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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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閑話 アルノー2

 即位式から数日後、父さんと僕は再び呼び出されていた。指定された正装姿で向かった先は第1騎士団総団長を勤めるアスター卿の執務室。実用一点張りで意外にも先日入ったデューク卿の執務室よりも質素な印象を受けた。

「呼び出しておいて申し訳ないがもう少し待っていてくれ」

 お忙しいらしく、アスター卿は机の上に山の様に積まれた書類と格闘中だった。ソファーに座って待つように言われ、恐々と座っていると執務室には続々と人が集まってくる。デューク卿とヒース卿は先日も同席したので前回ほど緊張しなかった。

「お、揃っているな」

 しかし、陛下が姿を現すと、僕は条件反射で立ち上がって直立不動になる。父さんに至っては凍り付いたようにピクリとも動かなくなった。

「まあ、座りなさい」

 陛下はそう仰ると僕の肩をポンとたたいて座る様に促された。ティム卿から聞いていた通り、随分と気さくな方の様だ。父さんにも楽にするようにお声をかけられてから一番奥の席に座られた。少し遅れて書類との格闘を終えたらしいアスター卿も席に着かれ、これで全員揃ったらしい。

「2人には詳しく事情を話すと言いながら間が空いてしまって申し訳なかった」

 まずはそう言ってアスター卿が頭を下げられる。まさか高位の方が僕達に頭を下げられると思わず衝撃を受ける。「いえ、そんな、その……」と狼狽える父さんにデューク卿が落ち着くように宥めていた。

「聞き及んでいると思うが、ドムス家当主、夫人、および嫡男はそれぞれが問題を起こして現在は謹慎させている。関係者からも話を聞き、議論を重ねた結果、敬称を剥奪することが決まった」

 アスター卿の話では若様は先日の試合の発端となった騒ぎを起こしただけでなく、謹慎中にもかかわらず即位式当日に屋敷を抜け出そうとして警戒していた兵士に捕えられていた。警備を装って会場に入り込み、本当にルーク卿へ何かしらのちょっかいを出すつもりだったらしい。

 皇妃様の印象を悪くする事実無根の噂を流した奥様は不敬罪に相当する。更に僕だけでなく侍女や使用人にも八つ当たりして怪我を負わせていた。そして旦那様は若様の謹慎を解こうと賄賂を贈ろうとしたことに加え、家長として身内の暴走を抑えられなかった責任を負うことになる。

 敬称剥奪ということは貴族としての地位を失うことになる。つまりドムス家は取り潰しになってしまうのだろう。

「やはり、取り潰しになるのでしょうか?」

 父さんも同じことを思ったらしく、恐る恐ると言った様子で疑問を口にしていた。

「それも考えたが、そうすると管理する人手が足りない」

 内乱後に取り潰しとなった貴族が多くあり、彼等の持っていた土地は現在国の管理下にあるらしい。竜騎士同様文官も人手不足でそう言った土地を管理するのも大変なのだと陛下は苦笑交じりに教えて下さった。

「3か月前からドムス家の内情を調査させてもらっていた。これが無駄に終わればいいと思っていたが、今回の事で活用せざるを得なくなった」

 そう前置きをしたのちに、陛下は僕達親子を真っすぐに見据えて宣言された。

「ヘンリック・ディ・ドムス、そなたをドムス家領主に任ずる」

 その宣言に名前を呼ばれた父さんは固まった。えっと、父さんが領主?

「ドムス領はそなたのおかげで経営が成り立っていると聞いた。勝手が分からない者が一から運営するよりも余程効率的だし、我々も人材を探し出す手間が省ける。やってくれないか?」

「ですが……」

 父さんが何か反論しようとするが、それよりも前に「一々予算の使い道についてお伺いを立てなくても済むようになるぞ」と言われ、考え込んでしまった。

 領地の運営は父さんに任せきりで旦那様も奥様も地方にあるドムス領に来ることはほとんどない。それでいて具体的な案を示さないまま領内を発展させるよう強要し、父さんが具体的な計画を立てて予算を立てると、そんな金は無いと却下されることが繰り返し行われてきた。

 現在、昔からドムス領で作られてきた毛織物の改良を試みている。資金を渋られたので、父さんは私財を投じて研究を続けていた。そのことが脳裏をよぎっているのかもしれない。

 領主就任は陛下を始めとした上層部の決定事項なのだと悟り、父さんは腹をくくったらしく「謹んでお受けいたします」と言って陛下に頭を下げた。結局やることは今までと大して変わらない上に旦那様に気を遣わずに済む分楽になると思ったのかもしれない。

「急な叙勲で驚いたかもしれないが、アルノーはフォルビアへの移動が決まった」

「理由をお伺いしてもいいですか?」

 正直に言ってまだ急に叙勲された理由が分からない。この数日のうちに同僚から羨ましがられたりやっかまれたりしながら詳細を聞かれたが、僕にも分からないから答えようがなかった。

「急に嫡男となった君の身の安全の確保と君が持っている資質を更に伸ばすのが目的だ」

 アスター卿の話では表面上は穏やかだけど、下位の貴族間の権力争いは熾烈を極めているらしい。その争いに巻き込まれないようにするため、一時的にでも皇都から離れた方が良いと判断されたのだとか。本当は見習いのままでも配置転換はできるが、叙勲させてから送り出したいと言うデューク卿の希望で僕の昇進は決まったらしい。

「既に務めを果たせるだけの力は持っている。フォルビアで鍛錬を積めば自信もついてくるだろう」

 デューク卿がそう言われると、アスター卿もヒース卿も同意して頷いておられた。雲の上のような存在の方々に認めていただいて誇らしい気分になった。



 その後は大会議室へ移動することになった。即位式に参加した貴族を集め、臨時の会議が開かれることになっていた。この場でドムス家の処分が発表されるのだが、当事者である僕達には心づもりが必要だろうからと事前に伝えてくれたらしい。

重厚な雰囲気の大会議室の正面には陛下と皇妃様、そして5大公家の席があり、その他の貴族は地域ごとに分かれて座るのが慣例となっている。僕達も係に案内されて西方地域に区分されるドムス家の席に着いた。最後だったので目立ってしまい、ちょっと恥ずかしかった。

「何でお前達がここに!?」

 少し離れた席に旦那様と奥様、そして若様が座っていた。僕達に気付き、我を忘れたように掴みかかろうとして傍らに立っていた警護の兵士に取り押さえられる。そして騒ぎを起こすなら即刻退場させると告げられ、渋々といった様子で引き下がった。

 それからほどなくして陛下と皇妃様、そして5大公家の方々が姿を現す。皇妃様は陛下の隣に座られ、フォルビア公の席には総督を勤めておられるヒース卿が座られた。アスター卿はワールウェイド公の肩書も持っておられるが、席には奥方であるマリーリア卿が座り、第1騎士団長として陛下の傍らに立っておられた。

「これより会議を始める」

 進行役となるグラナト補佐官の宣言で会議は始まった。先ずは討伐期の備えの確認や人事の移動が報告され、概ね大きな混乱はなく承認された。

「最後に皆に報告がある」

 陛下はそう仰ると旦那様達を御前に連れてくるよう兵士に命じた。作法にのっとり3人が跪くと、グラナト補佐官が進み出て3人の名前と罪状を読み上げていく。

「お、お許しを……そ、そんなつもりは……」

 今更ながらに事の重大さに気付いたらしく、奥様は真青になってガタガタと震えていた。けれどもそれで許されるはずもなく、陛下は鋭い視線を向けられる。

「そなたは自分や家族の誹謗中傷を故意に広めた相手をすぐに許せるか?」

 口調は静かで丁寧だが、明らかに怒りを含んでいる。その威圧に跪いている3人だけでなくこの場に居合わせた他の貴族達も震えあがっている。

「陛下……」

 そこへ隣に座っておられた皇妃様がそっと陛下にお声をかけられる。それで一旦怒りを収め、グラナト補佐官に先に進めるよううながした。

「敬称剥奪の上、ドムス夫妻は北部バール地方への流刑とする。また、嫡男は騎士資格を返上し、第4騎士団への移動を命ずる」

 極刑を言い渡されない分まだ良かったのかもしれないけれど、流刑と言うことは自分達で身の回りの事もしなければならない。旦那様はともかく皇都から出たことがない奥様にはかなり厳しい刑罰かもしれない。一方の若様は見習いからのやり直しとなる。現在、第4騎士団には鉄腕のアイスラーが配属されている。身分の上下を気にしない人なので、若様を性根から叩き直してくれそうだ。

「新たにドムス家当主にはヘンリック・ディ・ドムスを据える。領内、延いてはこの国の発展に寄与せよ」

かしこまりました」

 陛下のお言葉に父さんは立ち上がると恭しく頭を下げた。この発表に場内はどよめき、一番驚いたらしい旦那様達は怒りに任せて僕達に詰め寄ろうとしたが、その前に兵士達に取り押さえられていた。

「己の血筋を誇るのは構わない。だが、それだけで他者を判断し、その努力を蔑ろにすることは許さない。今後の私の治世では個人の能力を評価し、取り立てていくことになる。他者を羨み、貶める策を練る暇があるなら、己の能力を上げる努力をせよ」

 陛下は最後にそう仰って臨時の議会は終結した。元の旦那様方が兵士によって連れ出され、そして陛下や5大公家の方々が退出されると、周囲にいた西方地域の方々から言祝いていただいた。元々城代のような仕事を任されていた父さんとは知り合いで、そして父さんの努力を知っている方々ばかりだ。ありがたいことに裕福な貴族からは支援の約束も頂いた。今までの父さんの努力が結実した瞬間だった。



 臨時の議会から更に2日後の夕方、僕はコンラート卿と共に再びアスター卿の執務室に呼び出されていた。ヒース卿は既に帰還されているのにコンラート卿が残っている事に驚いたが、彼によると配属がちょっと変わったかららしい。よくわからないけど。

 相変わらず忙しいらしく、アスター卿は今日も書類と格闘していた。もう少し待つように言われ、コンラート卿と共にソファーに座った。ちょっと落ち着かないけど。

「ルーク・ディ・ビレアです。ただいま戻りました」

 しばらくして執務室に入ってきたのは雷光隊とオリガ嬢、そしてティム卿だった。慌てて立ち上がった僕達に少し驚いていたが、すぐに平常心を取り戻してアスター卿に帰還の挨拶をする。姿が見えないと思っていたら、身内の慶事で故郷へ帰っていたらしい。

「着くそうそう来てもらって済まない」

 アスター卿はそう言って一同を迎え、とりあえず席に座るよう促した。

「彼をお前に預けることになった」

 アスター卿はそう端的に話を切り出した。そしてこれまでの経緯を話し、僕とコンラート卿が雷光隊に加わることになったと説明した。フォルビアに移動と聞いていたけど、まさか雷光隊に加わるとは思ってもいなかったので僕も驚いた。

「というわけで、ルーク、今日から大隊長だ」

「え?」

 アスター卿はそう言ってルーク卿の前に大隊長の記章を差し出した。彼が呆然自失している間にラウル卿とシュテファン卿には小隊長の記章が手渡されていた。そしてコンラート卿はシュテファン卿、僕はラウル卿の下に着くことがその場で決まった。

「む、無理ですよ……」

「決定事項だ。観念しろ」

 我に返ったルーク卿は反論したけど異論を認められず、彼は大隊長の記章を前にがっくりと肩を落としていた。それにしても昇進をこんなにも嫌がる人、初めて見た。



 翌々日の早朝、「フォルビアに帰還する」というルーク卿の号令の下、僕達は本宮を出立した。霧雨が降り、肌寒く感じるけれど、新天地に向かう僕の心は晴れやかだった。この数日でようやく若様のお守りから解放された実感が湧き、自分の事に時間を費やせるようになったからだ。

 新しい配属先についていけるかまだ不安はあるけれども、それ以上の喜びが今の僕にはあった。もっと強くなって誰にも認めてもらえるような竜騎士になる。新たな目標を得た僕は先を行く先輩の背中を必死になって追いかけた。

これにて「第2章 オリガの物語」完結。

キリがいいので、すみませんが少しお休みさせていただきます。

「第3章 2人の物語」は4月3日0時より更新する予定です。

再開しましたらまたお付き合い頂けたら幸いです。


どうでもいい捕捉

ちなみにアルノーのお母さんは領内で機織りの職人をしている。

飛竜での高速の移動となるために今回は領内でお留守番となった。


ティムの叔母は叔父が恩赦で帰宅すると同時に離婚。末の息子を連れて家を出る。

ちなみに娘2人と義父母は全くの反省なし。

叔父1人が苦労することに。




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