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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第12話

 思いもよらぬ再会だった。彼が生きていた事実に安堵すると同時に、過去に受けた仕打ちへの怒りと、自分はともかく父親にも連絡をとらなかった腹立たしさも加わり、心中には複雑な気持ちが入り混じっていた。

「作戦は失敗だ」

 一方のダミアンさんは冷静だった。あらかじめ決めてあったらしい手筈に従い、覆面の男達は馬にまたがり脱兎のごとく逃げ出そうとする。少し反応が遅れてしまったが、それでも俺はすぐさまその馬達を支配下に置いた。頼みの綱の馬が微動だにしなくなり、狼狽うろたえる男達をしり目に、俺が山越えで使った馬をこの村の唯一の出入り口に向かわせて逃げ道を完全にふさいだ。

「や、奴は1人だ、やってしまえ!」

 スヴェンが自分の部下らしい男達に命じる。3人が剣を抜いて襲い掛かってきたが、1人目から剣を奪うと、難なく全員を叩き伏せた。

「ここまでの足跡は全部騎士団が押さえている。ここにもじきに仲間が来る。大人しく降伏してくれれば悪いようにはしない」

 間髪を置かず降伏勧告をする。正直に言って仲間が本当に来てくれる確信はなく、孤立無援の状態である事には変わりはない。それでもこのはったりはスヴェンには有効だったようで、顔色を無くした彼はその場で座り込んでいた。

「あなた方はどうされますか?」

 馬に跨ったままのダミアンさんに俺は向き直る。フードを目深にかぶっている彼は引き結んだ口元しか見えず、その表情は読み取れない。

「どうしますか、ダンさん」

 覆面の男の1人がダミアンさんにうかがいを立てる。おそらくダンというのが今の彼の名前なのだろう。彼もすぐには答えを出せないところを見ると、随分と迷っている様子だった。

 俺の方は時間を稼ぎたいので、答えを急かすつもりはなかった。しかし、不意に総毛立つような禍々しい気配を感じる。これは間違いなく妖魔だ。しかも尋常ではない強力な気配も混ざっている。

 当然竜騎士の訓練を受けているダミアンさんも気づいたようで、気配がする方角へ顔を向ける。

「妖魔だ……」

 ポツリとこぼした彼の言葉に真っ先に反応したのはスヴェンだった。

「そ、そ、そんなはずはないだろう! この地域には10年以上も妖魔が出たことが無いんだぞ!」

「逆にそれが一番危険な状態なのだが?」

 妖魔が出やすい場所とそうでない場所は確かにあるが、城壁に守られた場所でない限りその確率は0ではない。油断している所へ襲撃があり、被害が甚大となることもあるのだ。

 そして一番厄介なのが「女王の行軍」と呼ばれる巣の引っ越しだった。女王が気に入る場所が見つかるまで、通常では考えられない数の妖魔が群れで行動する。一度発生すると複数の騎士団が協力しないと対処は難しく、また鎮圧しても通り道の浄化に数年はかかってしまうのだ。

 騎士団が通常に機能していれば、そうなる前に巣を発見して壊滅させられるので滅多に起こる事は無い。しかし、グスタフによって竜騎士の私兵化が進んでしまったことにより、騎士団や他領との連携が疎かになってしまっていた。結果、十分な見回りが出来ず、妖魔の巣が放置されてしまったのだろう。

 尋常じゃない気配から察するに、今まさに女王の行軍が起ころうとしている。

「女王の行軍だ。ここにも避難用の地下室はあるはずだ。そこへ避難を」

「そ、そ、そんな……」

 その場に座り込んだままのスヴェンは絶望の表情を浮かべ、逆にダミアンさん配下の覆面の男達はこういった緊急事態に慣れているのか、すぐに避難用の地下室を見つけ出していた。そして先程俺が叩きのめしたスヴェンの部下をその地下室へ運び込んでいく。

「こ、こんなところにいられるか!」

 恐怖で気が動転したのか、スヴェンは突然馬に跨り村の外へ逃げ出した。いや、それが一番危険なのだが……。一度支配下に置いた馬だったが、スヴェンの恐怖心が移ったのか全然言うことを聞いてくれない。

「捕まえてくる」

 山越えの仮の相棒となった馬を呼び寄せて跨ると、俺もその後を追う。今回の一件の重要参考人だ。死なせるわけにはいかなかった。

「ひぇぇぇぇぇ!」

 ほどなくしてスヴェンの悲鳴が聞こえた。馬の速度を上げて悲鳴が聞こえた場所に向かうと、畑の真ん中で馬から放り出されたらしいスヴェンに5頭の青銅狼が迫っていた。まさにとびかかろうとしている1頭に隠し持っていたナイフを投げつける。目に突き刺さり、妖魔の狙いがれた。どうやらまだ腕は落ちていなかったらしい。

 この青銅狼達は多分偵察部隊だ。あまり時間をかけていると妖魔が次々と押し寄せてくるだろう。こんな何もない場所で対峙するのはさすがに不利だ。そうなる前に青銅狼達を始末し、スヴェンを連れてあの村に戻らなければならない。

「あ、ばばばばばば、くわわわ……」

 腰を抜かしたらしく、立ち上がることも出来ないらしいスヴェンは意味不明な言葉を叫ぶ。青銅狼は普通の馬の倍の大きさがあるのだから、この反応も頷ける。俺はそんな彼を背後に庇いながら青銅狼に対峙する。妖魔達は俺の登場に驚いた様子だったが逆に獲物が増えたと思ったらしい。目にナイフを受けながらも体勢を立て直した青銅狼がすぐにとびかかってきたが、馬上から剣を振るって霧散させた。

 更に続いて襲ってきた2頭を霧散させたが、握っていた剣からミシッという嫌な音が聞こえた。討伐用にしつらえられたものではないので、俺が込める力に耐えられないのだろう。更に1頭霧散させたところで、剣が砕けた。

「来る!」

 武器が無くなったと分かったらしく、残る1頭が襲ってくる。手に残った柄を投げつけてひるんだ隙に手持ちのナイフを全て投げつけた。多少は傷を負わせることはできたが、ほとんどこたえた様子はない。絶体絶命と言える状況だが、最強の切り札が残っていた。

「ルーク兄さん、使って!」

 急降下してきたエアリアルの背にいたティムが愛用の長剣を鞘ごと投げてよこす。ティムの存在にはちょっと驚いたが、それでもその長剣を受け取ると鞘から抜き放つ。馴染んだ感触に思わず口角が上がる。俺はまだひるんでいる青銅狼に馬を突っ込ませると、愛用の長剣を振るって残る1頭も霧散させた。

「ルーク兄さん、早く」

 女王の行軍に気付いているのだろう。ティムがエアリアルの背に乗る様に急かすが、俺は首を振った。

「今回の重要参考人だ。こいつを連れて行け」

「でも……」

「時間がない。この先の村にあと10人ほどいる。俺はそこへ戻るからお前は増援を呼べ」

 妖魔との戦闘を間近で体験していつの間にか白目をむいていたスヴェンを手早くエアリアルの背に括り付けた。ティムに色々聞きたいことはあるがそれは後だ。強力な妖魔の気配がもう間近に迫っている。幸いにして長槍と弓矢が飛竜の装具に備えたままになっていた。これでどうにか時間稼ぎが出来る。

「頼むぞ」

「……うん」

 渋々と言った様子でティムは頷いた。それを確認すると、俺はエアリアルを労ってからすぐさま馬の背に跨って村へと引き返す。ほどなくして飛竜が飛び立っていく気配を感じる。振り返ることなく俺は馬を全力で走らせた。




 村の手前で妖魔の群れと遭遇した。正面から突っ込むにはさすがに数が多すぎる。馬に命じて迂回させると、群れの一部がこちらに向かってきた。迫ってくる妖魔に矢を放って威嚇して距離を保つ。しかし、馬の方がもたなかった。

「うわっ!」

 突如馬がつんのめり、俺は宙に投げ出された。地面にたたきつけられる前にどうにか受け身をとり、立ち上がって振り返ると馬は泡を吹いてもがいていた。きちんと調教された軍馬ではないのに、無理をさせすぎてしまった。

 たった数日の付き合いだったが、本当にここまでよく頑張ってくれたと思う。ちゃんとねぎらってやりたいが、既に魔物が群がっていた。心の中で謝罪し、俺は村に向かって走り出した。

 当然の様に妖魔達も追ってくる。馬上ならまだしも走りながら矢を射るのは効率が悪い。長槍を振るって牽制して距離を保つのを心がけるが、相手が多すぎた。

 村まであと少しなのだが、なかなかたどり着けない。逆にどんどん妖魔の数は増えてきて、振り回していた槍がとうとう折れた。体勢が崩れてまずいと思ったところへ、襲い掛かろうとした青銅狼に矢が刺さる。

「ルーク、こっちだ」

 振り返ると、村の門の手前に馬上で弓を構えているダミアンさんがいた。考えるよりも先に体が動き、折れた槍を妖魔が固まっている場所に投げつけてから村の中へ駆け込んだ。ダミアンさんもくぐったのを確認してから門を閉じるが、村の周囲に張り巡らされている木製の柵では妖魔達を完全に防ぐことはできないだろう。

「逃げたかと思っていました」

「作戦は失敗した。ここを逃げ切れたとしてももう戻る場所はない」

 俺の問いにダミアンさんは自嘲気味に応える。おそらく背後にいる組織から何らかの制裁があるのだろう。ちなみに他の覆面男達は妖魔との戦闘は無理だと判断し、避難させているらしい。

「応援は本当に来るのか?」

「もちろんだ」

 ダミアンさんは疑わし気に聞いてくるが、俺には愚問だった。絶対に彼等は来てくれる。俺にはそう言い切れる自信があった。


グォォォォォォン!


 妖魔達が急におとなしくなったなと思っていたところへ一際大きな咆哮がとどろく。そして立ち込める霧の向こうからひときわ大きな青銅狼が姿を現す。女王のお出ましだった。


因縁の相手と共同戦線。果たして結果は……。

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