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群青の軌跡  作者: 花 影
第1章 ルークの物語
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第3話

 話が一区切りしたところで、兄に料理を取り分けているリーザの姿が目に入る。そういえば本当にこの2人はどうやってくっついたんだろうか? 

「そういえば兄さん、どういう経緯でリーザと結婚することになったか教えてよ」

 話を振ってみると、2人は面白いくらいに顔が赤くなる。そして少し照れ臭そうに兄さんが口を開く。

「お前のおかげで飛竜の装具用の金具の注文が来ただろう?」

「ああ、そうだったね」

 父さんと兄さんが工夫して作ってくれた飛竜の装具の留め金は、殿下の目に留まり騎士団で正式採用されることとなった。そのため、ビレア家には大口の注文が入っていた。

「急がないとは言われているけど、確かにうちだけでは難しい。そこで他の職人に協力を求めたら、他の親方達の提案で若手の職人を集めて専門の工房を立ち上げることにしたんだ」

「へぇ……」

 何だか知らない間に話が大きくなっている。

「リーザのおじいさんがもう引退するから工房を自由に使ってくれと言ってくれて、その準備で出入りしているうちにまあ、なんだな……」

 照れている兄さんの様子から察するに、リーザの方が積極的に距離を縮めていったようだ。既に兄さんは工房の近くへ引っ越してリーザと一緒に暮らしているらしい。何だかうらやましい……。

「おじいちゃん引退するって言っていたけど、結局、技術指導と称して毎日工房に来てるのよ」

 今日は俺が帰省すると聞いて工房の仕事もそこそこに2人で来てくれたらしい。まあ、幸せそうで何よりだ。そんな2人に時折カミラが冷やかしている。

 それにしてもクラインさんの話では俺のせいで縁談が壊れ、傷心しているはずのカミラに変わった様子は見受けられない。我慢しているとも考えられるが、そんな器用なことができるような性格はしていなかったはずだ。

「どうしたの、ルーク兄さん? 妹が美人すぎて見惚れてた?」

 俺の視線に気づいてカミラが首を傾げるが、最後のは余計だ。

「いや、クラインさんが……」

「ルーク、今は」

 当人の前で直接聞くつもりなんてなかったのに、俺も飲みすぎていささか酔っていたらしい。思わず口走ってしまった俺をオリガが止めようとしてくれたが、手遅れだった。

「クルト兄さんならともかく何で私?」

「いや、その……」

 というか、クルト兄さんも目をつけられているのか? 互いに疑問符が飛び交う中、先ずは俺が着場でのいきさつを白状した。

「俺がカミラの縁談を壊したとクラインさんが言っていたんだが……」

「縁談?」

 驚いたことに当の本人であるカミラも含めて家族は全員首を傾げ、顔を見合わせている。示し合わせた行動ではなさそうなので、もしかして俺への嫌がらせでクラインさんが嘘を言ったのだろうか?

「もしかして、あの事じゃない?」

「えーと、何だっけ?」

 そんな中、何かを思い出したように声を上げたのはリーザだったが、兄さんはすぐに思い出せない様子だった。

「ほら1年前、隣のミステル領の若様がカミラ目当てに熱心に通って来てたじゃない? きっとあれよ」

「あー……」

 どうやら家族もみんな何か思い出したらしい。ミステルは確か、これといった特産が無い小さな領地だったはずだ。あそこには俺より何歳か年上の嫡男がいた気がするが、その辺の記憶は曖昧だ。

「そういえば、そんなこともあったねぇ」

 母さんがしみじみと言うと、父さんもカミラもうんうんと頷いている。俺達には何のことかさっぱりなので、改めて説明を求めることにする。

「1年前って内乱が起きる前の話か?」

「そうよ。なんかいきなり来てお前を嫁にしてやるだのと言い出すから、何の冗談かと思ったわ」

 カミラからあっけらかんとした答えが返ってきて、さっきまでどうやって話を持っていこうか悩んでいた俺は一気に脱力する。

「確かに玉の輿は憧れるけど、そもそも私に貴族の奥方が務まると思う?」

「まあ、無理だろうな」

「ルーク兄さん、そこまではっきり言われると傷つくんだけど?」

「じゃあ、淑女教育受けてみるか? 地理に歴史、後は貴族や高位神官、竜騎士の顔と人間関係覚えて、それから……」

「ごめんなさい、無理です」

 オリガがアリシア様から受けたという教育内容を思い出してつらつらと列挙していくと、カミラは慌てて頭を下げた。昔、討伐期に神殿で行われていた基礎の礼儀作法でも音を上げていたのだ。更に厳しくなる淑女教育に耐えられないだろう。

「で、実際のところどうなったんだ?」

「何日か続けて来て、どうやって断ろうかなーなんて思っているうちに来なくなって、諦めたんだなって思っていたの」

「そうしたらいきなりまた現れて、大罪人の家族を嫁に迎えることはできない、婚約破棄だと言って慰謝料請求されたんだったわね」

 深いため息とともに母さんが捕捉する。

「なんだよそれ、何も聞いてないぞ」

 どうやら内乱と同時期に起きた騒動だったらしい。自分の務めで一杯一杯だった俺に気遣い、家族は知らせずにいてくれたらしい。と、いうか、彼等の反応を見ると既にどうでもいい事となってすっかり忘れていたようだ。俺は大きく息を吐いて気持ちを落ち着けると、改めて両親に向き直る。

「で、慰謝料云々はどうなったんだ?」

「払うわけないでしょう? それでも位を笠に迫ってくるからクラインさんが仲裁に名乗り出てくれたんだけど、余計にもめて結局、事情を知っている親方衆が間に入ってくれたのよ。そうこうしているうちにパッタリ姿を現さなくなって、そうしたら冬になる前にミステル領の領主様が更迭されたと発表があったのよ」

「そうか……」

 そこへ家族の会話をそれまで黙って聞いていたラウルが発言を求める。何か情報があるのだろう。母さんの中では既に家族認定されているので、我が家で遠慮はいらない。もちろん許可する。

「ミステル領は目立った特産がなく、長くワールウェイド家の援助を受けていたと聞きます。2年前にグスタフが謹慎を言い渡されたことで、援助が途絶えるかして先行きが不安になったのではないでしょうか?」

「それで、なんでカミラに?」

 ラウルの捕捉に納得はしたが、なぜそれが我が家に絡んでくるのかさっぱりだ。部下2人に視線を向けると、呆れた様子でため息をつかれた。なぜだ?

「隊長は2年前の夏至祭で活躍され、更にはエドワルド殿下のみならずハルベルト殿下にも信頼が厚い。しかもフォルビア、ブランドル、サントリナ大公家とも親交がある。隊長と身内になっておけば、どこかからか援助が受けられると思ったのでしょう」

「勝手な……」

「隊長ご自身に話をもっていかなかったのは、おそらく身内に妙齢の独身女性がいなかったからと推測されます」

「それでカミラにか?」

「おそらく。ただ、話が進まないうちに内乱が起きてグスタフが再び権力を握ってしまった。慌てた当主はビレア家に言いがかりをつけて金を無心する一方、グスタフに帰順して援助を再開してもらうために彼のいいなりになって熱心に働いた。結果、グスタフが倒れ殿下が国主代行となるとその行状から処罰の対象となった……というのが私の見解です」

 何と言うか、あまりにも自分勝手な行動にただ呆れるしかなかった。そんな計略を画策している暇があれば、領地改革でもした方がよほど家の為になると思うのだが……。それにしてもこんな形で家族を巻き込んでしまい、何だか申し訳ない気がする。

「何だか……ごめん」

「何で兄さんが謝るの?」

「そうよ、ルーク。あんたは信じる道を進んだ。今、あるこの結果が得られたということは、間違いじゃなかったんだよ」

「そうだぞ、ルーク。お前は我が家の誇りだ」

 母さんの言葉に父さんも同調し、他の家族もラウルにシュテファンも頷いている。単純だが、この言葉で凹んでいた気持ちが楽になった。傍らではオリガが心配そうに俺の様子をうかがっている。理解ある人々に囲まれて俺は幸せ者だと思う。少しぎこちなくなったが、俺はみんなに「大丈夫」と返した。

 懸案だったカミラの縁談騒動はこれで解決した。しかし、先程彼女が口走ったクルト兄さんの問題が残っている。どうやって聞くかなんてもう考えるのはやめた。家族に遠慮は無用だからだ。

「さっきのクルト兄さん云々っていうのはどういうことだ?」

「あ……」

 ここでようやくカミラが自分の失言に気付いた。彼女が返答にこまっていると、兄さんはそれは深いため息をついた。

「ああ、それなぁ……。さっきの工房絡みの話なんだが、設立に際して町からも援助してもらえないかと頼みに行ったら断られたんだ」

「騎士団からの依頼だから、アジュガにとっても利点はあるはずだけど?」

 元々アジュガは父さんのような職人が多く住む町である。飛竜の装具の金具が新たな特産品に加われば町にとって有益な事業となり、普通であればこぞって資金援助をする案件である。

「クラインさんからは失敗すると分かっている事業に貴重な資金は投入できないらしい。どうしても資金が必要なら、シュタールにある金貸しを紹介してやると言われたよ」

 兄さんがそう言って肩を落とす。今まで貯めていた金と仲間からの援助のおかげで当面の資金は問題ないが、傷んだ建物の修繕や道具の購入、若い職人達への賃金など考えればいくらでも必要である。せめて若い職人達が仕事を覚え、金具が量産できるようになるまでは援助が必要だ。

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