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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第19話

 夜が明けて即位式当日を迎えた。私は朝早くから数人の侍女に囲まれて頭の天辺からつま先まで磨き上げられていた。前日もダンスの練習が終わった後から全身をくまなくマッサージされたのだけど、正直に言ってこうやってかしずかれるのは落ち着かなかった。

 今日、グレーテル様が私の為に用意して下さったのは、金糸や銀糸で刺繍がほどこされたクリーム色のドレス。それを身に纏い、髪を結いあげて金の装飾品を身に付けた。化粧も施され、普段の自分とはかけ離れた姿となり、姿見に映る自分がどうしても信じられなかった。

「まあまあ、なんて綺麗なの! きっとルーク卿も惚れなすわよ」

 様子を見に来て下さったグレーテル様が感嘆の声を上げる。「娘のドレスをあつらえるのが夢だったのよ」と言いながら、私よりも熱心に仕立屋にあれこれ注文を付けておられたので、感慨深いのかもしれない。ご自身の衣装が乱れるのも気にせずに、私の姿を前後左右色々な角度から検分し、細かな手直しを侍女に指示されていた。

 グレーテル様が満足されたところで、部屋の扉が叩かれる。応対に出た侍女からルークが来たと告げられる。グレーテル様は「また後でね」と言い残して部屋を出ていかれ、入れ違いに竜騎士礼装に身を包んだルークが入ってきた。

「素敵……」

 即位式に合わせて新調した礼装は以前のものに比べて装飾が華やかになっている。加えて記章も増えており、一層豪華になった印象を受けた。髪もいつもよりもきっちりとまとめ、凛々しさが一層増したように見える。思わず我を忘れて見惚れていた。

「……うおっ」

 ルークはその場に立ち尽くしていたが、後ろから誰かに小突かれて我に返ったらしい。見ると、礼装に身を包んだティムが立っていた。彼はまだ見習いなので竜騎士用ではなく、貴族の令息が着る一般的な礼装だった。こちらもブランドル家で用意していただいたもので、彼も着替えの為に昨夜はこちらに泊まっていた。

「ルーク兄さんしっかりしてよ」

「ちょっと見とれていた」

「まあ……まるで別人だよね」

 ティムの遠慮のない物言いにちょっとだけカチンと来たけど、ちょっと距離が離れていて手が出せなかった。代わりにルークが軽く小突き、「先に行け」と言って邪険にティムを追い出した。

「はいはい」

 仕方ないと言った様子でティムは肩をすくめると部屋を出ていき、それに続いて支度を手伝った後も控えてくれていた侍女達も頭を下げて出て行った。部屋には私とルークだけが残り、しばらくの間互いに見つめ合っていた。

「良く、似合うよ。綺麗だ、オリガ」

「ありがとう。ルークも素敵よ」

 互いに褒め合うと、なんだかおかしくなって吹き出してしまった。落ち着いたところでルークは私の傍に近寄り、懐から何かを取り出した。それは宝飾品を入れるような細長いケースで、彼が蓋を開けると中には金の鎖にエメラルドがあしらわれた首飾りが入っていた。

「遅くなったけど、婚約の証に受け取ってほしい」

「ルーク……」

 ルークの言葉に私がうなずくと、彼はホッとした様子でその首飾りを私の首にかけた。潔いくらいに余計な装飾は一切なく、主役のエメラルドだけが際立つ。見る人によっては武骨に思えるかもしれないけれど、それがルークらしさを現している気がする。

「もっとちゃんとしたものを贈ろうと思っていたんだけど、今の俺にはこれが精いっぱいで……」

 そうは言うけれど、この首飾りもかなり高価なものだと思う。彼の気持ちが嬉しい。そう伝えると、彼は顔をほころばせた。

「さ、行こうか」

そう言ってルークは手を差し出した。他の方をお待たせするのも申し訳ない。私はその手を取り、彼と共に部屋を出た。



 本宮の大広間は全ての燭台に明かりがともされ、まるで宝石箱のような煌きを放っている。そんな中に私達が足を踏み入れると、周囲からざわめきが起きる。ブランドル家の方々と一緒に現れた私達が何者か気付いたのだろう。

 内乱中の功績だけならまだしも、つい先日起こった事件も面白おかしく流布されている。思わずうつむいてしまいたくなるけれど、グレーテル様から「非は無いのだから胸を張りなさい」と言われていたのを思い出して背筋を伸ばした。

「いいね。しっかり見せつけてやろう」

 エスコートしてくれるルークが気持ちをほぐす様に笑いかけてくる。私も笑みを返せば、緊張はどこかに飛んでいた。余裕ができたところでティムはどうしているか見てみると、正面にある玉座の近くに立っておられる姫様のお姿を見て和んでいた。

 やがて荘厳な音楽が流れ、先ずは立ち合いを勤められる賢者ペドロ様と5大公家の御当主方が奥の扉からお出ましになられた。おみ足の悪いお師匠様はサントリナ公に支えられ、目が御不自由な奥方様はブランドル公が手を取って歩まれていた。

 美しく凛としたお姿に会場からは思わず感嘆のため息が漏れ出る。3カ月前の選定会議後の発表の折には来れず、今回初めて奥方様のお姿を目にする貴族も多いためだろう。着付けに参加できなかったけれど、今日の奥方様はご養母のアリシア様がご用意した礼装を纏っておられる。婚礼の折とは異なり、重厚さや威厳を感じさせるご衣装となっている。

 立ち合いの方々が位置に着かれたところで、正午を知らせる鐘の音が響き渡る。一瞬の静寂の後、再び音楽が流れだし、正面の扉が開かれる。そしてそこから豪奢な礼装に壮麗な金の冠を被った殿下がそのお姿を現した。集まった一同が固唾をのんで見守る中、殿下はゆっくりと上座に向かって歩いてゆかれる。

 この日、この瞬間を迎え、何とも言えない高揚感が沸き起こって胸がいっぱいになる。きっと、内乱を一緒に乗り越えた人達は同じ気持ちかもしれない。そんな高揚感に浸っている間に、殿下は上座で待つ方々の前に着いておられた。

「エドワルド・クラウス・ディ・タランテイルをタランテラ皇国国主として認める」

 サントリナ公がそう宣言されて、殿下の胸に一際輝く国主を示す記章を付ける。それを見届けた賢者様が前に進み出られて祝福される。

「エドワルド陛下の御代にダナシアの数多の恵みがあらん事を願う」

 祝福が終わり、殿下……いえ、陛下はうながされて一段高くなっている玉座の前に立たれる。そのたたずまいは既に王者の風格が漂っている。誰も思わず息を呑んだ。

「内乱は終結したが、国は未だ復興の最中にある。先ずは国力の回復に努め、ただ豊かなだけではなく、国民の誰もが己に誇りを持って生きていける国づくりを目指す」

 陛下の宣言に大きな歓声が沸き起こる。陛下は片手を上げてそれを制されると、5大公家の当主として控えておられる奥方様……もとい皇妃様をお呼びになられた。

「フォルビア公、フレア・ローザ。皇妃として共に歩んでくれるか?」

「はい。陛下の理念を陰ながらお支えしたいと思います」

 皇妃様がそうお答えになられると、陛下はそっと手を差し出される。そしてその手を取られた皇妃様を玉座の隣、皇妃の席にお誘いになられて揃って着席された。私達を含めた家臣一同はお2人に頭を下げ、短いけれど一連の儀式はつつがなく終了した。

 内乱が起こってから1年と3カ月余り……正当な皇家の後継者を国主に仰ぐ私達の念願が果たされた。



 皇都は前日まで雨が降っていた。かろうじて雨はやんでいたが、空はどんよりと曇っていた。日が差していない分、今日はいつもより寒く感じる。そんな中でも本宮前広場には即位された陛下のお姿を一目見ようと、多くの民衆が詰めかけていた。

 広場に面した露台に警護役の竜騎士が配置につく。私も扉の脇に立つルークの隣で雑事に備えて控えていることになった。

 やがて露台につながる大扉が開かれ、先ずは安全確認も兼ねてワールウェイド公ご夫妻が出られ、ユリウス卿がアルメリア様とセシーリア様を警護しつつ続かれる。そして最後にエルヴィン殿下を抱いた皇妃様と姫様を伴われた陛下がお出ましになられ、民衆の歓声に応えてお手を振られるとその歓声は更に大きくなった。

 あまりにも大きな歓声にエルヴィン殿下は驚かれてぐずりだす。皇妃様と姫様があやすけれどもなかなか泣き止まず、仕方なくユリアーナ様が預かられて奥に下がられた。エルヴィン様が下がられるのを見送られると、皇妃様は姫様と顔を見合わせられて微笑み、そして再び民衆に手を振る。

 するとその時、雲の切れ間から光が差し込み、露台におられる御一家を照らす。陛下のプラチナブロンドがその光を反射してキラキラと輝き、その幻想的な光景に誰もが目を奪われた。

「ダナシア様の祝福だ」

「ダナシア様が陛下を祝福して下さっている」

 民衆の間からそんな言葉が上がり、やがてどよめきは嵐のような歓声に変わった。気づけば広場で警備をしている兵士も露台で警護に立っている竜騎士達も加わり、「エドワルド陛下万歳」と声を上げている。私とルークも一度顔を見合わせて頷き合うと、その声に加わった。

 やがて時間となり、御一家は最後にもう一度手を振ると露台から下がられた。そしてセシーリア様やアルメリア様、ワールウェイド公御夫妻も下がられて露台に続く大扉は閉められたが、その後も広場からの歓声はやむ事は無かった。


ルークがオリガに贈ったエメラルドは給料の半年分。内乱中は仕事ばかりしていたのでかなりため込んでいたらしい。ちなみにエメラルドを選んだのは彼の瞳が緑だから。

追記としてリーガスはペドロの護衛と一緒に、ジーンは息子同伴だったので川船で皇都入りした。ルークとオリガがダンスの特訓でブランドル家にいたので、即位式まで顔を合わせる機会がなかった。

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