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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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閑話 アルノー1

「そなたが付いていながら!」

 若様とルーク卿の試合……というか、喧嘩を吹っかけた若様が手痛い返り討ちにあってから数日後、僕はドムス本家のお屋敷に呼び出されていた。どうやらその一件が奥様の耳に入り、従者である僕の責任ということで一方的になじられ……叱責されている。

 元はといえば、3か月ほど前、セシーリア様主宰のお茶会の席で奥様が発せられた不用意な言葉が発端となっている。その場でオリガ嬢にたしなめられたことに腹を立て、近く皇妃となられるお方の印象を悪く取られる噂を故意に流された。

 もちろんそれが偽りであることはすぐに露見し、不敬罪に取られてもおかしくないと悟った旦那様は奥様に謹慎を命じられていた。現在ドムス家は親しい人からも距離を置かれる様になり、屋敷の中に活気はない。儘ならない事態に苛立った奥様は若様に出世をして見返すよう強く望まれ、それによって通常では考えられない方向にやる気を出された若様はあの事件を引き起こされた。

 こうして僕だけが呼びつけられてなじられていることからも、奥様の中では事件を起こした若様よりもそれを止めることができなかった僕が悪者になっている。反論は許されない。僕は項垂れて耳に痛いくらいのキンキン声でまくしたてる奥様の叱責に耐えるしかなかった。

「この役立たずが!」

 つらつらとこれまでの事を思い出しながら耐えていると、怒りが最高潮に達した奥様が何かを僕に投げつけて来た。額に鈍い痛みを感じた後、床に何かが落ちて割れた。

 あーもったいない。サントリナ領産の最高級の茶器じゃないか。お茶が残っていたのか、生温かいものが額から流れてポタリと落ちる。あれ? なんか赤い。

「きゃぁぁぁっ! ち、血ぃー」

 奥様はそう叫んで失神してしまわれた。えっと、怪我したのは僕なんですけど……。



 その後、失神した奥様は寝室へ運ばれ、僕は額の怪我の応急処置を済ませると、謹慎中の若様ご様子を伺いに向かった。こちらは何故だかものすごくにぎやかだ。使用人の話だと若様の友達が遊びに来ているらしい。若様は謹慎中のはずなんですけれど……。

「えー? 若様は平民の味方ばかりする上司への抗議行動としてお屋敷に籠っておられると伺っていますが……」

 何だか話が随分と違う。きっと奥様には謹慎させられていると言えずに適当な嘘をついたのだろうと察した。外からの情報を得られない奥様はそれを信じ、それで僕が叱責されたのか。理由は分かったが納得はできない。

「絶対思い知らせてやろうぜ」

「具体的にどうするよ」

「何でもいい。アイツに恥をかかせて二度とでかい顔が出来ないようにしてやろうぜ」

 若様の部屋の前に来ると、使用人が言っていた通り友人が来ているらしく、そんな会話が聞こえてくる。まだ昼間なのに既にお酒が入っているらしく、自然と気も声も大きくなっているようで部屋の外でもその内容がよく聞こえる。

 それにしても、先日あれだけ痛い目にあったのに全然反省していない。聞こえてくる声から判断集まった友人方も皆、あの試合でルーク卿に一撃で負けていた方々だ。悔しい気持ちは分かりますが、それは逆恨みというものです、皆様。

 部屋の中に入るべきか迷っている間に若様達はルーク卿をいかにおとしめるか議論を白熱させている。舞踏が苦手だと言われているルーク卿を踊っている最中に足を引っかけるとか、踊ろうとしない時にはオリガ嬢を自分達が誘って恥をかかせてやろうとか考えることが全部稚拙だ。国の威信がかかった即位式で騒ぎを起こすって、一番やっちゃいけないことでしょう? そもそも若様はまだ謹慎を解かれていないのですから出席出来るはずがないんですけど……。

 結局、外で話を聞いていただけで若様を窘める気力が失せてしまった。屋敷を切り盛りしている家令に若様は謹慎中であることを一応伝えておき、僕は自分の宿舎がある本宮西棟に戻った。

「アルノー!」

 宿舎の自室へ向かっていると、先日の試合で顔見知りになったティム卿とコンラート卿に呼び止められた。2人は少し慌てた様子で駆け寄ってくる。

「その怪我、どうしたんだ?」

「あ……これは……」

 若様の無謀な策略を立ち聞きしてすっかり忘れていた。どうりで頭が重く感じるはずだ。

「ちょっとした事故です。大丈夫」

「全然大丈夫じゃない」

 大した怪我じゃないから問題ないと思っていたけど、ティム卿にはそう見えなかったらしい。問答無用で医務室へ連れていかれ、医者に事情を聞かれる。大事にしたくなかったのでごまかそうとしたけど、古参の医師が相手では無理だった。結局、ドムス家であったことを全て話していた。

「ほう……ドムス夫人がのう……。それにしてもあの坊主は反省が足りんのう」

 医師は意味深に呟きながら丁寧に治療を施してくれる。その様子を最初は心配そうに見守ってくれていたティム卿の眉間にはいつの間にかしわが寄っていた。

「少し休んでから戻りなさい」

 医師が処方してくれた痛み止めの薬を飲むと、寝台に横になるよう勧められた。断れるはずもなく、大人しく横になる。痛み止めには眠り薬も入っているのが常識で、僕はいつの間にか寝入っていた。



 医師に言い渡されていた安静期間を終えると、即位式の日を迎えていた。まだ見習いの僕はこれといった仕事を割り振られていない。飛竜の世話をしておこうと自室を出たところでデューク卿に呼ばれていると先輩竜騎士に言われて慌てて上司の執務室へ向かった。

「失礼します……え? 父さん?」

 デューク卿の執務室には何故かドムス家の領地にいるはずの父さんがいて、驚きのあまり固まってしまう。

「詳しい話は後だ。アルノー、こちらへ」

 デューク卿にそう声をかけられて我に返り、上司の元へ向かう。今更ながらに気付いたが、部屋には他にアスター卿とヒース卿、そして高位の侍官らしい人もいてまた固まる。

「アルノーしっかりしなさい」

「う、うん……」

 父さんに声をかけられて僕はギクシャクとした動きで前に進み出た。何か失態を犯しただろうか? アスター卿もヒース卿もこの国を代表する竜騎士で要職を務めている。これだけの方々が揃う中で僕に一体何を宣告されるのだろうか?

「アルノー・ディ・ドムス、本日付で竜騎士に叙する」

 緊張の最中、アスター卿が告げた内容が俄かに信じられなかった。そもそも同じドムス家でも末端である僕には敬称は許されていない。指摘しようかどうしようかぐるぐると考え込んでいる間に、デューク卿が真新まっさらな装具を俺の前に差し出した。

「えっと……」

「戸惑うのは仕方ない。だが、たった今君は見習いから竜騎士に昇格した。そして、本日行われる即位式にドムス家当主の名代として父親と共に参加することが決まった」

「は……はい……」

 仰っていることがまだ十分に理解できないまま、僕は震える手でその装具を受け取った。

「今は時間がないから詳しい事情はまた後程話す。サイラス、済まないが後は頼む」

 アスター卿がそう仰ると、控えていた侍官が父さんと僕に退出を促した。導かれるままついた先は本宮南棟にある客室。豪華な部屋に戸惑いながらも交代で湯を使い、用意してあった礼装に袖を通した。

 着替えながら父さんから聞いた話では、若様の謹慎を解いてもらおうと旦那様は奔走されていた。しかし、即位式に間に合わせようと焦るあまり、賄賂を贈ろうとして捕まってしまったらしい。……それ、一番やっちゃいけない奴じゃないか。僕は思わず頭を抱えた。

 奥様も若様も自宅謹慎中で国の威信をかけた行事にドムス家からは誰も出席できなくなってしまった。そこで一昨日の夜、国からドムス領に使いが来て、父さんが名代として即位式に出席するように言われ、着の身着のまま本宮に連れて来られたらしい。

「いやー、飛竜だとドムス領から半日もかからないなんてすごいな」

 父さんはそう言って無邪気に感心している。けれどもドムス領はワールウェイド領の更に西にあり、あそこから半日で皇都まで飛べる人はそう多くない。誰が来てくれたのか聞いてみると、雷光隊のラウル卿とシュテファン卿だった。さすが、というべきかもしれない。

 着替えが終わり、ほどなくして即位式の会場となる大広間へ移動となった。着なれない礼装に足を踏み入れたこともない本宮の中枢に入り込み、緊張で足が震えていた。それでも煌びやかな空間の中で行われた儀式に立ち会い、その後の華やかな舞踏会にも参加できて夢見心地の時間が過ぎて行った。

 ちなみに若様方が舞踏が苦手だと言っていたルーク卿はオリガ嬢と完ぺきな舞踏を披露していた。やはり出来る人は何でもこなせるんだなと感心した。

思った以上に長くなったので分けます。

ちなみこの時アルノー君は成人したばかりの16歳。

コンラート君は17歳の設定。

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