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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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第10話

 夜半過ぎに荷馬車が止まった。馬に意識を向けてみると、どこかの村に到着していた。ほどなくして外に出るよう声をかけられる。気温は一段と下がっていて、少々不格好だが毛布をかぶったまま外に出た。

「どうぞこちらに」

 荷馬車から降りると待ち受けていた男に近くの家に入るよううながされる。顔を隠しているので気配だけでの判断だが、周囲を取り囲んでいる黒衣の男達は砦を襲撃した顔ぶれとは異なっている。分業しているということは、やはりそれだけ大きな組織が背後に付いているというあかしだろう。

 エアリアルを呼べばこのまま振り切って逃げることも可能だが、それではこの事件は解決しない。このまま大人しくしていれば、黒幕の下へ連れて行ってもらえる可能性が高い。ここは大人しく彼等の指示に従ったほうが得策だろう。

 家の中に入る前に辺りを見渡すが、俺たち以外に人の気配がない。古の砦から西には城壁がないので、一帯は第2警戒区域に指定されている。そして、討伐期は避難勧告が出されているので、住民は近くの神殿に避難しているのだから人の気配がないのも当然か。

「早く入ってください」

 なかなか入ろうとしない俺に男は少々苛立った様子で急かしてくる。俺は肩を竦めると指定された家の中に入った。台所と寝室だけの農村ではよくある田舎家だ。既に暖炉に火がくべられて部屋の中は暖かく、食卓には夜食も用意されていた。

「夜明け前に出立しますので、今夜はこちらでお休みください」

 男はそう言って扉を閉め、外からカギをかけた。外からカギをかけると言うことはやはり虜囚という扱いのはずなのだが、思った以上の好待遇に戸惑いしかない。何故、俺……。ともかく考えていても始まらない。最善と思えることをやるだけだと頭を切り替えた。

 俺の命令をかたくなに守ってくれている相棒はまだ上空で待機している。男は夜明け前に出立と言っていた。飛竜は一旦砦に戻して休ませ、ついでに俺がここにいることを仲間に伝えておいてもらおう。少し離れているので意識を集中してエアリアルに伝えると、相棒は了承してくれたのかその気配が遠ざかっていく。

 次に軍装を解くと、家の中を一通り検分した。出入口は1か所のみで台所と奥の寝室にある窓は全て外側から板が打ち付けられていて開けられない。これは家主の留守中に万が一妖魔や夜盗の類に襲われても被害が出来るだけ少なくなるように施したものだろう。

 寝室には寝台が2つ。片方にだけ寝具が整えられていることから、男達が用意したものだろう。そんなに広くはないので、寝台だけで部屋が埋まっている感じだ。台所にもあるのは食卓くらいで、床下に収納庫があったが、そこからではやはり外へ出るのは難しそうだ。

 一通り検分が済むと、食卓に乗ったままの夜食が目についた。討伐の後ということもあって腹は減っている。深皿に盛られた野菜の煮込みはまだほのかに温かく、俺は試しに匂いを嗅いでみてから口に含んでみた。

 毒が盛られてないか念のための行動だったが、杞憂だったようだ。万が一盛られていたとしても、オリガ謹製の毒消しもある。俺は添えられていたパンと共にその夜食をありがたくいただいた。

「それにしても……」

 食事を終えた俺は寝室に移動して軍装の手入れをしていく。愛用の長剣は置いてきてしまったが、身体検査もされなかったので投てき用に持っていたナイフはそのままだ。見つかると没収されるのは間違いないので、装具や長靴の内側に分けて隠しておくことにした。

 後は何か書付を残しておきたい。この家にはさすがに筆記用具となるものはない。俺は装具の背中部分に使われている皮の表面を剥ぎ取り、それにナイフで傷をつけて文字を書いた。


襲撃者は別。このまま様子を見る。ルーク。


 長文はさすがに無理だ。それでも必要最低限の事は伝えたい。あとはこれをどこへ隠すかが問題だ。男達には見つからず、後から来る仲間達には見つけてもらわなければならない。

 悩んだ挙句、使っていない方の寝台の干し草を固めたマットの裏側を切りつけ、その隙間に埋め込んでおいた。マットを切りつけることで出たわらクズは暖炉の中で燃やして証拠は隠滅。後はこの場所をエアリアルに教えれば誰かに伝わるだろう。

 一通りやるべきことは済んだ。既に夜半は過ぎているので、とりあえず出立まで少し仮眠をしようと、俺は寝台に体を横たえた。




 翌日は思っていたよりも早い時間に起こされた。まあ、家の扉を開ける音で目が覚めたので、起こしに来た男が寝室に入ってくる前に、ナイフを隠している装具もきっちり身に纏うことができた。起こしに来た男は俺が着替えまで済ませていることにちょっと驚いていたけど。

 促されて台所に移動すると、昨夜と同じ野菜の煮込みとパンという朝食が用意されていた。それを平らげながら周囲を探るが、エアリアルの気配はまだない。まあ、彼ならどこにいても俺を探し出してくれるだろう。そう気を取り直して朝食を済ませると、昨夜の荷馬車に乗るよう指示された。

 今日は雪がちらつき、昨日よりも一層冷え込んでいる。オリガが編んでくれた防寒具を目元まで引き上げ、長衣を体に巻き付ける様にして荷馬車に乗り込んだ。中には予備の毛布だけでなく、温石まで用意されていて、本当に至れり尽くせりだ。

「やっぱり勘違いされているのかな……」

 改めてあの作業室でのやり取りを思い出してみる。彼等はゲオルグに「高貴な人物」について詰問されていた。彼がどう答えたまでは聞くことはできなかったが、暴力を振るわれていたところを見ると彼らが納得する答えを出さなかったのだろう。そして制止した俺の姿を見て「やっとお出ましになられた」と言って特に確認することなく連れ出されたのだ。

 昨夜からの待遇から改めて考え直すと、ありえない事なのだが俺は彼等が探していると言う高貴な人物と勘違いされているのではないかという考えに至る。いや、でも、本当に砦に襲撃をかけるような組織がそんな間違いをするだろうか……。逆に俺が目的だったとしてもそこまでして一介の竜騎士である俺の身柄を確保しても彼らが得る物は何もない。

 ガタガタと揺れる荷台の中、体を動かすこともままならない状態だ。しかし、考える時間はたっぷりあるので、何度も自問自答を繰り返した。

 あの場所にゲオルグがいることは知られないようにしているが、その情報が漏れている可能性はある。赤毛の立派な体躯の若者は目立つ存在だ。出入りした行商人がその姿を見かけたことがあるかもしれないし、彼の素性までは知らない一般の傭兵が外で口を滑らせている可能性もある。過去の彼の事を知っている人物ならば、其の身体的特徴からゲオルグにたどり着くのは難しい事ではない。

 だが、現在の彼の姿を知るものは果たして何人いるだろうか? あの劇薬を飲んだ後に彼と会ったことがあるのはほんの僅かだ。更にその後遺症で食も細くなってしまい、以前と比べると随分と痩せてしまっている。色が抜けてしまった髪の毛と合わせると、過去の姿だけで彼だと気付く者は皆無だ。

 実行犯は過去の彼の容姿を手掛かりにしたはず。首尾よく砦に押し入ることができたが、当のゲオルグを目の当たりにしてもそうとは気づかなかった。手ぶらで引き揚げるわけにもいかず、俺の姿が条件に近かったので連れ出したのではないかという考えに落ち着いた。正しいかどうかは当人達を問い詰めないと分からないけど。

 今、俺を移送している男達は襲撃者とは異なる。分業しているみたいだから、多分、彼等を問い詰めてもその辺の事は何も知らされていない気がする。引き渡された人物を指定した場所まで運べ。但し、丁重に扱うように……というくらいしか聞いていないんだろうな。




「お……」

 そんな風にグルグルと思考をめぐらせていると、慣れ親しんだエアリアルの気配が近づいてくる。幸いなことに外の男達はまだ気づいてない様子。あまり近寄らないように警告をすると、大人しく指示に従ってくれた。

 荷馬車を引く馬に意識を向けてみると、濃い霧の中を進んでいた。まあ、これなら上空にいても気づかれることはないかもしれない。それにしても大胆な連中だ。妖魔が怖くないのだろうか?

 そんなことを考えているうちにエアリアルから気遣うような思念が贈られてきた。

「大丈夫だよ、エアリアル」

 そっと呟いて相棒に思念を送ると、安堵した様子が伝わってくる。そして俺が残してきた書付を誰かが掴んでいる心像が送られてきた。ああ、見つけてもらえたのだ。これでどうにかこちらの情報を伝える手段が出来たと安堵した。

 その後も俺を乗せた荷馬車は、雪がちらつく中ゴトゴトと田舎道を進んだ。


ちなみに荷車の中でルークは、体が鈍るからと思考の合間に体幹を鍛えるトレーニングをしていたり……。

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