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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第24話

 古の砦からフォルビア城に戻る頃には既に日は暮れていた。城と砦を往復すると、前日に薬草園からフォルビアに来た距離よりも長くなるのだが、意外にも疲れは感じなかった。エアリアルも終始上機嫌だったのだが、城についてしまうと「もう終わりなの?」といった感じで切なそうに頭をすり寄せてくる。

「明日また飛ぶから、ゆっくりお休み」

 そう言って頭をなでるが、相棒は何度も俺を振り返りながらティムに竜舎へ連れて行かれていた。ちょっと心が痛い。また明日かまってあげようと思いながら部屋へ戻った。

 朝一番でリーガス卿はロベリアへ帰っていたし、ヒース卿もさすがに今日は酒席への誘いをかけてこなかったので、幾分ホッとしながらシュテファンやラウル達と夕食をとることになった。

 食堂で俺達が帰りの打ち合わせをしながら夕食をとっていると、手が空いている竜騎士達がわらわらと集まって来る。前日に話が聞けなかったこともあってか、みんなが次々と質問をしてくる。食事が終わっても話は尽きず、賑やかな時間を過ごした。

 翌朝は軽く鍛錬を済ませると、出立までに少し時間があったのでティムをお供に町に出た。オリガに約束したお土産をあがなうと言うのが一番の目的だが、俺自身が気分転換をしたかったのもある。

 大きな市が開かれるのは春分節が過ぎてからだが、冬場でも広場では色んな屋台が出ている。購入した温かい飲み物を飲みながら街の雰囲気を楽しむのだが、同伴しているのが恋人ではなく義弟なのが残念だった。春になったら絶対2人で出かけよう。組紐だって選ばなければならないし……。そんな甘い妄想をしながら、俺が向かったのはビルケ商会が営む宝飾店だった。

「いらっしゃいませ、ルーク卿」

 何気なく、以前にオリガへ贈る首飾りを選んだ時に対応してくれた店員を指名したのだが、今は売り場を任される責任者になっていて驚いた。付き合わせてしまい申し訳なく思っていると、逆に「ご指名頂けて光栄です」と言ってもらえた。

 お得意様専用の個室へ案内され、俺にだけでなくティムにもお茶とお菓子を出してもてなしてくれるので、かえって恐縮してしまう。そんなに高価なものを買いに来たわけではないのだが……。

 恐縮する俺達を他所に、彼は手慣れたもので世間話をしながら気持ちをほぐし、俺の要望を聞き出していく。俺が負傷したことは伝わっていたらしく、体を気遣われもした。真冬の最中に危険を冒してまで皇都から移動して献身的に看病してくれたオリガにお礼がしたいのだと言うと、普段でも身に付けられるものが良いだろうと言っていくつか商品を見繕って持ってきてくれた。

 七宝やガラス玉、水晶などを使った装身具が目の前に並べられる。正直に言って良し悪しはよくわからない。目移りしている中、目についたのは花を象った銀製の髪飾りだった。オリガの黒くしなやかな髪によく映えそうだと思って手に取ると、「お目が高い」と褒められた。

 なんでも将来有望な職人の手による品らしく、今日の俺の予算では今後は買えなくなる可能性が高いらしい。その説明は抜きにしても気に入ったのは確かなので、俺はこの髪飾りを購入することに決めた。きっとオリガも喜んでくれるだろう。箱に入れて丁寧に包んでもらった商品を受け取り、店員一同に見送られて俺は機嫌よく店を出た。

 宝飾店の次に城下で人気の菓子店に立ち寄った。女性が多くて入るのに躊躇したけど、何とか目的の品を購入できた。ちょっと注目を集めて恥ずかしかった。

 買い物を無事に済ませ、フォルビア城に戻るとヒース卿に出立の挨拶をして竜舎へ向かう。既に出立の準備は整えられていた。

「すまん、遅くなった」

「大丈夫ですよ」

 待っていたラウルとシュテファンに謝ると追加の荷物をエアリアルに括り付ける。そして騎乗用の装備を整えると着場へ飛竜を連れ出した。

「またじっくり話を聞かせて下さい」

 暇なのか、見送りに出てくれた竜騎士達にそう声をかけられる。まあ、討伐期の最終版なので竜騎士が暇なのはいい事だ。わざわざ集ってくれたことに礼を言って相棒にまたがり、他の3人も準備が整ったのを確認して相棒を飛び立たせた。

 何だか、飛べば飛ぶほど元気が出てくるようで、遠出3日目の今日はほとんど疲れを感じないうちに薬草園へ帰り着いた。

「おかえりなさい」

 相棒の背から降りて竜舎へ連れて行くと、オリガが出迎えてくれた。「ただいま」と言って彼女に口づけると、ちょっと恥ずかしそうにしていた。

「疲れてない?」

「大丈夫。なんか飛んでいるうちに元気が出て来たよ」

「ルークらしいわ」

 そんな会話をしながら彼女と一緒にエアリアルを室へ連れて行き、飛竜を労いながら荷物を降ろして装具を外す。後の世話はティムが引き受けてくれたので、2人で連れ立って部屋へ向かった。




「はい、これ、お土産」

 部屋に着いてオリガに真っ先に渡したのはお菓子の包みだった。顔を綻ばせてお礼を言う姿に癒される。「どういたしまして」と応えて彼女に口づけた。

 それからオリガに手伝ってもらいながら荷ほどきを済ませる。そして部屋にも引かれている温泉で旅の埃と汗を流し、彼女が用意してくれた部屋着に袖を通した。

 体が回復してからは食事は出来るだけ食堂を利用していたのだけれど、今日はちょっとわがままを言って夕食はオリガの分と含めて部屋へ運んできてもらうよう頼んでいた。特別何かあると言うわけではなく、単に2人きりで食事をしたかったのだ。

 食卓を囲んでの話題はもっぱら薬草園を離れていた3日間の出来事となる。オリガの方は普段と変わらない穏やかな毎日を過ごせていたようだ。ただ、留守番となったアルノー達は出動要請もなくて随分暇を持て余していたらしい。緊張感がかけた彼等をバセット爺さんが叱りつけ、様々な課題を科して俺達の代わりに鍛えてくれていたらしい。後で爺さんにお礼を言っておこう。

 食後のお茶を飲む頃には俺の方の話に移っていた。オリガは熱心に耳を傾けてくれる。リーガス卿から聞いたジーン卿の懐妊を喜び、また一緒にお祝いを選びに行こうと約束した。古の砦では罪悪感に苛まれていたゲオルグを元気づけられたと伝えると、オリガも安心した様子だった。

「どこへ立ち寄っても最敬礼で迎えられるんだ。なんか全身がむず痒くてしょうがない」

 フォルビア城や古の砦、更には休憩で立ち寄った砦でもそうだったと愚痴をこぼすと、「貴方は出来ることをしただけなのにね」と笑っていた。さすが、俺の事をよくわかっている。

「最後になったけど、これを君に」

 話題が尽きたところで、髪飾りの包みを彼女に差し出した。

「どうしたの? これ」

「まあ、その、感謝の気持ち」

「十分伝わっているのに……」

「まあ、それでも形にしたいなと思ったんだ」

 そう言って俺は開けてみる様に促した。オリガは戸惑いながらも包みを開け、中から出てきた髪飾りを見て「綺麗……」と呟いた。

「気に入った?」

「ええ……でも、高かったんじゃないの?」

「そうでもないよ。今はまだ無名らしいけど、将来有望な職人さんの作らしい。きっと、似合うと思って選んだ」

 そう言ってそれをつけてみてくれるようにお願いすると、彼女は早速軽くまとめていた髪にその髪飾りをつけた。

「どう?」

「良く似合うよ」

 思った通り、彼女の艶やかな髪に良く映える。そして彼女の美しさが引き立っているようにも見える。

「ありがとう、嬉しいわ」

「今度、一緒に出掛ける時につけてよ」

「ええ、そうするわ」

 この髪飾りをつけた彼女と出かけると思うとわくわくしてくる。あ、でも俺も騎士服ではなく少しいい格好をしないと釣り合わないかな。そんな事を思いながらこの先の予定に思いをはせた。




 春分を過ぎ、討伐期の終了宣言が出されてタランテラにもようやく春が来た。アスター卿から正式な命令書が届き、俺達は一冬お世話になった薬草園を出立して皇都へ向かうことになった。

「お世話になりました」

 出立の日、わざわざ見送りに出てくれたバセット爺さんとグルース医師に頭を下げる。

その後ろには手が空いている医療棟の職員も並んでいる。全員、滞在中にお世話になった人達ばかりだ。

「所帯を持つんじゃ。もう、無茶をするんじゃないぞ」

「肝に命じます」

 揶揄やゆするようなバセット爺さんの言葉に神妙に応じると、爺さんは笑いながらバンバンと俺の肩を叩いていた。

 挨拶を終え、待機している相棒の元へ向かおうとすると、グルース先生に無言で何かを手渡される。よく見ると、強壮剤だった。用途は聞くまでもない。手渡してきた相手の顔を見ると、ニヤリと笑っていた。彼なりのはなむけらしい……。

 先に相棒の傍で待っていたオリガに見られないようにその強壮剤を荷物の中にまぎれさせる。それから彼女をエアリアルの背に乗せて俺も相棒に跨った。皆、準備は整っていた。俺は見送りの人達に再度目礼を送ると、相棒を飛び立たせて一冬世話になった薬草園を後にした。



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