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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第17話

 話題はやがて間近に控えた即位式に移っていた。もう数日もすれば各国の来賓がタランテラ入りする予定になっている。こうしてゆっくりお茶の時間をとれるのも今のうちかもしれない。

「そういえばティム、出席を固辞しようとしたらしいな」

「それは、その……自分なんかが出席して良いのかと……」

 からかうような視線を向けられ、ティムは慌てた様子で言い訳を連ねている。今回、私も招待されているのだけど、ティムと同様本当に出席してもいいのか随分と悩んだ。招待を受けると決めるまでに奥方様とグレーテル様に随分と相談に乗ってもらった気がする。

「この度の内乱で、最も功績を上げたのは間違いなくオリガとティムだ。2人が我が妻子を守ってくれなければ、タランテラは未だに混乱のただ中にあっただろう。だから胸を張れ。自分を卑下するな」

 ティムは何も反論できず、殿下のお言葉を神妙な表情で聞いていた。だとしても飛竜を優先的に選ばせてもらったり、随分と優遇させてもらっている。

「君はいずれ我が国を代表する竜騎士になる可能性がある。このくらい当然だろう?」

 殿下からの最上級の誉め言葉にティムはすっかり固まってしまっている。昨夜、ルークも言っていたけど、周囲からの期待は随分と大きいみたい。私は誇らしいと言うよりも大丈夫だろうかという心配の方が大きいのだけど。

「えっと……精進します」

 ルークに小突かれて我に返ったティムはそう返すのがやっとだった。その後も第3騎士団での鍛錬の様子を聞かれたティムは困った様子で答え、その様子を姫様は口を挟むことなくじっと聞き入っていた。

 そろそろお時間ですとオルティスさんに言われ、お茶会もお開きとなる。私達がお暇しようと立ち上がり、殿下が「大して構えないが即位式に来てくれるのを楽しみにしている」とお声をかけられたところで、急に姫様がホロリと涙を流した。

「コリン?」

「姫様、いかがなさいました?」

 慌てて皆が声をかけるが、姫様は奥方様にしがみついてフルフルと首を振っている。奥方様はそんな姫様を抱きしめ、殿下は困った様子で頭をなでる。そして「どうした?」とお声を掛けられ、ようやく「寂しいの」と答えが返ってきた。

「何が寂しいのかい?」

 姫様が落ち着いてきたところで殿下が優しく問いかけるが、姫様は奥方様にしがみついてなかなか返事が返せないでいた。それでも根気強く待っていると、姫様はそっと顔を上げられた。

「コリンが今思うことを言っていいのですよ」

 奥方様が姫様の頭を優しく撫でながらうながすと、赤くなった目で奥方様を見上げた姫様は「あのね……」と言って口を開いた。

「また、ティムとお話できなくなっちゃうのが寂しいの」

「ティムがいないと寂しいのかい?」

「うん……だって、ずっと一緒にいたから……」

 姫様の告白に殿下も奥方様も決して笑うことなく真剣に話を聞きだしていく。辛い逃避行の間も、ラトリ村に避難していた間も、不安な時はずっとティムが励ましてくれて心強かった事。タランテラに帰って来れて嬉しかったけど、ティムが騎士団に入って離れ離れになって寂しかった事。そして昨日と今日と久しぶりに一緒に過ごせて楽しかった事をぽつぽつと話した。

「父様と母様みたいにコリンもティムと一緒にいたい」

 えっと、どう受け取っていいのだろう……。姫様の発言に戸惑いながらティムの様子を伺うと、顔が赤くなっている。ルークの言葉を信じていないわけではなかったけれど、これで彼も本気なのが私にも分かった。

「コリンはティムと一緒にいたいのかい?」

 殿下の問いに姫様は小さくうなずいた。

「でも、コリンの気持ちだけじゃダメなのはわかるかい?」

 再度の質問に姫様は首を傾げられて考えておられたけど、しばらくしてまた小さく頷いた。それを確認すると、殿下は徐に立ち上がられた。

「ティム・バウワー」

「は、はいっ!」

 急に名前を呼ばれ、ティムは立ち上がって直立不動となる。その様子をルークやアスター卿は面白そうに眺めている。

「我が娘が君と共にありたいと言っているが、君の気持ちを聞かせてくれないか?」

「俺……いえ、自分は姫様が好きです」

「ほう……」

「初めて会ったときに可愛いと思って、自分を頼ってくれるのが嬉しくて、背中に張り付いてくるのが可愛くて、えっと、姫様の為なら何でも頑張ろうと……。だから、将来フォルビア公になられる姫様の為に、フォルビアを守れる竜騎士になろうと第3騎士団に入って、えっと訓練頑張って、姫様に頼ってもらえるようになろうと思ったけど、ちょっとお顔が見られないのが寂しくて、えっと、それから……」

 殿下に探るような視線を向けられたティムは、一気に早口で自分の想いをまくしたてていた。ああ、5歳の姫様に一目ぼれしたのね。気持ちは十分伝わったからちょっと落ち着きなさい。

「分かった、分かったから、ちょっと落ち着けティム」

 私の考えが分かったのか、ルークは苦笑しながら、一気にしゃべりすぎて息切れを起こしているティムの肩を叩いた。

「君の本気と覚悟は分かった。心配するな。私は反対するつもりはない。むしろ諸手を上げて歓迎する」

「父様……」

 ティムの告白を頬を染めて聞いていた姫様は父親である殿下を見上げた。

「ただ、コリンが成人するまであと8年はある。その間に気持ちが変わらないとは言い切れない」

「殿下、自分は……」

「仮定の話だ。だからコリンが成人するその時まで2人の気持ちが変わらなければ許す。後はそうだな……問題なくなれると思うが、ティムには我々がえこひいきしていると言われないよう、周囲から見て分かる形で上級騎士に昇進してもらおう」

 上級騎士には各騎士団長の推薦でもなれるけれど、殿下は夏至祭で行われる飛竜レースか武術試合で入賞……つまりは実力を示す必要があると仰っている。

「俺を超えると言っていたから大丈夫でしょう」

「そうなのか?」

 ティムが答える前にルークが苦笑しながら口を挟むと、殿下は感心した様子でティムに確認する。

「は、はい。ルーク兄さんを超えて見せます」

「それは頼もしい」

 殿下はそうおっしゃるとその場にいた私達の顔を見渡してから改めて宣言なさった。

「先程の条件を満たせばコリンとティムの婚約を認める。グランシアードの翼に誓おう」

 相棒の翼は竜騎士にとって最も神聖な物と言われている。それだけ殿下も本気なのが良くわかる。ティムは殿下に礼を言うと、ルークに促されて姫様の前に跪く。

「ずっとお慕いしておりました。以前の様にお会いできなくなってお寂しいかもしれませんが、なるだけ手紙を書きます。そして、いずれ女大公になられる姫様の為、フォルビアの空を知り尽くした竜騎士になります」

「ティム……ありがとう、大好き」

 姫様はそう言うとティムに抱き着いた。困ったような、照れ臭いような表情を浮かべながら、彼は決まったばかりの婚約者の背中を優しくなでる。私達はそんな初々しい2人を見守っていた。

 ティムの決意を知り、彼は自分が思っていた以上に大人だと実感した。姫様の隣に並び立つ為、先を見据えている辺り随分と頼もしく思える。姉として出来ることは、昨夜もルークと話した通り、これからも2人を見守っていくことだけなのかもしれない。

 その場でホッと安堵の息を吐くと、傍らのルークに肩を抱かれる。見上げると、どうやら同じようなことを考えていたらしく「昨夜言ったとおりだったろう?」と小声で言った。反論の余地はなかったので、「恐れ入りました」と答えた。

 その後、この婚約は2人の安全を考慮してすぐには公表しないことに決まった。表立った動きはまだないけれど、将来女大公となられる姫様への縁談は数多く寄せられるのは間違いない。そんな姫様の婚約者がまだ見習いのティムだと知られると、中には強制的にティムを排除しようとする輩が出てくる可能性がある。そのため、彼自身が地位を確立させるまでは伏せておくことになったのだった。



 結局、北棟を辞したのは予定よりも随分と遅くなってからだった。それでも未来の為に必要で、有意義な時間だった。北棟を出たところで公邸に帰るワールウェイド公夫妻と西棟にあてがわれた宿舎に戻るシュテファン卿とまだ夢見心地なティムと別れた。

 そして私達は用意されていた小型の馬車に乗り、ラウルを護衛にルークが借りることになっている家族向けの宿舎に向かったのだが……。

「おかえりなさいませ、ルーク卿、オリガ様」

 着いた先は宿舎と言うにはあまりにも立派な邸宅だった。グロリア様が隠棲しておられたあのフォルビアのお館にも匹敵する広さはありそうだった。そしてそこには家令と思しき人物と数人の侍女がいて馬車から降りた私達を出迎えてくれたのだった。

「えっと……」

「何だか思っていた以上にすごいんだけど……」

 事前に下見をする暇がなかったので、ここまでの規模だとはルークも思わなかったらしい。2人で立ち尽くしていると、家令と思しき人物が進み出て説明してくれた。彼等はブランドル家の使用人でこの邸宅に滞在中は私達の身の回りの世話をするためにわざわざグレーテル様が手配して下さっていた。

「お疲れでございましょう。夕餉の支度もできております」

 私達の荷物は既にサイラス侍官が届けて下さっており、その整理も済んでいた。今更変更はできないだろう。ルークは仕方ないと言った様子で肩をすくめると、私に手を差し出した。

「ちょっとの間だ。グレーテル様に感謝してこの状況を楽しもうか」

 私は笑顔でその手を取り、家令に案内されて当面の住いとなる邸宅に足を踏み入れた。



余談ですが「小さな恋の行方」の中でティムが回想していた姫様からの逆プロポーズのシーンがこれ。


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