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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第9話

 翌朝、私はいつになくスッキリと目覚めた。見覚えのない場所に戸惑ったけれど、前日の出来事を思い出して慌てて体を起こした。既にティムの姿は無く、外はすっかり明るくなっている。完全に寝過ごしてしまった私は毛布を手早くたたむと表に出た。

 外はすっかり様変わりしていた。私達が眠った後に設置したのか、昨夜風よけを張っただけだった仮の炊事場には立派な天幕が張られ、焚火の傍には簡易の食卓まで用意されていた。ただ、寒さを完全に防ぐには至っておらず、古くなった上着の前を合わせて身を縮こまらせた。

 さらに恐る恐る天幕の出入り口から外を覗いてみると、ルークとティムが驢馬ろばの世話をしていた。驢馬にも風よけを作ってくれていて、その中で驢馬は飼葉をモリモリ食べていた。

「姉さんおはよう、見てこれ、すっごくあったかいんだ!」

 ティムが私の姿を見て駆け寄ってくる。彼は、騎士団のものらしい新品の防寒着を着ていて、早くも一員になった気分で上機嫌だった。逆に私は見るからに仕立てのいい品だから汚したらどうしようとおろおろしていた。

「おはよう。よく眠れた?」

 続けてルークが爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。防寒着の心配をしていた私は、何の心の準備もなく見たその笑顔が眩しすぎて小さく頷くのが精いっぱいだった。

「ちょっと待ってね水を汲んでくるから」

 そう言って彼は洗顔用の水を井戸で組んできてくれた。冷たいままでは気の毒だからと、沸かしていたお湯まで足してくれる。そして小屋まで桶を運んでくれた彼は、これを使ってとティムが着ていたものと同じように仕立てのいい防寒着を手渡してくれた。

「こんな上等なもの……汚したら大変だから……」

 とぎれとぎれにそう伝えると、昨夜飛竜が持ち帰った荷物に入っていたから気にせず使ってと押し付けられ、身支度が済んだら朝食にしようと言って小屋から出て行った。

 生まれて初めてお湯で朝の身支度を整え、恐る恐る防寒具を羽織って小屋の外に出る。簡易のかまどの前でルークは朝食の準備をしていた。防寒具の礼を言い、手伝いを申し出ると、配膳を頼まれた。

「すごい、ご馳走だね」

 ティムの言う通り簡易の食卓には朝食とは思えないほど豪華な食事が並んでいた。野菜や豆が入った具沢山のスープに軽くあぶって温めなおした薄焼きのパン、そして大きな腸詰もあった。昨夜、お腹いっぱいになるまでご飯を食べたのに、匂いを嗅いだだけでお腹が鳴りそうになった。

「食べるのも訓練のうちなんだよ。でも、無理に詰め込まなくていいからね」

 ルークはそう言って、最後にデザートの林檎を置いてから席に座った。そして3人でダナシア様に祈りを捧げてから食事となった。

 良く煮込んであったスープだけでもお腹いっぱいになりそうだったけれど、久しぶりに食べるパンも香ばしくて食べ進める手が止まらない。ティムも同じだったみたいで、腸詰をパンで挟んでかぶりついている。お腹いっぱい食べさせてあげることが出来るのが嬉しい。

 前日は先行きの不安からずいぶんと失礼な態度をとったけれど、この時、本当に心の底からルークに感謝した。

「ん? もう入らない?」

 食事の途中で手を止めた私にルークは不思議そうに首を傾げる。確かにもうそろそろお腹はいっぱいになりそうだけれど、不意に昨夜までの自分の態度を思い出し、自己嫌悪におちいりそうになっていた。

「あの、昨夜は失礼な態度をとってごめんなさい」

 突然謝った私にルークは驚いた様子で固まり、ティムは「今更?」と冷静に指摘した。そうは言われても、昨夜の態度は褒められたものではなかったし、謝っておかないとなんだか落ち着かない。要は自己満足なんだけれど……。

「ティムを守ろうと一生懸命だったんだろう? 気にしてないから大丈夫だよ」

 ルークは笑顔でそう返してくれたので、ようやく私も気持ちが楽になった。ティムはまだちょっとだけ不服そうだったけれど。



「今日のこの後の予定だけど……」

 デザートの林檎を食べ終えた頃に、ルークが話を切り出すと私達も自然と背筋が伸びる。

「ティム君の資質を上司が直接会って確かめたいそうだ。ここへ来るからそれまで待機するように言われている」

 ルークの話だと、私達から聞いた話をまとめた手紙を託して飛竜を砦に帰しているからどのみち移動のしようがないらしい。ただ、いつ彼の上司が来るかは分からないから、ある程度片づけを済ませておこうという話でまとまった。私も何かしようと思ったけど、休んでいてと言われ、軟膏の壺を手渡される。

「手、痛いでしょ? これよく効くから塗り込んでおくといいよ」

 外で水仕事ばかりを任されていたのもあり、私の手には至る所にあかぎれがあって血がにじんでいる所もある。昨夜は暗かったのと袖で隠していたので気付かれなかったけれど、配膳の手伝いをしたときに見られていたみたい。恥ずかしくて手を隠そうとしたけれど、彼はその手を掴んで軟膏の壺を握らせてくれる。

「働き者の手だ。恥ずかしがることないよ。ただ、あまりにも痛々しいから見過ごせなかっただけ。軍医のバセット爺さんが作ってくれたからよく効くよ」

 叔母さんの家では荒れている手を見た年下の従妹達にみっともないと揶揄やゆされていたけれど、彼に働き者の手と言われて嬉しさがこみあげてくる。結局そのまま言いくるめられて、昨日同様焚火の傍で火の番をすることになった。

 食事の後片付けも済み、ルークとティムは荷造りを済ませた荷物を外へ運び出していた。せわしなく動き回る2人をただ眺めているだけなのは落ち着かない。けれども自然にルークの姿を目で追っていた。

 その荷物の運び出しが終わり、ガランとした天幕の中で我に返った私はようやくもらった軟膏を手に塗り込んでいく。今まで使ったことがあるものよりも良く手になじんでべたつかない。心なしか引き連れるような痛みも和らいだ気がした。

 ほどなくして外が騒がしくなった。ルークの上司が到着したのだろうと思い、わざわざ来てくださったのだから挨拶しようと外に出た。しかし、馬に跨った数人の男に対してティムがかみつくような勢いで何か言い返し、ルークは両者の間に割って入っていた。

「こいつ、とんだ悪女だぜ」

 私の姿を見つけて男の1人が指をさす。その男はもう二度と会う事は無い、会いたくもないと思っていた叔母の義弟だった。

「俺様を誘惑したかと思えば、違う男に鞍替えしてやがる」

 顔も見たくもない相手に恐怖で固まった私はすぐに何を言われたか理解できなかった。しかし、ティムがすかさず反論する。

「お前が姉さんを襲おうとしたんだろう! 今度は背中じゃなくて顔面を蹴飛ばしてやるぞ!」

 今にもつかみかかりそうなティムをなだめつつ、ルークは馬上の一団を一瞥する。そして防寒着の下から上着に付けていた記章を取り出し、相手に見せる。

「私は第3騎士団所属の竜騎士、ルーク・ビレア。貴公らはどちら様でしょうか?」

 ルークが竜騎士と知って一団の男達は少しひるんだ様子を見せて馬から降り、そのうちで一番身なりのいい40歳くらいの男の人が名乗った。私達がいた農場のある村の村長で、叔父とその弟の他は自警団員だった。相手が竜騎士だと強くは出られない様子で、叔母の義弟の発言は謝罪していたが、当の本人だけは「今度は竜騎士をたらしこみやがった」と言い放ち、慌てた叔父にたしなめられていた。

「2人には窃盗の嫌疑がかかっております。村に連れ帰り、詳細を問い質さなければなりません」

「私達は何も盗んでいません!」

 村長さんの言葉に私は耳を疑い、会話の途中だったにもかかわらず、反論していた。

「ムキになるところが怪しいぜ」

 挑発するようににやけた表情を浮かべていた義弟が私の方へ近寄ってくると腕を掴んで来ようとする。襲われた恐怖が蘇り、動けないでいると、ルークがさっと間に割って入っていた。

「ティム君には竜騎士の資質がある事が分かっています。現在、2人は我々の庇護下にありますので、そういった訴えは我々を通していただくことになります」

 ルークの発言に男達は驚いていた。特に叔父は動揺を隠せない様子で、逆に彼の弟は忌々し気にルークをにらみつけていた。

ルークはそんな一同を気にしていなかったが、俄かに何かに気付いたように空を見上げる。

「落ち合う予定となっていた上司が到着したようです。彼も交えて詳しい話を伺いたいのですが、いかがでしょう?」

 一団も私達も「え?」といった様子で辺りをキョロキョロしていると、先ずは飛竜が1頭飛んできて着地する。誰も乗せていないその飛竜は軽やかな足取りでルークに近寄ってきて頭を摺り寄せてくる。

 私達もだけど、飛竜にあまりなれていないらしい一団は、その飛竜が近づいてくると慌てて傍から離れて行った。

「おはよう、エアリアル。今日もご機嫌だね」

 ルークは呑気に相棒を朝の挨拶を交わして戯れている。そうしているうちに東の空に3頭の飛竜が姿を現した。近づくにつれてその姿がはっきりとしてくる。青みがかった飛竜が2頭に一際大きな黒い飛竜が1頭。田舎ではこれだけの数の飛竜を一度に見る事は無く、私達は3頭が着地するさまを気圧されたように眺めていた。

忙しいはずなのにやはり首を突っ込んでくるあの方……。


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