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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第16話

ルーク視点に戻ります。

 ああ、みんなが俺を呼んでいる。

「ルーク兄さん……」

 今にも泣きそうなこの声はティムだ。

「隊長!」

「隊長!」

 これはラウルとシュテファンか。もう隊長の権限は返上して彼等の上司ではないのに、いつまでも律義な奴等だ。

「ルーク!」

 これはヒース卿かな。あの人が焦っているなんて珍しい。


グッグッグッ……


 エアリアル……なかなかかまってやれなくてゴメン。

「ルーク、ルーク……」

 ああ、オリガも呼んでいる。彼女を泣かせるなんて、恋人失格だな。

「ルーク」

「ルーク!!」

「ルーク!!!」

 色んな人が俺を呼んでいる。起きなきゃいけないのは分かっているけど、どうにも眠くてしょうがない。あともう少し眠らせて欲しい。そうしたらきっと元気になっているはずだから……。




 重い瞼を開けると、見覚えのない薄暗い部屋にいた。体が重い。置かれている状況が理解できず、何も考えられずにただぼんやりと天井を見上げていた。

「俺……何してたっけ……」

 ふと、傍らに温もりを感じた。確かめようと手を動かすが、何故か鉛の様に重い。それでもどうにか手を動かし、それが何か確かめようと触ってみる。それは、なじみのある感触だった。どうやら彼女がいるらしい。身じろぎをしないところから眠っているらしい。ゆっくりとなでているだけで気持ちが安らいでいく。

「ん……」

「オリガ……」

 彼女が目を覚ましたらしい。愛しい人の名を呼ぶが、思った以上に声はかすれていた。彼女は体を起こそうとしたが、俺が頭をなでているのに気付いてその手を取るとそっと降ろした。

「ルーク?」

「……オリガ」

 彼女と目が合う。まるで夢の様だ。互いに見つめ合っていたが、彼女の目から涙があふれ出てくる。そしていきなり俺に抱き着くと声を上げて泣き出した。

 慌てて彼女をいつもの様に抱きしめようとしたが、体が思うように動かない。どうしようと迷っているうちにバタバタと足音がして部屋の扉が少し乱暴に開き、白衣を着た人達が入って来た。知らない人がほとんどだったが、その中に安堵の表情を浮かべているバセット爺さんがいた。

「おお、目が覚めたか」

 こんな状況をみられて気恥ずかしいが、それでも彼女はまだ泣き止まない。困ったなぁと思いながらも彼女がすがってくれるのは純粋に嬉しい。俺は自由が利く右手で彼女の頭をただなで続けた。




「それにしても女王に喧嘩を売るとはのう……最初に聞いた時にはにわかには信じられんかったぞ」

 バセット爺さんはそう笑いながら当て布を変えていく。そこでようやくここに至る状況を思い出した。俺は無謀にも単独で女王に挑んだのだ。

「女王は?」

「お主が倒れた後は雷光隊が引き継いで足止めをしてくれたおかげで驚くくらい少ない被害で討伐は完了したそうじゃ」

 バセット爺さんの答えに安堵する。ラウルやシュテファン達が頑張ってくれたのだと思うと何だか嬉しかった。

「ティム坊も褒めてやってくれ。あ奴が薬草園へ運び込んでくれたからお前さんは助かったんじゃぞ」

 当て布を取り換え終えた爺さんはそう最後に付け加える。バセット爺さんがいることから、ここは聞くまでもなくワールウェイド領の薬草園だと察しがついていた。グルース医師の姿は見えないが、2人のおかげでどうやら俺は助かったらしい。

「ティムか?」

「皇都へ知らせに来てくれて、私をここへ連れてきてくれたのもあの子なの」

 薬湯の準備をしながらオリガがそう付け加える。テンペストではまだ無理だからエアリアルで往復したのだと聞いて驚くと同時に納得も出来た。

「アスターも来ておるし、後の事はなんも心配いらんから、先ずは体を治すことに専念せい」

 後始末の為にわざわざアスター卿も来ているのか……。ああ、でもそうか。問題は女王の行軍だけじゃなかった。古の砦襲撃の一件もあるから陛下の名代で使わされたのだろう。陛下の事だから自分で解決したかったのだろうけど、そこは自重したのだろうと推測した。

「さて、後はオリガに任せて邪魔者は退散致すとするかの」

 薬や診察の道具を片付けると、バセット爺さんはそう言って部屋を出ていく。ちょうど薬湯の準備が整い、オリガは寝台の脇にあるテーブルに一旦置いた。俺は自分で起き上がろうとしたが思ったように力が入らない。

「無理しないで」

 オリガに制され、自力で起きるのを諦めて体の力を抜く。寝台の縁に座った彼女が俺の体を支えて少しだけ起こし、背中に枕をあてがった。そして薬湯の器を口元まで持ってきてくれて、むせないように少しずつ中身を飲ませてくれた。

 オリガが飲ませてくれたからか、思ったほど苦くない。使っている薬草そのものが違うのか、もしかしたらグルース先生独自の製法があるのかもしれない。

 薬を飲み終えると、オリガは丁寧に俺の口元を拭ってからまた元の様に寝台へ寝かせてくれた。その優しい手つきが心地いい。

「もうすぐ薬が効いてくるから眠くなるはずよ。ゆっくり休んで」

「うん……」

 オリガは上掛けをかけなおし、額に浮かぶ汗を拭ってくれたりして甲斐甲斐しく世話をしてくれる。そうしている間に彼女が言う通り段々と眠くなってくる。

「オリガ……」

「なあに?」

「手……握ってて」

 手を止めて俺の顔を覗き込んできた彼女にそんなわがままを言ってみた。彼女は笑みを浮かべると、俺の手をそっと握ってくれる。俺はホッと安堵の息をはくと、そのまま深い眠りについた。




 意識が戻ったからと言ってすぐに元気になれるわけではなく、その後も体を起こすことも出来ない日々が続いた。起きても薬湯を飲んで寝るの繰り返しなのだが、その間オリガが付きっ切りで世話をしてくれた。

 体調が良ければ、薬湯だけでなく用意してもらったスープや穀物のおかゆを食べさせてくれる。体が動かないから仕方ないんだけど、汗ばんだ体を全身くまなく拭いてくれることもあって、ちょっと恥ずかしかった。それ以外にもこまめに寝間着やシーツを取り換えてくれたりもした。あとから考えたらいつ休んでいるのだろうと思うくらいの献身ぶりだ。

 その甲斐があって目が覚めてから大体5日後くらいには短時間なら体を起こしておけるくらいまで回復していた。

「じっとしててね」

「ん……」

 俺は今、オリガに髭を剃ってもらっている。古の砦襲撃の日から剃っていないので、頬に受けた傷の周り以外は伸び放題になっている。今日は午後から人が来ると言うので、身だしなみを整えてくれているのだ。

他人に髭を剃ってもらうなんて初めての事で、ちょっとドキドキした。そんな俺の緊張を他所に、オリガは慎重に剃刀を動かして全部剃ってくれた。

「どう?」

「ん……さっぱりした」

 お湯で濡らした布で顔を拭き、その後軟膏を塗ってもらう。前日にはタライや防水の布を持ち込んで髪を洗ってもらった。髪を洗ってくれるオリガの手が気持ち良すぎて途中で寝てしまうほどだった。そんなわけで、俺は久しぶりにすっきりとした気分を味わっていた。

 髭剃りの道具を片付け終えると、今度は昼食が運ばれてくる。大分固形物が食べられるようになったので、用意されたスープにも柔らかく煮込んだ具材がたくさん入っていた。そろそろ腕を動かしても大丈夫そうなので自分でスプーンを持とうとしたが、結局彼女に甘えて食べさせてもらった。今は彼女の好意に甘えて存分に甘えさせてもらおう。

 食後、少しウトウトしていたが、扉を叩く音で目が覚める。返事をすると中に入ってきたのはアスター卿だった。

「随分と血色が良くなったな」

 開口一番の挨拶がそれだった。俺が意識を取り戻す前にも一度様子を見に来てくださっていたらしい。その時と比べるから余計そう思われるのだろうけど。

 オリガはアスター卿に寝台脇の椅子を勧め、彼女自身は寝台の脇に控えた。これから俺から見た事件のあらましを話すことになっている。要は事情聴収だ。他の関係者への聴収は既に済み、後は俺の回復を待ってからとなっていたらしい。

 アスター卿は椅子に座ると筆記用具を取り出して書付の準備を整える。本来であれば書記官を同席させるのだが、俺の体調を考慮してあまり大人数にならないように配慮してくれたらしい。俺としてはオリガが付き添ってくれるのが嬉しいと言うか心強い。

「では、聞かせてもらおうか」

 聞く態勢が整ったアスター卿に促され、俺の目から見た古の砦襲撃の日に始まる事件のあらましを語った。ただ、途中で疲れてしまい、結局事情聴収は2日がかりになってしまった。


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