表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
52/245

第2話

 重苦しい話題が終わると、今度は昨日まで行われていた夏至祭に話題が移る。

「それにしても雷光隊は大活躍だね」

 随分と酒杯を重ねているはずだが、アレス卿の顔色は未だに変わっていない。今はこちらに来てすっかりお気に入りになったと言うフロックス産のエールを呑んでいる。なんでも他の神殿騎士団員も気に入っていて、お土産をねだられているらしい。自分の領地の特産品を褒められ、ヒース卿も嬉しそうだ。

「俺にはもったいないくらいの部下達です」

 紛れもない俺の本心だった。ラウルもシュテファンも優秀なのだから俺の配下であることに固執しなくてもいいと思うのだけど。

「君の人徳だよ」

 本心をぼやくとアレス卿にそう返された。何だかアレス卿に認められたようで嬉しい。でも、陛下とアスター卿からのまた人員を増やす予定だという情報は欲しくなかった。

「それはそうと、ティムは雷光隊に入らないのかい?」

 急に話を振られ、酒肴として用意されていたあぶり肉を頬張っていたティムは慌ててその肉をゴクンと飲み込んだ。喉に詰まりそうになり、慌ててエールで流し込む。その様子を陛下もアレス卿も苦笑して眺めておられた。

「大丈夫か?」

「うん……」

 俺が酔い覚まし用に置いてあった水を手渡すと、一気に飲み干して一息ついた。そして「すみません」と返事を待ってもらっていたアレス卿に頭を下げた。

「俺は雷光隊に入れないんです」

「え? 何でだ?」

 ティムの答えが意外だったのか、アレス卿は驚いた様子で問い返す。そして返答に困ったティムが助けを求める様に俺を見るので、つられたアレス卿も俺の顔を見る。

「俺が教えられることはもうないからですよ」

 内乱が起こる前、女大公様のお屋敷にいた2年間と見習いになってからの2年間で俺が教えられることは全て習得し、単独でもエアリアルを乗りこなしてしまうほどだ。後は相棒のテンペストが成熟するのを待つばかりだ。

 その他の武術や政治的なことに関しても俺よりも優れた人は沢山いる。より優れた教師を得た方がティム自身の為になると考えた末の結論だった。今はヒース卿から直々に武術を習い、まつりごとも時折教えてもらっているらしい。何だか末恐ろしい。

「そうか。それなら聖域に来るか?」

「それは私が困る」

 アレス卿が勧誘すると陛下が苦笑して反対する。だが、ティムが優秀な竜騎士になることはまず間違いないだろう。

「自分では無理ですよ」

「じゃあ、もう何年かしたらまた勧誘してみようか」

 ティムはティムでアレス卿の勧誘を困った様子で断っていた。それでもアレス卿があっさり諦めないところを見ると半分以上は本気で勧誘していたらしい。

「本当に無理です」

 涙目になりながら必死になるティムの姿が何だか年相応で微笑ましく思ってしまったのは俺だけではなかった。



 夜も更けた頃に酒席はお開きとなった。ティムをともない、酔い覚ましがてら中庭を望む回廊から西棟へと向かった。ふと庭に目を向けると、青々と茂る灌木の陰から人の足らしきものが見えた。1年で最も日が長い時期だが既に日は沈んでいる。再度見直してみると、やはり人の足だ。寝ているのかもしれないが、芝も植えていない場所なので不自然だ。倒れているのではないかと心配になり、俺は確認するために渡り廊下の柵を乗り越えた。

「ル、ルーク兄さん!?」

 俺の行動に驚いたらしいティムが声をかけてきたが、構わず見えた足の主の元まで駆け寄った。そこにはくたびれた文官服をまとった若者が倒れていた。

「おい、大丈夫か?」

 見たところ外傷はないが、声をかけても起きる気配がない。再度体をゆすると、彼はようやく目を開けた。

「大丈夫か?」

「……あれ? ルーク卿?」

 目を瞬かせて俺の顔を見上げたのは、かつてゲオルグの側近でありながらフォルビア城解放に協力してくれたウォルフだった。出会いは最悪だったが、話をしてみると意外と合い、昨年ぐらいから友人として交流している。その縁もあり、毎年彼がゲオルグに送る差し入れを俺が運ぶようになっていた。

「どうしたんだ、こんなところで」

 彼が返事をする前に彼のお腹が盛大な音を立て、それで理由が明らかになった。

「食べてないのか?」

「まあ……その、ちょっと……」

 ウォルフは言葉を濁すが、彼の事だから仕事に夢中になりすぎて寝食を忘れていたのかもしれない。この時間だと主に文官が利用する南棟の食堂は閉まっているが、竜騎士が利用する西棟の食堂なら夜食を提供する時間にぎりぎり間に合うかもしれない。

「急げば間に合う。移動しよう」

「え? え?」

 戸惑うウォルフを急き立てて西棟に移動する。ティムにはオリガへ遅くなる旨の伝言を頼んで先に帰らせ、西棟の食堂へウォルフを連れて行った。急かしたおかげで食堂が閉められる前に滑り込むことができた。大したものは残っていないらしいが、それでもウォルフの腹が盛大になったのを聞いた料理長があり合わせで食事を用意してくれた。

 野菜のスープにチーズをのせた薄焼きのパン。あぶり肉は残念ながら無くなってしまっていたが、代わりに料理長は腸詰を出してくれた。それらの料理をウォルフはものすごい勢いで平らげていく。一体いつから食べていないんだ? 俺は陛下やアレス卿らに付き合って呑んだ後だったので、俺の分の料理も譲ると、彼は綺麗に平らげていた。

「兄さん、良い食いっぷりだねぇ」

 閉める間際に押しかけたにもかかわらず、ウォルフの食べっぷりを気に入った料理長は厨房の片付けが済むまでいていいと言って食後のお茶まで出してくれた。俺はそのお茶をありがたく受け取ると、ホッと一息ついた。

「で、そんなになるまで何やってたんだ?」

「えっと……古書の整理中に見つけた建国当初の書類に夢中になっちゃって……」

 思った通りだった。あまりにも古書庫に籠りすぎて上司に怒られ、まとめて休みを取るよう命じられているらしい。休みをとってもする事は無く、あの中庭で途方に暮れている間にそれまでの疲れと空腹で寝てしまっていたらしい。

「せめてあの書類を持ち出せたらな……」

「休みの意味がないだろう?」

「それはそうだけど……」

 趣味と言えるものもないらしく、ウォルフは頭を抱えている。なんでも夏季休暇と併せて1カ月は休みをとれと宣告されたのだとか。まあ、俺も休日を返上して仕事をすることがあるので他人の事をとやかく言うことはできないのだが。

「アジュガに来るか?」

 今年もオリガと共にアジュガで夏の休暇を過ごす予定となっている。いつもの様に護衛と称して部下の誰かがついてくるので、一人増えても問題ない。オリガも反対しないだろう。

「え、いや、しかし……」

「まあ、小さな町だからかえって退屈かもしれないが、気分転換にはなると思う」

「……ちょっと考えさせてくれ」

「ああ」

 俺も提案しただけで強制するつもりはない。よく考えてもらい、返事は数日のうちにもらう約束をした。

 厨房の片付けも終わる頃合いとなり、俺達は茶器を片付け、料理長に礼を言って席を立った。何だかウォルフは料理長に気に入られたらしく、南棟で食べ損ねた時には遠慮無くここへ来るように言われていた。



 ウォルフと別れ、馬を借りようと騎士団の厩舎に向かうと、コンラートが馬車で迎えに来ていた。オリガの護衛代わりに家に置いて出てきたのだが、ティムの伝言を聞いて入れ替わりに来てくれたらしい。

「陛下のお付き合いだから相当飲んでおられるだろうからとオリガさんが心配しておられました」

「酔うほどじゃないさ」

 確かに飲んだがほろ酔い程度だ。それにウォルフと話をしたことでもう冷めてしまっている。それでもオリガの好意なのだから大人しく馬車の座席に納まると、コンラートが扉を閉めて御者席に乗り、馬車を出した。

 西門から出て貴族の邸宅が並ぶ区画にある宿舎に向かう。俺達が最初に借りたあの瀟洒しょうしゃな邸宅だ。本当はもっと小ぢんまりとした家を借りたかったのだが、ここよりも規模の小さな家は買い手が付き、空いているのは大豪邸ともいえるお屋敷ばかりだったらしい。結局、この家が俺達専用みたいな扱いになってしまっていた。

 こちらに滞在中は相変わらずブランドル家から家令と侍女を派遣してくれていて、何不自由ない生活を送らせてもらっている。もう慣れたと言うよりかは諦めがついたと言った方が正しいかもしれないが。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 遅い時刻なのにもかかわらず、馬車から降りるとオリガが俺を出迎えてくれる。俺は彼女を抱きしめ、頬に口づけた。うやうやしく家の扉を開けてくれる家令のヨハンをねぎらうと、俺はオリガを伴って早々に部屋へ向かう。

「そういえば、ティムは?」

「ちょっと飲みすぎたから先に寝るですって」

 先に帰したはずのティムの姿が見えず、疑問を口にするとオリガがそう答える。平気そうな顔をしていたが、あれだけ呑めば無理もない。明日は二日酔いの薬が必要かもしれない。

 本当はオリガと酒席で雷光隊が褒められた事やウォルフをアジュガに誘った事など色々と話をしたかったが、彼女の顔を見たとたんに気が緩んだらしく眠気が来る。彼女が用意してくれたハーブ水を飲み干すと、正装を脱ぎ捨てて寝台に潜り込んだ。彼女は優しく上掛けをかけ、頬に口づけてくれた。

 今夜できなかった分、明日はいっぱい話をしよう。そう思いながら俺は深い眠りについていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ