第25話
早朝に薬草園を出立した俺達は、昼過ぎにはアジュガに着いていた。完全に回復しているとはいえ、無理はしない方が良いとラウルとシュテファンが気を使ってくれたため、皇都へ直行せずにアジュガに立ち寄り一泊することになっていたからだ。俺達の婚礼の話もしておきたかったし、アスター卿から届いた命令書と一緒に届けられた陛下の私信にも「家族へ元気な姿を見せてから来い」と添えられていたので、その気遣いに甘えることにしたのだ。
「ルーク!」
着場に降り立つと、母さんが真っ先に駆け寄って来て、力いっぱい抱きしめられた。その後から父さんも寄ってきて一緒くたに抱きしめられた。
「心配かけてゴメン。もう大丈夫だから」
職人と主婦とはいえ、日ごろから力仕事や畑の作業で腕っぷしは鍛えられている。そんな2人が力いっぱい抱きついてくるとさすがに苦しい。俺は両親を宥めて力を緩めてもらおうとするが、なかなか放してくれない。
「お義父さん、お義母さん、お久しぶりです」
ここで救世主となったのはやはりオリガだ。彼女が話しかけてくれたことで、2人はようやく我に返り、体を離してくれた。
「オリガさん、本当に、本当にありがとうね」
母さんはオリガの手を握って振り回す。若干引きながらもオリガはにこやかに応対していた。俺の元には両親と入れ替わりに兄さんとカミラが話しかけてきた。2人とも俺の無茶を怒りつつも、無事を喜んでくれた。
そんな風に着場で賑やかに家族との再会を喜んでいると、不意にクライン邸から繋がる扉が開いた。クラインさんにうるさいと文句を言われるのだろうかと身構えて振り向くと、驚いたことにそこにいたのは文官服をきちんと纏ったウォルフだった。
「ルーク卿、お会いできて良かった」
「ウォルフ……どうしてここに?」
驚いて固まっている俺を他所に、ウォルフは近寄ってくると手を差し出してくる。反射的に握り返すと、振り回すような勢いで握手される。
「クライン町長からの引き継ぎをしている最中なんだ」
確かにアジュガへ文官を派遣すると言う話をアスター卿から聞いていた。まさかウォルフが派遣されるとは夢にも思わなかった。
「ルーク卿があらぬ疑いをかけられたのを知って、いてもたってもいられなくなって……。上司に相談したら上に掛け合ってくれて、シュタールへ派遣する調査員に加えていただけたんだ」
夏の間にアジュガに滞在し、親方衆の相談に乗った経験を買われて抜擢されたらしい。そして内情を知っていた彼の助言がゼンケルで行われた不正にたどり着くきっかけとなった。その功績が認められて、今回の引き継ぎを任されることになったのだ。
「でも、良かったのか?」
シュタールからも若い文官が2名派遣されていて、ウォルフは彼等を統率する立場になっていた。傍から見れば大出世なわけだが、彼は決して出世など望んでいなかったはずだ。
「君も含めてアジュガの人達には随分とお世話になった。役に立てるなら本望だよ」
俺達の話を俺の家族だけでなく、出迎えに来てくれていた町の人達もにこやかに聞いている。このことからもウォルフは快く迎え入れてくれているらしい。自分の事ではないのに、何だか誇らしい気持ちになった。
こうして再会を喜び合っていると、若い文官がウォルフを呼びに来た。彼でないと解決できない問題でもあったのだろう。出立までに時間が取れればまた会おうと約束し、彼はクライン邸へ戻って行った。
俺達が話をしている間に飛竜達は荷物を降ろされて竜舎で休んでいた。ちなみにエアリアルは俺達を降ろすとさっさと裏庭にある専用の室へ飛んで行っていたので、それを見たティムは急いでその後を追いかけていた。
今夜は家族と過ごすと決めていたので、踊る牡鹿亭に宿泊する竜騎士達とはここで別れた。出迎えてくれた家族は実家に向かい、俺とオリガは荷物を降ろしに俺の家へ向かった。オリガは旅装を解くのに少し時間がかかるので、俺は荷物を降ろすと先に家を出てエアリアルの様子を見に行った。裏庭の室へ行くと、相棒の世話はほとんど終わっていた。
「助かった、ありがとう」
「俺の仕事だから気にしなくていいよ」
ティム曰く、俺はもっと偉そうにしていていいらしい。なんでも、これから先は大隊長様の威厳も必要だと誰かが言っていたらしい。
「他の人はそうかもしれないが、俺は俺だ。変えるつもりはないよ」
そう言って胸を張る。そして相棒にブラシをかけてやると、エアリアルは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしていた。ティムは何を言っても無駄だと諦めたらしく、肩を竦めて外した装具を片付けていた。
ほどなくしてオリガも来たので、3人で揃って実家の扉を叩く。返事があって扉を開けると、子供の元気な鳴き声で迎えられた。リーナ義姉さんが1歳になる息子をあやしている最中だった。
「うるさくてゴメンね」
ちょうどお昼寝から起きたところらしく、父さんと母さんが横から一緒になってあやしている。ちなみに子供の父親である兄さんはその後ろでただオロオロしていた。
「お、でっかくなったな」
久々に会う甥っ子は随分と大きくなっていた。まあ、半年以上経っているのだから当然か。泣いている甥っ子を宥められないかと思って代わりに抱っこしてみたが、彼にしてみれば知らない小父さんなのだから余計に泣かれてしまった。それでもオリガが変わると、不思議と大人しくなった。何だか解せない。
甥っ子はおやつを食べさせたら大人しくなり、そのまま部屋の隅の敷物の上で遊び始めた。機嫌も良くなり、ティムが構うと喜んでいる。甥っ子はそのまま彼に任せ、大人達はお茶を飲みながら話を始めた。
「結婚式をアジュガでするって本当にいいのかい?」
母さんが念を押す様に聞いてくる。オリガがブランドル家から後見を受けているのを気にしているのだろう。
「私が希望したのです。グレーテル様にはお手紙でお知らせしただけですが、反対はなさらないと思います」
「俺もここで家族みんなに祝ってもらいたいと思っている。皇都ではまた別に披露の席を設けるつもりでいるから大丈夫だよ」
オリガと俺がそう言うと、「そうかい?」と言って母さんも納得してくれた。なんだかんだと言ってアジュガで式を挙げるのを喜んでくれているのだろう。
「具体的な日付は一度皇都へ行ってからになると思う。決まったら、また知らせるよ」
「分かった。こちらの準備は俺達で進めておくよ」
「でも兄さん、仕事は大丈夫?」
討伐期が終わり、傷んだ装具を作り替える時期となる。金具の受注が増えるのが見込まれるので、当然、工房の仕事も忙しくなるはずだった。
「どうとでもなるさ」
自信満々な答えが返ってきた。あらぬ疑いをかけられた上、犯人はゼンケルの人間だったのだ。多少強気に出ても文句は言われないのだろう。まあ、兄さんの事だからその辺を見込んで先に仕事を終わらせているのかもしれない。
この後皇都へ行かなければならない俺達にこちらの準備までは手が回らない。俺は兄さんに礼を言ってこちらの手配をお願いした。
その後は一冬費やした療養生活に話題が移った。厳冬期に長距離の移動をしたオリガと使いを頑張ったティムには賛辞が送られ、無茶をした俺にはまたお小言を言われた。
項垂れる俺を他所に、女性陣は薬草園ではいつでも入れた温泉の話で盛り上がっていた。傷の回復促進の効果だけでなく肌にも良いので、艶々のオリガの肌に羨望が集まっていた。
女性陣の話に付いていけず、父さんが早々に酒瓶を持ち出してきた。それを見た母さんは呆れつつも、そろそろ夕飯の支度をすると言って席を立つ。ついでに酒肴も用意してくれるらしい。
「私もお手伝いします」
そう言ってオリガも席を立ち、カミラはお使いを頼まれて出かけて行った。リーナ義姉さんは息子を引き取り、子供の相手をして疲労困憊しているティムを解放していた。
「まあ、しかし、突然役人が来た時には驚いた」
「そうそう。クラインさんも釈明どころか一緒になって俺達を疑っていたし、もう参ったよ」
ティムも交えて酒を飲みつつ、父さんと兄さんが冤罪をかけられた時の話をしてくれた。捜索という名目で工房もあちこち荒らされて後片づけが大変だったらしい。
「まあ、でも、ウォルフさんはアジュガの救世主だよ」
町の危急に駆けつけてくれたウォルフはすっかり町の英雄になっているらしい。友人としてなんか誇らしい。そんな彼が今後もアジュガに関わってくれるのは心強い。
そんな話をしているとカミラがお使いから帰って来た。その後ろからは話題となっていた彼を荷物持ちとして引き連れていた。
「踊る牡鹿亭で会って、荷物を運んでくれたの」
「えっと、お届け物です」
「あらあらあら……」
遠慮がちに入って来たウォルフを母さんは驚きつつも迎え入れる。彼は彼で荷物を届けてすぐに帰るつもりだったらしいのだが、程よく酒が入っている父さんに引き留められる。
「飯はまだだろう、食っていけ」
遠慮しようとする彼を半ば強引に席に座らせる。酒を飲まない彼の為にカミラはすかさずお茶を淹れていた。お使いの先の踊る牡鹿亭でちょうど仕事を終えて戻って来たウォルフと一緒になり、紳士な彼は重たそうだからと荷物を引き受けてくれたらしい。
ちょうど食事の支度も整い、台所から料理が運ばれてくる。なんかどれも俺の好物ばかりだ。中には手間のかかるものもある事から、きっと母さんは朝から準備を進めてくれていたのだろう。そして今日のメインはウォルフが運んできてくれた踊る牡鹿亭名物のミートパイだった。
「改めて乾杯」
全員が席に着いたところで乾杯した。籍をいれるのは皇都へ行ってからだが、先駆けてみんなが祝福してくれて嬉しい。翌日も早い時間の出立となるために早めにお開きとなったが、それでも終始笑い声が絶えず、楽しい時間を過ごしたのだった。
もっと短く済ませるつもりだったけど、アジュガの様子を書いているとついつい長くなってしまう……。




