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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第12話

 一向に考えを改めない叔父達にらちが明かないと思った殿下は深くため息をつくと、今度は私達に向き直った。

「オリガ嬢、ティム、今度は2人に話を聞かせてもらおう」

 この時すでに私達の身の上は既に報告書にまとめてルークが伝えていたらしい。それでもこうして改めて聞いて下さったのは、何も知らないらしい村長の耳にも入れておいた方が良いだろうというお考えがあっての事だった。

 私がすぐに話し出せずに口ごもっていると、叔父の弟が「こんな性悪女の言葉を信じない方がいいですぜ」と口を挟んできたが、殿下に一睨みされて黙り込んでいた。

「俺が話すよ」

 私を気遣ってくれたのか、ティムが名乗りを上げる。殿下もそれを了承してくれたので、ここに至る経緯をよどみなく説明していった。

「あの2人は君達に随分と辛く当たっている様子だが、他の家族もそうなのか?」

 途中で叔父やその弟が口を挟もうとしたが、殿下や村長らに睨まれて口をつぐんだ。そんな2人を見やりながら殿下は気遣うように私達に質問する。

「叔母さんは普通ですが、他の人は……。でも、最初は違ったんです。俺達を受け入れてくれて、優しい人達だと思っていました」

「どう違ったのかな?」

「食事も同じものを食べていたし、仕事はきつくないかと気遣ってもらったりしました。住むところは変わっていないけど、本当はもっとちゃんとした部屋を用意してもらえる予定でした」

 ティムの言う通り、叔父さんもその両親も身寄りを失くした私達を気の毒がって世話をしてくれていた。けれども夏を過ぎた頃からその態度が徐々に冷たくなり、押し付けられる仕事量が増えていった。殿下に理由も問われたけど、私達には心当たりがなかった。

「お前たちが使えねぇからだろう」

 学ばない男がまたもや口を挟む。そんな相手をティムは毅然と睨み返す。

「受け持ちの仕事の半分以上を俺に押し付けておいてでたらめ言うなよ」

「お前こそでたらめ言うな」

 一々口を挟まれていては話が進まない。ムキになって言い返す男に呆れた殿下は許可なく口を開くなと命じ、破れば拘束すると警告した。これで通用するか疑問だったけれど、戸口に控えていたリーガス卿が男のすぐ後ろに控えるだけで案外大人しくなった。確かに頭一つ分は大きな相手が後ろから凄みを利かせれば無理もないけれど。

「お金を盗んだと疑われた後はもっとひどくて……。いくら違うと言っても信じてもらえなくて、すぐに追い出されそうになった。でも、冬が間近に迫っていたし、行く当てがなかったから叔母さんが間に入ってくれて春まで待ってもらうことになった。罪人扱いされて信用できないからといわれて俺だけじゃなく台所仕事も任せられている姉さんも母屋へ入ることも禁じられた」

「この寒さの中を? 君たちは1日のうちどのくらい働いていたんだ?」

「朝から晩までです」

「休みは?」

「ありません」

「賃金はどうしていた?」

「もらったことありません」

 ティムの答えに村長は叔父達に厳しい視線を向ける。その視線に気づいた彼等は全部でたらめだと返していた。

「食事も残り物だけになって、姉さんが下ごしらえで残しておいた切れ端や野菜の皮で工夫して量を増やしてくれました。時々叔母さんがこっそりとパンや保存食を差し入れてくれたけど、俺の方が体を動かすからと言ってそのほとんどは俺にくれて……」

「あのバカ、余計なことを……」

 思わずといった様子で叔父の弟が悪態をつく。

「余計な事と言いましたが、それはどういう意味でしょうか?」

ルークが男に向き直って詰問したが、彼はまともに返事をしようとしなかった。逆に私が彼を誘惑して味方に引き入れたと、その場にいた全員が顔を顰めるくらい卑猥な言葉を連呼する。しかし、背後に控えていたリーガス卿が威圧すると、途端に大人しくなった。それでも結局ルークの詰問に答える事は無かった。

「昨日、あいつが姉さんを納屋へ連れ込んで襲おうとしたんだ。全部会話を聞いたわけじゃないけど、このまま農場に居たかったら大人しくしろと……。俺は思いっきり背中を蹴飛ばしてやったんだ。でも、何故か姉さんがあの男を誘ったことになって、俺達の話を聞こうともせずにあの2人の親からもう出て行けと言われたんだ」

 ティムの表情には悔しさがにじみ出ている。私も襲われた時の事を思い出して体が震えてくるのを止められなかった。

「無理しなくていいからね」

 私を気遣ってルークが小声で声をかけてくれた。奥で休むことも進められたけど、私は緩やかに首を振った。ここで逃げていてはあの2人に負けた気がしたのだ。

「どういうことだ? 我々への説明と随分食い違っている」

「全部でたらめですよ」

 ティムの話を聞き終えた村長さんは叔父に詰め寄る。彼は狼狽うろたえながらもティムの話は全て嘘だと言い放った。

「何を根拠にでたらめと言っている? お前達の話の方がよほど信用できない」

 ついに村長は腹を立て、叔父達へ対して声を荒げる。この場にいた自警団員達も不審な目で彼等を見据えていた。

「不当な重労働に賃金の未払い。これは許されないことだ」

「住む場所も与えて飯も食わせていた。その辺は我が家の中の事です。口出ししないでもらいましょう。それよりも我が家の金を盗んだ不届き物を捕えるのが先決です」

 叔父は開き直った様子で堂々とそう言い放つ。けれども、それで追及が緩められる事は無かった。

「2人を養っているわけではないと明言していたではないか。ならば働いた分賃金を支払うのが当然だろう」

 殿下に指摘されて言葉に詰まったところへ更にルークが畳みかける。

「既にいつ初雪が降ってもおかしくない時期です。少し考えれば2人が所持していた脆弱な装備では朝を迎えるのが難しいのは分かるはずです。俺が見つけなければ、命を落としていたかもしれません。殺人未遂も視野に入れての捜査を提案いたします。」

 殺人未遂とまで言われるとは思っていなかったのだろう、叔父達は真青になる。

「あいつらは勝手に出て行ったんだぞ」

「そうだそうだ」

「竜騎士なら公正な判断をして下さると思っていたが、どうやら違ったようだ。こうなったら神殿に訴えてやる!」

 叔父はそう言い放つと弟を引き連れて天幕を出て行こうとする。村長は慌てて止めようとしたが、それを振り払って出入り口を勢い良く開けた。

「なっ……」

 出て行こうとした彼等の眼前に飛竜の顔があった。不機嫌な様子の飛竜に睨まれ、2人が後ずさったところでリーガス卿に拘束される。

「話はまだ終わっていないと言うのにせっかちな奴だな」

 のんびりとした口調とは裏腹にたいそうお怒りの殿下の前に2人は連れていかれる。今まで抑えていた威圧を放つと、恐れをなした2人はその場にひざまずいた。

「あれだけ嘘を並べておいて公正も何もないだろう。神殿に訴え出るのは自由だが、そなたたちの訴えを信じる者は無いと断言できる」

 殿下が発する威圧感にさすがの2人も恐怖に顔を引きつらせて口答えが出来なかった。

「私に嘘をつくその度胸は認めよう」

「う、嘘など……」

 殿下に睨まれ、返答する叔父の声はかすれていた。弟の方に至ってはガタガタ震えて声が出せないでいる。

「総督として裁きの場に立ちあってきた中で、偽証をする輩を幾度か見てきた。恨みや妬みから相手を陥れようとする者、真犯人を庇う者、そして他者に罪を被せて自らの罪を逃れようとする者。だが、ここまで下手な筋書きは初めてだ」

 殿下はそう言うと一向に顔を上げようとしない弟に視線を向ける。その視線を感じたのか、男は体をびくつかせ、叔父はぎこちない動きで傍らにいる弟に視線を向ける。

「お前、嘘だったのか?」

「今更そんなことを言うか?」と誰もが思っていたに違いない。だが本人は至って真剣だったようで、弟につかみかかろうとする。しかし、背後に控えていたリーガス卿に止められた。

「……馬鹿にしやがって」

 殿下の威圧にガタガタ震えていた男はそう呟くと急に勢いよく立ち上がり、何故だか私につかみかかってきた。動くこともできないでいた私を後ろにいたルークが庇い、リーガス卿が男の襟首を掴んで地面に転がした。危うく傍にあった焚火の中に突っ込みそうになっていたが、リーガス卿がうまく抑えたので難を逃れた。

「ふむ……今はこれ以上の追及は無理か」

 男は地面に転がされた衝撃で伸びていた。その様子を眺めていた殿下はため息交じりにそう呟いた。



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