第6話
皇都に秋の風が吹く頃、大神殿でラウルとイリスの結婚式が行われた。参列したのはラウルの同僚である俺達とイリスと親しくしている大神殿の神官達やオリガ等北棟の侍女達。この日ばかりはラウルの両親もマルモアから駆け付け、イリスの親代わりとしてフォルビアのトビアス神官長も参列していた。
シュテファンに付き添われ、祭壇前に立つ竜騎士礼装のラウルの下へトビアス神官長に付き添われた女神官の礼装姿のイリスが静々と歩いていく。祭壇前に着くと互いの付添人から言葉をかけられ、この日夫婦となる2人ははにかみながら頷いていた。
「ダナシア様の末長いお恵みがあらんことを」
儀式を主宰する大神殿の神官長によりタランテラの群青と神殿の白を基調とした組紐が2人の手に巻き付けられていく。そしてそれが終わると誓いの口づけが交わされ、2人の婚姻が成立したことが宣言された。
「イリスさん、綺麗ね」
「そうだね」
婚礼の儀式を終えると、アイスラー家に場所を移して祝宴が開かれていた。主役の2人は真っ先に俺達に挨拶をしてくれた後、今はシュテファンやドミニク等と話をしている。その様子を眺めながらオリガは嘆息と共に呟いた。
今日の彼女は俺が贈った深い緑色のドレスを着ている。大人の雰囲気を醸し出す彼女は今日も見惚れるほど綺麗だ。けれども同時に申し訳ない気持ちがこみあげてくる。
「ルーク?」
察しのいいオリガが気づいたらしく、俺を見上げる。ごまかそうとしたが、手遅れだったらしく、右の頬をムギュッと摘ままれた。
「2人で話し合って出した結論でしょ?」
「そうだけど……」
結婚しているも同然の仲だが、籍を入れるのは互いの仕事に一区切りつけてからと2人で話し合って決めていた。それでもとやかく言ってくる者は後を絶たず、今回部下のラウルが先に結婚したことで、そう言ってくる輩が増えていた。
俺が甲斐性無しだとか言われる分には構わないが、オリガの方に問題があるなどと彼女が悪く言われるのは我慢ならない。2人で決めたこととはいえオリガに対する申し訳なさと自分自身へのいら立ちが募っていた。
「せっかくのお祝いの席なのだから……」
「うん……」
彼女の言うことは正しい。俺が少しでも何らかの屈託がある様子を見せてしまえば、それだけ噂好きの連中の格好の標的になってしまう。そんなつまらないことでおめでたい日を穢してしまうわけにはいかない。俺は内心のいらだちを打ち消そうと、手にしていた杯の中身を飲み干した。けれど、美味しいはずの高級ワインは心なしか苦く感じた。
婚礼後、ラウルとイリスは1か月間の蜜月に入った。当人達は夏の間に十分休んだからと固辞しようとしていたが、やはり新婚の2人には必要な時間だ。俺達だけでなく陛下や皇妃様の説得に折れる形で了承し、アイスラー邸で新婚生活を始めている。
一方、シュテファン隊を先にフォルビアへ帰して皇都に残った俺は、アスター卿の要請でアルノーとローラントと一緒に第1騎士団の見習いや新人竜騎士合わせて10名に騎竜術の指導をしていた。俺が教えるのは飛竜との接し方や装具の正しいつけ方に竜騎士の心構え等、基本的な事柄ばかりなので見習いや新人を対象とさせてもらったのだ。
期間は1月ほどしかないので無理強いはせずに希望者のみを募った。思いの外人数が集まったが、希望して集まっただけあって皆聞き分けがいい。加えて体が鈍るからと数日に一度はラウルが参加してくれるおかげで指導は順調に進んでいた。
「本当はもう一人参加させたかった見習いがいたのだが……」
予定の1ヶ月が過ぎ、最後の指導の様子を見学に来たデューク卿がため息を漏らす。彼が気にかけているのはレオナルト・ディ・ミムラス……ウォルフの実弟だ。将来有望らしいのだが、高い自尊心が邪魔をして他者の意見を聞き入れないところがあるらしい。デューク卿としてはこの機会に視野を広げてほしかったらしいのだが、予定があるとかで不参加となった。
「まあ、無理強いはできませんよ」
「今後に期待するしかないか……」
着場で俺達がそんな会話を交わしている間に、軍装を纏った若い竜騎士達が着場に駆け込んできて、自分の相棒に装具を装着して次々と飛び立っていく。フォルビアでも抜き打ちでたまに行われる本番さながらの訓練だ。
討伐期には係官が装具を整えてくれるのだが、それでも自分の命綱でもある装具を最低限の確認をするのは基本中の基本だ。非常時にはそれをいかに早く出来るかがカギになってくる。竜騎士なのだから装具を付けられて当然なのだが、それでもこうして急かされるとどうしても疎かになる部分が出てくる。その部分の確認だけでなく、こうして数をこなすことで体に覚え込ませ、本番での手違いをなくすと言うのがこの訓練の目的だった。
「ほう、みんな上達しているな」
「まだまだですよ」
デューク卿は感心した様子で若い竜騎士達が飛び立っていく様を眺めていたが、あともう一息と言ったところだ。その証拠に真っ先に飛び出していったアルノーに続いたのはローラントだった。それから少し間が開いて他の新人や見習いが続いていた。
「手厳しいな」
「これで満足していたらアスター卿に顔向けできません」
俺を鍛えてくれたのはアスター卿だ。彼が容赦なく鍛えてくれたおかげで今の俺がある。
さすがに同じようなことを押し付けるつもりはないが、それでも最低限の技術が向上できれば討伐時の危険を回避できる可能性が高くなる。
タランテラの竜騎士は著しく数を減らしていて、内乱終結から2年経った今でも内乱勃発前の水準に達していない。足りない数を補うためにはどうしても個々の技量も必要だった。
俺が担ってきたフォルビア騎士団の底上げもこの2年でほぼ満足できる水準まで引き上げられた。この冬を乗り切れば皇都への移動も可能になる。そうなると今度は第1騎士団の若手への指導を任されることになるのだろう。今回参加した新人や見習いがその時までのどれだけ技術を向上させているかが楽しみだ。
「うかうかしていったら私も追い抜かれているかもしれないな」
「どうでしょうね……可能性は無いとは言い切りませんが、第1騎士団第1大隊長をそうやすやすと追い抜けるとは思えないんですが?」
俺が呆れたように言い返すと、デューク卿は肩を竦める。
「君が関わるとそれが可能に思えるから怖いんだよ。だが、何にせよ、将来が楽しみなのは確かだ」
「そうだな」
空を見上げると、先程飛び出していった若い竜騎士達が戻ってくるのが見えた。特に指定したわけではなかったのだが、彼等は2つの隊に分かれ、自然とアルノーとローラントをそれぞれの先頭にした隊列を組んでいた。この訓練をここで最初にやった時には、1番手のアルノーが戻って来てもまだ飛び立てなかった者もいたのだから大きな進歩だ。
「全員帰還しました」
一同を代表してアルノーが報告する。それに合わせて今回の指導に参加した10名が相棒と共に整列して俺とデューク卿に敬礼する。
「今回の指導はこれで終わりだが、常に基本を忘れずに鍛錬に励んで欲しい」
俺がそう声をかけると全員から元気な返事が返ってきた。なんでもいい。彼等に何か一つでも得るものがそれで満足だった。
「短期間の訓練で良くここまで上達したと思う。討伐期に向けて一層の努力に励んで欲しい」
デューク卿に視線を向けると、彼は若い竜騎士達にそう言葉をかけてくれた。彼にお墨付きをもらえたのなら今回の訓練は大成功だったのかもしれない。俺は満足して彼等に訓練の終了を告げた。この後はもちろん、それぞれの相棒の世話が待っているけれど。
訓練の終了から2日後、フォルビア帰還の朝を迎えた。着場へ見送りに来たオリガと俺は出立前の抱擁を交わしていた。
「元気でね」
「うん。必ず帰ってくるから」
俺はそう言って彼女の額に口づけ、相棒の装具を確認してからその背に跨った。そしてわざわざ見送りに来てくれた訓練の参加者達にも黙礼を送ると、部下達に続いて相棒を飛び立たせた。
章の途中ですが、次は閑話を入れる予定




