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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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閑話 ティム2

 練武場には既に多くの見物人が集まっていたが、コンラート卿は新人や見習いが集まる一角に場所を確保してくれていた。鍛錬の一環として行われる試合なので、見るのも勉強ということでそう言った場所を用意してくれているらしい。但し、後片付けには参加しなければならないのだが、ルーク兄さんが試合している姿が見られるのならそれは全く問題がなかった。

 既にルーク兄さんは練武場の隅で体を動かしている。相変わらず無駄のない動きだ。一方、国の重鎮方が集まる華やかな一角に姉さんの姿があった。上品な服装をしてしおらしく座っている姿を見ていると、どこかのお貴族様の御令嬢と見間違えそうだ。ルーク兄さんの物らしい上着を握りしめ、熱い視線を送る姿は恋する乙女そのものだ。

「はっはっは。お前を叩きのめして実力差を思い知らせてくれる!」

 そこへ完全装備をした男が姿を現した。一方のルーク兄さんは普段着に試合用の長剣のみといった軽装。笑えるくらいに両極端な装備だが、俺にはもう結果が目に見えていた。

「ああ、ルーク兄さん相当怒っているな」

 普段の温和な様子からは想像ができないほどの怒りの感情を感じる。まあ、最愛の姉さんにくだらない理由でちょっかいを出したのだ。怒って当然だろう。

 一方、俺の呟きは周囲に聞こえていたらしい。「えっ?」という声と共に周囲から視線を感じた。

「君が、あのティム・バウワー?」

 声をかけてきたのは隣に座っていた少年だった。年も身分もどうやら俺と同じくらいだろうと推測できる。

「あの、が何を指すか分からないけど、確かに俺の名はティム・バウワーだよ」

 そう答えると相手は目を瞬かせたのち、「若様が申し訳ありませんでした」と頭を下げてきた。謝られる理由が分からない。しかし、今は試合を見るのが先決だ。俺は詳しい事はあとで聞かせてほしいとだけ答えて練武場の方へ意識を向けた。

 試合は思った通りルーク兄さんの圧勝だった。攻撃をかわし続け、相手が疲れてきたところを投げ飛ばしていた。それにしても自棄になって持っていた長剣を投げつけるのはどうかと思う。しかも通常こういった試合では使わない真剣をだ。

 周囲には武術の心得のない人もいるのだし、ルーク兄さんがとっさに叩き落していなければけが人も出ていただろう。投げつけた当の本人はその剣を目の前の地面に突きさされただけで逃げ出していたが、ラウル卿とシュテファン卿にすぐさま取り押さえられていた。

 それで終わりかと思ったが、ルーク兄さんは見物している竜騎士達を煽って挑戦者を募った。案の定我先にと何人も名乗りを上げたが、そのうちの一人が他の希望者を押しのけて進み出る。あ、これはいちじるしくルーク兄さんの機嫌を損ねたな。一撃で勝負がついたが、相手は負けを認めようともせずにまたもや斬りかかったけれど、胴を払われ、その痛みに地面を転げまわっていた。

 その後、10人ほどが挑んだが、全員が地面でうめいている結果となる。大半の者が予想していなかった結果に会場は騒然となっている。

「ルーク卿って……強かったんだ……」

 先ほど、俺にいきなり謝って来た少年も呆然として呟き、周囲からもそれに同意する声が聞こえる。自分の事ではないけど、鼻を明かした気分だ。

「そりゃあ雷光隊は先鋒を任されているんだ。速いだけじゃ務まらないだろう」

 隣に座るコンラート卿の言葉に俺は大きく頷いた。

「現場に着いたはいいが、何もできなかったでは意味がない。現場が開けた場所なのか森なのか、近くに村があるのか砦があるのかで戦略は変わってくる。巻き込まれた人がいればその安全を確保するのが最優先だし、とにかく状況に応じた戦いが出来るように心がけているとルーク兄さんはいつも言っている」

「言うのは簡単だけどな……混乱している現場で状況を把握するのも一苦労だと言うのに、瞬時に判断して的確な指示をされるとラウル卿もシュテファン卿も感心していたもんな……」

「その辺はアスター卿に叩き込まれたって言っていたよ。叙勲された年からアスター卿と組んで最前線で戦っていたら自然と身に付いたらしい。実戦で培った武技だから試合向けではないとも言っていたけど」

 周囲の視線を感じながらコンラート卿と第3騎士団内の常識を話している間に更に5人の挑戦者が地面に転がっていた。息も乱さず一人立っているルーク兄さんに恐れをなしてか、もはや名乗り出る者はいなかった。

「他は?」

 周囲を見渡すルーク兄さんと一瞬目が合った。まずい、指名されるかもと覚悟を決めたときに「そのくらいにしておけ」という殿下の制止が入って事なきを得た。そして殿下とそして奥方様が鍛錬の重要性を説いてこの場を治めて下さった。そして改めてルーク兄さんに竜騎士の模範となるよう命じ、この試合は終了となった。



「先程は失礼しました。アルノー・ドムスと申します」

 試合後、見物人がいなくなるまでの時間を使って互いに自己紹介を済ませた。聞いたことのある家名だと思ったら、昨日姉さんにちょっかいを出して、ルーク兄さんの怒りを買った竜騎士と同じだった。兄弟かと思ったら、遠縁らしい。

 竜騎士は基本的に自分の事は自分でするのだが、高位貴族出身者には身の回りの世話をする従者がつくこともある。ただ、ドムス家の家格はそこまで高くは無いのだけれど、息子を溺愛する奥様の強いご要望で、一族の中で最も資質が高かったアルノーが抜擢されたらしい。

「君が謝る理由が分からないのだけど?」

 素直に疑問をぶつけてみると、そのご嫡男様が姉さんにちょっかいを出して迷惑をかけたので、弟の俺にも謝罪したらしい。

「でも、君が謝る事じゃないよ。ルーク兄さんも姉さんもそう言うと思う」

 アルノーはまだ釈然としていなかったが、時間切れだ。見物人が粗方いなくなったので後片付けを始めるよう、監督役の号令がかかった。

 持ち込まれていた椅子やベンチを運び出している傍らで、今日の主役となったルーク兄さんは姉さんと和んでいた。ハーブ水を飲みながら、先程までの険しい表情が嘘のように柔らかな笑みを姉さんに向けていた。

 この後どうするか姉さんに聞かれ、ルーク兄さんはエアリアルの様子を見てから鍛錬すると言っていた。まだ動き足りないらしい。準備運動程度だという言葉に周囲で片づけをしつつ耳を傾けていた連中は驚愕していた。

 そんな彼等を他所に、ルーク兄さんは北棟に戻ると言う姉さんの手を取って練武場を後にした。俺はその後姿を見送りながら、絶対その鍛錬に付き合わされるなと重いため息をついたのだった。



 試合の翌日の夜、俺は竜舎に来ていた。明日はマルモアへ視察に行かれるアスター卿に同行することになっている。本当は早く休まなければならないのだけれど、もしかしたらあちらの神殿で俺の相棒が見つかるかもしれない。そして何よりも姫様が同行されると思うと、なかなか寝付けなかった。少し散歩をしようと思って部屋を出て、自然と足が向いたのが竜舎だった。

 眠っているエアリアルの頭をひとしきりなで、グランシアードにも夜の挨拶をしてから戻ろうと彼の室に足を向けると既に先客がいた。

「ティムか? どうした? 明日は早いのだろう?」

 おられたのは近々この国の主になられるお方。ルーク兄さん(俺もだけど)が唯一無二の主と定めているエドワルド殿下だった。

「いえ、その、眠れなくて、その……」

「無理もないか」

 殿下は苦笑されると手招きして傍に来るようにうながされた。恐れ多い事だがフォルビアのお館にいたときはこうして一緒にグランシアードのお世話をさせていたことを思い出す。一緒にブラシをかけながらロベリアでの訓練の様子を話すと、どこか懐かしそうな表情を浮かべておられた。

「フォルビアの土地の所有権、お計らい下さってありがとうございました」

「ああ、お礼を言われるほどのものではない。逆に今までかかってしまって申し訳なかった」

 話が一段落したところでお礼を言うと、殿下は逆に恐縮しておられた。けれども女大公様から引き継がれたこの案件を即位する前に終わらせることが出来たとホッとした表情を浮かべておられた。

「さて、あまり遅くなると明日に差し障るからこのくらいで終わっておこうか」

 一通りブラッシングが終わり、殿下が俺にというよりもグランシアードにそう言うと、飛竜は少し不満そうにしていた。可哀そうに思ってしまうのだけど、殿下の仰る通りいつまでも飛竜の要望を聞いていてはきりがない。殿下がグランシアードをなだめている間に俺は手早く道具を片付けた。

「明日は急遽コリンも同行することになったが、よろしく頼む。それと、良き出会いがある事を願っているよ」

 竜舎を出たところで殿下は俺にそう言い、更に早く休むよう念押しして北棟に戻って行かれた。

 眠気はまだ来ていないが、殿下の忠告に従って部屋に戻った。とりあえず寝台で横になり、眠る努力をしたおかげでいつの間にか朝を迎えていた。ただ、コンラート卿にたたき起こされなければ寝坊するところだった。



「どうしてそんな大事なことを早く言わないの」

 フォルビアの土地の権利の話をしたところ、そう言って姉さんに説教をされたのはマルモアから戻って来た翌日の事だった。ルーク兄さんが借りた宿舎に招かれ、その規模と豪華さに驚いて屋敷中を探検した後、お茶の席でその話題が出たのだ。

「えっと、皇都に着いてから色々あって話しそびれたというか……」

 テーブルの上には姉さんが作ったエマさん直伝の焼き菓子が並んでいる。思わず手を伸ばしかけたが、姉さんの刺さるような視線に気づいて居住まいを正した。そして俺が恐る恐るそう反論すると、姉さんもこういった個人的な話をする機会がなかった事にようやく気付いたらしい。

 いかにも美味しそうに姉さんが作った焼き菓子を口に運び、そして幸せそうにお茶を飲んでいたルーク兄さんに確認してみると、バウワー家の話だから俺からした方が良いだろうと判断したと返事があった。

「ティムにも言ったけど、元々バウアー家の物を返していただいたと考えればいいんじゃないかな?」

 いつもの癖で難しく考えているらしい姉さんにルーク兄さんはのんびりとした口調で更に続ける。

「それに、昨日の事を思えば地主という肩書はこいつを守る武器にもなる。君が気に病む事は無いよ」

 俺と姫様の婚約が内々に決まった事だ。もちろん、殿下からは厳しい条件を付けられたが、反対する意思は無いと明言して下さった。天にも昇る気持ちになったし、俄然やる気が出てきた。

「そう……なのかしら……」

 ルーク兄さんはまだ納得しきれていない姉さんを抱き寄せて何やら耳打ちしている。そして頬を染めて恥ずかしそうにしている姉さんをついには自分の膝の上に座らせた。

 ああ、俺の存在を無視して完全に2人だけの世界に入り込んでいる。もうこれは無心になるしかない。俺は2人を直視しないように焼き菓子を口に運び、そして糖度が増したように錯覚するその焼き菓子をお茶で流し込んだ。

 ルーク兄さんが宥めてくれたおかげで、姉さんはどうにか怒りを収めてくれた。そしてその後は俺の為というよりも姫様の為に2人で会える機会を作れないか考えてくれると約束してくれた。

「まあ、俺を追い越すつもりなら鍛錬を励めよ」

 最後にルーク兄さんはそう言って俺に精神的圧力をかけてきた。つまりは鍛錬がより厳しくなる事が確定した瞬間だった。


とりあえずティム視点はここまで。次は視点を切り替えてルークの昇進の裏側でも書けたらいいかな。

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