第17話
2日目の事情聴収も午後から始まった。前日は女王の行軍に遭遇したまでの話をし、アスター卿がその内容を書き付けている間に俺がウトウトしてしまって終わりとなっていた。気を使わせてしまって申し訳ないと謝罪したが、連絡待ちで手が空いているから気にするなと言って下さった。
今日もアスター卿は筆記用具片手に俺の話に耳を傾ける。次第に眉間にしわが寄っていき、話し終える頃には頭を抱えておられた。
「本当に、お前は何を考えているんだ」
話を終えると、呆れたような感想が返ってきた。まあ、今になって冷静に考えてみれば、女王を挑発して足止めするなんて我ながら無謀だったと思う。ちょっと監禁生活が続いてままならない状態が続いていたのもあって、思考がおかしくなっていたのも確かだ。
「自分がいる場所が大まかにしか分かっていなかったのですが、このまま女王を進ませては危ないと思いましたので……」
「まあ確かに、あの先には町もあるし、整備したばかりの街道と橋もある。あの場で女王の足止めが出来たからこそ被害は最小で済んだ。だが、街道や橋は再建できるが、お前は唯一の存在なんだぞ!」
アスター卿の本気の叱責に思わず首をすくめる。全てが正論なので、反論の余地はなかった。彼が言う通り、こうして命が助かったのも奇跡で、オリガを残して死んでいたらと思うとゾッとする。
「まあ、今はこのぐらいにしておいてやる。今期残りは体を治すことを優先しろ」
アスター卿はため息と共にそう言うと、オリガが淹れたお茶で喉を潤した。俺も飲みたいのだけれど、止められている。代わりに果実水をオリガが飲ませてくれる。
「今日はまだ大丈夫そうだな。聞きたいことがあれば許される範囲で答えるがどうする?」
「お願いします」
女王が無事に討伐されたのはバセット爺さんから聞いていた。しかし、それ以外の情報は知らされていなかったので、気になっている事はいくつかあった。
「ゲオルグは大丈夫ですか?」
「……重傷だったが、お前に比べればはるかに軽傷だ。既に香油づくりを再開できるほど回復している。向こうもお前の事を気にかけていた」
「安心しました」
ホッとして安堵の息をはくと、またもやあきれたようなため息をつかれる。
「真っ先に彼の事を気にかけるのはお前らしいが、実家の事は気にならないのか?」
アスター卿に逆に問われ、そういえば密輸に俺や家族が関わっていると疑われたのが発端だったのを思い出した。まあ、俺としては関わっていないと断言できるので、聞くまでもない話だったのだが……。そう答えると、またもやため息をつかれた。
「お前が言う通り、お前自身もアジュガも無関係だと判明している」
アスター卿としては俺にこの一件を伝えておきたかったらしい。幸いにしてまだ眠気は来ていない。俺は居住まいを正して彼の話に耳を傾けた。
「賊はゲオルグをさらい、彼を国主に仕立てて自分達に都合のいい国を作るのが一番の目的だった」
思った以上に大きな事件になっていた。内乱前はグスタフに恭順することで富を得ていた貴族達を陛下はそのまま登用することはなかった。一族にまともなものがいれば当主を入れ替え、あまりにもひどい場合は領地没収という強硬策も行った。自分達の境遇に不満を募らせた彼等は、国主をゲオルグに挿げ替えられれば、内乱前の栄光を取り戻せると考えたらしい。
それらの情報を洗いざらい白状したのが、俺が捕まえたスヴェンだった。ドムスを名乗っていたので気にはなっていたが、先代の縁者で素行の悪さから厄介払いとばかりに婿養子に出されていた。既にドムスを名乗ることも出来ないはずなのだが、2年前に先代が更迭されると自分が当主だと主張し始めた。
陛下が直々に現当主のヘンリックさんを指名したのだから、そんなものは認められるはずもない。そんな現状に腹を立て、スヴェンはその企みに加担したらしい。しかし、後から加わった彼は立場が弱く、そこで他の貴族を出し抜く形であの村までゲオルグを迎えに出向いたらしい。残念ながらそこにいたのは俺だったけど。
「カルネイロの残党が彼等の存在を嗅ぎ付けて接触し、彼等を煽ったことで計画は実行に移された。本来であればもっと時間をかけて情報を集めるはずが、発覚を恐れて急速に進めてしまったために、肝心なところで相手を間違えると言う失敗が起きた」
連れまわされている間、手際も連携も完ぺきなのにどうしてゲオルグと俺を間違えたのだろうかとずっと違和感を抱いていた。なんとなく理解できたが、まだ腑に落ちない。
「でも、なんで俺だと思ったんでしょうかね?」
俺の素朴な疑問にアスター卿はまたため息をついて答えた。
「襲撃の実行犯も捕えたが、彼等はカルネイロの手の者達だった。標的は若くて体格のいい赤毛の男で、ゲオルグの事は傍付きの神官だと思っていたらしい。あの時、燭台の明かりでお前の髪が赤っぽく見えたそうだ」
「……」
「お前の見立て通り、襲撃犯とお前を移送した男達は別だ。襲撃したのはカルネイロの残党が雇った傭兵で、お前を連れ去ったのは残党から依頼を受けた運び屋だ。彼等が受けたのは傭兵から引き渡された男を指定した場所まで連れて行くという依頼だった。高貴な人物だから丁重にと言われていたそうだ」
根本的に組織が異なっていたらしい。と、言うことは、ダミアンさんは運び屋の一員だったことになる。
「ダミアン・クラインは先代の運び屋の元締めに助けられたと言っていた。弓の腕をかわれて用心棒をしているうちに、彼等のまとめ役もするようになったらしい」
俺の疑問をアスター卿が答えてくれた。カルネイロの残党の一員ではなかったことにちょっとだけ安堵したが、それでも元竜騎士でありながら彼等に加担したとなると相応の罰が与えられることになるだろう。
「話は少し戻るが、集めた情報が不十分でもお前達雷光隊は古の砦襲撃の脅威と感じたらしい。そこであの金具を混ぜた密輸品をわざと発見させ、お前の動きを封じようとしたらしい」
俺が一時的にでも雷光隊を離れることになれば動きは半減すると考えたのだろう。ずいぶんとラウルやシュテファンを甘く見ているが、彼等の能力は他団の大隊長と比べても遜色は無い。逆に俺を貶められたことで腹を立て、普段以上の能力を発揮した可能性もある。
「更に付け加えると、今回の件、ギルベルトが加担していた」
「は?」
第6騎士団の副団長殿よりも第2騎士団の副団長殿の方がよほど俺の事を敵視していた記憶があるのだが……。いや、それよりも現役の竜騎士……しかも副団長の役職にある者が加担していた事が大問題だ。
「彼の実家も内乱時はグスタフに加担して処分を受けた家の一つだ。本人は実直に勤めて副団長にまでなったが、実家からの圧力に屈して協力してしまったそうだ」
アスター卿の更なる話によると、ウルリヒ卿は元々ホルスト卿の配下だった。彼の失脚は俺が原因だと未だに思っていたらしく、ギルベルト卿の企てに同調したらしい。そして金具はゼンケルの役人が、アジュガの親方衆のひどい癖字を利用して数をごまかし、密輸団へ横流しをして小遣い稼ぎをしていたらしい。
「なんというか……」
知らないうちに色々と恨みを買っていたんだなぁと、複雑な気持ちになる。落ち込んだ気持ちを察したのか、寝台の傍らに控えていたオリガが俺の手をそっと握ってくれた。そして名前を呼んでほほ笑んでくれるだけで不思議と気持ちが楽になった。
「まあ、今話せるのはこのくらいだな。疲れただろうから邪魔者はこの辺で失礼する」
俺達の様子を見ていたアスター卿はそう言うと、筆記用具を片付けて席を立つ。そのまま戸口へ向かったが、ふと、何かを思い出したらしく振り返った。
「そういえば、ダミアン・クラインがお前と話がしたいと言っている。受けるかどうかはお前の判断に任せる」
「ダミアンさんが?」
急に言われて判断に困っていると、アスター卿は「返事は急がなくていい」と言い残して今度こそ部屋を出ていかれた。
「はぁ……」
部屋にオリガと2人きりとなると、俺は脱力して大きく息をはいた。思っていた以上に緊張していたらしく、どっと疲れが出てきた感じだ。
「気が進みませんか?」
ダミアンさんとの確執を彼女には話してあったので、俺のため息を別の意味で捕えたらしいオリガが心配そうに顔を覗き込む。
「いや、ちょっと疲れただけ」
俺はそう答えると彼女の手を握り返した。実のところ、もう心は決まっていた。
「彼には会うつもりだ。いろいろ思うところはあるけど、会わない方が後で後悔しそうだ」
「そうね」
オリガは同意すると、疲れたと言った俺に果実水を飲ませ、寝台に横になれるように背中にあてがっていた枕を外してくれる。俺が横になると優しく上掛けをかけなおしてくれる。
「オリガ……」
「なあに?」
「ありがとう」
感謝の言葉を伝えると彼女は優しくほほ笑み、おやすみなさいの口づけをしてくれた。もうちょっと話をしたかったけど、やはり疲れていたらしい。すぐに睡魔に襲われて、あっという間に深い眠りについていた。
 




