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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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閑話 ティム1

 俺にとって姉さんは仕事で忙しい家族に代わって面倒を見てくれた親のような存在だった。故郷の村が妖魔に襲われ、身を寄せた叔母の家で辛く当たられても絶えず自分の事よりも俺の事を優先してくれていた。俺もそんな姉さんを守ろうと必死だった。

 けれども、無実の罪でその家を追い出され、誰も行き交う人がいない道の真ん中で立ち往生してしまったときに、自分の無力さを痛感した。押しても引いても荷車は動かない。日も暮れてきて途方に暮れていた時に颯爽さっそうと現れ、俺達を助けてくれたのがルーク兄さんだった。

 荷車を移動させ、野営が出来る場所に連れて行ってくれただけでは終わらなかった。暖かい夕食を提供し、俺達だけじゃ心配だからと朝まで不寝番までしてくれた。そして俺の資質を見いだし、俺達の今後の身の振り方まで上司に掛け合った。更には俺達の無実が証明され、女大公様のお館で働くことになった後も何かと気にかけてくれた。

 俺は竜騎士という肩書だけでなくルーク兄さんの人柄を尊敬するようになり、そして俺にもその資質があるのならこの人のような竜騎士になりたいと決意した。

 そんなルーク兄さんと姉さんが付き合うことになり、いずれ結婚するつもりだと聞かされた時には本当に嬉しかった。この人を堂々と兄と呼べるのだから。



 即位式まで半月あまりまで迫り、皇都へ出立する前日に俺はヒース卿に呼び出されていた。何かやらかしたかなと不安を抱えながらルーク兄さんに付き添われてヒース卿の執務室に向かった。

「まあ、座ってくれ」

 良かった、機嫌が悪いわけではなさそうだ。勧められるまま恐る恐るソファーに座ると、俺の目の前に書類の束が置かれた。ヒース卿の話によると内乱に関わった人物の最終的な報告書らしい。

「どうするべきか迷ったが、一応ティムの耳には入れておいた方が良いだろうという結論になった」

 そう言われて目を通したその書類の中に長らく忘れていた男の名前を見つけた。そいつは叔母の家で俺達を悪者に仕立て上げた男の名前だった。

「落ちるところまで落ちたな」

 率直な感想だった。労役を科せられていたが、奴は早々に逃げ出していた。その後は家にも帰らず領内を放浪し、ラグラスが砦に立てこもった頃、褒美につられてその配下となった。特に何をしたわけではなかったらしいが、砦内で反乱が起きた時の騒乱で打ちどころが悪くて命を落としていた。遺体は既に近くの神殿に葬られているらしい。

 ちなみに同じく労役を科せられていた叔父の方は内乱にも動じずに黙々と与えられた仕事をこなし続けた。内乱に加担して労役刑を科せられた者が増えたのもあり、叔父は今回の殿下の御即位に伴う恩赦で釈放されることが決まっていた。

「本当ならオリガにも伝えるべきなのだろうが、彼女にはもう彼等の事でわずらわせたくない」

 ルーク兄さんの率直な思いに俺も頷いて同意した。あらぬ疑いをかけられ、こき使われた挙句に追い出された姉さんは、数日寝込んでしまうほど心身ともに疲弊しきっていた。その後も襲われかけた恐怖から寝ているときにうなされていることもあったのだけど、ルーク兄さんと付き合いだしたころからそれも落ち着いていた様子だった。今更思い出させてしまっても何もいい事は無いだろう。

「後、これに署名してくれ」

 そう言ってヒース卿が差し出したのはヘデラ夫妻が不正に奪い取った俺達の元の故郷の土地の権利書だった。

「えっと……」

「遅くなったが、お前があの土地の正統な後継者とする手続きがようやく済んだ。管理は今まで通りこちらで行い、土地の使用料をお前に払う形にした」

 ヒース卿の話だと、内乱前から殿下は俺達にその権利を返そうと画策しておられたらしい。内乱を経てその後処理も終わり、ようやくその手続きが完了したと説明を受けた。女大公様からもできる限りの事をするとお言葉を頂いていた気もするけど、ここまでしていただけるとは思ってもいなかった。

「いいのでしょうか……」

「良いも悪いも元々はお前の物だろう」

 呆れたようにルーク兄さんが横から口を出す。ヒース卿も頷いておられたので、俺は震える手でその書類に署名した。



 翌日、俺はルーク兄さん達雷光隊と一緒に先行してフォルビアを出立し、一路ルーク兄さんの故郷アジュガへ向かった。そこで1泊し、その後皇都にほど近いパルトラム砦でヒース卿達と合流する手筈になっていた。

 アジュガでは想像以上に歓迎された。内乱中の話を聞いていたからか、ルーク兄さんのお母さんからは「よく頑張ったねぇ」などと言われながら苦しいくらいに抱きしめられた。母さんが生きていたらこんな風にしてくれるのだろうか? ふと、そんなことを思った。

 ルーク兄さんの家族の中では俺も既に家族の一員と思われているらしい。初めて会ったのに即位式の後に予定しているルーク兄さんの兄、クルトさんの結婚式にもぜひ出席してほしいと言われた。ルーク兄さんが頷いていたので問題ないのだろう。俺も快く応じた。

 翌日の出立の際も、ビレア家の人だけでなく町の人も大げさなくらいに見送ってくれた。また寄る予定なのに沢山のお土産まで用意してくれた。本当に温かい人たちばかりで驚いた。

 そして予定通りパルトラム砦でヒース卿達と合流し、皇都へ向かった。しかし……あと少しで本宮に着くところでエアリアルが何か異変を察した。

「先に行く」

 ルーク兄さんはそう言うと、いきなりエアリアルの速度を上げた。今まで体感したことない速度に悲鳴を上げる間もなくぐんぐんと本宮の着場が迫ってくる。必死にエアリアルにしがみついていると、目の前に乗っていたルーク兄さんの姿が消えた。

「え?」

 気づいた時には本宮は既に遥か後方。その影も見えなくなるまで進んだところでエアリアルはようやく速度を落として旋回し、本宮へと引き返した。そして俺達がようやく着場に着いた頃には、エアリアルが察した異変は無事に解決していた。

「ティム、エアリアルの世話を頼む」

 エアリアルの全速力を体感し、震える足で着場に降り立った俺の姿を目にしたルーク兄さんはそう言い残すと姉さんを連れてこの場を去っていく。せめて何があったかぐらいは教えてほしい。それから……もうちょっと俺を労わってほしい。

 俺の心の声が聞こえたかどうかは別として、後になって宿舎の同室をあてがわれた先輩竜騎士のコンラート卿からある程度の情報が聞けた。なんでもお貴族様の嫡男が姉さんにちょっかいを出したらしい。姉さんは軽くあしらっていたけど、それが気に入らなくて後を追い、手を上げようとしたところへ兄さんが到着したらしい。

「あれだけ離れていたのに気配を察するんだから愛の力は偉大だよな」

 姉さんが無意識に発した助けをエアリアルが感じ取ったと見るべきなのだろうけど、それでも相棒ではない相手の思考を読むには離れすぎていた。飛竜の力にはまだまだ不思議なことが多い。

 ルーク兄さんとエアリアルには強固なつながりがある。そしてルーク兄さんが姉さんの事を何よりも大切に思っていることを飛竜は知っている。コンラート卿の言う通り、これは愛のなせる業かもしれない。



 皇都に着いた翌日、俺は朝からエアリアルの世話をしていた。昨日、ルーク兄さんはあのまま姉さんを連れて客間に籠ってしまったから、飛竜の世話どころではないだろうと思ったからだ。

 係官に任せておけばいいんだけれど、本宮に来てなんとなく手持無沙汰なのもあって自然と竜舎に足が向いていた。

「久しぶり、グランシアード。ああ、後で時間があったらするから待って。ファルクレインも分かったから……」

 エアリアルがいるのは上層の竜舎。当然そこには即位式を間近に控えられたエドワルド殿下の相棒やこの春ワールウェイド公になられたアスター卿とマリーリア卿の相棒もいる。フォルビアにいた頃から知っている彼等は、俺の姿を見てブラッシングをしてほしいと催促してくる。

 そんな彼等をなだめつつ、俺はエアリアルの世話を優先してやっていた。そんな俺の姿を竜舎の係員は珍しいものを見る様に様子を伺っている。まあ、もうそんなのは慣れっこだけど。

「大変だ、ティム、一大事だ」

 そこへコンラート卿が息せき切って駆け込んできた。俺だけではなく、様子を伺っていた係員達もそして飛竜達も驚いてその動きが止まる。

「どうしたんですか?」

「ティム、ルーク卿が試合をするぞ」

「え?」

 ここ最近、腕試し目的でルーク兄さんに試合を挑む輩が増えているのは知っていた。しかし、鍛錬だけで音を上げるので、相手にするまでもないと全て断っていたらしい。コンラート卿の追加情報によると、ルーク兄さんに勝てれば出世が出来るのではないかという噂があるのだとか。

 昨日姉さんにちょっかいを出した奴は、更にその噂を曲解して勝てれば何でもいいと考えたらしく、ルーク兄さんから姉さんを奪おうと思ったらしい。もう、訳が分からない。

「バカげた噂を打ち消すためにも、ルーク卿の実力を示しておこうという話になった」

「それ、いつやるんですか?」

「今からだ」

「こうしていられない……」

 ルーク兄さんが本気を出す試合……こんな貴重な機会を見逃すわけにはいかない。俺は道具を手早くまとめると、コンラート卿と連れ立って試合の会場となる練武場へ大急ぎで向かった。


ティム視点の閑話は長くなりそう……。

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