第1話
第3章開始です。
内乱終結から2年後のお話です。
内乱終結から2年の月日が経っていた。昨年、礎の里で開かれた国主会議に参加された陛下は難なく外交をこなされ、各国との信頼関係をゆるぎないものとし、さらなる支援を得ていた。そのおかげでタランテラの国力も徐々に回復している。
秋にはアルメリア姫とユリウスの婚礼が行われ、アルメリア姫はマルモア総督にユリウスは第4騎士団団長に就任していた。グスタフの影響が残る難しい土地なので、文官も武官も経験豊富な人材で固めているらしい。おかげであまりやることが無いとユリウスは苦笑していたが、そんな彼等を纏めるだけでもすごい事だと思う。まあ、俺自身も出世して部下を持つ身になったから分かるようになったのだけど。
俺も大隊長に昇格して2年目となるわけだが、あれから更に部下が2人増えて総勢7名となった。いずれもラウルとシュテファンの下に付いたので、彼等を独立させた方が良いんじゃないかと進言したのだが聞き入れてもらえなかった。肝心のその2人が頑として独立を拒否したからだ。「一生ついていきます」などと男に言われても嬉しくなんだけどな。
2度目の冬を乗り越え、今年は例年よりも規模を縮小して夏至祭が行われた。飛竜レースでも武術試合でも審判役を仰せつかった俺は、着飾ったオリガの姿をゆっくりと眺める暇もなかった。非常に残念だ。それでも一昨日行われた飛竜レースではアルノーが2位帰着を果たし、昨日の武術試合ではラウルが入賞して嬉しかったのは確かだ。
双方での入賞者を祝福する夜会から一夜明け、俺は夕刻になって本宮に上がった。先ずは相棒の様子を見に行くと、ちょうどティムがエアリアルにブラシをかけてくれていた。
「あ、ルーク兄さん」
出会った頃は身長が俺の肩までしかなかったティムも、成人した今では俺と変わらないまでに成長していた。それでも俺の姿を見て駆け寄ってくる姿は今でも変わらない。
「エアリアルの世話をありがとう」
「まあ、ついでですから」
ティムの視線の先には来客用の室の中で優雅にくつろぐ黒い飛竜の姿があった。その飛竜の名はパラクインス。皇妃様の御養母アリシア様の相棒でこの大陸でもっとも有名な番の片割れだ。ティムの事をすっかり気に入ってしまったこの飛竜は、彼にブラシをかけてもらうためだけに毎年この時期に通ってきていた。ちょうど夕方のお世話が終わり、上層の竜舎に来たついでにエアリアルの世話をしてくれたのだろう。
「これから鍛錬ですか?」
エアリアルを構う俺に道具を片付けたティムが聞いてくる。高い目標を掲げる彼は己が強くなることに対して貪欲だ。機会があればいつでも付き合ってくれるのだが、がんばりすぎるきらいもある。
「この後陛下に呼ばれている。暇なら付き合うか?」
「いえ、遠慮しておきます」
陛下に呼ばれて集まるのは俺の他にアスター卿とヒース卿とリーガス卿、そしてパラクインスに付き合ってはるばるこの国まで来たアレス卿だった。堅苦しい会議ではなく、その実態は意見交換やら慰労やら諸々の理由付けをした酒盛りだった。それを熟知しているティムは全力で拒否し、慌てて逃げようとしたところを俺はがっちりと肩を掴んで捕えた。
「まあ、そう言わずに付き合え」
「……はい」
ひとしきり構ってやったのでエアリアルも十分満足した様子で寝藁に丸くなる。その様子を見届けた俺はティムを連れて竜舎を後にする。昨日も今日もエアリアルと出かけていないので、明日はたとえ少しでも一緒に飛ぼうと心に決めた。
「遅くなりました」
「気にしなくていい。まあ、座りなさい」
指定された南棟の客間に赴くと、既に他の方々は揃っていた。神妙に頭を下げると、陛下は気にされた様子もなく俺達に席を勧めて下さる。
「ティムもよく来てくれた」
「竜舎で捕まえました」
恐縮した様子で俺の隣に座るティムの肩を叩く。その様子をみて笑みを浮かべながら陛下は手ずから酒杯を用意して下さる。テーブルにはワインもエールも数種の銘柄が取り揃えられ、中には地方のごく一部の村でしか作っていない貴重な地酒もあった。
「本当にいつも申し訳ないと思っているよ」
ティムがパラクインスの欲求を満たすため、朝と晩に欠かさずお世話をしていることを知っているアレス卿は苦笑しながらティムの杯にエールを注ぐ。2年前の秋の即位式の折にもティムにブラシをかけてほしいが為にはるばるこの北の国までやってきた彼女を、俺とティムは心ゆくまでもてなしてやった。どうやらそれで味を占めてしまったらしい。昨年も陛下が国主会議に出立される前に突然現れて俺達を驚かせた。
「お前と言い、ティムと言い、あれは本当に天賦の才と言えるな」
陛下の言葉に他の方々も深く頷いている。俺もティムも普通に接しているつもりなのだが、飛竜達には特別に感じるらしい。よくコツは何かと聞かれるのだが、これと言って変わったことをしているつもりはなかった。
そんな会話を交わしている間にティムの杯は空になっており、今度はリーガス卿がエールを注いでいた。昨年もこの顔ぶれでの酒盛りに付き合わせたことがあるため、ティムが案外強いのを皆知っている。まあ、無理に連れて来た責任もあるので、ほどほどで助けるつもりではいるけど。
「テンペストに会ったが、なかなかいい飛竜に育ってきているな、ティム」
アレス卿がティムの杯に再びエールを注ぐ。こう続けざまで大丈夫かと思ったが、ティムはこちらの心配をよそに平気な顔して吞んでいる。ちなみにテンペストはティムの相棒の名前だ。皇都に来られる前にロベリアに立ち寄られて会って来たらしい。
「ありがとうございます」
「もう自力で飛ぶのだろう?」
「そうです。外に放すと連れ戻すのが大変で……」
テンペストはまだ2歳半。人を乗せて飛ぶようになるのは早くてもこの秋からだ。翼を鍛えるために野外に放すのだが、やんちゃな飛竜は飛ぶのが楽しいらしく時には見張りの竜騎士を振り切って逃げてしまうこともあるらしい。
「元気な証拠だろう。グランシアードも成熟する前にはよくあった」
「そうなんですか?」
陛下のお話に恐縮していたティムはホッと胸をなでおろす。俺はエアリアルが成熟した後に出会っているからよくわからないが、陛下やアスター卿の話では幼竜の脱走は珍しい事ではないらしい。もう少ししたら落ち着くだろうと言われていた。
その後もしばらく他愛もない会話が続いたが、おもむろにアレス卿が懐から何かの書付を取り出してテーブルに置いた。
「カルネイロの残党のリストだ。北に向かっていると情報があった」
「タルカナではなく?」
「タランテラにベルクの遺物が隠されていると信じているらしい」
大陸全土に名を馳せたカルネイロ商会だったが、陰で禁止薬物の取引をするなど違法行為を繰り返し行われてきた。特にタランテラではグスタフと結託して内乱を起こし、国そのものを乗っ取ろうと画策していた。
それまでの目に余る行動から各国が結託し、商会の延いては影の会頭だった老ベルクの野望を阻んだ。老ベルクとその後継者と目されていたその甥のベルクも無人のダムート島へ送られ、過酷の環境下に耐えられずその年のうちに相次いで他界していた。そしてカルネイロ商会の主だった幹部は全て捕縛され、その財産は全て没収となった。
「本家筋にまだ生き残りがいたのか……」
老ベルクは神官でありながら商会を乗っ取るために、味方となった甥のベルク以外はほとんど粛清していた。だが、そのリストの中にカルネイロを名乗る人物が混ざっていた。
「本来の会頭だった老ベルクの兄の曾孫に当たります。幼かったので命までは奪われずに済んだようです。商会とは距離を置いていたようですが、今回は残党の旗印に祀り上げられています」
アレス卿がそう捕捉する。何はともあれ、招かれざる客がこの国を訪れようとしているらしい。全く、迷惑な話だ。
「その遺物に心当たりはありますか?」
アレス卿の問いに陛下も俺達も考え込む。真っ先に思い浮かんだのは例の薬草園だ。禁止薬物を育てるためにワールウェイド領に多額の経費を投入して作られたものだ。現在は聖域から賢者ペドロの弟子を招き、健全な薬草が育てられている。
次に思いつくのはマルモアだ。グスタフの孫ゲオルグが名ばかりの総督を勤めていた場所だ。薬草園で作られた禁止薬物はこの港町に運び込まれ、商会の本部があるタルカナへ船で送られていた。未だにグスタフの影響が色濃く残る場所でもあるので、何かしら残っている可能性はある。ただ、大々的な捜索は幾度も行われているので、確率はかなり低い。
後はフォルビアだろうか。ベルクは一度捕えたラグラスの逃亡を手助けし、その後は内乱を長引かせるために援助もしていた。尤も、お宝を託されていてもあの男は金に換えていただろう。何しろあいつが立てこもっていた砦は食べるのも困難な状況だった。
「今のところ、遺物そのものに心当たりはない。彼等の思い込みということも考えられる」
陛下が絞り出した結論に俺達も同意する。
「その遺物が何かわかればなぁ……対策も楽なのだが」
内乱時には完ぺきな包囲網を作成したヒース卿でも今回はお手上げらしい。
「物じゃないのかな?」
俺達の会話を大人しく聞いていたティムが口を挟む。それも一理あるが、物でなかったら一体何だろう。
「何にせよ、警戒は必要だ。特にロベリアとフォルビアは注意してくれ」
「分かりました」
陛下の言葉に俺達は神妙に頷いた。カルネイロの残党に関する話はこれまでとなり、その後はアレス卿が礎の里の様子などを教えてくれた。どこにも欲深い者はいるようで、相変わらずベルクになり替わろうとするものが後を絶たないらしい。当代様が非常に苦慮しておられるのだとか。
後は大陸の南、エルニアの後継争いが激化し、ホリィ内海の対岸となるヴェネサスも内乱状態が続いているらしい。タランテラは落ち着いたが、今度は大陸の南で雲行きが怪しくなっている。こちらも当代様が解決に苦慮しておられるらしい。
当代様と直にお会いしたことはないが、それでも大陸の安寧に尽力されるお姿には好感が持てる。速く大陸全土に平和が訪れるといいのだけど。そうすれば俺達竜騎士も妖魔討伐に専念できるのにと強く思った。
酒席でも重要な意見交換をするエドワルド達。将来、ティムが国の重要な地位に就くことを見越して、世界情勢を教えておこうと言う考えがあっての事。ちなみにもっと重要な案件はちゃんと素面で済ませています。




