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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第18話

 ダミアンさんとの面会を了承すると同時に、俺は一つわがままを言った。まだ十分に動ける状態ではないのだが、相棒に会いたいと思ったのだ。オリガや特別に面会を許されたティムからもエアリアルが随分と不安そうにしていると聞いたからだ。

 きっとダミアンさんと再会したことで過去の仕打ちを思い出してしまったのだろう。そんな状態で俺に会いに来たダミアンさんの気配を察してしまうと一層不安になってしまうだろう。早く相棒に会って安心させてやりたかったし、飛竜の為にもダミアンさんとの面会の前に済ませておきたかった。

 俺のそのわがままを聞いたバセット爺さんはすぐには無理だと難色を示していたが、飛竜のためだと説得して許可をもぎ取った。渋りながらも当日は車輪の付いた椅子を準備してくれたところを見ると、爺さんもエアリアルの事を気にかけてくれていたのだろう。

「ルーク兄さん、迎えに来たよ」

 アスター卿の事情聴収から3日後、昼食が済んだ頃にティムが迎えに来た。昨日までは事情聴収が思いの外疲れたらしく、昼間もウトウトして過ごしていた。しかし、今日はエアリアルに会えると思うと落ち着かず、朝からそわそわしているとオリガに笑われてしまった。

「ありがとう、今日は頼む」

「うん……」

 何か、俺の姿を見て涙ぐんでいる。ああ、でもそういえば、前に会ったときはまだ体も起こせない状態だった。あの時はずっと「良かった、良かった……」と呟きながら泣いていた。今回の事で随分と責任を感じている様子だったと聞いていた。前回の面会でもお前の所為じゃないと言っていたのだが、まだ気にしていたのだろう。

「エアリアルが待っている。行こう」

 俺がうながすとティムはうなずき、俺が寝台から車輪付きの椅子に移る手伝いをしてくれる。情けないことに足に全く力が入らない。そんな俺をティムはしっかりと支えて椅子に座らせてくれた。

「ふう……」

 移動しただけなのに思わず息をはく。その間にオリガは俺に長衣やひざ掛けなどの防寒具を用意してくれていた。

「大丈夫?」

「うん。ありがとう」

 色々気付かってくれるオリガにお礼とばかりに口づけた。「もう……」と言いながら頬を染める彼女は可愛い。体が回復してきたからか、こういった触れ合いも増えてきた。

「どうした、ティム?」

「……なんでもない」

 何か言いたそうにしていたが、ティムはそう言って口をつぐんだ。そして準備が終わったのを確認すると、椅子を押して病室を出ていく。




 ワールウェイド公立薬学研究院付属薬草園並びに高度医療療養所というのがこの薬草園の正式名称だ。欲にかられたグスタフとベルクが禁止薬物を大量生産するために作られたのだが、幸いにも正式に稼働する前に内乱が起きてその計画は頓挫とんざした。

 莫大な資金を惜しみなく投じられたおかげで、最新の設備が揃った研究棟や医療棟がいくつも立ち並び、広大な畑の一角には湧き出る温泉の熱を利用した温室が数えきれないくらいある。もちろん、現在の当主であるアスター卿も必要に応じた投資をしているので、現在では大陸北部では最高峰とも言われる医療施設となっている。

 現在の俺の病室は最も重篤な患者の為に用意されている部屋の1つだ。医療棟の中央にあり、竜舎や着場のある騎士団棟よりは幾分離れていた。それでもそれぞれの棟をつなぐ屋根と壁を供えた渡り廊下が整備され、こうして車輪付きの椅子に座っていても楽に移動が出来るようになっていた。さすがに寒さまでは完全に防ぐことはできないが、オリガが厳重に防寒対策をしてくれたおかげでそれほど苦にはならなかった。

「大丈夫ですか、兄さん」

「ああ」

 振動は極力抑える工夫がされているのだが、やはりこうして移動するにはまだ早かったらしく傷に響く。それでも相棒に会うのを優先させたのは自分なので、ここで音を上げるわけにはいかない。

 それにしても、この車輪付きの椅子は今回、初めて見た。エヴィルの貴族が足の悪い奥方の為に作ったのが始まりで、最近あちらで流通し始めたらしい。それをブランカ提督と結婚し、エヴィルとタランテラを行き来しているエルフレート卿がこの薬草園で静養している元部下の為に持ち込んだと聞いた。親父達アジュガの親方衆に見せれば嬉々として改良するんじゃないかと思う。

 そんな事を考えているうちに竜舎へ着いた。その場にいた係員達が敬礼で迎えてくれるので、ちょっと気恥しい。そんな中をティムは椅子を押しながら悠々と進んでいく。ティムの話では駐留中のラウル隊とシュテファン隊は応援要請があって出払っているらしい。彼等と会って話がしたかったのだが残念だ。

 竜舎の中は多少段差があるのだが、即席の坂を作ってくれていて車輪付きの椅子のまま奥まで入ることが出来た。飛竜の室に近づくにつれて「グッグッグッ」という声と共に相棒からの喜びの思念が伝わってくる。やがて広々とした上級の室が見えてくる。そこに興奮した様子で頭を上下に振っているエアリアルの姿が見えた。

「落ち着け、エアリアル」

 興奮するエアリアルを宥めながらティムが椅子を室の傍に寄せる。相棒は待ちきれないとばかりに俺の方へ頭を伸ばしてくるのだが、左手は固定されたままだし、右手も肩を負傷しているので動かせる範囲が限られる。それでもどうにか手を伸ばし、懸命に首を伸ばす相棒の頭に触れた。馴染んだ感触にこみあげてくるものがある。

「ティム、俺をエアリアルの傍に降ろしてくれないか?」

 思うようになでられないのがもどかしい。俺がそう頼むと、ティムはまだ興奮しているエアリアルをうまく宥めてうずくまらせる。そして俺を抱えると、うずくまった相棒の体に寄りかかるようにして寝藁の上に降ろしてくれた。これはいつも俺が相棒と寛いでいるときの体勢だ。

「ありがとう、ティム」

「寒くない? 大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 ティムが体に巻き付けていた長衣の乱れを直してくれる。病室に比べれば確かに寒いが、竜舎には床暖房があるしこの程度なら気にならない。逆にこの涼しさが心地いいくらいだ。何よりもこの体勢が楽でいい。

 俺が腰を落ち着けるのを見計らい、ティムは「テンペストの所にいる」と言い残して室を出て行った。どうやら相棒と2人きりにしてくれるらしい。まあ、いてくれても問題はなかったのだが、彼の好意に感謝して改めて甘えてくる相棒の頭をいつもよりぎこちない動きでなでてやった。


クウクウクウ……ゴロゴロゴロ……


 相棒も甘えた声を出したり、喉を鳴らしたりと忙しい。一方で会えた喜びと共に「寂しかったんだよ」という思念が伝わってくる。

「ゴメンよ」

 心配かけたお詫びを言いながらまた頭をなでる。肩の傷が引きつって痛いけど、久しぶりに触る相棒の肌触りが気持ち良くてついつい手を動かしてしまう。しばらくの間、相棒と2人きりの時間を堪能した。




ゴッゴウ


 不意に少し離れた室にいるテンペストが飛竜流の挨拶をする。少し早い気もするが、どうやらラウル達が帰って来たらしい。エアリアルが反応しなかったのは、まだ邪魔をされたくなかったからだろう。

 やがて、慌ただしい足音が近づいてくる。思うように体を動かせないので、エアリアルに寄りかかりながらそのまま待つ。

「隊長!」

「たいちょぉぉぉ!」

 なんか1人変に声が上ずっているが、まぎれもなく元部下達だ。息せき切ってエアリアルの室へ駆け込んできたラウル達6人を見上げる。何だかみんな目が潤んでいる。

「おう、お疲れ」

 改まるのも何だか変なので、いつも通りの挨拶をする。どうやらそれで感極まったらしい彼等はその場でひざまずいた。

「本当に……本当に、良かった……」

 その場でついに泣き出したのはアルノーだった。俺があの場で女王を引き留めたおかげで、彼の故郷であるドムス領を始めとした西方地域が守られたのだと言う。そんな俺が命の危険を伴うほどの重傷を負い、責任すら感じていたらしい。

「監禁されていて細かい位置までは把握していなかったが、ドムスの近くにはいるんだろうなぁとは思っていた。まあ、どこにいたとしても同じようなことをしていたかもしれない」

 ここでいったん言葉を切ると、かまってほしいエアリアルが頭を摺り寄せてきたので撫でてやる。気持ちよさそうにエアリアルはずっと喉を鳴らしている。

「まあ、でも、今回のは無茶をしすぎた。アスター卿にも怒られたよ。後から考えたら、もうちょっと様子を見れば良かったと反省している。でも、絶対みんなが来てくれると信じていた」

「隊長……」

「おいおい、俺は権限を返上して、もうお前らの隊長じゃないんだぞ?」

「いえ、我々の隊長はルーク卿ただ1人です」

「アスター卿にもこれだけは譲れないと押し通しました」

 場を和ませようと冗談めかして言ったのだが、ラウルとシュテファンが怖いくらいの真顔で反論する。2人の圧がすごすぎて「そうか」と応えるのがやっとだった。


クシュン


 埃で鼻がむずむずしてくしゃみが出る。それに慌てたのがラウル達だった。

「寒いんですか?」

「これ着ててください」

 6人は慌てて自分が着ていた長衣を脱いで俺に着せかける。いや、埃でくしゃみが出ただけで寒いわけではないんだが……。心配してくれているので無下にも出来ず、そのままにしていたが、かけられた長衣には働く男の臭いが染みついていた。

「……臭うぞ、お前達」

 たまらずまたくしゃみが出て、慌てだす彼等をそう言って制する。

「仕方ないでしょう、一仕事終えたばかりなんですから」

 まあ、確かにそうだ。俺が寝込んでいる間に一番忙しい時期を迎えていた。近隣からの応援要請には全て応えるという条件付きで彼等は薬草園に駐留していると聞いている。全ては俺の傍に居たいがために周囲を説き伏せたらしい。

「今回はシュテファン隊だけで十分だったのですが、早く終わらせようと我が隊も同行したんです」

 実際には大掛かりなものではなかったので、自分達でさっさと討伐を済ませ、本隊が来たところで後始末を任せて帰って来たらしい。急げば俺に会えるかもしれない。その一心で今日の討伐はいつも以上に気合を入れたらしい。

「そうか……」

 俺がいなくても十分やっていけるんじゃないかと思ったが、先程のラウルとシュテファンの圧力を思い出して口をつぐんだ。




「ルーク」

 声を掛けられ、顔を向けると、オリガが立っていた。思った以上に長く話し込んでいたようだ。その後ろにティムがいるところを見ると、戻る時間になっても話に割って入ることも出来なくて彼女に応援を頼んだのだろう。

「バセット先生が今日の薬は少し苦めにしようかなって仰ってました」

 バセット爺さんからは長居しすぎないように言われていたのに、予定していた時間を大幅に過ぎていた。あぁ、今日の薬湯は飲むのに覚悟が必要かもしれない……。

「仕方ない、帰るか」

 まだ相棒の傍に居たいが、動くこともままならない状態ではどうしようもない。甘えてくる相棒に「また来るからな」と言って宥め、ティムを促す。車輪付きの椅子が運ばれてくると、ラウルとシュテファンが6人分の長衣の中から掘り起こした俺の体を支え、その椅子に座らせてくれた。腰を落ち着け息をはく。

「じゃ、また動けるようになったら来るから」

 ラウル達に見送られて竜舎を後にする。エアリアルはまだ甘えたりないのか、寂しげな声を上げていた。

「早く良くなるぞ」

 寂しげな相棒の姿を見て、改めて早く体を治そうと決意する。そこへ隣を歩いていたオリガが口を挟む。

「じゃあ、帰ったらバセット先生のお薬をまず飲まないとね」

「あ、ああ……」

 そういえば苦い薬が待っているんだった。バセット爺さんの事だから容赦しないだろう。俺が顔を顰めると、オリガもティムもクスクス笑っていた。仕方がない。体を治すためだ。甘んじて受けよう。がっくり肩を落とす俺の姿に、2人の笑いは止まらなかった。

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