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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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閑話 ウォルフ3

 迎えた当日は風が少し強いもののいい天気に恵まれた。前日から準備を進め、ルーク卿が到着されるよりも前に山小屋で待機した。湖の奥には雪を頂いた山並みがあり、湖畔には一面に花が咲き乱れている。話に聞いていた以上に美しい光景が広がっていて、危うく役目を忘れて景色を堪能するところだった。

やがて山小屋より少し離れた場所にエアリアルが降り立ち、主役であるルーク卿とオリガ嬢が到着した。

「お荷物お預かりいたします」

 山小屋に併設した天幕の前で2人を出迎えると、自分の姿をまじまじと眺めたルーク卿が深くため息をついた。

「何やっているんだ、ウォルフ?」

「えっとお手伝い?」

 色々聞かれてシュテファン卿達に頼まれたことを素直に白状した。まあ、聞き出さなくても彼には分っていたのだろうが、ちょっと面白くなかったらしい。オリガ嬢が「似合っていると」家令らしい服装をした自分の姿を褒めてくれたおかげで場が和み、どうにか機嫌を直してくれた。

 まあ、自分としては特にすることがなかったし、何だか楽しそうだったのもあって引き受けたのだけれど。ともかく2人がここに滞在している間は、邪魔にならない様適度な距離を保ちつつ、2人の為に尽くそうと心掛けた。

 日没後の満天の星空は圧巻だった。シュテファン卿によると、無風の時には湖面が鏡の様に星空を映してもっと美しいらしい。今日は残念ながら少し風が強く、湖面が波立ってしまっているが、それでも皇都にいてはこのような星空を見ることはまずないだろう。

 この星空をオリガ嬢に見せたくてルーク卿は毎年ここを訪れていると聞いた。ならば少しでも快適に過ごしてもらうのが自分の役目だ。標高が高いので夏場でも夜間は冷える。炉に火を熾し、山小屋に併設された天幕の中を温め、お湯を沸かして温かい飲み物の準備をしておいた。そして数種の防寒具を用意し、邪魔にならない様そっと天幕を後にした。

「ふぅ……」

 山小屋から少し離れた自警団の野営地に戻る道すがら、空を見上げる。時間が経つにつれて輝きを増してきたような星々は見ていて飽きない。つい足を止めて眺めていると、星が流れた。

 すると後にしてきた山小屋の方からわずかに感嘆の声が聞こえてくる。ルーク卿達も星空を眺めているのだろう。ふと昼間に垣間見た幸せそうに寄り添う2人の姿が脳裏に浮かんだ。今もきっと寄り添って空を見上げているに違いない。

満天の星空を眺めながら2人だけの時間を過ごす……彼は案外ロマンチストなのかもしれないと結論付けた。




 ルーク卿の野外デートの計画を手伝っている間に自警団員を始めとした街の人達から気軽に話かけられる様になっていた。特にすることを決めていない休日だったのもあり、誘われるまま自警団の詰め所や何故か親方衆の会合にも顔を出していた。

会合は雑談が主だったけど、報告書等の公式文書の作成が苦手だと聞き、ついつい助力を申し出ていた。普段は町長さんにダメだしされながら作成するそうなのだが、ルーク卿が休暇でアジュガに滞在している間は留守にしていると聞いた。過去のわだかまりから町長がルーク卿に辛く当たるのを阻止するためにシュタールの総督が一肌脱いでくれているらしい。

「でも、ルーク卿が嫌われるなんて珍しいですね」

 やっかみはあっても彼の人となりを知れば知るほど嫌う人間は皆無と言っていい。かつての自分もそうだ。疑問を口にすると、ザムエルさんは声を潜めて町長の思い込みだと教えてくれた。

 疑問は残ったが、あまり掘り下げて聞いてはいけないような気がしてそれ以上はやめておいた。深くは気にせず、頼まれた仕事に集中することにした。

「それにしても、きれいな字だな」

 書類の書き方を教えたものの、親方衆の癖字がひどくて矯正を早々に諦め、結局自分が代筆を引き受けた。当の親方衆は仕事を丸投げすると皆どこかに行ってしまい、集会所に残ったのは自分とザムエルさんだけになっていた。

「今度、代わりに手紙を書いてくれないか?」

「そういうものこそご自身で書かれた方がお気持ちが伝わると思いますが?」

 そう答えつつも詳しく話を聞いてみると、ザムエルさんが頼みたかったのは恋文だった。恋愛経験ゼロの自分では到底無理な話だったので、丁重にお断りさせていただいた。

 難しい書類ではなかったのでほどなく作業は終了した。仕上がった書類をザムエルさんが預かってくれたので、一息入れようと「踊る牡鹿亭」に引き上げた。

「あら、ウォルフさんお帰りなさい」

 扉を開けるとカミラさんが笑顔で迎えてくれたので、久しぶりの書類仕事の疲れもこれだけで吹っ飛んだ。夕食にはまだ早い時間なので客の姿は無い。壁際の席に陣取ると、小腹を満たせるものを頼んだ。

「えー、お父さん達、仕事をウォルフさんに押し付けちゃったの?」

 手が空いていたらしいカミラさんは、夏野菜のキッシュとお茶を用意するとそのまま向かいの席に座り込んだ。今日は親方衆の会合に呼ばれていたのを知っていたらしく、どんな様子だったか聞かれ、書類の代筆をしたことをうっかりしゃべってしまった。

「お母さんに言いつけよう」

 ルーク卿の客である自分に仕事を押し付けたのがカミラさんには許せなかったらしく、拳を握って怒りを顕わにしていた。何だか頼もしい。さすが兄妹というべきか、この辺の正義感はルーク卿と似通っている。思わず口に出すと、「えー、似ているなんて初めて言われた」とちょっと照れていた。

 その照れ隠しからか、カミラさんはルーク卿の子供の頃の話を教えてくれた。昔から馬の扱いに長けていて、荷物の配達を手伝って小遣いを稼いでいたのだとか。ビレア家の隣に引退した竜騎士が越してきてからは、弟子入りすると言って毎日の様に入り浸っていたらしい。

 ルーク卿らしい思い出話の数々に時間が経つのもあっという間だった。気づけば夕食時を迎え、ルーク卿とオリガ嬢が来ていた。今日は「踊る牡鹿亭」で夕食を摂るらしい。

「カミラと何話していたんだ?」

「ルーク卿の武勇伝かな」

 2人の邪魔をするつもりはなかったのだけど、成り行きで夕食を一緒に取ることになった。

料理を注文し終えるとルーク卿は探る様に尋ねてきたが、自分の答えが意外だった様子で動きが止まる。

「え?」

「あら、私も聞きたかったわ」

 オリガ嬢が興味津々といった様子で話に加わる。

「やっぱりルーク卿は子供の頃から変わっていないみたいだ」

「カミラ、一体何を話したんだ?」

「おしえなーい」

 慌てるルーク卿を他所に、カミラさんは運んできた料理を置くと厨房へ戻っていった。その後もルーク卿はカミラさんに聞こうとしていたが、客が次々と来てそれどころではなくなっていた。

 何だかいいなぁ。家から勘当されている身としてはこうした何気ない兄妹間のやり取りも眩しく感じる。羨ましいと思いながらもこうしてこういった場に加わっている事が嬉しい。おこがましいけれど家族の一員になれたようなそんな気がした。



 アジュガでの休暇もあっという間に過ぎた。皇都への出立の朝には驚くほど沢山の人が見送りに来てくれた。

「ここを故郷だと思って、また遊びにおいで」

 ルーク卿のお母さんからはそう言ってもらって自分にも沢山のお土産を手渡してくれた。中にはカミラさんも手伝ったという焼き菓子もあって、大事に食べようと心に決めた。

「お世話になりました」

 町の人達にそう言って頭を下げ、シュテファン卿に手助けしてもらって飛竜の背に乗った。家族に挨拶を済ませたルーク卿も相棒の背に乗り、彼の号令で飛竜達が次々と飛び立つ。飛竜達は町の上空を一度旋回し、そしてたくさんの思い出を胸に皇都への帰路に就いた。


次話から本編に戻ります。

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