違いに少し戸惑っていた様子だったが、元々の素質に加えてセバスティアンさんからその心構えを習ったのもあってこの一月に満たない時間ですっかり板につくようになっていた。

 俺は一度馬車でブランドル家へ立ち寄り、グレーテル様と使用人達に見送られてオリガと共に本宮へ向かった。そこで待ってくれていたラウル達と合流し、今度は第1騎士団の竜騎士達に見送られて皇都を発った。




 アジュガはすっかりお祭り騒ぎとなっていた。町中が花で彩られ、広場にはいくつもの屋台が立ち並び、大道芸人がそれぞれの技を披露していた。上空からでも酒を飲んで酔っ払っている親方衆の姿も確認できた。

「兄さん、これは……」

「聞くまでもないだろう。お前の到着が遅いから先に始まった」

 着場に迎えに来てくれた兄さんは苦笑しながらそう答えた。まあ、確かに当初の予定より随分遅れてしまったが、主役抜きでよくここまで盛り上がれるものだ。まあ、娯楽にされるのももう慣れた。俺は諦めの境地で飛竜から降ろされた荷物の運び先の手配をした。

 今回、一番嵩張るのはオリガの花嫁衣裳。身に付ける宝飾品と併せて厳重に梱包されたその箱を俺達の家へ慎重に運び込む。一方の俺の礼装は実家に運んでもらった。グレーテル様の結婚まで同衾禁止は今なお継続中なので、式まで俺は実家に泊ることにしていた。ただ、オリガを一人にするのは不安なので、ティムが泊ってくれることになっている。

 既に夕刻。実家にオリガやティムも含めて家族が集まり、夕餉となった。今日俺達が帰ることを聞いたご近所さんからもお祝いとばかりに様々な差し入れがあったとかで食卓は実に賑やかだった。当然、踊る牡鹿亭のミートパイもある。でもやっぱり、母さんが作ってくれた料理が美味しい。

「式は3日後になった。それまであの状態が続くのかと思うと頭が痛いけど」

 兄さんの愚痴に俺達はただ苦笑するしかなかった。飲んで騒ぎたいだけかもしれないが、その中に祝ってくれる気持ちがあるはずだ。多分……。その後は互いの近況を話したりして夕餉の席は賑やかに、そして笑いが絶えないまま終えたのだった。


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