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群青の軌跡  作者: 花 影
第1章 ルークの物語
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第1話

 フォルビア城は穏やかな朝を迎えようとしていた。内乱平定から10日余り。各国の賓客も帰国し、集結していた竜騎士達もそれぞれの任地へ戻っていったので実に静かだ。城の奥棟につながる廊下で待つ俺はあくびをかみ殺しながら、夜明け前のまだ薄暗い外の景色を眺めていた。

「ルーク、お待たせ」

 声を掛けられて振り返ると、旅装姿のオリガが大きなカバンを手に立っていた。臨時の国主会議の後、フォルビアやロベリアで予定していた公式な行事が終わり、殿下と奥方様はフォルビアで10日程だが蜜月の休暇を過ごされることになった。

 それに合わせて俺達も休暇をもらえることになり、これから俺の故郷アジュガへ一緒に行くことになったのだ。元々、昨年予定していたのだが、内乱で休暇どころではなくなっていた。家族に恋人を紹介し、彼女に故郷を見てもらう計画は1年越しにようやく実現することとなったのだ。

「荷物、持つよ」

 普段のお仕着せ姿のオリガもキリリとして好きだが、こうして普段着の姿の彼女も可愛い。頬が緩んでくるのをごまかしながら彼女のカバンを左手で持ち、空いている右手は彼女とつなぐ。幸せな心持で俺達は相棒が待つ着場へと向かった。

「おはようございます、隊長」

「おはよう、待たせて悪い」

「おはようございます。お待たせしてすみません」

 着場には既に飛竜達の装具を整えたシュテファンが待っていた。彼は敬礼して俺達を迎えてくれる。

「ラウルは先程出立しました」

「分かった。荷物を頼む」

 シュテファンの報告に俺は頷くとオリガの荷物を彼に預けた。今回、休暇が急に決まったこともあり、家族に伝える間もなくこの日を迎えてしまった。そこで、ラウルが先にアジュガに向かい、オリガを連れて10日程滞在する旨の手紙を届けてもらうことにしたのだ。さすがにオリガを連れていつも通りの飛行をするつもりはない。ラウルの騎竜術なら、俺達が着くまでに十分な心づもりができるくらいの猶予ができるだろう。

 俺とオリガはエアリアルの頭を撫でて朝の挨拶を済ませると、彼女をその背に乗せて安全帯を装着する。俺がその背後に跨り彼女の体を支えれば、不慣れな彼女も少しは楽に騎乗していられるだろう。

「では、行こうか」

 俺の準備も整い、オリガの荷物を相棒の背に括り付けるのを終えたシュテファンが騎乗したのを確認して声をかける。彼も同意して頷いたので、俺はまだ夜が明けきらない空に相棒を飛び立たせた。




 思った以上にオリガが頑張ってくれたおかげで、完全に日が沈む前にアジュガに着くことができた。連なる稜線の向こうへ沈もうとしている太陽が町を照らし出す光景に疲れも忘れて感嘆の声を上げている。

「綺麗……」

「喜んでもらえて良かった。降下するからしっかり捕まって」

「うん」

 俺の腕の中に納まるように座っている彼女は更に体を寄せる。ああ、もうこれだけで幸せで顔がにやけてしまう。だが、先行したラウルの相棒が挨拶を送ってきて、最後まで気を抜いてはいけないと思いなおして表情を引き締めた。

 いつもならば実家の裏手に降下させるのだが、今回は長期滞在するので町長のクラインさんに一言挨拶をしておこうと思って町の着場にエアリアルを降ろした。着場ではラウルと町の自警団を率いている幼馴染のザムエルが俺達を出迎えてくれる。俺は相棒から降りると、オリガに付けている騎乗用の安全帯を外して彼女を抱き下ろした。

「大丈夫?」

「ええ」

 飛竜での長時間の移動はさすがにこたえたらしく、ふらついた彼女を抱きとめる。その様子を見たザムエルは冷やかすような視線を投げかけてくる。

「おう、ルーク。その娘が噂の彼女か?」

「そうだ。オリガ、こいつはザムエル。俺の幼馴染でこの町の自警団を束ねている」

「初めまして、オリガ・バウワーと申します」

 オリガが律義に淑女の礼をすると、彼女の上品な所作に驚いたらしいザムエルは慌てて頭を下げていた。綺麗な彼女を自慢出来て俺も鼻が高い。

 だが、いつまでもここにいるわけにもいかない。疲れている彼女を早く休ませてあげたいし、嫌なことは早く済ませてしまうに限る。クラインさんに挨拶を済ませてしまおうかと足を向けたところで、着場から直接屋敷へ続く扉が開いて彼が出てきた。

「なんだ、お前だったのか」

 飛竜が来たので皇都から使いが来たのかと思って出てきたのだろう、俺の姿を見て明らかに不機嫌となる。俺が来ることはあらかじめラウルが伝えてくれたはずなのだが……。

「今日から休暇で10日ほど滞在します」

「内乱が終結して間もないというのに、こんな時に休暇とはよほど無能と見える」

 クラインさんがそう吐き捨てる様に言うと、ラウルとシュテファンの表情が険しくなり、飛竜達の装具を外している手が止まる。ザムエルが慌ててクラインさんをたしなめようとするが、町の自警団員に過ぎない彼では強く出ることはできなかった。

「しかも女連れとはのう。娘の良縁を破談に追い込んだ張本人が10日も居座るとはご家族も気の毒な事よのう」

 言われた事の真意を理解できずにいると、問いただす間もなくクラインさんはさっさと屋敷に引っ込んでしまった。

「どういうことだ?」

 呆然と立ち尽くしているとオリガがそっと手を握ってくる。心配そうに見上げてくるその表情を見て、彼女にこんな気遣いをさせるために連れて来たんじゃないのにと反省する。振り返ればラウルとシュテファンは眉間にしわを寄せ、ザムエルは「ああ、あれか……」と呟き天を仰いでいた。

「何か知っているのか?」

「……多分、あれだと思うけど、気にすることはないと思うぞ。あの小母さんがお前に言ってないということはそれだけ些細な事で、気にしてないからじゃないかな?」

 ザムエルの答えに納得できずにいると、彼は慌てたように付け加えた。

「俺は詳細まで知らないから、いい加減なことは言いたくない。後で小父さんや小母さんにちゃんと話を聞いた方がいい」

「……そうだな」

 クラインさんを問い詰めたところでまともに取り合ってももらえないだろうし、そもそも目の敵にされている現状で彼の言うことをまともに信じ込んでしまったら全て彼の思うつぼだ。気にはなるが、後で両親に詳細を聞いておこうと一先ず気持ちを切り替えた。

 いつまでも着場にいても仕方がない。装具を外し終えたエアリアルに思念を送ると、彼は実家の裏手にある手作りの竜舎へと飛んでいく。シュテファンは自分の相棒を休ませるために着場に併設された竜舎へ連れて行き、エアリアルの世話を引き受けてくれたラウルは実家へ先回りしてくれた。

「ごめんね、こんなところ見せちゃって」

「ううん。ルークが謝る事じゃないわ」

 傍らのオリガに一連の騒動を詫びると彼女は微笑んで俺の頬に触れる。うん、可愛い。俺は思わずその手を取ると、華奢なその指に口づけた。しばし、状況も忘れて2人で見つめ合っていたが、咳払いが聞こえてようやく我に返る。戻ってきたシュテファンとザムエルが冷やかすような視線を送っていた。

「行こうか」

 気まずさを振り払い、俺は荷物を手にしてオリガを促す。竜舎の警備に残るザムエルに後を任せると、シュテファンを従えて家族が待つ実家へと向かった。

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