第15話
キリがいい所までとおもったら長くなっちゃいました。
報告が終わり、村長さんと一言もしゃべることがなかった竜騎士が退出したので、私達も退出しようと腰を浮かしかけると、女大公様に話があると言って引き留められた。立っていたティムにも座る様に勧められ、彼がおっかなびっくりといった様子でふかふかのソファーに座ると、オルティスさんが私達にもお茶を用意してくれる。勧められておずおずとそのお茶を飲んだ。美味しかったはずなんだけど、女大公様の御前と言うこともあって緊張のあまり味を感じなかった。
「引き留めて済まなかったの。妾からもそなたに話しておかなければならい事があっての」
何の話だろうかと、首を傾げていると、女大公様はその場で頭を下げられた。驚きのあまり私とティムはその場で固まってしまう。
「先ずは詫びねばならぬ。そなたたちは故郷の村から本来は立ち退く必要がなかったのじゃ。親族の1人が己の欲の為に偽りの命令を下し、かの地を我が物としてしまったのじゃ」
そこからはオルティスさんが女大公様に代わって分かりやすく説明してくれた。確かにあの故郷の村の近くに騎馬兵団の施設は建てられた。しかし、私達が立ち退かなくてもそれは可能だったのだ。
兵団の施設が出来ることによって村が潤うと考えた親族の1人が詐欺まがいの手法を使って私達を自分が持っていた土地へ追いやり、その親族の縁者にその権利を移した。そしてその見返りに利益の一部を受け取っていた。
当時女大公様は病に伏せておられ、数人の親族に権限をゆだねておられた。それによって自分こそが後継者だと思うようになり、増長した一部の親族がその権限を己の私利私欲に使っていたらしい。
「その件に関わった者は既に更迭した。しかし、肝心の首謀者に繋がる証拠が掴めずにまだ処分ができないでいる。妾の力が衰えたばかりにそなた達に無用な苦労を掛けてしまった。申し訳ない」
そう言って女大公様は深々と頭を下げられた。私達は告げられた内容の理解が追い付かず、しばらくの間その場で固まった。この時の首謀者は親族達の中で最も影響力のあるヘデラ夫妻だった。知恵の回る彼等は、巧みに自分達につながる証拠を抹消してしまっていた。
「償いたいと思うておるが、現状では全てを元通りにすることは不可能。せめてもの詫びに出来ることは何でもするつもりじゃ」
あれから10年経っている。村人も散り散りとなってしまったし、祖父母も両親も既にいない。女大公様の仰る通り、元に戻すことはもう不可能だった。頭では分かっているけれど、祖父母や両親の苦労を思い出すとやるせない気持ちになる。そこへ弟のティムが口を挟む。
「女大公様、その首謀者を懲らしめることはできませんか?」
「今は証拠を探している。だが、いずれ必ずその償いはさせる」
「お願いします」
ティムは立ち上がると深々と頭を下げた。私もつられてそれに続くと、女大公様にそうかしこまらなくていいと言われて再び座る様に促された。後になって手詰まりとなった女大公様に依頼された殿下が証拠をそろえて弾劾して下さったけれど、ヘデラ夫妻は全く反省していなかった。結局、内乱に加担した彼等を処断できたのは内乱終結の後だった。
「本来であればそなた達を後見するのがいいのじゃが、現状では親族どもに変に勘繰られて逆に危険が及ぶ可能性がある。ただ、先にも言った通り、生活に不自由がない様に致す故、安心するといい」
この頃は有力な親族達が後継の地位を巡って激しく争っていた。そこへ女大公様が私達の後見になられると、どちらかを後継にするのではないかと勘違いされてその騒動に巻き込んでしまう可能性があったらしい。
後から思うに、この時点で女大公様は幼い姫様を後継にすることを決めておられたと思う。ただ、この頃は親族がをするか分からなかった為、姫様の安全の為に公表せずにおられたのだろう。
「そなたたちの事はエマに任せることにした。必要なことがあれば遠慮なく相談するといい」
真相を知って混乱していたのもあり、要望を聞かれてもすぐには答えが出てこなかった。そんな私を気遣い、女大公様はそうすぐに答えを出さなくてもいいと仰って下さり、その場はそれで終わりとなった。
女大公様との面談を終えると、今度は姫様と顔合わせをすることになった。実はティムの方はこの数日前、悪戯がバレて竜舎に逃げ込んだ姫様と既に会っていた。どう対応していいか迷っていたところで追いかけていた侍女に捕まって連れ戻されたと聞いていた。
ふわふわのプラチナブロンドにサファイアを思わせるような青い瞳。見た目は本当にかわいらしいお方だったが、エマさんから聞いていた以上にやんちゃな姫君だった。廊下でも部屋の中でも元気よく走り回り、飾ってある高価な置物を壊してしまうのは日常茶飯事。少しでも気に入らないことがあれば泣きわめき、お勉強の時間となれば侍女の目を盗んで逃げ出してしまっていた。
「乳母殿が辞められて一層ひどくなってしまわれた」
御生母クラウディア様は姫様誕生と同時に亡くなられていた。殿下は嘆き悲しみ、仕事も相まって姫様の世話どころではなかったらしい。そこで女大公様が姫様を引き取られた。件の乳母は元々クラウディア様の侍女で、姫様の為に夫と子供を置いてフォルビアについてきていた。
母君をなくされた姫様をたいそう可愛がり、周囲からは実の親以上の愛情を注いでいるように見えていた。しかし、姫様が成長するにしたがってその異常性に気付いた。彼女は姫様を可愛がるあまり、一切のしつけをしていなかった。悪戯をしても物を壊しても「姫様はお母様をなくされてかわいそうだから」そう言って何も咎めずにただ盲目的に溺愛していた。
その異常さに気付いたのが、姫様が3歳の時。これから皇女としてだけでなく、資質の高い姫様は大母補候補としての教育も始まる。このままではいけないと、女大公様が幾度も乳母を注意したが改める事は無く、ついに昨年解雇されていた。
「子育ての経験がある私がお世話するようにはしているのだけど、なかなか時間が取れなくてねぇ……」
エマさんの立場上、常に付きっ切りでお世話をすることは難しい。他の侍女と交代でついているのだけど、些細なことで癇癪を起したり、勉強の時間になると逃げだしたり悪くなっていく一方だとか。
そう言った説明を受けながら姫様のお部屋に伺うと、思った以上に壮絶な光景が広がっていた。部屋一面におもちゃと昼食と思しき料理の残骸と皿が散乱していた。そして当の姫様は窓にかけられた帳の陰に隠れて出てこない。
「姫様、今日からお世話係として仕えることになった者をご紹介します。お出ましになってくださいませ」
エマさんが声をかけるが、姫様は「嫌」と言って出てこない。私は慎重に床に散乱したものをよけながら近づき、その傍にしゃがんだ。
「ティムの姉、オリガと申します姫様。お顔を見せていただけませんか?」
「……ティムの?」
帳の陰から顔を出した姫様の顔には食べかすがこびりつき、髪も梳いていないのかグシャグシャだった。吹き出しそうになるのをこらえて頭を撫でたが、得体のしれないものでねばついている。これは部屋よりも姫様を綺麗にするのが先かもしれない。前途多難を予感させたが、自分に喝を入れると姫様を宥めながら湯殿へ連れて行ったのだった。
こうして私の新たな生活が始まったけれど、やはり姫様のお相手はとても大変だった。エマさんの努力で寝たいときに寝て食べたい時に食べると言う不規則な生活は少しずつ改善されていたけれど、少しでも自分の思い通りにならないとすぐに癇癪を起すのはなかなか治らなかった。それでも姫様はお寂しいのだと察しはついていたので、信頼関係を築いていくために時間があるときは出来るだけ姫様と過ごす様に心掛けた。
そして冬の終わり頃、私達のみならずこの国にとって運命的な出会いがあった。見回り中だった殿下が後の奥方様となられるフレア様をお助けになられたのだ。そして只人ではないと直感的に悟った殿下は女大公様を頼って来られた。
この時、館は夕餉も済んで1日が終わろうとしていた時刻だった。早朝の勤務だった私は夕刻に自室に引き上げて休んでいたのだけれど、エマさんに手伝ってほしいと頼まれ、急いで身支度を整えると母屋へ向かった。
裏口から入ってすぐにある使用人の休憩室でルークが遅い夕食を摂っていた。私が寝込んでいたのと討伐期に入ったこともあって会うのはこのお屋敷に来た日以来になる。驚いて固まっていたら、ルークの方が優しく笑いかけてくれた。
「久しぶり。元気そうでよかった」
「は、はい、本当にあの時はありがとうございました。それに、お見舞いも……。ずっとお礼を言いたくて……」
「ティムから聞いているよ。でも、そんなに感謝されるとなんか照れ臭いな」
討伐期に入る前までに幾度か館に来られていて、厩番の手伝いをしているティムはその都度彼に会っている。その折に色々と教えてもらったりしているうちに弟はすっかり彼になついてしまい、恐れ多いから止めなさいと言ったにもかかわらず「ルーク兄さん」と呼ぶようになっていた。
色々と話をしたかったけれど、仕事があるので時間がない。その場は失礼してエマさんの元へ伺う。私が頼まれたのは運び込まれた意識のないフレア様の世話だった。リューグナー医師の診察を終えた彼女の汚れた顔や手をお湯で濡らした布で清め、清潔な夜着に着替えさせる。そしてもつれた長い黒髪を丁寧に梳いた。
この時は身なりからどこかの村の者だと思われていた。殿下も女大公様も意識が戻れば家に帰す心づもりでいたのだけれど、夜が明けて意識を取り戻した彼女には一切の記憶がなかった。また目が不自由なことも判明し、処遇をどうするかが問題となった。結局、殿下の直感を信じた女大公様が話し相手という名目で身柄を預かることになった。
これが全ての始まりだった。記憶はないものの、あの方が身に付けている教養も礼儀作法も大母補候補の令嬢に劣らないものだった。大変満足された女大公様は自らあの方にフロリエの名をお与えになられた。
そしてフロリエ様と出会った姫様は自然とその傍で過ごされるようになり、あの方も姫様に深い愛情を注がれた。そのおかげで姫様が癇癪を起すことも無くなり、少しずつ日々の生活が改善されて勉強も嫌がらなくなった。感銘を受けた私は姫様の世話だけでなく、目が不自由なあの方の身の回りのお世話を自ら引き受けていた。
春になり姫様の変化を目の当たりにした殿下は次第に足しげく館に足を運ぶようになった。そして次第にあの方に心惹かれるようになっていかれたご様子だった。当然フロリエ様も意識しておられて、苦しい胸の内を明かして下さったこともあった。
その恩恵は私達にももたらされた。館を訪れる殿下のお供は決まってルークで、時にはティムも交えて一緒にお茶の時間を過ごすこともあった。ティムの為に騎士団や討伐の話が主だったけれど、それでも彼への想いが感謝や憧れから恋へと移っていくには十分な時間となった。
そして……。
「あの、お、俺は竜騎士だし、どうしても一番はエアリアルになってしまうと思う。そ、それでもその、良かったら、その、好きだから、付き合ってくれないか?」
夏至祭の飛竜レースで1位帰着を果たして帰還したルークは、そう言って私に交際を申し込んでくれた。「一番は飛竜」と言うのはいくら何でも……という人もいたけれど、私は逆に彼らしいと思えた。突然の告白に驚いたけれどその想いは十分伝わって、私はその手を取った。
その頃には彼は殿下に、私はフレア様を生涯仕えるべき主と心に定めていた。その為、色々と大変なこともあったけれど、それを乗り越えて互いに結ばれた時には嬉しくて涙が止まらなかった。更に内乱で1年間離れ離れとなってしまったけれど、互いの絆が切れる事は無かった。
こうして内乱が終結して平和な日々を過ごしていると、これからもルークと一緒に御一家を支えていけたら幸せだと強く思った。
改めて明けましておめでとうございます。
今年もぼちぼち更新を頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。




