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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第21話

グッグッグッ


 甘えてくるエアリアルの頭を撫で、いつもの様にうずくまった相棒の傍らに腰を下ろす。飛竜に体を預けて大きく息をはいた。部屋を移動して10日。体力も付き、俺は自力で竜舎へ行けるようになっていた。

 そして左腕の骨がようやく繋がった。ちょっと治りが遅くて固定がなかなか外せなかったのだが、これでようやく左腕も自由に動かせるようになった。筋肉が落ちて随分細くなってしまったが仕方ない。また少しずつ鍛えていくしかない。それにしても以前の様に動けるようになるのはいつになるやら……。


ゴッゴウ


 不意に相棒が飛竜式の挨拶をする。ここ最近は俺との時間を邪魔されたくない様子なのだが、律義に挨拶をする。相手は誰だろうかと思いながら、相棒にまた明日と声をかけてから室を出た。

 いつも散歩に付き合ってくれるティムもテンペストの室から出てきたので、2人で着場へ続く扉へ向かうと、ちょうど大扉が開いてそれぞれの相棒に連れられた3頭の飛竜が入って来たところだった。

「ルークか。動けるようになったとこは聞いていたが、随分と元気になったな」

 そう声をかけてきたのはアスター卿だった。元々の予定ではとっくに本宮へ帰っているはずだったのだが、思った以上に問題は深刻で、事後処理に時間がかかってしまっていると聞いていた。

「お久しぶりです。その節では本当にご心配をおかけしました」

「どうした? 随分と神妙だな」

「いえ、その、……」

 さすがに追加の小言を言いに来たのかとは聞けない。だが、そんな俺の心情はお見通しだったようで、笑いながら小突かれた。問題が片付いたので、2日後に帰還することになり、わざわざ時間を作って俺に会いに来てくれたらしい。

「心配するな。多少は言うかもしれないが、その為だけに来たわけじゃない」

「そ、そうですか……」

 どうやら完全には逃れられないらしい。まあ、言われるだけの事をしてしまったのだから仕方がない。

 俺達が会話をしている間にティムはさっさと飛竜達を室へと連れて行ったので、アスター卿に護衛として同伴してきた竜騎士達も一緒に俺の病室となっている部屋へと移動することとなった。

「そういえば、ご配慮ありがとうございます」

 部屋に戻る途中、ふとあの部屋を使えるように手配して下さっていたことを思い出してお礼を言う。

「不自由はしていないか?」

「快適すぎですよ」

 とってつけたようなお礼になってしまったが、それでもアスター卿は気を悪くした様子はなかった。逆に必要なものは何でも揃えてくれると言って下さったが、既に十分なくらいにしていただいている。この生活に慣れてしまうのが怖いくらいだ。

 途中に休憩を入れつつ部屋に戻る。先に知らせがいていたらしく、オリガがお茶の準備を済ませて俺達を迎えてくれた。

「すっかり新婚夫婦だな」

 アスター卿に揶揄する様に言われてオリガは頬を染める。そんな彼女と視線を交わす。確認する様に頷き合うと、代表して俺が報告をする。

「春になったら籍を入れることにしました」

「そうか、おめでとう」

 突然の結婚報告だったが、とくには驚かれなかった。まあ、周囲からはそろそろだろうと言われていたので、予想の範囲内だったのかもしれない。

「先行きは不安ですが……」

 隊長職は返上したままだし、療養中の身で今期は休職扱いだ。オリガには苦労させてしまうのだが、彼女の方はしっかり俺を養ってくれる気でいてくれている。その辺を冗談めかしてオリガと2人で笑い合った。

「お前の隊長職返上の件は受理されていないから心配しなくていいぞ」

「はい?」

「冤罪なのは分かり切っていたからな。ヒースは一旦受け取りはしたが、正式な手続きは行わなかった。そもそも手続きが行われたところで陛下も私も認めるつもりはない。だから今でもお前は大隊長の資格を有している」

 それは初耳だった。もしかしてラウルやシュテファン達は知っていたから今でも俺の事をそう呼んでいたのだろうか?

「今回の一件の最大の功労者はお前だ。相手側の手違いもあったが、ゲオルグを連れ去られずに済んだし、重要参考人を捕えた。折悪く発生した女王の行軍を体を張って足止めもした。まあ、それで大けがをしたのはいただけないが、お前1人で全てを解決したようなものだ」

 アスター卿に褒められて何だか全身がむず痒い。どう反応していいか迷っている間にアスター卿は更に続ける。

「お前がスヴェンを捕えたおかげで国内の不穏分子だけでなく、大陸共通の懸念事項だったカルネイロの残党も捕えることが出来た。この時期にもかかわらず、各国からお前個人への感謝と見舞いの手紙が届いている」

「俺に……ですか?」

「そうだ。療養中ということで、体調を見て渡そうと預かっている」

 タルカナの宰相やガウラの王弟殿下等、差出人の一例を聞いて背中に嫌な汗をかく。届いているのはまだ近隣の国からだけだが、春になれば大陸の南方からも届くだろうと言われ、困惑するしかなかった。

 まだ救いなのは、俺の署名だけで済むように当たり障りのない文面の礼状を用意してくれると約束してもらえたことだ。高貴なお方へ送る文面を一から考えなくて済むのは非常に助かる。

「今回の功績をもって雷光隊は第1騎士団へ移動となる。喜べ、皇都で新婚生活を送れるぞ」

「……良いんですか?」

 まだ内定段階の話のはずだ。それをここで言ってしまっていいのだろうか?

「元々その約束だっただろう。こちらの予想以上の手柄も立てたわけだし、誰に何を言われようと胸を張っていればいい」

 皇都へ移動になるのは純粋に嬉しいが、俺の疑問はそこじゃない。聞き直そうか迷っているうちに、更なる情報を盛り込んでくれた。

「雷光隊が有能だと十分世に知らしめることは出来た。しかし、陰では各騎士団や領主達の間で争奪戦が始まっている。バラバラにするのは本意ではないから、私の直下に配属し、要請があれば各地へ派遣すると言う形にするつもりだ」

「……今、言って大丈夫なんですか?」

「問題ない」

 ようやく俺の疑問を聞けたわけだが、アスター卿はきっぱりと言い切ってくれた。逆に話を広めることで牽制にするつもりなのだと理解した。

「それとは別に今回捕えた不穏分子の身内がどうにか罪を逃れようと、お前を含めた雷光隊を味方に引き入れようとする動きもある。これまでは私が目を光らせていたから表立った動きはなかったが、帰還後はどうなるか分からん。後はヒースとリカルドに任せてあるが、お前自身も十分注意しろ」

 どうやら療養に専念できるよう、今まで俺には伏せてあったらしい。まあ、でも、今までの傾向から予測できる懸念事項だ。思い至っていなかった自分にちょっと反省した。

「気になっているかもしれないが、ダミアン・クラインの処遇は国外追放に決まった。反逆に加担したが、女王の討伐に貢献したと言うことで助命となった。後はその父親だが、アジュガ町長の職を解任することが決まった」

「え……」

「当然だろう。息子が反逆に加担した時点でクライン家の取り潰しは確定だ。同時にあの家に与えられていた優遇措置も消滅する」

 今まで考えてもみなかった事態になっている。この後、アジュガはどうなってしまうのだろう? せっかく立ち上げた兄さんの工房もたたむことになるのだろうか? 自分でも血の気が引いてくるのを感じる。

「悪いようにはしない。当面は派遣した文官が引き継ぎを行い、町の運営を手助けする。その文官が新任者の補助をしていく予定だ」

「そうですか……」

 アスター卿の説明に幾分かホッとする。オリガが淹れなおしてくれたお茶で気分を落ち着けた。

「最後に、これは陛下からの私信だ。オリガには皇妃様からの手紙も預かっている」

 アスター卿はそう言って美しい装飾が施された書簡筒を差し出した。触れるのも恐れ多いようなその書簡筒を開けると、手紙が2通入っていた。

「帰還までに返事を書けば、直接陛下にお届けする」

 それぞれの手紙を受け取ったのを確認すると、アスター卿はそう言われて席を立たれた。そしてまた皇都で会おうと言い残されて部屋を出ていかれる。オリガも見送りで部屋を出て行き、1人になった俺は早速、陛下からの手紙の封を開けた。

『回復したと聞いて安堵している』

 手紙はそんな書き出しで始まっていた。無茶をしたことのお叱りもあったが、こちらが恐縮してしまうくらい国の危機を救った事への礼が連ねてあった。気恥ずかしいが、それでも何度も読み返してしまうのは、俺がしたことを評価して下さっている証となっているからかもしれない。

 さて、返事は何と書こうか? 期限があるのであまり悩んでもいられない。悩ましく思いながらも、返事の文面を推敲した。



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