第15話 オリガ
誤字報告ありがとうございます。
私達は本宮を出立した日の夜にワールウェイド城に到着した。本当はすぐにでも薬草園へ向かいたかったのだけれど、アスター卿に一晩休んでからと説得された。確かに真冬の長距離の移動に体は疲れ果てていた。あてがわられた部屋で旅装を解き、すぐに寝台に潜り込む。すぐに眠れるかと思ったが、ルークの事が気になってなかなか寝付けない。ウトウトしては目が覚めて寝返りを打つことを幾度も繰り返し、ようやく朝を迎えた。
相変わらず食欲はわかなかったけれど、ルークの世話をする前に自分が倒れてしまっては何をしに来たのか分からなくなるので、無理やりパンとスープを押し込んだ。身支度を整え、荷物を纏める。その荷物は侍官が預かってくれたので、ティムと共にアスター卿の執務室へ出立の挨拶に向かう。
「疲れはとれたか?」
早朝にもかかわらずアスター卿は既に書類の山に囲まれていた。中にはいち早い対処が必要なものもあるのだろう。目の下に隈を作りながら驚くべき速さで書類を裁いていた。
「失礼ながらお休みになられていらっしゃらないのでは?」
「仮眠はした」
そう返事をされるとキリのいい所まで済んだのか、仕事の手を止める。
「グルース殿とバセット爺さんが手を尽くしてくれているが、ルークの意識はまだ戻っていないらしい」
「そうですか……」
「君の事をうわ言で呼んでいるそうだ。アイツの事だ、傍についてくれていたらきっと喜んで目を覚ますだろう」
私の気持ちを解そうとしてそう仰ったアスター卿は、今度は後ろに控えていたティムに視線を向ける。
「ティムはオリガを送った後は薬草園で待機していてくれ。テンペストも呼んでいる。雷光隊が詰めているから後は彼らの指示に従え」
「分かりました」
ティムは少しほっとした様子で応じる。もしかしたらロベリアに戻されるかもしれないと思っていたのかもしれない。
「エアリアルの準備も既に整っているそうだ。迎えにドミニクが来ている。アイツの事を頼む」
「はい」
私達は頭を下げて執務室を後にする。それからすぐに着場に向かうと、既にエアリアルが準備を整えて待っていた。傍らにはドミニク卿が待ってくれていて、彼の相棒には私達の荷物が積まれていた。簡単に朝の挨拶を済ませ、私達はすぐに薬草園へ向けて出立した。
薬草園に着いた私はすぐに旅装を解き、看護用に動きやすい服装に着替えた。そして見習いの薬師さんにルークが臥せっている病室へ案内してもらう。
「おう、来たか」
彼の傍にはバセット先生がついていた。重篤な状態の為、グルース先生と交代で付いて下さっているらしい。入室した私の顔を見ると、寝台の傍に手招きする。
「ルークは?」
「まだ意識がもどらん」
寝台に横たわる彼の姿を見て思わず息をのむ。体のいたるところに包帯が巻かれ、顔にも薬を塗った当て布が張り付けられていた。バセット先生の話によると、今しがた薬の当て布を全て変えたところらしい。
「後はお任せください」
バセット先生も随分とお疲れのご様子だった。あまりお休みになられていないのだろう。そう申し出ると、決して無理はしないように念押しされた上で、次は夕刻にまた様子を見に来るからそれまで任せると言って部屋を出ていかれた。
部屋に2人きりとなって改めてルークの顔を覗き込む。苦しそうな表情を浮かべる彼の額は汗ばんでいた。手近には水を張った桶と布が用意されていたので、濡らした布でその汗を拭う。
「……オ……リガ……」
不意に名前を呼ばれて顔を覗き込んだが、意識が戻ったのではなく、うわ言だった。私を探しているのか、固定されていない右手が動く。私はそっとその手を握った。
「私は、ここにいるわ。ルーク」
「……ごめん……ごめんよ……」
何を謝っているかは何となく分かった。彼はフォルビアに帰る前に私と必ず帰ってくると約束した。その約束を果たせないことを気にしているのかもしれない。彼らしいけれど、今は一刻でも早く目を覚まして欲しかった。
「謝らなくていいから。ルーク、お願い早く目を覚まして」
彼の手を握りながら私はそう呼びかけた。
ルークの看病をするようになってから2日。随分と落ち着いてきたけれど彼はまだ目を覚ましていない。この日はグルース先生の診察を補助した。覆っている当て布を外し、傷口を確認してから消毒をして新たな薬を塗った布をあてがった。
「久々にしては上出来だ」
ルークの為にせっせと手を動かしていると、その様子を観察していたらしいグルース先生がそう観想をもらされた。なかなか他人を褒めることがない人なので少し驚いたが、普段からやんちゃな皇子殿下とその乳兄弟の擦り傷の手当てをしているので、それが役に立ったのだろうと答えると、納得しておられた。
その後は見習いの薬師さん達に手伝ってもらって、ルークが寝ている寝台の敷布を取り換えた。意識のない彼の体の向きを変えながらの作業はなかなかの重労働で、1人でするには時間がかかる。ルークへの負担を和らげるためにも、誰かに手伝ってもらって短時間で済ませてしまいたい。
「う……うぅ……」
「痛い? 苦しい? ごめんね、もうちょっとだから頑張って」
体の向きを変えると、傷が痛むのかルークは苦しそうな表情を浮かべて呻く。そんな彼に声をかけながらその体を支え、敷布を新しいものに交換する。そして新しい敷布の上にそっと彼の体を横たえると、私も思わず安堵の息を吐いた。
替えた敷布は他の汚れものと一緒に見習い薬師さんが引き取って洗濯場へ持っていってくれる。本当は自分でしたいけど、ルークの看病にかかりきりの私にはそこまでの余裕はなかった。
定期的に水やグルース先生特製の薬を飲ませ、汗などで体が汚れれば拭き清めて着替えさせる。そして空いた時間には声をかけながら血流が滞らないように足をマッサージした。それは思った以上に重労働だった。皇都からの移動の疲れも抜けないまま看病を始めたのもあり、いつしか寝台脇の椅子に座ったまま私は眠ってしまっていた。
優しい手が私の頭をなでている。それはルークと共寝した翌朝、先に目を覚ました彼がしてくれていたのと同じ感触だった。幸せで、いつまでもまどろんでいたかった。
「ん……」
「オリガ……」
彼のかすれた声が聞こえた気がして、ふと目が覚める。いつの間にか彼が寝ている寝台の端の方に突っ伏して眠っていたらしい。慌てて体を起こそうとするが、あの優しい手はまだ私の頭をなでていた。
「ルーク?」
「……オリガ」
頭をなでている手をそっと降ろし、ゆっくりと体を起こすと、彼が私を見ていた。まだ少し苦しそうな表情を浮かべているが、それでもちゃんと目を開けて私を見てくれている。安心したのと緊張が解けたのと色々と感情がごちゃまぜとなり、私は彼に縋って泣き出した。
声に出して大泣きしてしまい、その騒ぎを聞きつけて見習いの薬師さんや容体の急変と思ったらしいバセット先生も駆けつけてきた。それでも私の涙は止まらず、目を覚ましたばかりのルークは少し困った様子で私の頭をなで続けてくれた。
ルークがやっと起きました。
今回、ちょっと短かったのでおまけでエドワルド視点淹れる予定だったけど間に合わなかった。
23日0時に閑話として入れる予定にしております。
楽しんでいただけたら幸いです。
それから、拙作の「群青の空の下で」が「第9回ネット小説大賞」の1次審査を通過!
まだ1次審査を通過しただけですが、それでも自分の作品を認めてもらったようですごく嬉しい。
こちらの「群青の軌跡」もこれを励みに完結目指して頑張ります!




