第7話
本編再開
秋が深まる頃にフォルビアへ帰還した俺達は討伐期に備えて鍛錬を重ねていた。フォルビア騎士団は現在、総督を兼ねるヒース卿を筆頭に元々のフォルビア騎士団と第3騎士団から派遣された形となっている俺達の大隊、そしてジグムント卿率いる傭兵団で構成されている。
俺達には反逆者ラグラスに従っていた元フォルビア騎士団の動向を監視する役割があったのだけど、彼等も騙されていたので反逆の意図はなく、それは杞憂に終わっている。それでも騎士団の底上げは必須で、2年かけて鍛えた甲斐あり、ようやく第3騎士団と遜色ないほどの実力を身に付けていた。
この討伐期が終わればその役目をようやく終えることになる。その後どうなるかは陛下やアスター卿にお任せするしかないが、オリガと一緒に暮らせるように皇都へ呼んでくれるという約束を信じて待つしかない。
「おかえりなさい、ルーク卿。ヒース卿から会議室へ来るようにと伝言を預かっております」
寒さが厳しくなってきたある日、訓練を終えて城に戻る早々出迎えた係官にそう告げられた。上司の呼び出しなので、相棒を労うと後の世話は部下に任せ、俺は会議室に向かった。
「ルークです。ただいま戻りました」
扉を叩いて中に入ると、ヒース卿の他にリーガス卿、そして第6騎士団副団長ギルベルト卿と第2騎士団副団長ウルリヒ卿もいて、何かを真剣に話をしていた。
「おう、帰ったか」
俺の姿をみたリーガス卿が手招きする。指定された席に着くと、ヒース卿が見覚えのある金具を差し出した。それを受け取り、詳細を確認する。工房の刻印もあり、クルト兄さんの工房で作られた物で間違いなかった。
「ビレア工房の金具で間違いありません。……これがどうかしたのですか?」
「やはりそうか」
ヒース用は顔を顰め、重いため息を吐く。そしてギルベルト卿がこの金具が問題になった経緯を説明してくれた。
「先日、第6騎士団と第2騎士団が合同で密輸団を摘発した。ガウラへ運び込もうとした荷の中にこの金具が混ざっていた」
「……」
俺は絶句した。現在、この金具は単体で売られていない。この金具を作れる職人が限られているために量産が難しいのもあり、出回っているのはゼンケルに設立された国営の工房で作られる飛竜の装具に付けられた状態に限られている。おかげでゼンケルの工房へは国外からも注文が来て順番待ちの状態だ。
ビレア工房では毎月ゼンケルから届く注文に応じて金具を作り、規定を満たしていない物はすぐに潰されていた。だからこそこの金具が単体で出てくるのが謎だった。
「金具の他は流紋ヤマネコなどの毛皮だった。捕えた者達を尋問した結果、彼等はは背の高い男に地図を渡されて荷物を指定した日に指定した場所へ運ぶよう依頼されていた」
ギルベルト卿の説明では、その指定された日にその場所を騎士団が張っていたが、受け取りに現れた者はいなかった。依頼した男の人相書きを作成しようにも、フードで顔が隠れていて分からなかったらしい。そして残った手掛かりがこの金具で、ビレア工房だけでなく俺にも話を聞きにフォルビアへ来たらしい。
「ビレア工房が不正をしているのではないかという疑いがある」
「まさか……そんなことしても工房は得をしませんよ」
特殊とはいえ小さな金具一つの値段などたかが知れている。ゼンケルの工房……つまり国と契約を結び、高い金額で買い取ってもらうことで利益が出ているのだ。
このことはビレア工房のみならずアジュガ全体の信用問題にかかわり、不正が明らかになればそれだけで職人としてやっていけなくなる。そもそもそんなことをしなくてもゼンケルに納めていれば、自然と工房も町も潤う事はアジュガの職人誰もが理解している。
「密輸団は警戒区域も記した詳細な地図を所持していた。そのことから騎士団……貴公の関与が疑われている」
「……心外なんですが」
金で陛下のご期待を裏切る真似をすると思われるのは心外だった。既に俺が犯人と決めつけているような2人の副団長の言葉に怒りが沸き起こったが、ここで騒ぎを起こしても何もならないと思いグッと堪えた。
「彼を疑うにはあまりにも無理があるのでは?」
黙って俺達のやり取りを聞いていたリーガス卿が口を挟む。しかし、強気なウルリヒ卿は一笑に付して持論を展開する。
「欲に駆られれば、分からないではないか。ゼンケルに納品されれば厳重な管理体制の中で保管される。金具一つとて持ち出しは不可能だ。ならば金具の製造元であるビレア工房が一番怪しいに決まっている。そして自由に出入りできる立場だったルーク卿もだ」
あまりにも強引な結論の出し方に不思議と頭が冷えた。自分の手で調べれば他にも何かありそうな気もするのだが……。
「要は手詰まりだから、彼を犯人に仕立てて解決したことにする算段か?」
「ば、馬鹿なことを言わないでもらおう」
リーガス卿が呆れたように言うと、ウルリヒ卿は顔を真赤にして激高していた。もしかして図星か? 一同から白い視線を向けられ、彼は悔しそうな表情を浮かべている。
「部下が疑われたままではこちらも気分が悪い。密輸団の件、こちらからも人員を派遣して犯人捕縛の協力を致しましょう。」
ヒース卿の有無を言わさぬ決定にウルリヒ卿は顔を顰め、ギルベルト卿は淡々とした表情で了承していた。疑念を晴らすために真っ先に名乗り出たが、それはすかさず却下された。まあ、当然か。
「証拠を隠滅されてはたまらないからな」
ウルリヒ卿はそう言っていたが、もう気にしなかった。その後の話し合いで第6騎士団へはラウル隊が、第2騎士団へはロベリアのキリアン隊から派遣されることが決定した。
「この男の配下では信用できない」
決まったにもかかわらず、ウルリヒ卿はまだそんなことを言って難色を示している。上司の俺が言うのもなんだが、ラウル隊はフォルビアとしては最高戦力と言っても過言ではないのにだ。何だか一度は納まった怒りがこみあげてきて、気づけば俺は会議室の机をバンと音を立てて叩いていた。
「俺の部下だから気に入らないだと?」
「と、当然ではないか。お前が圧力をかければ都合のいい様に改ざんできるではないか」
「……分かった。俺の隊長職を一時返上する。これでいいだろう?」
「ルーク!」
俺の妥協案に声を荒げたのはヒース卿だった。一時的とはいえ大隊長職の返上など勝手に決めていい事ではない。何かしらの処罰は覚悟しておいた方が良いだろう。それでも俺なりの覚悟を示しておきたかった。
「仕方ない……」
結局、ヒース卿も折れて話がまとまった。ウルリヒ卿も渋々と言った様子だったが、それでどうにか納得してくれた。とりあえず遠方から来た2人には部屋に案内して休んでもらい、残った俺達はその後の対応を協議した。
何しろ討伐期まであとわずかだ。調査が長引いた場合、彼等が抜けた穴をどう埋めるかが問題だ。しかもその間、俺の隊長としての権限が凍結される。その分、シュテファン隊には頑張ってもらわなければ。
「自分で説明しろよ」
「分かっています」
勢いで隊長職を返上してしまったが、俺の事を慕ってくれている部下達の反応が少し怖い。それでもちゃんと説明責任を果たさなければ……。勢いで言ってしまったことを今更後悔しながらも、会議室を後にした俺は自分達の詰め所へ向かった。
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おまけ ゲオルグ 注:少し残酷な表現があります。
自分は皇子ではない。先の内乱に加担したとして皇家からは除籍されているし、一般には公表されていないがそもそもその血を引いてはいなかった。俺に課せられたのは名も忘れられた古の砦での幽閉生活だった。
この夏、かつて叔父と呼んでいたあの方とルーク卿らの計らいで皇子時代に従者をしていたウォルフと再会を果たした。何を話そうか悩みもしたが、他愛もない話をしている間に時間は過ぎてしまっていた。
思い返してみれば彼とこんな風に話をしたのは初めてではないだろうか? 従者だった頃の彼は俺のわがままにも嫌な顔せずに応え、俺の知らないところで悪さの後始末までしてくれていた。皇子であることを笠に着て横柄な態度をとっていたのに、主従の関係ではなくなった今でも俺の支えになろうと身の回りの品を送ってくれている稀有な存在だ。
それはあの方も同じだ。公には何もできない代わりにウォルフの荷物と一緒にかの方も差し入れを紛れ込ませていた。
けれども2人のその好意に甘えるのもそろそろ終わりにしようと決意した。特にウォルフとはもう主従の関係ではないのだし、教師役の老神官の導きで準神官になることもできた。その労力をもう自分の幸せの為に使ってほしい。
老神官に自分の気持ちを打ち明けると、ウォルフ宛に自分の想いを込めた手紙を書く手伝いをしてくれた。今までの謝罪と感謝の気持ちが伝わるように祈りながら、いつになく長い文章をつづった。
そして手紙を書き終えた俺はかねてから考えていた思いを実行に移す決意をした。準神官になった時、既に婚姻はしないと誓いを立てていた。しかし、夏の面会の折に差し入れに忍ばされていたあの方からの手紙に、旧カルネイロの残党がタランテラを狙っていることが記されていて、それだけでは不十分な気がしたのだ。
一般には俺が皇家の血を引いていないことは知らされていない。他の真に皇家の血を引く方々は厳重な警備のもとにあるので心配はないが、幽閉中の俺は格好の標的だ。そのまま大人しく旗印になるつもりはないが、女性を送り込まれれば抗うのも難しい。そうなる前に男としての機能を無くそうと決意した。
物理的に……と当初は考えていたが、老神官から里に伝わる薬があると教えてもらった。彼もうろ覚えだったらしいが、薬の事ならワールウェイド領にある薬草園を管理しているグルース準神官が詳しいだろうと手紙をしたためてくれた。
なかなか返答は来なかったが、収穫の時期を過ぎた頃に当人が砦まで来てくれた。
「お話は伺っている。お求めの薬はこちらになるが、一つ忠告しておく。これは薬と言うよりは毒と言っていい。人間の正常な機能を失わせるのだから当然だ」
そう言ってこの薬が使われていた背景を教えてくれた。なんでも昔、修行中の神官が欲を断ち切るために使っていたものらしい。今ではそこまでする神官はいないが、かなりの劇薬の為、他に何らかの障害が残る可能性もあるらしい。
「覚悟はできています」
既に腹はくくっている。迷いなく俺が答えると、グルース準神官は持っていた薬の瓶を俺の前に置いてくれた。そして間違いなく数日は寝込むことになるだろうから、それなりの準備を整えてから飲むように忠告して砦を去っていった。
一緒に話を聞いてくれた老神官とも相談し、冬の準備が一段落してからその薬を飲むことにした。そして討伐期が間近に迫ったその日、俺はその薬を飲み干した。
3日3晩俺は高熱にうなされた。そして、元通りの生活に戻るまでに10日を要した。願った通りの効果があったかどうかは検証する予定もないので不明だ。その他には若干視力が落ちて、勉強するにも拡大鏡が必要になったのと、燃えるような赤毛はすっかり色が落ち、白髪に代わっていた。
「話に聞いていたが……」
この冬は砦に駐留することになったルーク卿が俺の姿を見て絶句していた。少なからず衝撃を受けた様子の彼に、これが俺なりのあの方への忠誠の証なのだと胸を張った。皇子と呼ばれていた時代に果たすことができなかった責任をようやく果たせるのだ。それにやっと平和が戻ったこの国の未来が守れるならこのくらいなんてことはなかった。
しばらく呆然としていたが俺の覚悟を分かってくれたのか、ルーク卿は騎士の礼をとって俺に敬意を示してくれたのだった。
ゲオルグの話は、ウォルフの閑話にくっつけるつもりだったのが間に合わず、今回の公開となりました。
やや強引な結論に達していますが、彼なりに熟考して出した結論です。
ちなみになかなか返答が来なかったのは、エドワルドがなかなか決断できなかった為。
悩んだ末に本人の意思を尊重することになりました。




