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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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閑話 ティム

「もう俺が教えられる事は無いなぁ」

 そうルーク兄さんから言われたのは内乱が終結した直後の事だった。少しでもルーク兄さんに追いつきたくて、少しでも陛下のお役に立てるようになりたくて、聖域に逃れていた間も鍛錬を続けたおかげだろう。

 同じ第3騎士団とはいえ見習いとしてロベリアで訓練を受けている俺とフォルビアで雷光隊の隊長をしているルーク兄さんとでは接する機会が少なくなった。そして陛下から姫様との将来を約束頂いたこともあり、俺にはより高度なものを求められることとなった。それからは鍛錬に付き合ってくれることはあっても直接何かを教えてもらえる事は無くなった。

 今回、隊長の権限を返上して古の砦へ移ったルーク兄さんの世話係として一緒に過ごせることになった。そうなったいきさつにはいきどおりを感じるが、それでも傍にいられることは単純に嬉しかった。霧が出て初雪が降って討伐期に入ったにもかかわらず、なかなか妖魔が出没しなくてルーク兄さんが焦りを感じていても、俺は毎日を楽しんでいた。

 そんな中、大事件が起きた。初めて討伐に立ち会った日、一足先に帰還した俺とルーク兄さんが目の当たりにしたのは襲撃を受ける古の砦だった。異変に気付いたルーク兄さんはすぐさま俺にこのことをジグムント卿に伝えるように言い、騒然とする砦に単身乗り込んでいったのだ。

 俺は大急ぎで討伐の現場まで引き返し、事の次第をジグムント卿に伝えて古の砦に戻ったが、賊はルーク兄さんを連れ去った後だった。




 俺達の心配をよそに、ルーク兄さんは冷静だった。相手の勘違いを利用してこのまま黒幕を突き止めてしまおうと考えたらしい。時には後を追うエアリアルを通じ、時には書付を残したりして賊の情報を伝えてくれる。雷光隊と俺はその情報を元に裏付けの捜査を行った。

 賊が休憩や宿泊に利用した村の人から話を聞くと、彼等は相手が密輸団とは思っていなかった。騎士団の依頼で不足している物資を運んでいると言われ、避難して空いている村を休憩場所に使わせて欲しいと頼まれたらしい。

 使用された後には礼として食料や日用品のような必需品であったり、時には銅貨が残されている事もあるらしい。僅かであっても収入が得られるので、村人達は賊を歓迎していた様子だった。こんな関係が10年ほど続いたのだが、ここ2年ほどは音沙汰がなくて臨時収入が得られず落胆していたらしい。

 2年前となると内乱終結の年と重なる。一度活動が絶えて今年になって復活……ラウル卿やシュテファン卿の予想通り、カルネイロの残党が関わっている可能性は高い。

「彼等はどこを目指しているんだろう?」

 ルーク兄さんが攫われて6日目。一行はフォルビアを出て更に北上し、ワールウェイド領の北西部の山中にいた。現在は騎馬で獣道を進んでいて、猟師が建てたらしい小屋で休んでいる。飛竜で近づくのも困難な上、この時期に騎馬を導入して地上から近づくのも難しい。複数の飛竜で尾行すると気付かれる恐れもあるので、この2日間は俺がエアリアルの背に乗って追っていた。

 極寒の時期なので長い時間屋外にいられない。夜明けとともに飛び立ってルーク兄さんの居場所を特定すると拠点に引き返して休息し、また飛び立つ……それを1日に3回繰り返していた。

 フォルビアから離れてしまい、往復に時間がかかるため、アルノー卿が父親のヘンリックさんに掛け合ってくれて現在はドムス領の着場と宿舎を拠点にさせてもらっていた。詳しい事情までは話せなかったけれど、それでもこころよく了承して頂けて本当に感謝しかない。まあ、それだけルーク兄さん達雷光隊が信用されている証なのだろう。

 この日も仮眠を済ませた俺は夜明け前にエアリアルと共に飛び立った。先ず目指すのは昨夜一行が泊まったと思われる山小屋だ。着いた時にはすでに出立していたらしく、エアリアルが更に北へ向かうと、ほどなくして追いついた。気づかれないように距離を保ちつつ様子を伺う。あまり天気が良くないので視界が悪いが、それでも彼等は下山しようとしているのが分かった。これで完全にワールウェイド領の北側へ抜けたことになる。そこまで確認した俺達は一旦引き返した。

 ドムスで休息をとり、昼前にまた飛び立った。今朝見かけた場所へ先ず向かい、そこからエアリアルの感覚を頼りにルーク兄さんがいると思われる方向へ向かう。しかし、向かう先に嫌な気配を感じた。

「これって……」

 背筋に悪寒が走り、思わず身震いをする。間違いなくこの先に妖魔がいる。俺はあの日以来携行しているルーク兄さんの長剣を握りしめた。

「急ごう、エアリアル」

 怖いなどと言っていられない。飛竜を急かしてルーク兄さんのもとへ向かう。進むにつれて感じる禍々しい気配は、先日初めて目の当たりにした妖魔の比ではない。知らないうちに手が震えていた。

 やがて開けた場所で妖魔と対峙する騎馬の姿が見えた。馬上は間違いなくルーク兄さんだ。誰かを背後に庇いながらも手には武器らしき物は持っていない。俺はエアリアルに急降下を命じる。

「ルーク兄さん、使って!」

 急降下すると同時に手にしていたルーク兄さんの長剣を鞘ごと投げて渡す。ちょっと驚いた様子だったが、すぐに鞘から抜き放ち、馬上から長剣を振るって残っていた妖魔を瞬く間に霧散させていた。

「ルーク兄さん、早く」

 先程ルーク兄さんが霧散させた妖魔とは比べようがないくらい禍々しい気配が近づいている。脳裏に思い浮かんだのは妖魔の女王。普段は巣に籠っているはずの女王がこんな人里にまで出てくる事なんてほとんどない。あるとすれば、まれに起きると言う「女王の行軍」だけだ。ルーク兄さんに分からないはずはないのに、俺がエアリアルの背に乗る様に急かしても彼は首を振った。

「今回の重要参考人だ。こいつを連れて行け」

 ルーク兄さんは馬から降りると、地面で伸びている男の襟首を掴んで引きずって来た。

「でも……」

「時間がない。この先の村にあと10人ほどいる。俺はそこへ戻るからお前は増援を呼べ」

 エアリアルに備えてあるロープで男を縛ると、慣れた手つきで飛竜の背にくくり付けた。そして装具に備えたままになっていた長槍と弓矢で武装を整えていく。

「頼むぞ」

「……うん」

 久しぶりに間近で見るルーク兄さんの顔は無精ひげに覆われ、少しやつれていた。それでもその表情からは並々ならぬ決意がうかがえて、俺はその指示に従うしかなかった。渋々だが俺が頷くと、ルーク兄さんはちょっとだけ表情を緩める。そして喉を鳴らす飛竜の頭をひとしきり撫でると、再び馬に跨って去っていく。その後姿に後ろ髪を引かれながらも俺はエアリアルを飛び立たせた。




 拠点としているドムス領目指してエアリアルを急かし続けた結果、この日俺はこれまでの人生で最高速度を体感した。着場に降り立った時には足が震えていたが、そんな事を気にしている場合ではない。雷光隊が待機している部屋へと必死に足を動かして駆け込んだ。

「大変です! 妖魔が出ました」

 ちょうど部屋にはラウル卿とシュテファン卿が地図を広げて何かを話し合っていた。妖魔という俺の言葉に2人はいち早く反応する。

「どこだ?」

 俺は先程行って来た場所を指し示した。そしてルーク兄さんに会った事、この近くの村に彼は残ったことを付け加える。

「あの禍々しさは尋常ではありません。ルーク兄さんは増援を呼べと……」

「まさか……女王なのか?」

 今思い出しても体が震える。俺が小さく頷くと、2人は勢いよく立ち上がった。そして大声で雷光隊を招集する。

「女王の行軍だ。隊長はお1人で阻むつもりだ」

 ラウル卿の言葉に集まった全員が息を呑む。

「ローラントはワールウェイドとフォルビアに援軍要請を、第6騎士団へは小竜を飛ばしてもらえ。後は全員あの人のもとへ向かうぞ」

 もう集まった時点で全員が装具を整えていた。シュテファン卿の言葉と共に全員部屋を出る。もちろん、俺も留守番をするつもりは毛頭なく、その後に続く。

 しかし、着場へ行ってみると、ロープで縛られたままの男がわめいており、係員が困ったように遠巻きにしていた。

「俺様がドムスの当主だ! お前達、早くこの縄を解かないか!」

 そう言えば、ルーク兄さんから預かった男の事をすっかり忘れていた。エアリアルの背から降ろしたところで目を覚ましたらしい。救いを求める様に係員から視線を向けられる。だが、俺が答えるよりも早くアルノー卿が反応する。

「あれ? スヴェンさん?」

 彼の話によると、先代当主の叔父なのだとか。例えそうだとしても現在の当主は陛下から直々にアルノー卿の父親のヘンリックさんが任命されている。全く見当違いな主張だ。

「ルーク兄さんの話だと、今回の重要参考人だそうです」

「そうか、それではローラント、このままこいつをフォルビアへ連れて行け。話はそこで聞いてもらおう」

「分かりました」

 ローラント卿はスヴェンが抵抗する間もなく自分の相棒にくくり付けると、さっさと着場を飛び立っていく。

「我々も行くぞ」

 少し時間をとられてしまったが、俺達もそれぞれの相棒に跨って飛び立つ。もっとも、まだ成熟していないテンペストを連れて行くのは危険なため、俺はまたエアリアルの背中に乗せてもらった。



閑話を終わらせるつもりが終わらなかった(大汗)

もう1話入ります。

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