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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第13話

区切りの関係で今回ちょっと長め。

「とんだ愚か者だ。自分がしたことをそのままこの2人になすり付ければごまかせると短絡的に考えたな」

 叔父の弟が詐欺師の口車に乗り、家のお金を持ち出して彼に渡したのだろうというのが殿下のお考えだった。事実、後になって村長さんや自警団の面々に詰め寄られた男はその事実をあっさりと認めた。

「まさか……弟が本当に……」

「まだ信じられないか? ならば私の権限で捕えた詐欺師を連れてきて証言させてもいい。誰から金を受け取ったかはっきりするだろう」

 叔父はまだ信じられない様子で伸びて地面に転がされたままの男を眺めていた。言葉を失い、呆然としてその場に座り込んでいる。

「さて、どうするかな」

 そんな愚かな兄弟の姿を眺めながら殿下が思案していると、村長が進み出て深々と頭を下げる。

「村の者が殿下に対して失礼な態度をとったばかりか嘘を並べ立ててご不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」

「その謝罪は私にではなくオリガ嬢とティムに」

「もちろん、誠心誠意謝罪させていただく所存です」

 村長さんはそう言って私達にも深く頭を下げた。

「こんなことになっていると分かっていたら、あの縁談を強引にでも進めておけばよかった」

 村長さんのつぶやきに私は首を傾げる。

「縁談……ですか?」

 私が首を傾げていると、村長さんは逆に驚いた様子で「聞いていないかい?」と聞いてきた。そこで詳しく話を聞くと、夏至の頃にあった村の市でフォルビア城下に店を構える商人の息子が私を見初めたらしい。商人から縁談を打診された村長さんは叔母の義両親に話を通したが、弟がいるから遠慮すると断られたらしい。

「覚えがないのですが……」

 村の市に行ったのは覚えている。この頃はまだ家族の様に扱ってもらえ、必要なものを何かと揃えてもらった記憶がある。ただ、その商人に会った覚えもそんな縁談話をされた記憶も無かった。

「まさか……」

 疑惑の視線は呆けたように座り込んだままの叔父に向けられる。その視線に気づいた叔父は状況が呑み込めずにおろおろしていた。先程まで私達に居丈高いたけだかな態度をとっていた同一人物とは到底思えないほどおびえていた。

「どういうことか説明しろ」

「し、知らない。親父とお袋の仕業だ」

「ここへ来て親に責任をなするのか?」

 村長さんの追及に叔父は何度も首を振っている。どうやら本当に知らないらしい。

「オリガ嬢とティムへの虐待行為と合わせ、村に戻り次第話を聞こうと思います」

 叔父はこれ以上詳しい話は知らないと判断した村長さんは、殿下に頭を下げて後の事は自分達が責任をもって決着させると申し出た。殿下はそんな彼らに竜騎士と役人を立ち会わせた方が良いと助言し、近くの砦に駐留する竜騎士に一筆したためておくと約束していた。



「ここからは君たちの今後についての話になる」

 殿下は立ち上がると叔父達にはもう一顧だにせず私達の傍に歩み寄ってくる。緊張で体が震えてくるけど、ルークが小声で「大丈夫だよ」と言ってくれたのが心強かった。

「2人には我が大叔母グロリア・テレーゼ女大公の館で働いてもらうことで話がまとまった」

 殿下のお言葉に私は思わず息を飲んだ。自分達が行っても大丈夫だろうか? ちゃんと務まるだろうかと不安ばかりが募ってくる。

「心配しなくていい。ティムには厩番の手伝いをしてもらいながら竜騎士の基礎知識を学んでもらう。オリガ嬢には叔母上の元に預けている私の娘の相手をしてもらいたい。望むなら一般教養と礼儀作法も学べるよう手配する」

 どう答えていいか分からずに固まっていると、傍らにいたルークがまた「大丈夫だよ」と励ましてくれる。

「俺が提案したんだ。2人なら大丈夫と思ってね。不安があるかもしれないけれど、先ずは試しにやってみてはどうかな?」

 爽やかな笑顔でこう言われてしまうと断ることが出来ず、女大公様のお館で奉公することを承諾していた。叔父とその弟のおかげで思った以上に時間がとられていた為、すぐに移動することになった。

 当初は驢馬ろばも飛竜で連れていく予定だったらしいのだけど、まだ伸びたままの叔父の弟を連れて帰るのに使いたいからと言って、村長さんが荷車と共に預かってくれることになった。

 話がまとまると、その後の行動は本当に早かった。殿下は近くの砦に駐留する竜騎士宛てに一筆したためると、リーガス卿がそれを届けに行った。ルークはティムと一緒になって野営地の撤収を始め、私はジーン卿に助言をもらいながらお館へ持参する荷物をより分けた。

 残った物はほとんどごみのようなものだったのだけど、それらの処分も村長さんが引き受けてくれた。そんな荷物と一緒に拘束された叔父とまだ伸びたままのその弟は荷台に転がされ、ガタガタと揺さぶられながら村へ帰っていった。

 村に帰っていく村長さん一行を見送り、休憩所の片づけが終わる頃にリーガス卿も戻って来た。残った僅かな手荷物はリーガス卿の相棒に積まれ、ティムはルークのエアリアルに、私はジーン卿の相棒に乗せてもらって移動することになった。

「緊張するのは仕方がないわ」

 生まれて初めての空の旅に、怖くて目も開けていられなかった私にジーン卿はそう言って慰めてくれた。逆にティムは大はしゃぎだった様子で、将来大物になるわよと太鼓判を押してもらったのだった。

 お館に着いたのはお昼過ぎだった。玄関前の広場に飛竜達は降り立ち、地面に降ろしてもらった私はあまりにも立派な建物に場違いな気がして今にも逃げ出しそうになっていた。

そこへ館の中から数人の男女が出てくる。飛竜から降りた殿下は壮年の男性と短く会話を交わすと、その人を伴い私達に近づいてきた。

「オリガ、ティム、彼がこの館の家令のオルティスだ。今後の事は彼が取り計らってくれる」

 わざわざ殿下が紹介して下さったのだけど、私は「よろしくお願いします」と言って頭を下げるのが精いっぱいだった。

「当家の家令をしておりますオルティスと申します。お2人の事情は殿下より伺っております。先ずは身だしなみを整えていただき、そののちに女大公様へご挨拶に伺うことになります」

 オルティスさんの説明に私達はただ「はい」と返事するだけだった。私には彼の後ろに控えていた年配の女性、侍女頭のエマさんを紹介し、後は指示に従うように言われた。一方のティムは飛竜達の装具を外していたルークが呼ばれ、後は彼に任されていた。

 何をするのか気にはなったが、エマさんに急かされるようにその場を離れる。案内されたのは母屋の裏手にある使用人用の住居の一つ。エマさんが料理長をしているご主人と一緒に暮らしている住居で、こちらで私の身なりを整えることになった。

「時間が迫っていますからね、恥ずかしいかもしれないけど全部任せて頂戴」

 真先に浴室へ連れていかれ、問答無用で着ているものを脱がされた。そして訳が分からないうちに、エマさんが手際よく全身くまなく磨き上げてくれた。何しろこんなに贅沢にお湯を使うのは生まれて初めてで、お風呂がこんなに気持ちいいものだとこの時初めて知った。彼女の話だと、母屋の湯殿ではティムが磨き上げられている最中だろうとのこと。ルークが呼ばれたのも、一緒に入って湯殿の使い方を教えたからだと後から知った。

 今までの汚れを念入りに落としたため、お風呂から上がるともうくたくただった。それでも新しく用意してもらったお仕着せに袖を通すのは嬉しかった。新しい生活が始まるのだと実感できたから。

 最後にパサついた髪をエマさんが香油を塗り込んで手入れしてくれた。それがとても気持ちよく、そしてお風呂で体も温まったのもあってウトウトしそうになっていた。

 準備も整い、エマさん達の住居を出た私達は裏口から母屋へと入っていった。ちょうどティムも着替えを終えて湯殿から出てきたところだった。彼は見習い用の騎士服を纏っていたが、やや大きかったらしくシャツの袖やズボンの裾を捲っていた。後で直してあげないと……などと思っていると、その後ろからきっちりと騎士服をまとったルークが姿を現した。髪をきっちりと撫でつけたその姿も格好良くて思わず見惚れていた。

「身支度が済んだようですね。それでは、女大公様がお待ちです。こちらへ」

 着替えを終えた私達の姿を見て満足そうに頷いたオルティスさんに促され、一際豪華な部屋へと私達は案内された。この館の居間で、主たるグロリア様が1日でもっとも長く過ごす場所だと知るのはもう少し後の事。

 奥の暖炉のすぐそばにある安楽椅子に品のいい老婦人が座っていた。その右手にあるソファーには殿下が座り、優雅にお茶を飲んでおられた。

「2人をお連れいたしました」

 オルティスさんに促されて私達は老婦人の前に進み出る。そしてそれぞれ名乗って頭を下げるとその様子を眺めていた殿下が「見違えたな」と満足そうに呟いておられた。

「……いいでしょう。しっかりと励みなさい。後の事はオルティスに任せます」

 女大公様は見極めようとしていたのかしばらくの間私達を見つめておられたが、やがてそう仰せになられると下がる様に身振りで示された。これで私達はようやくこの館で働けることが決まったらしい。

 居間を出て、使用人達の詰め所に移動したところでオルティスさんにそう教えてもらった。そして改めて仕事内容や賃金等を具体的に説明してもらう。私は侍女としての経験がないので、最初は掃除などの雑用をしつつ殿下にも頼まれた姫様のお相手を空いた時間にすることとなった。ティムは厩番の補佐をすることになり、竜騎士になるための勉強もすることになった。数日に1度他の侍女と交代でお休みを頂き、賃金も思っていた以上に頂けることが決まった。

 次に住むところだけど、急だったこともあって、当面私達はエマさんの住居に居候させてもらうことになった。エマさんによると娘さんは嫁ぎ、息子さんも独立してしまったので部屋は空いているとのこと。仕事は翌日からと決まったので、荷物の片付けもあるだろうからと早速部屋に案内してもらうこととなった。

「仲のいい姉弟とはいってももう年頃だから部屋は別の方が良いでしょう」

エマさんはそう言って私には娘さんが使っていた部屋を、ティムには息子さんが使っていた部屋を用意してくれていた。家具もそのまま残してあり、寝具も整えて下さっていた。他にも当面の着替え用にお下がりらしい服も用意してくれていて本当に嬉しかった。

 一通り説明を終えると、まだ仕事がある彼女は「夕飯の時に声をかけるわね」と言い残して母屋へ戻っていった。

 持参した荷物はそれほど多くはなかったので、片づけはすぐに済んだ。前日から色々あって先行きばかりが不安な状態が続いていた。しかし、ルークに出会えたことでそれらの不安がすべて解消されて、新しい生活が始まろうとしていた。ホッと安堵の息を吐き、そういえばルークにちゃんとお礼を言えなかったなと反省する。またお会い出来たらちゃんとお礼を言おう、そして明日からこのお館の役に立てる様に頑張ろうと決意した。

 ……けれども、この日の晩に私はこれまでの疲れからか熱を出し、数日寝込む羽目になってしまい、逆に周囲に迷惑をかけることになってしまった。



叔父とその弟の名前が出てこないのはオリガが2人の事を思い出したくもないから。

次くらいでオリガの回想は終わる……予定。

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